第32話 仲間と素敵な時間を
玲の見舞いへ訪れてから、1週間が過ぎていた。
眠ったままの玲に変化はない。
けれど透は毎日のように玲の元へ通い続け、紬も時間が合えば顔を出していた。
そんなある日の放課後、紬のスマホが小さく震える。
表示された名前を見た瞬間、自然と頬が緩んだ。
透先輩からだ。
『今日もお見舞いありがとう。この前の応接室まで来てくれるかな?』
短い文章だが、その優しい文面がどこか透らしくて、紬は思わず小さく笑った。
「どうした?」
隣を歩いていた紅蓮が覗き込み、
「あっ、いや……!」
慌ててスマホを胸元へ隠す。
その反応を見て、紅蓮は面白そうに目を細めた。
「透からか」
「……っ」
図星だった。
紬が言葉に詰まると、紅蓮は小さく喉を鳴らして笑う。
「分かりやすいな、お前」
「からかわないでよ……」
紬が小さく頬を膨らませる。
そんなやり取りをしながら、《夜叉》の施設へ足を踏み入れた。
静かな廊下に冷たい照明は、前回来た時より不思議と緊張しない。
ここに透がいる。
そう思うだけで、少し安心できた。
紅蓮が前を歩きながら口を開く。
「また茶でも飲ませる気か?」
「ふふ、透先輩お茶好きだもんね」
紬が笑った、その時だった。
応接室の向こうから、何かが倒れるような大きな音が響く。
紬がびくりと肩を揺らし、紅蓮は呆れたように片眉を上げる。
「……何してるんだ、あいつ」
妙に騒がしい応接室に、紬は不思議そうに首を傾げながら、そっと扉へ手をかけた。
「……失礼します!」
少し緊張しながら扉を開けると、クラッカーの音が一斉に響いた。
「紬ちゃん、《夜叉》へようこそ!」
紬は驚いて目を見開く。
応接室の中には、透を始めとした《夜叉》の隊員達が集まっていた。
壁には色とりどりの花の飾り付けや、机の上には大量の料理やお菓子が並べられている。
この前の静かな応接室とは別世界だった。
「えっ……!?」
紬が固まり、その反応を見て隊員達が楽しそうに笑った。
部屋の中央では、透が少し照れているようだった。
「びっくりした?」
「し、しました……!」
紬はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
まさかこんな事になっているなんて思わなかったのだ。
透は少し恥ずかしそうに頬を掻く。
「入隊祝い、ちゃんとしたくて……皆にも協力してもらったんだ」
その言葉に、紬の胸がじんわり熱くなる。
こんな風に迎えてもらえるなんて、思っていなかった。
紅蓮はそんな紬を見ながら、クスクス笑っている。
「随分張り切ってただろ、透」
「紅蓮、それ言わなくていいから……」
透が少し困ったように眉を下げる。
すると奥の隊員が笑いながら口を開いた。
「飾り付け、一番真剣でしたよね」
「ケーキの配置まで気にしてたし」
「あ、ちょっとそれは内緒って……!」
透の耳が少し赤くなる。
その姿がおかしくて、紬は思わず吹き出した。
応接室に、明るい笑い声が広がっていく。
そんな中、不意に一人の女性隊員がパンッと手を叩いた。
「さて!」
明るい声に、紬が目を瞬かせると、女性隊員はにっこり笑った。
「まず主役には着替えてもらいましょう!」
「えっ?」
紬が戸惑う間もなく、ぐいっと腕を引かれ、
「ちょ、ちょっと待って——」
「大丈夫大丈夫!すっごく似合うから!」
そのまま奥の部屋へ連れて行かれる。
透は苦笑しながら、その背中を見送った。
「……楽しそうだね」
「お前もな」
隣で紅蓮が面白そうに笑う。
「顔が緩んでるぞ」
「……うるさい」
透は視線を逸らした。
けれど否定はしない。
その様子に、周囲の隊員達がニヤニヤしていた。
それから数分後、
「お待たせしましたー!」
明るい声と共に、扉が開く。
応接室の空気が、一瞬止まった気がした。
白ーー《夜叉》のカラーを基調とした隊服。
黒のラインが入った上着に、膝丈のスカート。
細身のシルエットが、紬によく似合っていた。
黒いタイツも、どこか凛とした印象を与えている。
紬は少し恥ずかしそうに裾を摘んだ。
「ど、どうですかね……」
その姿を見た透が、静かに目を見開く。
綺麗で、驚くほど似合っているが、透の視線はスカート丈へ向いた。
そして真顔で呟き、
「……ちょっと短すぎないかな」
「えぇ!?」
と、女性隊員が思わず声を上げた。
「リーダー、気にしすぎです!ちゃんとタイツも履いてますから!」
「でも戦闘中危なくない?」
「そこ心配するんです!?」
周囲がどっと笑い、紬も思わず吹き出した。
「ふふっ……」
透は少し困ったように眉を下げる。
けれどその視線は、どこか落ち着かない。
そんな透を見て、紅蓮が小さく笑った。
「重症だな、透」
「……何が」
耳だけ少し赤くした透は、小さく咳払いをした。
空気を整えるみたいに。
「……じゃ、じゃあ入隊式しようか」
その言葉に、隊員達が「はーい」と気楽に返事をする。
透は少し照れたように笑いながら続けた。
「今日は堅苦しい挨拶とか無し。沢山食べて、お話しよう」
まるで本当に、ただ楽しい時間を過ごしてほしいと思っているみたいに。
透はテーブルのジュースを見渡す。
「さあ、みんなジュース入れて。各自コップ持ってね」
隊員達が一斉に動き出した。
炭酸の音に、氷の鳴る音、そして賑やかな笑い声。
その光景を見つめながら、紬は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。
こんな風に迎えてもらえるなんて、思っていなかった。
透もコップを手に取る。
そして、紬へ優しく視線を向けた。
「改めて。《夜叉》へようこそ、紬ちゃん」
その言葉に合わせるように、皆がコップを掲げる。
「かんぱーい!!」
明るい声と共に、パーティが始まった。




