第26話 自由を求めて
夜の空気は冷たく、人気のない道路の先に、《夜叉》の施設は静かに建っている。
一見すれば普通の研究施設。
だが、その地下に何があるのかを、紬はもう知っていた。
透が閉じ込められている。
そう思うだけで胸が締め付けられた。
施設を見上げながら、紬は小さく息を呑む。
「……本当に、ここに」
「ああ」
赤い瞳は静かに施設を見据えている。
「《夜叉》は表向きの施設を幾つも持っている。ここは、その一つだ」
紬は無意識に拳を握り締めた。
怖い、足が震えそうになる。
でも、透はもっと怖かったはずだ。
それでも自分を守ってくれた。
だから、逃げたくなかった。
紅蓮が、施設の入口付近へ視線を向けると、二人の警備員が辺りを見渡していた。
《夜叉》のリーダー、玲の部下達だ。
「いいか、殺すなよ」
「……うん」
紅蓮がゆっくりと警備の1人に近づき、それは一瞬だった。
「誰——」
言葉は最後まで続かなかった。
紅蓮の蹴りが腹部へ入り、そのまま気絶する。
もう一人が慌てて武器へ手を伸ばした。
「っ、ごめんなさい……!」
紬が、スタンガンを押し当てると電流が走り、警備員はそのまま崩れ落ちた。
「……よし、第一関門クリアだ」
紅蓮は倒れた警備員のカードを盗み、入口のロックを解除して、そのまま紬と中へ入る。
施設の中はやけに静まり返っていた。
靴音だけがやけに響く。
紬は周囲を見回しながら、小さく息を呑んだ。
今すぐ逃げ出したい。
でも透は、この場所に一人で閉じ込められている。
そう思えば、立ち止まれなかった。
「いいか?さっき話したように動け」
紅蓮の声は落ち着いていた。
「俺は透の刀を探す」
透の刀は《夜叉》時代から使っていた、大切な武器で、一緒に逃げるのに、必要になるだろう。
「お前は、透が監禁されている部屋を探せ」
「……うん」
頷きながらも、紬の不安は消えない。
これから一人になる。
もし見つかったら、もし透がいなかったら。
そんな不安を見抜いたように、紅蓮が軽く自分の頭を指差した。
「……大丈夫だ。何かあれば、俺が言うから」
紅蓮と契約しているおかげで、いくら離れていても、紬の脳内へ直接言葉を届けられる。
紬は少しだけ肩の力を抜いた。
「ありがとう」
紅蓮は何も答えず、そのまま背を向ける。
「行け」
紬は小さく息を吸い、頷いた。
そして2人はお互いの無事を信じ、別々の方向へ走り出す。
紬と紅蓮が《夜叉》へ潜入したその頃。
《夜叉》の施設、最上階では、薄暗いモニター室で、玲は静かに画面を見つめていた。
無数の監視カメラには、施設内を走る紬と紅蓮の姿が映っている。
「……来たか」
部下の一人が緊張した声で尋ねる。
「如何しますか」
玲は答えず、ただ静かにモニター越しの紬を見つめていた。
透を助けるために、怖くても足を止めずに進む少女。
眩しいと思うと同時に、腹の奥が酷く苛立った。
自由に人生を選べる人間が、誰かのために真っ直ぐ進める人間が。
羨ましく、だから壊したくなる。
「……お遊びはここまでだ」
玲が乱暴にボタンを押すと、施設中へ警報が鳴り響いた。
赤い警告灯が点滅し、部下達の空気が一気に張り詰めた。
「いいか?風早紬を生きたまま捕らえろ」
部下達が息を呑むが、玲は続けた。
「生きていれば状態は、何だっていい」
部下達の表情に、僅かな動揺が走った。
そして玲は紅蓮の映る画面へ視線を向ける。
「……紅蓮は、どうでもいい。殺して、赫焉へ渡そう」
部下達は一瞬だけ視線を揺らしたが、逆らえない。
逆らえるはずがなかった。
一人が深く頭を下げ、
「……はっ。全ては、リーダーの為に」
と、すると他の部下達も続く。
そして足早に部屋を出て行った。
静かになったモニター室で、玲は一人画面を見つめる。
警報が鳴り響く中、それでも走り続ける紬の姿。
「……自由など、脆いものだ」




