第16話 揺れる心と、乱れる刃
紬と別れ夜になり、街は静かになってしまった。
人通りのない裏路地の、古びたビルの隙間を、冷たい風が吹き抜けていく。
透は一人、暗闇の中を歩いていた。
腰に差した刀が、足音に合わせてわずかに揺れる。
耳元の通信機から、低い声が流れた。
『対象は低級妖。《烏天狗》一体。単独で処理しろ』
「了解」
透は小さく息を吐く。
本来なら、数分で終わる任務だった。
低級妖で、しかも一体しか居ない。
透にとっては慣れた仕事だ。
なのに——
(……集中しろ)
頭の中が、妙にうるさい。
昼間のことを思い出してしまう。
並んで歩いた帰り道。
隣にいた紬の表情。
『……はい』
小さく頷いた声まで、妙にはっきり覚えていた。
(何考えてるんだ、僕は)
今は任務中、余計なことを考えている暇は無い。
そう思うのに、この気持ちは振り払えない。
その時、重い羽音が響き、透の足が止まる。
視線を上げると、電柱の上に“それ”はいた。
黒い羽を纏った、人型の妖。
鋭く曲がった嘴に、闇の中で光る赤い目。
そして、その手には——巨大な葉団扇が握られている。
標的の、烏天狗だ。
「……見つけた」
透は静かに柄へ手をかける。
ゆっくりと刃を抜くと、銀色の刀身が、街灯の光を反射した。
次の瞬間、烏天狗が跳び、風を裂く音が静かな夜に響く。
烏天狗の動きは速いが、透は迷わず踏み込んだ。
透の刃が黒い羽を掠める。
烏天狗は空中で身体を捻り、そのまま壁へ着地した。
高所を移動しながら、赤い目で透を見下ろしている。
透は地面を蹴り、烏天狗と距離を詰める。
すると、烏天狗が嘴を鳴らした。
巨大な葉団扇が振るわれ、暴風が路地を埋め尽くしたのだ。
黒い羽が舞い、透は咄嗟に刀を構える。
風を裂きながら前へ出るが、本来なら避けられる筈だった。
烏天狗の動きは、読める攻撃だった。
でもほんの一瞬、意識が逸れてしまったのだ。
(紬ちゃん……)
あの子のことを考えてしまった。
そのせいで、風の軌道を読み違え、
「っ——!?」
暴風が真正面から叩きつけられた。
身体が浮き、視界が揺れる。
受け身を取るより早く、背中が壁へ激突した。
鈍い音が路地に響き、
「……っ、は……」
一瞬、呼吸が止まる。
肺が痛み、視界がわずかに滲む。
烏天狗が低く鳴いた。
まるで、笑っているかのように。
透はすぐに立ち上がろうとするが、その一瞬の“遅れ”自体が、普段ではあり得なかった。
(……駄目だ)
集中できず、刃が鈍っている。
原因なんて、1つしかない。
烏天狗が、ゆっくりと葉団扇を持ち上げる。
身体に力が入らず、透の指先から刀が滑り落ち、金属音が静かに響く。
赤い目が、透を見下ろしていた。




