第14話 使える駒は、何でも
薄暗い部屋の、壁一面に並んだモニターだけが、淡く光を放っている。
その光の中で、紬が戦っていた。
古びた廃ビルの内部は、崩れかけた床に、剥き出しの鉄骨だらけで、とても戦える場所ではなかった。
その中を、影が這っている。
人の形をしているのに、人ではないもの。
赤く光る目だけが、やけに鮮明に映っていた。
「……ほう」
玲は興味を示したようで、そこに感情はない。
ただ、紬と影喰いを観察しているだけ。
「思ったより、粘るか」
穏やかな声だった。
評価の言葉であって、賞賛ではない。
モニターの中で、紬が振り返る。
一瞬反応が遅れ、影が横から滑り込み、紬の腕をかすめた。
その動きを、玲は静かに見ている。
「対応が甘いな。視野が狭い」
まるで、訓練記録にでもコメントをつけるように。
隣に立つ透は、何も言わない。
言葉を挟む余地など、最初から与えられていない。
それでも、紬が傷を受けた瞬間、視線がわずかに揺れた。
ほんの一瞬だけ。
「だが、悪くない」
その評価も淡々としていて、そこに期待も情もない。
ただ“使えるかどうか”だった。
影が消え、紬が周囲を見回す。
気配を探しているようだが、見つけられない。
その隙を狙うように、影が足元から伸びる。
「……っ」
モニター越しでも分かるほど、動きが乱れていた。
呼吸が崩れていて、こちらからでも分かるくらい、焦りが見える。
透の指が、わずかに動く。
(……駄目だ)
自分で分かっている。
これは任務で、そして同時に、紬は試されている。
「そろそろだな」
その言葉と同時に、別のモニターに炎が映る。
影が、一瞬で照らし出され、逃げ場を失う。
「……」
あの炎のおかげで、紬の動きが変わっていく。
さっきまでの焦りが、少しずつ無くなって来たようだ。
「適応が早い」
影喰いが崩れ、紬の初陣は終わった。
モニターの中で、紬がその場に膝をつく。
肩が上下していて、息が荒い。
「合格だな」
玲は、あっさりと言った。
命をかけた戦いの結果としては、あまりにも簡単すぎる一言だった。
部屋に機械音だけが残り、透は画面から目を離さない。
(無事でよかった……)
同時に——
(僕には……何も……)
その事実だけが、胸に残る。
助けることも、止めることもせず、ただ見ていただけ。
「透」
「……はい」
視線はそのまま、返事だけする。
「少し、提案があるんだが」
穏やかな声だが、その言葉に、わずかな違いを感じた。
透の指先が、わずかに強くなる。
「透には、いい話だと思うんだが」
逃げ場のない言い方だった。
断るという選択肢が、最初から存在していないからだろう。
「……なんでしょうか」
玲は、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「彼女ともう少し、距離を縮めてみてはどうかな」
提案をしているような口調だが、それは透にとって、命令に等しい内容だった。
透は、すぐには答えられない。
これ以上、彼女をこちら側へ引き込んではならない。
「彼女のこと、気にかけているようだしね」
玲は透の逃げ道を塞ぐように、淡々の述べる。
「隠す必要はない」
すべて見抜かれている。
そう告げられているのと同じだった。
「君にとっても、彼女にとっても、悪い話ではないだろう?」
透は、どうしたらいいのか分からなかった。
否定も、肯定もどちらも選べない。
ただ、モニターの中の紬は、必死に戦っていた。
傷を負いながら、それでも立ち向かう。
それが、透の頭から離れない。
「……考えておきます」
ようやく、言葉を絞り出すが、透はそれだけが限界だった。
「それでいい」
モニターの光が、静かに揺れ、透はその場に立ち尽くしていた。
握られた手に、わずかに力がこもる。
そのことに、自分で気づかないまま。




