12話 逃げ場のない選択
重い扉が、静かに開く。
あの空気が、再び流れ出てくる。
一歩、踏み込むだけで分かるが、ここには二度と訪れたくなかった。
「……」
無意識に、紬の息が浅くなる。
「大丈夫?」
「……はい」
反射的に答えるが、声が少しだけかすれていた。
透はわずかに視線を落とす。
「……無理なら、断っていいから」
それは、小さな声だった。
ほとんど、囁きみたいに。
「僕は——」
透から聞きたい言葉の続きは、聞けなかった。
「行こう」
先に歩き出す背中を、紬は追った。
(……止めてくれないんだ)
胸の奥に、鈍い痛みが残る。
あの、広い部屋の中央の椅子では、玲が腕を組んで凛々しく座っていた。
「ようこそ、紬さん」
玲の穏やかな表情はまるで、ただの友達に会ったかのようだった。
「呼び出してすまないね。さて……」
ゆっくりと、下から頭まで視線が向けられる。
「本題に入ろう」
もう、逃げ出すなんて考える暇が無い。
「紬さん」
名前を呼ばれ、それだけで紬の背筋が自然と伸びる。
「あの話をしよう」
もう、分かっている。
それでも、聞かなければならない。
「我々と共に、妖を討ってほしい。そのために、君には我々の管理下に入ってもらう。そして、リーダーである私の任務には従ってもらう」
「管理下って……」
「だが、従ってくれるなら君たちの命は保証しよう」
(意味……分かんない……)
「……もし、お断りしたら」
気づけばそんな事を口にしていたが、玲は当たり前かのように微笑んだ。
「簡単な話だろう?君たちは我々にとって駒ですぎないんだ。断れば、そんな駒は要らない。排除する」
一瞬で空気が凍るのを感じた。
冗談じゃない。
「今は君一人だ。そんな事は容易い」
紅蓮が今、この場に居ないのを分かっていて、断れる筈もない。
完全に、詰んでいる。
「紬ちゃん」
透の声で我に返り、紬は振り返った。
「僕は——」
また、透の言葉が途切れる。
その先は、やっぱり言わない。
(……ずるい)
透には、判断する権利など無いのだから。
「返事を聞こうか」
玲の静かな圧で、空気が重い。
時間だけが、やけに長く感じる。
(……どっちも、嫌だ)
頭に浮かぶのは、今日の出来事だった。
寝坊して、授業でも問題を答えられなくて。
自慢の走りも崩れて。
このままでは、今までの努力が無駄になってしまう。
(……それだけは、嫌)
怖い、逃げたい、もう嫌だ。
でもーー
紬はゆっくりと顔を上げ、玲の目を見る。
「……私、は」
喉が少し震えるが、それでも続けた。
「その取引、受けます」
震えていて小さくても、確かな言葉。
そして玲は、満足そうに微笑んだ。
「賢明だ」
「紬ちゃん……」
柔らかい優しい透の声が、わずかに揺れる。
もう、紬は振り返らない。
(これでいい)
そう思い込むように、前を見たまま立っていた。
逃げ場は、もうない。
それでも自分で選んだ結果だ。




