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半妖の黙示録ー契約の成れの果てー  作者: くろあげは。
第2章 手の上で、踊る
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11話 ズレていく、"日常"

「紬ー!!何時だと思ってるの!」


母の声が、いつもより強く響いた。


「……っ、え」


目を開けた瞬間、嫌な予感がする。


時計を見ると、とっくにいつも起きる時間を過ぎていた。


「……やば」


目覚ましは、鳴ったはずだ。


でも、止めた記憶がない。


(なんなの……もう……)


頭の奥が重い。


昨日のことが、そのまま残っている。


『我々《夜叉》と、取引しないか?』


「紬、早く!」


「今行く!」


慌てて制服に袖を通し、鏡を見る余裕もなく、ただ体だけが急いでいる。


胸の奥には、うまく言葉にできない違和感が、ずっと残っていた。


朝食も口にせず、紬は玄関を飛び出した。


朝の空気が冷たく、耳が痛くなりそうだが、通学路を急ぎ足で進む。


いつもなら、ここで——


「……」


足が、ほんの一瞬だけ緩む。


(いない……)


毎日来てくれたあの人が、今日も普通に此処に居て欲しかったのに、居なかった。


(……《夜叉》か……)


小さく息を吐き、そのまま一人で歩き出す。


やけに静かに感じる道に、自分の足音だけがやけに響いた。











なんとか教室に滑り込むと同時に、授業が始まるチャイムが鳴り響く。


「セーフ……」


急いで席に座るが、なんだか落ち着かない。


(なんか、ずっと変)


授業が始まり、教科書を開く。


(……頭に入ってこない)


《夜叉》ーー透も玲も、敵のはずなのに。


『取引しないか?』


「……っ」


自然と、ペンを持つ手に力が入る。


「早風さん」


名前を呼ばれて、顔を上げる。


「この問題、答えてみて」


先生の視線と、クラスメイト達の視線が集まる。


「……え」


紬は頭が真っ白だった。


問題の内容すら、分からないのだ。


「……すみません、もう一度……」


教室が少しざわつき、先生は一瞬だけ黙ってから、


「……体調悪いのか?」


と、静かに聞いた。


「いえ……大丈夫です」


とっさに答えるが、自分でも分かる。


(全然、大丈夫じゃない)











休み時間になり、友達が話しかけてくる。


「紬、今日なんか変じゃない?」


「え、そう?」


「さっきのやつ、珍しくない?」


「……ちょっと寝不足かも」


紬はいつもの笑顔で、笑ってごまかす。


嘘じゃないが、でもそれだけじゃない。


(原因、分かってるのに……)


こんな話、誰にも言えない。











放課後は、陸上の部活に集中する。


スタートラインに立ち、いつものルーティンを欠かさず行う。


「よし……」


小さく息を吐くが、頭の中が五月蝿い。


笛の合図が鳴り走り出すが、出遅れてしまった。


1つ失敗しただけで、感覚がズレる。


フォームも、リズムも、全部。


結果は明らかに悪かった。


「……はぁ」


息を整えながら、タイムを見る。


(こんなの、初めて……)


紬の頭の中は、どんどん五月蝿くなるばかりだった。











部活が終わり、校門の外で紅蓮が待っていた。


下校している女子達の視線が、紅蓮に集まる。


「……顔に出てるな」


開口一番、それだった。


女子達の視線は、どうでもいいらしい。


「……そんなに?」


「出まくってるな」


紬と紅蓮は、そのまま並んで歩き出す。


「昨日の、どう思う」


「……怖い」


正直に答える。


「でも、それだけじゃなくて……全部、見られてる感じがする」


「当たり前だ。ああいうやつは最初から“そういう目”で見てる。俺たちはもう、手の内だ」


その言葉が、重く落ちる。


「……」


「取引の内容は、なんだろうな」


紬の心臓が強く鳴る。


「……断れないよね」


「断って終わる話じゃない」


どうせもう、逃げ道はない。


「覚悟しとけ」


紅蓮はそれだけ言った。











夕焼けの中を、一人で歩く。


紅蓮はいつの間にか何処かに行ってしまい、足取りが少し重い。


(……もう、無理かも)


普通に過ごすのも、ちゃんと走るのも、全部うまくいかない。


その時、


「紬ちゃん」


後ろから声がし、紬の肩が揺れる。


振り返ると、透が立っていた。


「……透先輩」


少しだけ、ほっとする。


自分でも分かるくらいに。


(なんで……)


「ごめんね、朝行けなくて」


「……いえ。《夜叉》のお仕事は忙しいと思いますから」


透は少しだけ間を置いて、


「うん」


と頷く。


それだけで、十分だった。


(やっぱり、“向こう側”なんだ)


透はいつも通り、隣に並ぶ。


距離は同じだが、何だか壁があるように感じる。


聞きたいことは山ほどあるのに、言葉が出ない。


「紬ちゃん」


「……はい」


少しの間の後、


「玲さんが、呼んでる」


その一言で、紬の重たい足が止まる。


「……もう、ですか」


思ったより早い。


昨日、少しだけ会っただけなのに。


「うん。昨日の、取引の話だと思う」


紬の心臓が、強く鳴る。


逃げだしたい。


次、あそこに行けば、2人とも殺されるかも知れないのに。


(逃げられない……)


そんな事、もう分かっている。


透は穏やかなまま、言った。


「どうする?」


紬は、小さく息を吸う。


夕焼けが、にじんで見えた。


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