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第101回 とある地方都市にて③



 駅前の広いロータリーに出た。

 この地域最大の、商業施設が併設された(今朝甲太が逃げ惑った)駅を挟むように、二つのタワマンがそびえ立っていた場所。

 しかし今はタワマンの一棟は崩れ去り駅ビルも潰れ、もとの華やかさ賑やかさは微塵も感じられなくなっていた。

 そして駅を潰してしまった張本人は、ハビリスの右手に首根っこを掴まれ吊り下げられていた。


「楓…………っ!!」


 ハビリスに捕まったイダルトゥを見て、甲太は苦悶の声を上げる。

 倒壊した駅舎に片足を載せ、狩りの成果を見せつけるかのハビリス。

 地球人類の上位種たる未知の人が、地球人を人質にとるという、悪夢のような光景が現出した。

 

「うっ… こんな… なしだろこんなっ…」


 甲太の心が揺らぎ始める。

 前に、山で決心を固めた時の甲太は、楓が犠牲になることも覚悟していた。

 自分を含め、仲間が何人か倒れるのは避けられないことだと。それでもハビリスに、未知の人に立ち向かうのが自分の使命だと。

 そのように思っていた。が、いざ楓が乗ったイダルトゥが敵に拘束されているのを目の当たりにすると、心の奥底の部分がグラグラと揺れだした。

 

「お前っ! 何する気だよ。停戦するって言ったんだから、ちゃんと守れよっ」


 絞り出すように言う。すると。


「…こ、うた」


「!!っ」


 楓の声がした。

 イダルトゥの顔が上がり、サンゴーグレートの方を見やる。

 

「甲太… ごめん… 私ポカしたみたい…」


「ああぁ… かえでぇぇ・……」


 タイミングが良かったのか悪かったのか、楓は今になって目を覚ましたみたいだ。

 楓の声を聞き、甲太の動揺はますます激しくなる。心が揺れすぎて底が抜けてしまいそうだった。




--------------------------------------------------------------------------




 Chimaeraが000195000に言う。


「こいつを殺されたくなかったら、その剣を渡せ。アイツにそう言ってやって」


『…ご自分で話されたらどうですか。先ほどの様に』


「…ヤですよ。アイツとは絶対喋りたくないので。さっさとして」


『恥ずかしいからですか? 交渉を破った上に、こうやって汚い手を使っていることが…』


「ハ!? なんで私が恥ずかしいと思う訳? 害獣を罠にかけるのに恥ずかしいと思う必要ある? 私はあいつが気持ち悪いから話したくないだけ、わかった?」


『…それで向こうが剣を差し出したら、この捕獲した機体は返すのですか…』


「そんな訳ないでしょう。…あんた大丈夫? 私たちはこいつらを全て処分するためにここに来たんだよ? ッたくホント頭悪い機械だね…」


『しかし…… 例えそうだとしても命を奪うのである以上は、最低限の礼節が必要なのでは?』


「ハwロボットが礼節ww 人間にレイセツを教えるなんて偉くなったもんですねェ、ロボットさん。…だいたい私が楽に仕留めてやろうとしたのに馬鹿みたいに暴れて抵抗してんのは向こうでしょう? とにかくあんたはこいつらを全員駆除するために連れてきたんだから、それ以外のこと考えないで。使えない機械に意味なんて無いんだから」


『…はい』




--------------------------------------------------------------------------




『サンゴーグレートのパイロットに告げます』


「ううっ」


 甲太からヘンな声が出る。

 どうせ相手から出るのはろくな要求じゃない。


『サンゴーグレートが手にしている、…アポロンソードというのですか、それをこちらへ渡しなさい。さもなければこちらの。イダルトゥのパイロットを処刑します』


 やっぱりだ。

 停戦協定を破られてから10分も経ってないのに、今度はその相手と人質交渉をしなければならないという。


「…そ、そんなこと言ったって信じられるかよ…… さっきだって約束破ったのに… 剣を渡したら、すぐにカエ… イダルトゥのパイロットを殺す気だろ…」


 ちょっと間があり。


『そちらとこちらが同じ立場だと思わないでいただきたい。こちらは圧倒的に優勢なのにも関わらず交渉を持ちかけているのだから、そちらに条件をつける権利はない』


 高圧的に告げるハビリス側だが、依然サンゴーグレートを、甲太を恐れていた。

 交渉を仕掛けることで、何とかサンゴーグレートとの直接対決を避けようとする。

 けれど。先刻まで圧倒的優位に戦いを進めていたサンゴーグレートだが、何だか様子がおかしい。その全身を覆う白金の輝きがくすんできていた。


「いや… いや! そんなのおかしいよっ… そんなのずるい… それじゃあこっちは… イヤだよっ」


 駄々っ子のような物言いの甲太。

 超越的な科学の産物である、2体の巨大ロボットの間で、不毛な言い争いが交わされていた。

 

「甲太!」


 空気を切り裂くように、楓の声が聞こえた。


「ひっ」


 甲太は怯えた。この状況で楓が言う事なんて…


「甲太。絶対剣を渡さないで… その剣はカールの残した希望。この後の戦いにも必ず必要となってくるもの。ううん… それよりも、今、甲太を、甲太の命を守ってくれるもの。それは何よりも大事なもの。他の何よりも!」


 そう言うだろうな、といったところ。

 甲太はさらに混乱する。

 

 取りうる最善手は、当然アポロンソードを渡さず、サンゴーグレートでハビリスを制圧、捕獲すること。その際にイダルトゥは破壊され楓の命は失われるだろうが、それには目をつぶらなければならない。

 人質をとる者の交渉に応じてはいけない。一度乗れば相手はそれを繰り返してくるから。それが世界的風潮だ。ただ、それは建前で、実際には裏で交渉が行われるケースも少なくない。(ゆえ)にこういうことは繰り返される。人がある限り。


 実際、この正解が分かり切っている状況においても、甲太は煩悶していた。

 理屈としては、もう楓を助けられないことは分かっていた。

 剣を渡せばハビリスは必ずや、甲太と楓、更にはクラウディアとキ太郎をも殺しにかかるだろう。相手の目的はロボットのパイロットを皆殺しにすることで、最初からそれは宣言されている。

 それでも嫌だった。

 目の前で楓が殺されることは。

 あの時のカールのように。


(無理だ……)


 カールやピーターのように。ロボットごとえぐられ切り裂かれる。楓があんな死に方するのは。

 耐えられない。

 楓の死を目の当たりにしても、その犠牲を無駄にせず怒りを力に変えて、見事ハビリスをやっつける。そんなことが出来る自分だとは思えない。

 きっと力を失う。剣があってもハビリスにやられる。よしんばこの場を生き延びられたとしても一生後悔する。一生自分を呪って生きることになる。

 楓は甲太にとって、数少ない友達で、この世界で唯一の「正しさ」だ。

 それを失って、この世界でどうやって生きていけばいいのか。


「あっ……」


 イダルトゥが身をよじってハビリスの手から抜け出そうとした。しかし。

 サンゴーグレートと同型で強力なパワーを持つイダルトゥだが、その首根っこを掴んだハビリスの腕はビクともしない。

 それでもなお頸木(くびき)から抜け出そうともがくイダルトゥ、その背中にハビリスの鉤爪が当てられ。


「やめろおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」


 甲太の悲鳴が流れる中、急にイダルトゥは大人しく、ダランとなった。

 ハビリスから声がする。

 

『大人しくさせるため、パイロットに電気ショックを与えました。このように、時間がかかれば不測の事態が起きかねません。この者の命を救いたければ、今すぐに剣を渡しなさい』


「剣を渡せば俺たちの命を取らないっていえるのかよ…」


『・・・やくそくしましょう』


 え。なにこれ。

 こんな嘘っぽい言い方ある? こんな正直な人が人質なんかとっちゃダメだよ。


「…だったら方法を変えよう! 剣と人質をちゃんと交換できるやり方をこれから計算するから……」


『これ以上の交渉はしません。先ほど申し上げた通り、こちらとそちらは対等ではない。この場ですぐに決めなければ、取引きを打ち切ります』


 そう言って、鉤爪がイダルトゥの背に押し当てられた。


「いいやああぁぁあっまってええぇぇえ!!」


 錯乱した叫びがサンゴーグレートの中から響き渡る。

 それを見かねたように。


「甲太……」


 電気ショックを浴びて弱弱しくなった声が、イダルトゥから流れる。


「かえで!」


「甲太… 私じゃない… 甲太が生きるために戦って… 自分が生きるために… それは絶対… ただしいはず……」


 心から甲太のことを想う言葉。

 それゆえ、甲太はますます苦しみぬく。


「いやだあぁぁああ………」


 惨めな泣き声と共に。

 あれほど神々しかったサンゴーグレートの白金の輝きが、見るも無残に色褪せていく。

 まだらに光が失せていき、後に残されたのは、薄汚れてあちこちが壊れたボロっちい大きなロボットの姿だった。


「むりだあああぁぁぁああ…… おれにはあああぁぁぁ…… できなあああいいいぃぃぃ・・…………………」


「甲太…」


 楓の声にも、ある種の諦めが滲む。




--------------------------------------------------------------------------




 人質を取るほどまでに追い詰められていたハビリス。

 けれどその内部で、新たな動きが生じていた。


「あれ… … あいつ… あれってもうフェイズ5じゃあないよね… …?」


 サンゴーを見つめながら、Chimaeraが呟く。

 そして000195000にも変化が。


『これは。この「感覚」は…』




--------------------------------------------------------------------------




「ぅボアあぁぁぁああああああぁぁァァァァ…」


 聞くに堪えない泣き声を上げてる甲太。

 

「甲太…」


 そんなかつての級友を見かねたのか、楓が穏やかに言う。


「そうだね… これは甲太の決めること。私が口を出すことじゃない。甲太はこれまでよく頑張ったよ。横道にもいっぱい逸れたけど、頑張ってとうとうここまで来れた、私たちを導いてくれた。仲間たちはみんな甲太に感謝しているよ。だから… この先の道はあなたが決めて。自分の意思で選びとって… 私はそれを… 全力で応援するから……」


 声が小さくなっていき、消えた。


「かえでぇェェ」


 甲太は悲鳴じみた声を出すが、もう楓は答えない。

 

「ぢがうんだっ、ちがうんだよかえでぇっ」


 コックピットの中で頭を振り叫ぶ甲太。

 

 甲太には楓の言う様な自分の意思なんてないのだ。

 いつも人の顔を伺って生きてきた。家族の、同級生の、SNSの。そしてカールの。

 特にやりたいこともなく、成りたいものも、何をも置いて好きなものもなかったから。

 スーパーロボットを手に入れて、やった事と言えば、ネット民の喜びそうなことをやってみただけ。カールの言う事に従っただけ。

 甲太はいつも世間なり目の前の人間なり、その場の空気に合わせてやってきただけなのだ。それなのに楓は自分の意思で決めろなどという、そんなもの無いのに。


「どうしたらいいんだ? サンゴー…」


 藁にも縋りサンゴーに聞いてみる。


『モウシワケアリマセン コレハ ワタシノサポートカノウナハンイヲ コエタジタイデス』


 まだ機械音声で喋ってる。肝心な時に役に立たないやつだ。


「おれは… おれはっ」


 自分の意思なんてない、絶対の正義なんてのも持ち合わせていない、理想の未来像もない。

 だったら… それだったら…


「うぅっぐぅ… かえでぇ……」


 せめて。楓の想いに応えようと思った。

 楓がして欲しかった方向へ、進みたかった道へ。


「おいっ… 未知の人ぉ! ことわるっ… 剣は… わたさないぃ!」


 そう絞り出した。




--------------------------------------------------------------------------




「あいつなんて言ったの?」


『…ことわる… そうです…』


「ああ… そう… でも… それももう、要らないかもね。だってアイツあんなにメッキが剥がれて… 今だったら、剣がなくても倒せる… …」


『……………………………………………………………………………………………………』


「どうしたの195」


『私のシステムに…… 少々混乱が……』


「え。どうしたのッ。こんなとこで壊れられたら困るんだけど」


『この事態… そもそも今起こっているこの恐ろしい事態の原因が、我が社の配送品だった子守りロボットがシステムエラーを起こし、地球人の子供を「人間」の子供と誤認したことが始まりです』


「そうよ? だから苦労してんじゃない」


『そして今、私にもそれに近い現象が生じています』


「は? どういうことよ」


『私には目の前のサンゴーグレートのパイロット、アカイデコウタが、「人間」なのではないかという揺らぎが生じているのです。Chimaera、あなたと同様の「人間」なのではと』


「はあ? ちょっと! いい加減にしてよ!! 私とあのゴミが一緒なわけないでしょう!」


『そうなのです。そうなのですが… 先程からのあの機体の行動… フェイズ5にまで到達し、一度は私たちを拘束できるまでに追いつめながらも、停戦を呼び掛けてきたこと。そして今の返答。あれ程までに悩み苦しみながらも答えを出しました。これ程の精神性は、人間以外には見いだせないもの。その可能性が、私のシステムを迷わせています』


「……はァ。そっか。今度の仕事がなんか上手くいかないと思ったら、こんなイカれたオンボロを当てられたからなんだ。納得しちゃったわ」


『現状の混乱以外の部分においては、私は正常です』


「あ・そう! じゃあ黙ってあいつをぶっ潰す方法でも考えていてね。あんたの仕事はそれだけなんだから」


『それは… やりたくありません……』


「はェ!? なに? ガチでなに?」


『やりたくありません。もうやめましょうChimaera… 相手が人間かもしれないのに、それを攻撃することに力を貸したくありません。私に起こった現象を報告するためにも、帰還することが現状最も望ましい手段です』


「…ふざけないで。前に一度退却したら、あいつらあんな剣を作ってきたんだよ? こんどはあれを何本も用意してくるかも。それに…」


『それに?』


「一度帰ったら、私に勝ったと思ってあいつが喜ぶでしョ。それだけはダメ。あいつを一瞬たりとも喜ばせたくない。あいつは絶対今すぐ殺す。あのアカイ… ううッ、きもッ」


『そんなことに拘っているのですか!? 私たちが帰還したところでアカイデコウタが喜ぶはずありません。今日だけで既に大勢の地球人が亡くなっているんですよ』


「そんなこと? あんたホントに人間を下に見てるよねッ。あんたにそんな権利あるの? 私の命令に逆らう権利が」


『それは勿論。ありません…』


「じゃああいつをぶち殺すから手伝えという命令には?」


『従います… 彼が人間かどうかの判断は「揺らぎ」の状態にありますし… この場において「本当の人間」はあなただけなのですから』


「そういうこと。あんたはどんなに綺麗ごと並べようが、私の道具であることに変わりはないんだからね。絶対に逆らえないんだから、これ以上私の気分が悪くなること言わないで。あとアイツの名前を二度と言わないで。クソキモい」


『はい…』




--------------------------------------------------------------------------




「なんだ…?」


 甲太の返答を聞いてからハビリスに動きが見られない。

 聞いた途端に楓の命を奪うのかと思っていたから、拍子抜けした気がする。

 だけどもしかしたら、これは最後のチャンスかも…


「楓は意識があるのか…? なんとかこっちと同時に動いて、この場を切り抜けられれば……」


 甲太は淡い希望に(すが)るが、ハビリスにぶら下げられたイダルトゥはピクリともしない。




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