第100回 とある地方都市にて②
『Chimaera、何故またこの映像を? 先程はなんの反応も見られなかったどころか、かえって逆効果になったような…』
「うん。さっきはね。でも今回の子は… ちょっと違う展開になりそうじゃない? あんなに大事に亡くなった機体の形見を抱えて…」
Chimaeraの予想通り、クラウディアは画面に釘付けになっていた。
「あ・あ・あ…… ピーターのアンテセッサーが…… なんで……? あれどこ……?」
『クラウ! 落ち着いて! あんなのただのCGだよっ! ネットにいくらでも転がっているのと同じ、フェイク動画! 惑わされちゃダメ!』
慌てたヘルメイアスが呼びかけた。
『相手の動きが完全に止まりました… 確かに効果があったかもしれません…』
「…やったね。それじゃあ。これ流してみて」
Chimaeraがタイプした文章を提示する。
『これを音声で流すのですか? しかしこの内容は… 相手は子供ですよ?』
「だからイイんじゃないですか? どっちにしても駆除しなきゃならないんだし、早く楽にしてあげなきャ。さッ、どうなるか見てみましょう」
クラウディアは目を皿の様に丸くして、パーソナルをリセットされたアンテセッサーの映像を見続けた。
ヘルメイアスが必死に呼びかけるが、止められない。
ヘルメイアスにこれを無理やり止めさせることはできない。
ロボットはパイロットの、強い意志、を止めることは出来ないようになっているから。
映像は最後まで流れて切れた。
かと思えば、再び最初から流れ始める。
ただ。前とは、リセットされたアンテセッサーの喋る内容が異なっていた。
『僕がこんな風になってしまったのは… クラウディアのせいです』
「!!!!!」
クラウディアの体が震えた。電気が流れたように。
『あ。あいつ!』
ヘルメイアスが唸った。敵の考えが分かったから。
映像の中のアンテセッサーは続ける。
『僕はこうなりたくなんかなかった。ピーターともっと一緒にいたかった。もっと遊びたかった。それなのに僕の大事なピーターが死ぬときにクラウディアはいなかった。ピーターを置き去りにして一人で逃げたんだ』
「ちがうよっ! ちがう! ちがぁうぅ!!」
クラウディアは、眼前のモニターに張り付くようにして叫ぶ。
ヘルメイアスは必死に制止しようとして、
『クラウ! クラウディア! 止めよう! あいつの言葉を聞かないで! こんなの絶対罠だってわかるでしょ!? 一旦見るの止めよ!?』
「だめぇ!! 止めないで! ピーターを消さないでっ!!」
クラウディアは半狂乱となっていた。
『あいつっ…』
ヘルメイアスは内心歯噛みする。(ロボットなのに)
これがいかにも生成AIで作ったような美麗な映像と音声だったら、かえってわざとらしく、クラウディアもここまで惑わされなかったはず。
しかし、この映像は本物だ。画質は高解像だが、ただ単に回収したロボットの調子を確認する為だけに録られたものらしく、なんの工夫も気遣いもない。それが逆に強烈なリアリティを放っていた。
そこに子供帰りしたような、たどたどしいアンテセッサーの声が重なる。
この声は完全に後から、というか今ここで入れられたものだろうが、本物の映像と共に流れることで、クラウディアの心の中に、ものの見事に入り込むことに成功していた。
「あれ? あいつ震えてない?」
Chimaeraの指摘に000195000は。
『あ、はい。確かに機体に微細な振動が確認できます。奇妙な現象ですね… あまり例のないものです』
「おもしろッ。いいね、私も喋ってみよッ。私の声を翻訳して流してみて。ああ、声聞かれたくないから、ちゃんとボイチェンしてよ」
『えっ。ええ、分かりました…』
クラウディアの動揺は搭乗機に伝わり、機体を小刻みに振動させていた。
映像は続く。
『クラウディアが逃げたから僕はやられちゃったんだ。クラウディアがいたら助かったかもしれないのに。クラウディアが逃げたからピーターは一人ぼっちで寂しく死んでしまった。ねえ、どうして僕とピーターを置いて逃げてしまったの?』
「ちがう… ちがう… ちがう………!」
首を激しく振り、声を絞り出すクラウディア。涙でまともに前が見えない。
『お願いクラウディア。撃って。あの映像を破壊して……』
ヘルメイアスが届かない声を放つ。そこへ。
《お~~い。クラウディアちゃん。でいいのかな?》
声がした。この声は。
ハビリスから放たれている。
《感謝してね。地球生物が私に直接声をかけてもらうことなんて、まず無いんだよ。でもクラウディアちゃんが何だか泣いてるみたいだから、可哀そうになって思わず、ね》
「え? なに……」
クラウディアが赤くなった瞳を上げる。いつの間にか立体映像は消えていた。
《クラウディアちゃんは何で泣いてるの? ピーターって子が死んだときに、怖くて逃げちゃってたから? でも気にすることないよ! 怖いのは当たり前だもん。なにせクラウディアちゃんは他の子たちが集まって頑張って戦ってた時も、どこかに行っちゃってたもんね!》
Chimaeraは、UFR研究所のサーバーから採取したデータを見ながら喋る。
同時に、ハビリスの鉤爪が赤熱しはじめた。
《ふ~ん。君たちのリーダーはカール君って子で、私があのとき海の側で駆除したのがその子だったんだ。そうだよ、カール君がみんなを守るために一生懸命戦って死んでった時も、クラウディアちゃんはコソコソ隠れていなかったもんね。そんな気にすることないよッ。怖かったんだもん、しょうがないよねェ》
地球人のデータなどChimaeraにとっては死ぬ程どうでもいいので、今まで見ようとも思わなかったが、いざ目を通してみると結構面白い。
「カールをくじょ… そんな… そんな…」
ハビリスのパイロットが、カールを殺めたことに罪悪感を微塵も感じていないという事実に、クラウディアは目が眩む思いがした。
《そんな怖がりのクラウディアちゃんに助けてほしい、なんて思う方がバカだよね。え~とピーター君? 変な名前だね。この子だって死ぬ前にクラウディアちゃんの名前を呼んでた気がするけど、無理だもんネ。怖いんだからしょうがないよね》
「ピーターの名前を呼ばないで!! あんた殺すよ!! これ以上なんか言ったらコロス!!」
《え~~、何か気に障った? ピーターちゃんの名前を呼んじゃいけないの? なんでピーターのこと言っちゃいけないの、ねエ、私がピーターのこと語っちゃいけない?》
はしゃぐChimaeraに、000195000は注意する。
『Chimaera。もうその辺で』
「ちょっと黙っててよ… あともう一押しなんだからッ」
『これはあまり良くない行いです。これ以上続けるのは、あなたの心にも良くないです』
「ああそう。機械にはそう思えるんでしょうね。でもこれは人間の仕事だから黙って見てなさいね。すぐ終わるから」
ハビリスからの声が途絶えたのを見計らい、ヘルメイアスが言う。
『クラウディア! 一旦ここを離れよう。コータと合流するの、今のうちに。絶対その方がいいって!』
しかしクラウディアはハビリスの方を凝視して動かない。
「あいつがピーターを… カールを… ゼッタイコロさなきゃ…… ゼッタイ」
口から呟きが漏れ、そして、ビーム銃を掲げる。
『クラウディア! 待って!!』
《ごめん! ちょっと休んでた! で・どうして私がピーターのこと言っちゃいけないの!?》
「うううるさいぃぃぃい…… だまれぇえ……!!!」
《え・なに、そのマヌケな声!? だいたいサ。ピーターの最後の瞬間に一緒にいたのは私なんだけど。どっかに逃げてたあんたが何か言えんの?》
「ぅぅぅぅぅぅぅううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・・・うぅ・・・・・・」
『だめだよっクラウ!! 落ち着いて! 脚を。脚を狙って撃って!!』
《ピーターがどうやって死んだかあんたに教えてあげなきゃでしョ? あんたの大事なピーターがどんな潰れ方したか親切に教えてあげるんだから、ちゃんと聞かなきャ》
「ぅぅぅぅぅぅううあああああああぁぁぁぁ… きえてえええええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
《ピーターがどんな音をたてて潰れたか、どんな悲鳴を──
クラウディアはハビリスの胸目掛けて、ビーム銃を撃った。
されどビームは発射されず、ヘルメイアスが停止した。
「あ・あ・あ・あ・ぁ…」
《良かったねェ。これでピーター君のとこに行けるよ》
ハビリスは糸を焼き切って自由になった左腕をヘルメイアスに向けると。
鉤爪を射出した。
鎖(のような何か)を引きながら、鉤爪は砲弾のように飛び出し。ヘルメイアスの胸部コックピット目掛けて撃ち込まれて。
鉤爪はヘルメイアスが胸に構えていたビーム銃を両断し、その際に僅かに進路がそれて、ヘルメイアスの首に当たり切断した。
頭部を失ったヘルメイアスは、ガックリと膝をつき、倒れ込んだ
ハビリスは素早く鉤爪を戻し、全身に絡んだ糸を切り払いにかかる。
『クラ・ウ・ディ…』
地に転がったヘルメイアスの頭部、眼の光が消えていく。
ヘルメイアスのこの性格この声は、クラウディアの母がまだ一つのチームでいた頃の、それを模しているようであった。
地球人と未知の人の間で行われた初めての対話は、このような形で終わった。
鉤爪で自らを拘束していた糸を断ち切り、自由になったハビリスは、頭部を失って倒れたヘルメイアスの方を見る。
しかし直ぐに、反対方向に顔を向ける。雑魚に止めを刺すより優先するべきものがあった。
何としても手に入れたいもの、それは大地に突き立てられたアポロンソード。
そんなハビリスの視線の先、陽を浴びて輝く光剣の側に。
サンゴーグレートが立っていた。
しまった。雑魚に時間をかけ過ぎた。
慌てたハビリスは、ちらと倒れたヘルメイアスを見るが、すぐに身を翻し。
脱兎のごとくその場から逃げ出し、高速移動でビルの間をすり抜けていった。後には千切れた糸の断片がコンクリートの煙と共に舞い散っていた。
「…あいつ」
本当に戻ってきてたのか、甲太の心を失望が覆う。
地球人類より遥かに進んだ文明を持っている筈の未知の人が、こんなコスい手を使うなんて。
ハビリスが点けた山火事は、サンゴーグレートが全て踏み消してきた。
そしてそれが陽動だと気づいた甲太は、ハビリスの狙いがアポロンソードだと推察し飛んできた。少し遅かったが。
甲太はアポロンソードを、サンゴーグレートの手で引っ掴み。
「クラウディア! 大丈夫か!?」
倒れたヘルメイアスに駆け寄る。見ればコックピットは無事みたいだ。
「ごめんクラウ!」
ここは一旦クラウディアは捨てておく。
ハビリスが空を飛んで逃げずに、町の中を移動したということは……
最悪の事態が浮かぶ。
急いでハビリスの後を追いながら、この街のマップとハビリスの去った方向を重ねると。
「くっ……………………っ」
甲太は声を漏らした。




