表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦場のアウラウネ  作者: 耕眞智裕
第三章 真敵
45/50

Ⅻ レクイエム Ⅱ

「目標点、左2、距離1088――

 姿勢制御アンカー射出。砲弾装填確認」


 起動時には使用しなかったスフィンクスの巨体を制御するためのアンカーが五発大地に打ち込まれ、スフィンクスの周辺の土が上空に打ち上げられる。


「姿勢制御安定確認。状況良好。いつでも発射可能です。ご命令を」


 操作盤下から発射トリガーを引き出すと、砲担当射撃制御技師がバルボッサの方向に身体を向け、敬礼と共にそう述べた。


「はぁ。これ一発で砲車十台分の金がかかる。その分の成果は出してもらわないとな」


 ブリッジの端でニヤニヤと笑い、胡麻をするオルタリア商人を一瞥し、バルボッサはいやみたらしくそう口にした。


「【カフラー】―― 砲撃せよ!」


 そして攻撃目標に目を細めると、上げた右手を下ろし、バルボッサは主砲【カフラー】の使用を命じた。


「了解。砲撃を開始します」


 上官の命に従い、王国軍技師は握った思い引き金を引く。

 その刹那、重い音と共に【カフラー】砲身は黒煙に包まれ、一度の瞬きの後、目標地点に火の柱が上がった。

 そして一時置き、衝撃がスフィンクスを揺らすと、爆発音が耳に届く。


「…………」


 この世の終わりのような光景に誰も言葉を発しない。スフィンクス搭乗員の一部は起動時にはおらず、これが初めての経験であった。

 赤黒い炎は補給車を伝って広がり続け、帝国軍陣営の中心部は大地が溶解したような形容しがたい状況となっていた。


「目標……消滅……」


 通信士は震える声でそう報告したが、実際には炎と黒煙により確認は不可能であり、この状況からの生還はほぼ絶望的と類推しての発言であった。

 だが、それに異を唱える者などいない。灼熱の火炎旋風が巻き起こる中、助かる可能性など無い事に関し皆が同意見であった。


「ご満足いただけましたかな将軍」


 軍人たちが言葉を失っている時、只一人へらへらと笑い異国の商人は躊躇なくそう口にする。


「弾頭内の傷痍液は着弾と同時に瞬時に気化し、目標周辺はガソリンの撒かれた密室となる。そして内部の起爆装置によって――おっと、ここからは企業秘密ですな」


 オルタリア商人の異常ともいえる態度に、バルボッサも軽い戦慄を覚えた。“同じ世界を生きる者ではない”そう感じたのだ。


「――敵の動きはどうなっている?」


 不快なものに蓋をするよう、バルボッサは彼を無視し、唖然とする兵士たちに声を少し大きくして問うた。


「敵陣営中心部では消火活動と救急活動が確認されています。

 ですが我が軍左翼の攻防では以前敵が有利。いいえ、むしろ勢いを強めております」


 帝国軍陣営中心より東側は混乱により動きを鈍化させていたが、西側はさほどその影響を受けず、むしろ突然の暗闇と衝撃によって委縮している王国軍に対し、猛攻を仕掛けていた。


「指揮官はあちらだったという事か……

 我が軍右翼は混乱の中にある敵軍に強襲。中央は左翼に食らいつく帝国軍を横より攻撃せよ」


 バルボッサは【カフラー】によって敵の陣営が分断されたと判断し、中央に配置した部隊を崩壊の危機にある左翼の支援に向かわせた。




「何という事だ!! 王国軍め、またしても禁忌を犯すのか!!」


 一方、帝国軍は救援活動及び状況の把握、そして凶悪な虐殺兵器への対処と地獄の釜の蓋が開いた状況にあった。

 スコット・ヴァイツァー中将が座乗する帝国軍旗艦車は帝国軍部隊右翼に位置していた為、【カフラー】の被害は皆無であったが、突如大海に放られたような状況に冷静さを保てるはずもなかった。

 そして、彼の背後にある第二の敵の存在にも気付くことは無かった。








「敵巨兵騎士を確認、射撃体勢に入ります」


 カルデナ平原の衝撃より前、マルセル湖北では禁忌の巨人が対峙していた。

 両手手首に自然砲身である【レーヴァティ】及び【フルアルサマカー】を装備した王国軍の巨兵騎士『ピスケス』は適切な距離を取り、相手巨兵騎士が接近する前に勝負を決しようと照準を定める。


「なぁんだ…… アイツ。薔薇のやつじゃないのかよぉ」


 アシャリハ敗北のリベンジに燃える巨兵騎士『スコーピオ』の操り手であるアリアス・グレンは身体をのけ反ると溜息をついた。


「おい、名誉少尉。準備が終わった。前のような失態は許さんぞ」


「へいへい分かってますよ」


 後方の帝国軍兵士に言葉を浴びせられ、グレンは身体を前に寄せ、戦闘の準備に入る。


「それじゃあ今回は狩らせてもらうぜ。なぁ? オクトゥブレ」


「はい。マスター」


 巨兵騎士『スコーピオ』は帝国軍砲車の砲撃と共に進撃を開始する。

 なだらかな弧を描き、打ち上げられた砲弾は王国軍部隊に届くには弱く、力尽きた鳥のように地面へと垂直落下する。

 それは威嚇射撃、或いは戦意を高める鬨であると王国軍は思った。だが、それらが煙を噴出し、濃霧のような状況を作り出した事でそれが勘違いであったと瞬時に理解した。


「敵…… 補足できないです」


 煙に隠れた『スコーピオ』を確認しようと『ピスケス』のポリネイトであるファルバリは目を細くし、身を乗り出すが見えるのは煙ばかりでその姿を確認できない。


「小癪な。でも――」


 相手が何処にいるか分からない。だがスモークの効果が消えるのを悠長に待つわけにもいかない。そこで『ピスケス』の操り手サラ・ブレスは一か八か煙に対して左右一発ずつ砲撃を行った。


「…………」


 砲撃であるが、手ごたえはない。爆発音等から直撃は無かったと判断できる。


「【レーヴァティ】、【フルアルサマカー】…… 残弾残り2発なの」


(駄目…… 奴が何処にいるか分からない……)


 煙に銃口を向け、サラとファルバリは息を飲んで様子を伺う。

 そして、その数秒の後突然の大音が左から轟く。

 その音の正体。それは鈍い銀の鎧に包まれた巨人の姿が視界に現れた事で明らかとなった。そう、奴の跳ぶ音。大地を抉り、そして踏みしめる音。


「くっ……」


 敵の急接近に『ピスケス』は銃口をスライドさせるが、時は既に遅い。『スコーピオ』の鞭による一撃は銃を構えるより早く、太いそれは【フルアルサマカー】に直撃し、『ピスケス』は体勢を大きく崩した。


「きゃあ!!」


 無論、車上にいるサラとファルバリに『ピスケス』の振動は伝わらない。だが視界に広がる景色は大きくスライドし、自分たちが倒れたように錯覚した。


「こいつはすげぇな!!」


 敗北の記憶が残る煙幕戦術が成功し、グレンは目を見開いた。

 煙に身を隠した『スコーピオ』は四足歩行動物のような体勢を取り、音と振動を最小限にしてヤモリの如く『ピスケス』に這い寄った。そしてある程度接近すると、一気に更なる距離を詰め、リーチと速度を両立した攻撃によって電撃的奇襲をしかけたのだ。

 その結果、『ピスケス』の左腕に装備された【フルアルサマカー】は使用不能になり、『スコーピオ』はその先にある王国軍砲車部隊を攻撃範囲におさめた。


「狩りだぁ!! 狩りの時間だぁ!!」


 目の前にある羊の群れに狼は容赦しない。恐怖と混乱によって照準が鈍る王国軍砲車部隊の攻撃を素早い動きで躱すと、鞭を振って蹂躙する。

 人知を超えた恐怖の兵器に鉄の車は軽い藁のように吹き飛び、周囲に侍らせた歩兵、騎兵は形を崩しながら地に降る。そして風によって煙幕が消える頃には王国軍部隊の砲車はその殆どを失い、後方に控える補給部隊が露出していた。


「さて、もうデザートの時間か。多少物足りなかったが頂くとするか」


 『スコーピオ』はわざと鈍重に歩き、地面を振動させる事で敵に威圧を与えつつ接近する。相手が怯える姿を見るこの瞬間こそがグレンにとって至上の快楽であった。


「キヒヒヒヒヒ。じゃあ、消えな」


 舌なめずりと共に鞭を構える。

 そしてそれは勢いを以って振られた。


 ――そのはずであった。


「なっ!?」


 振られたはずの鞭は視界を通ることは無く、王国軍補給部隊の姿は健在。

 思っていたものと異なる結果にグレンは『スコーピオ』の頭部を動かし、状況を確認する。


「おいっ!! これは!!」


 鞭の付け根に突き付けられていた短刀、それは大きく食い込み、『スコーピオ』の右腕を束縛していた。


「離せぇ!!!」


 食事を邪魔された狼は咆哮し、右腕を大きく振って束縛から逃れようと試みるが、それはかえって状況を悪化させた。

 背後にいる“ヤツ”の巨大な手によって短刀の柄が握られ、『スコーピオ』の取った行動は自らの鞭を裂き、切断させた。


「いったい何が起こってやがる!?」


 弱った虫のように蠢く切断された鞭を一瞥した後、『スコーピオ』はくねらせるように回り、身体の方向を変える。


「――やっぱり、あれで終わりじゃなかったわけかぁ」


 そこに立っていたのは両手に短刀を装備した『ピスケス』。サラ達が座する車両は補給部隊の中に健在であり、【フルアルサマカー】が使用不可となった以外に支障はなかった。


「さっきぶっ壊れていれば終わっていたのによぉ。まぁ、これはこれで」


 転倒している『ピスケス』を無視し、砲車部隊への攻撃を優先したのはサラが搭乗する車両の破壊を期していた事であったが、それは叶わなかった。だが、生きのよい獲物の登場にグレンは興奮の度を上げる。


「そらぁ!!」


 距離を取れば遠隔武器を持つ『ピスケス』が有利になる事を理解するグレンは一気に距離を詰め、拳で相手の頭部を突く。

 拳は見事に命中し、『ピスケス』の頭部を覆う銀の兜は奇怪な音と共にひしゃげた。だが、『ピスケス』はすぐに体勢を整え、素早く短刀の斬撃を『スコーピオ』の喉元にくわえた。


「はぁはぁ…… こんなところで死ぬわけにはいかない。力を貸して…… お姉ちゃん」


 喉への斬撃の後、すぐさま腹に蹴りを入れて『ピスケス』は距離を取る。そして一息の間を挟み、姿勢を低くすると再度『スコーピオ』に接近する。


「くらえぇぇぇぇえ!!」


 閃光のような剣捌きで今度は『スコーピオ』の胸部中心を切り裂き、流れるように左手の攻撃で太ももを裂く。

 だがその直後、『スコーピオ』の拳が報復と言わんばかりに『ピスケス』の頭部を揺らした。


「ククク…… アハハハハハ!!

 いいぞ、いいぞ。お前もインファイトこっちがお得意かぁ! ストリートでの喧嘩を思い出すなぁっ!!」


 巨兵騎士は痛みを感じない。いくら斬撃を受けようが物理的に崩れない限り活動に支障はない。

 『スコーピオ』は受けたダメージを顧みる事無く、ボクサーのようなステップを踏み、武器を持った敵に拳を構える。


「ほら、歯ァ食い縛れ!!」


 鋭い右ストレートが放たれる。だが、その単純な動きを見切ったサラはそれを躱し、返しに刃の攻撃を試みる。


「そう何度もくらうかよ」


 ここで初めて『スコーピオ』が『ピスケス』の攻撃を回避する。過去の自分と今の自分をシンクロさせ、グレンは当時の野性的な感覚を取り戻していた。


「お返しだぁ!!」


 グレンは『ピスケス』の攻撃直後の隙を見逃さず、反った体に勢いをつけて拳を振った。

 だがそれは『ピスケス』の異様な動きによって回避される。過去をシンクロさせているのはグレンだけではなかったのだ。


「…………」


 女は言葉を発しない。それは冷徹な過去の自分が完全に重なっている事の証左だ。

 『ピスケス』はサラの手足となって、蝶のように舞い、鉢のように二本の短刀を突き立てる。それを『スコーピオ』は軽いフットワークで回避しようとするが、その全ての斬撃、刺突を回避できるわけでもなく、ダメージを蓄積させていった。


「アハハハハハ!! 楽しいなぁオイ!」


「…………」


 二人だけの世界。それは外部の干渉を遮る聖域であった。突然発生した炎の柱と黒煙によって訪れた暗闇さえも彼らの戦いに水を差す事かなわず、熾烈な接近戦インファイトはむしろその熱を上げていった。


 金属と金属がぶつかり、弾ける音、歪む音、軋む音。そして大地の震動音が響く空間で二人の戦士は過去の自分を見つめる。

 片や、帝都ティタンのスラムで生きるための抗争を続けていた自分を――

 片や、外界と隔絶された牢獄のような場所で“人を殺す機械”として仄暗い剣術の修練に励んでいた自分を――


 そして片方が膝を地面につき、姿勢を落とした時、巨人を囲っていた聖域は露と消えていった。


「ククク…… 久しぶりに燃えたねぇ……」


「マスター。『スコーピオ』のダメージが許容範囲を超えました――」


 膝をついたのは『スコーピオ』。斬撃によるダメージが重なり、先程のような戦闘を行う事は困難になっていた。


「首、胸部、股間。もし生身の人間ならとっくに死んでいるよなぁ……」


 グレンは切る付けられた急所を挙げ、止めを刺そうと接近する『ピスケス』を睨みつける。


「“マジのやつ”に俺の生半可な喧嘩じゃあ敵わない。そんなのは嫌なほど知っているさ。

 あぁ、そうさ。俺は喧嘩に負けた。完敗だ。アンタは俺より強い。

 

 けどさぁ……


 “俺達”はもうすでに……始まった時から勝っているんだよぉ」


 ドライヴシードを破壊すべく、短刀を持った右手を高くあげた『ピスケス』の背後に、グレンのその発言と時を同じくして紅蓮の炎が爆発音と共に出現した。


「くっ!!」


 火元は『ピスケス』の背中。それは後方に展開する帝国軍砲車部隊からの援護攻撃によるものであった。『ピスケス』と『スコーピオ』が戦闘を繰り広げている最中、部隊は扇形に展開し、『ピスケス』に十字砲火を浴びせる体勢を整えていたのだ。


「おいおいよそ見すんなよ!!」


 敵は所詮砲車と『ピスケス』は反転し、殲滅を試みるが、それを起き上がった『スコーピオ』が阻害する。状況はリンチの様相を呈していた。


「あははははは!! 全く大した奴だったよお前はァ!! 視界がぼやけてんのにここまでやるとはなぁ」


 サラたちが後方に展開する帝国軍砲車部隊を察知できなかった理由はグレンのこの言葉に現れる。

 大岩をぶつけられるような打撃を幾度も頭部に食らった結果、完全破壊には至らなかったものの歪んだ頭部によって視界の40%以上が失われていた。彼女たちは制限された視界の中で『スコーピオ』を凌駕していたのである。


「こんなところで…… こんなところでぇ!!」


 一転攻勢の攻撃にサラは冷静さを失う。帝国軍の攻撃は正確であり、一撃一撃が『ピスケス』をスタックさせ、ダメージを与え続ける。そしてその隙を逃さず『スコーピオ』は気合の入った右ストレートを浴びせた。

 

――もはや絶体絶命。戦闘力を持たない王国軍補給部隊に期待出来ることは無く、ただドライヴシードが破壊されるまで一方的な暴力を受ける他なかった。


――だがそんな時、一陣の風が吹いた。

――帝国軍側から王国軍側に流れる風。それはマルセル湖北の森林から葉を運び、そして、サラに希望を運んできた。


「おーい!! 大丈夫か!!」


 サラたちの目前にある水鏡に映ったのは、彼女たちがよく知る男の姿。


「首の皮一枚よ。全く……」


 この地に生きる人々にとって不可侵の世界である大空にただ彼らだけがその存在を許される。巨兵騎士『アリエス』――その非力さ故に最弱の巨兵騎士と嘲笑されるが、他の誰もがなしえない飛行の力を持っていた。


「あらよっと」


 非力と言っても、それは人知を凌駕した巨兵騎士の中でという話。相手が砲車であれば、その身一つで一騎当千の力を有する。

 飛行の為の“器官”をパージし、地上へと降り立つ『アリエス』は右に展開した帝国軍砲車を踏みつけて破壊し、その衝撃を以って周辺の砲車を横転させた。

 対『ピスケス』一体に集中する形で展開していた帝国軍部隊は予期せぬ外部からの攻撃に脆弱で、反撃の機械すら許されず次々に踏み潰され炎上していった。


「くそがぁああ!!」


 状況の変化にグレンは声を上げ、『アリエス』に突進しようとするが、『ピスケス』の斬撃によって阻止される。帝国軍砲車部隊は練度に裏付けされた機敏な動きによって『アリエス』の無骨な攻撃を回避するが、それによって『ピスケス』包囲網は完全に崩壊し、『ピスケス』は完全に解き放たれた。


「名誉少尉。撤退だ」


「あん? 何だって? 撤退だぁ? 何寝ぼけたこと言ってんだ」


 グレンたちが乗る車両に同乗する帝国兵から告げられた言葉に彼は激昂する。

 確かに状況は悪化したが、敵は片や手負い、片や武器を持たない巨兵騎士のみ。グレンはこの状況を打開する自信があった。


「ちっ、俺達も納得しちゃいない。だが、上からの命令だ」


「上? ヴァイツァー中将閣下からかぁ?」


「いいや。ルートヴィッヒ殿下の御名代からだ」


「…………ちっ」


 “名代”という言葉は引っかかるが、飼い主の名前を出されるとグレンも従う他はない。

 『スコーピオ』は戦闘を停止すると、大きく回って帝国軍砲車部隊に接近し、『アリエス』を牽制する。それに呼応し、『アリエス』と『ピスケス』は王国軍補給部隊を背にするように動き、両陣営はきれいに分かれた。


「はぁぁ…… サラさまぁ…… あちらから通信の許可要請が来ていますぅ」


 威嚇するように睨み合う巨兵騎士、その中で『ピスケス』の操り手サラに何者かが通信を求めているのを相棒であるファルバリが伝えた。


「――いいわ。繋いで」


 相手は紛れもなく目の前にいる敵巨兵騎士の操り手。それを理解し、サラはファルバリに水鏡によるコンタクトを許可した。


「――に応じてくれて感謝するぜぇ」


 映されたのは粗暴さが現れるような風貌の青年。そして鏡の端には人形のような少女が微かに映る。


「あぁん? 女かよぉ。こいつは驚いたぜ」


 映された青年――グレンはそう言うと大げさに手を動かし、驚愕した事を表現した。


「まず名を述べ、要件を簡潔に告げるのが先でしょう。帝国軍は蛮族の衆なのですか?」


「おっと。怒らせちまったか? そいつは悪かった。煽る気はないぜ。禁忌なんつぅのは老若男女総じて分け隔てなくゴミだからな。

 俺はレグラント帝国軍アリアス・グレン名誉少尉。要件と言っても大したもんじゃねぇ。ちょっと気になる事があってよ。おめぇさんに答えて欲しいってわけだ」


 グレンはそう言うと、しばしにやつきながら沈黙し、サラの回答を待つ。


「……いいでしょう」


「そいつは有難いぜ。

 けどさ、俺が名乗ったのだからそっちも礼にこたえるべきだろう? それとも何か? 王国軍の兵士は人にだけ礼儀を強要し、自分はふんぞり返る痴れ者か?」


 鏡を覗き込み、いやらしい口調でそういうグレンにサラは震えるような嫌悪感を持った。


「リ-リシア王国軍特尉サラ・ブレス。さぁ、要件をどうぞ。あなたにとっても時間は貴重なのでしょう?」


「おおう、そうだな。

 俺はよぅ。戦術っていうの? そう言うのを学ぶ機会があってよぉ。剣術なんて言うカッコだけのものには興味は無かったが、いろいろ知ったわけ。格闘、それと暗殺、忍術――」


「その様な物には興味ありません。要件を」


「ちっ、せっかちなやつだぜ。

 要件というより、答えて欲しいだけだ。つまり、俺は色々とそういう事に知見がある。そして、お前の戦い方にも覚えがあるってわけだ」


「っ!」


 グレンの言葉によって不快の感情はサラの表情に出る。


「短剣二刀、まるで舞うような無駄のない動き。そしてそんなに歳を食ってるわけでもない乙女がそんなものを習得している。

 これはミルドレッド王国の暗殺部隊であるという事を示している。革命後も密かに存在していたと聞いたが、こんな所で実物に会えるとは思わなかったぜ。

 なぁ? そうなんだろう? なぁなぁ」


「…………」


 サラは目の前の粗暴な男を舐めていた。その風貌、態度から大した知識のない戦闘狂だと勘違いしていた。まさかこの様な男に自分の過去を暴かれるとは思ってもみなかった。


「暗殺部隊なんてぇのは聞こえはいいが、リーディアの奴隷と大差無ぇ。用途が違うだけで、主に奉仕するだけの人形だろう? おめぇはどう思っているんだぁ? なぁなぁ?」


 ミルドレッド暗殺部隊の名は知られていてもその術は一般には知られておらず、特別な機会が無ければ触れる事すらない。グレンもそれを紙の上でしか知らなかったが、実物に相まみえた事で興奮していた。


「…………」


 だがサラにとっては面白くはない。見ず知らずの男にずけずけと心の内に入られているようで酷く不快だった。


「ちっ、だんまりかよ。

 まぁいい。その様子だと俺の勘は当たっていたようだ。

 おっとぉ、勘違いするなよ。俺は別におめえを馬鹿にしている訳じゃない。むしろ敬意すらあるくらいだ。強い奴は強いってだけで尊いんだからな」


 その様な事を口にするが、グレンの目は珍しいものを観察する者の目であり、敬意は微塵もそこにはなかった。


「ちっ、お前の言うように時間はもうないらしい。

 今回は潔く引いてやるが、次は転がしてやるからな。陳腐だが、“覚えていろよ”とだけ言っておくぜ。ククク…… ヒヒヒヒヒヒ」


 グレンは捨て台詞を吐くと、帝国軍部隊の殿として戦場を離れていく。

 マルセル湖を守る戦いは帝国軍の不気味な撤退によって終わった。


「どうやら奴さんたち、完全に撤退したみたいだな」


 周囲に敵がいなくなると、森に潜んでいた迷彩色の軍用車一台が戦場に現れる。

 そしてそれは後方に怯えるように身を寄せ合う補給車両の元に近づくと、タイヤ痕を付けながら停止した。


「おっと」


「お気を付けくださいジョシュア様」


 車から出てきたのは青年と少女。

青年が地上の感覚を誤って転倒しかけるのを傍にいる少女が助け、そして何もなかったかのように歩みだす。


「よぉ」


 彼らが向かった先には二人の女。青年ジョシュアは気さくに声をかけ、丸太を横にしたベンチに座る女の隣に座った。


「准将には既にご報告しました」


 サラは馴れ馴れしく横に座るジョシュアに目を合わさず、眠そうに首を上下に動かすファルバリの頭を撫でながらそう答えた。


「いや。そうじゃなくて…… 

 まぁ、とりあえずお疲れさん」


「くっ、何が“お疲れ”よ。うちの部隊の砲車は壊滅! 敵の巨兵騎士も倒せず、敵の多くを逃がしてしまった。完全な敗北よ!

 それに……」


 サラは自分の体たらくに苛つきを募らせる。だが、彼女が柄になく感情的になるのはそれだけが原因ではなかった。


「それに?」


「あなたも聞いていたのでしょう?」


「ん?」


「アイツ。敵巨兵騎士のインフェクテッドとの会話よ! あなたにも回線が繋がっていたのを私が知らないとでも!?」


 褒められたものではない暗い自分の過去。それをグレンによって曝け出された事が彼女を不快にさせ、鬱積することなく目の前にいる仲間にぶつける。


「ああ、聞いていた」


「うう…… どう? 軽蔑した? 私はあいつが言った通り汚れた殺し屋よ…… 最悪……」


 サラは弱々しく言うと、ふさぎ込み耳を塞ぐように頭を抱える。


「そうか。一つ昔話をしよう。

 オルタリアとの国境にあるミルドレッドの村生まれのつまらない男の話さ」


 ジョシュアは脈略なく突然話を始めた。そしてサラが無反応なのをいい事に一方的に話を続けた。


 ――男は狭い世界に飽いていた。ミルドレッド領内の村と言ってもここはオルタリアとの国境。秘密主義のかの国によって村は壁に囲われ、オルタリアの警備隊が我が物顔で村を跋扈していた。村民はミルドレッドではなく彼らの支配下にあった。

 農業、畜産の第一次産業がこの村の全てであり、それをオルタリアに売る事で生計を立てていた為、村民たちはその境遇に満足していたが、いずれはみ出し者は出てくるわけだ。

 ここで生まれた男がそうだった。牧場の次男として生まれた男は親から過剰な期待もされず、悠々自適に悩みなく暮らしていた。

 きっとそれが原因だったのだろう。男は成長するにつれ、自分の世界に壁という障壁がある事を疑問視し始めた。自由を阻害されている事を嫌悪したのだ。

 外に出る事。それは生活の基盤を失う事を意味する。村の中ではオルタリアの庇護の下、責任も悩みもない生活が出来るのであろうが、外に出ればそうはいかない。

 男には学もなく、身体が人より優れているわけでもない。だが、男は不思議と動物に好かれる特性があった。彼はそれを利用し、芸を以って生活を支える事にした。

 家族は積極的に反対しなかった。別れは惜しいが、いつかこういう日が来ることを感じていたらしい。

 そして男はいつかの帰郷を約束して広い世界に足を踏み出した。無論、男の後ろにはオルタリアの尾行があった。装束は商人であるが、素性は恐らくオルタリアの警備隊。密入国を疑っていたのだろうが、骨折り損、男は東へと進み続け、三つほど街を経過したあたりで尾行は無くなった――



「本当につまらないお話。ここから面白くなるの?」


 ふさぎこんでいたサラがジョシュアの話に文句を言う。それは彼女が真面目に話を聞いていたという事の表れだった。


「話はここからさ。ミルドレッド出身なら君も知っているだろう? あの国に厚い暗雲が覆う事を」


「…………」


 ジョシュアの言葉に対し、サラは何も言わなかった。そして話は続く。



――男はなんとか上手くやっていた。動物廻しの芸に加え、世話になったサーカス団から芸を学び、一人で飯を食えるくらいにはなっていた。

だが、順風満帆は続かなかった。ミルドレッド王国は暗殺部隊による革命派襲撃を皮切りに静かな内戦状態に入ったのだ。

特に首都ハデスは最悪だった。革命派、王族派がモザイク状に散らばり、両方が戒厳令を敷くと、この街に笑い声は無くなった。カトリーヌ様がロイゼン王に嫁がれた時は祭りの様だったのに、それがこの国にとって最後の良いニュースとなってしまった。

男は田舎者でそんな空気を感じる事の出来ない鈍感者であった。男は運悪く、最悪な時期にハデスの噴水広場を芸の拠点とした。

客なんか来るわけがない。男はまるで道化さ。たまに通りかかる魂が抜けたような市民に見下されているのにも気づかず、芸を見せてへらへらと笑う。全く生き地獄とはこう言うのを言うんだろうな。

流石に男の精神も擦り切れ始めた。延々と続くかのような虚しさに疲れ始めた。そんな時だった。何日たっても現れなかった見物人が突然現れたのは。

それは少女だった。身なりからして、中産階級の商人だろうか。悪い身分には見えなかった。

まぁ、男にとってそんな事はどうでも良かった。久方ぶりの客だ。水を得た魚のように報酬を求めるのも忘れて芸をした。

鳥を操り、リスを彼女の肩に乗せ、そして軽い手品をした。アーミアと名乗った少女は大喜びさ。この街で最初に見た笑顔に男も喜んだ。

その日から噴水広場は二人だけの世界。舞台に一人、客席に一人。そこだけに笑顔があった。

――だが、二人の世界は突然破壊された。瞬きの間隙をぬう一瞬の出来事。アーミアの身体は四散し、視界が赤と黒に染まったと思えば、耳に残る爆音と共に男の躰は宙に浮いた。そして身体が噴水の水に触れ、一瞬呼吸の自由がきかなくなると慌てて水上から頭を出して周囲を確認した。

最悪な光景だ。楽しい世界は瓦礫と炎で汚され、少女だったものが無残に散らばっていた。

後で分かった事だが、これは革命派によるテロ。王族派を刺激し、仲間を鼓舞するための儀式だった――



「…………」


 サラはかける言葉を見つけられない。ジョシュアはいつものような軽い口でその話をしていたが、瞳には怒りと憎悪が滲んでいた。


「男の脳内にはアーミアの姿が焼き付いた。全てから逃れようとハデスから離れ、リーリシアに渡った時も彼女の事ばかりが頭にあった。

 そんな時さ。彼女が俺の前に現れたのは」


 ジョシュアがその言葉と共にマルスの方に視線を向けると、彼女は恥ずかしそうに下を向いた。


「それじゃあマルスがその……」


「ああ、そうさ。

 まぁ、勿論姿、声は似ていても彼女はアーミアじゃない。けれど、俺は彼女に救われた。あんたにも分かるだろう?」


 そう言うと、ジョシュアは手を打って話を切り上げるとその場に立ち上がり伸びをした。


「つまり俺が言いたいのは、誰彼も悩みや苦しみはあるという事さ。俺のはまだ軽い方。ラッシュフォード特尉の方がもっと重いモンを抱えている気がするぜ」


 ジョシュアの瞳には既に闇は無く、いつものひょうきんな表情でサラに笑いかける。サラはそれに応えるように伸びをすると、立ち上がって笑った。


「あ、そうでした。

 助けに来てくれてありがとう。バレット特尉、マルス」


「ん?、あぁ、感謝されるほどでもないさ。今回はこう言う結果になったが、俺が助けられる機会の方が多いと思うし、その時は助けてくれ」


 遠くから車輪が大地を削る音が聞こえる。

 それは王国の旗を掲げ、戦いが終わった事を告げるものであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ