Ⅶ 戦利品
生存者2名。19人いた帝国軍特殊部隊は亡骸が祖国に帰還する事も許されず、敵国の地に没し、彼らを率いていた公安部内部調査課課長シータ・スーリヤと彼女と共にいた特殊部隊唯一の生き残りだけが辛くも生きて祖国に辿り着いたのだった。
損害は甚大だったが、彼女たちは咎められる事は無く、王国が秘密に建造していた兵器の映像を持ち帰った事でむしろ好意的に迎えられた。
そしてその功労者たるスーリヤはレグラント帝国首都ティタンに聳える帝国軍総本部にその姿を見せた。
「お初にお目にかかります殿下。私は帝国公安部内部調査課課長シータ・スーリヤ。尊きレグラントの血を継ぐ殿下の御身に―――」
「御託は良い。そこに座し、要件を言え」
レグラント帝国の皇子が一人、軍を統括するルートヴィッヒ・アルベール。スーリヤがここに来た目的は彼への面会であった。
「はっ、ルートヴィッヒ殿下の下で、私の少しばかりのお力を使って頂きたく参上いたしました」
「ふん。
つまり課長殿は私に重用して欲しいと?」
「その通りです閣下」
「ククク。正直だな。
それで、何だ? とうとう日陰部署の仕事にも嫌気がさしたか?」
ルートヴィッヒはデスクから上半身を乗り出し、観察するように頭を下げる女の頭部を見ながら嘲るように言った。
「滅相もございません。私にとって今の仕事は天職にございます」
スーリヤは声を張り上げ、身体を落としたままルートヴィッヒの顔に目線を向けた。
ルートヴィッヒは彼女の言葉を聞くと、小さく溜息をつき、椅子に体重の全てをかけて凭れた。
「私にはそうは見えない。
先の作戦は見事であったが、あれは公安部内部調査課の仕事ではない。課長殿はもっと“動ける”仕事場をお望みなのでは?」
ルートヴィッヒにはスーリヤがつまらない嘘をついてこちらの気分を悪くさせないようにしているように見えていた。
「そもそも、今の立場で満足していながら、何故私の元に来る?
課長殿が行くべき場所は元老院の者達の元であろう?」
活動内容によっては軍部組織の中で公安部内部調査課は行動するが、基本的には行政部の管轄であり、スーリヤがその職を維持しながら重用されるのであれば、行政部に強い結びつきのある元老院に頼るべきであった。ルートヴィッヒはこの煮え切らない点がある限り彼女を信頼する事は出来ない。
「奴らでは駄目なのです」
スーリヤは鋭い刃のように冷たい言葉を吐いた。
「奴らか。皇帝陛下の信任を受け、円卓に座する者達を指して“奴ら”とは面白い。
いいだろう。課長殿の腹の内を示すがよい。そうすれば望みも考えてやる」
スーリヤの言葉は元老院に対する不敬ともとれる発言であったが、ルートヴィッヒはむしろその発言によって彼女に興味を持った。いかなる野望を持つのか気になったのだ。
「最初に申し上げた通りでございます。
私はルートヴィッヒ殿下の目的の為、そしてクローヴィス殿下の王道の為、この身を捧げたいのです」
突然兄の名が出てルートヴィッヒの眉がピクッと動いた。そして目の前の女の真意が何か少し考えた。
ルートヴィッヒの目的は戦争を早期に集結させ、皇帝亡き後、兄クローヴィスに大陸の覇者となってもらう事。スーリヤが何処までこの目的が見えているのか気になったのだ。
「兄上の王道は不動にして絶対だ。小さな駒が動いたところでそれは変わらん。それとも課長殿には私に見えぬ草結びがお見えなのか?」
これは“傍に置くに足る有益な人間か”“それとも人の関心を引くのだけが上手い凡庸な人間か”。それを判別するための揺さぶりだ。
「ええ。殿下の王道はそれを完全たるものに出来ぬように思えます」
ルートヴィッヒの揺さぶりに対し、スーリヤはまるで答えを用意していたように間を置かずに答えた。
「ほう」
「殿下の王道の敵は王国だけではないのです」
スーリヤは一旦息を吸い、腕の古傷に手を当てた。
「元老院…… 奴らは烏滸がましい事に奴らは自分達をキングメイカーだと思っているのです。そして、自分たちはその立場を使って旨い汁を吸うのが目的。殿下によって太平がなされた後、奴らは寄生虫のように己が利益を追求し、殿下の足を引くは必然。お優しい殿下は足を止め、奴らの薄汚い希望を悉く叶えるでしょう」
とんでもない発言であるが、ルートヴィッヒは多くの部分で同感であった。確かに、元老院は世襲による絶対的権力によって崇高な使命を汚し、個人の利益追求に奔走していた。
「それでどうするというのだ? まさか元老院を焼くとは言うまいな」
「まさかそんな畏れ多い事……
私がするは、奴らの監視と行動の妨害。奴らの腹の中を這いまわり、殿下へとお届けする事のみでございます」
「ほう。実に公安部内部調査課課長らしい答えだ。
ふふふ。いいだろう。公安部には内部調査課を私の管轄に回すよう私が話を付けておく」
「ありがたき幸せにございます殿下」
ルートヴィッヒはスーリヤの要求を飲んだ。だがそれは彼女を信頼した事を意味するわけではない。後に彼は腹心であるボード・グリット中将に「スーリヤ課長を信用したわけではないが、能力と野望に関しては評価している。それ故に、自分が鎖で繋いでおかないと何をしでかすか分からず、この選択の他なかった」と語っているように、彼女が他の者に降る事に警戒感を示した故、彼女を傍に置く事を決めたのだった。そしてそれとは別にルートヴィッヒは彼女に個人的な借りがあった。アレハント鉄塔喪失の責任を彼女が持ち帰った王国軍巨兵騎士の映像によって免れていたのだ。
「ああ、それと課長殿。
一つ聞きたいのだが、しきりに摩る右腕に何かあるのか?」
話の主要な部分が終わり、ルートヴィッヒはスーリヤにそう聞いた。話の途中途中で摩る右腕が彼も気になっていたのだ。
「それで殿下の信頼が得られるのでしたらお話ししましょう。
お目汚し失礼足します。これは幼いころ、悪漢に斬りつけられた傷が痛むのです」
スーリヤは軍服を脱ぎ、肩を露わにすると、生々しく残る傷跡を見せた。
二の腕に残る傷は腕半周に達し、さぞ大きな怪我を負った事が分かる。
「酷いものだな。
して、その悪漢は処罰されたのか?」
「はい。帝国軍の兵士によりその場で処断されました」
スーリヤは口を動かしながら肩を震わせる。その時の恐怖が蘇り、怒りと悲しみに体が反応していた。
「ならいい。辛い事を思い出させて済まなかったな」
「いえ……」
後日、この謁見により、公安部内部調査課は第二皇子ルートヴィッヒの直轄組織となり、名称を特別調査隊と改められた。更に特別調査隊の元にいくつかの帝国軍特殊部隊が当てられ、組織は肥大化していくことになる。
「動く要塞ですか。申し訳ございませんが、私も見た事のない兵器です殿下」
スーリヤがルートヴィッヒに会っている頃、技術省兵器開発局長官と『大陸復興委員会』軍務長官二つの立場を持つアルフレート・ヴォイニッチは首を傾げていた。
「君が分からぬというのなら、我が国の者で分かる者はいない。頭を垂れるな」
大陸復興委員会本部を兼ねる大型研究施設の指令室において、ヴォイニッチが言葉を交わすは帝国第一皇子クローヴィス・アルベール。大陸復興委員会の長である。
「あれは恐らくオルタリアの技術です。クレナイ殿なら何かご存知かもしれません」
「いや。彼女は軍事については専門外。知らぬだろう」
話の主題は王国の秘密兵器。帝国にとって巨兵騎士に並ぶ脅威であるそれについて、兵器に知見があるヴォイニッチにクローヴィスは意見を聞いていた。
「それで。あの怪物を我が軍の巨兵騎士をもって破れるか?」
「不可能ではないが、極めて艱難と申し上げておきます。
映像では王国の秘密兵器、ここでは移動要塞としておきましょう。この移動要塞が持つ砲門の射程は最低一キロを超えているように見えます。しかし我が軍にはそれに対応できる兵器が無く、巨兵騎士と雖も接近を許さず撃ち潰されるでしょう」
「なるほど。そうであろうな」
オルタリア以外の国において、射程一キロを超越する兵器は正に人知を超えるものであり、神の御業であった。人は天空に住まう神に手を届かせる事すら叶わないが、神が地上の人間に神罰を加える事は容易い。それに似た脅威が移動要塞の砲台にはあった。
「それで君は先程“不可能でない”と口にしたが、敢えてそう述べた根拠はあるのか? それとも私を少しでも安心させる為の根拠なき言葉か?」
「根拠はございます」
「ほう。それは?」
「移動要塞の弱点がいくつか見受けられる事です。
まず、あの巨大さが弱点の一つとなりましょう。恐らく、あれでは山岳地帯は越えられず、度重なる補給が不可欠になる故、行動できる範囲は自ずと限定されます。
次に、王国から見てもアレは人知を超えた超兵器であるという事でしょう。考えるまでも無くあの兵器はオルタリアの手によるもの。とすれば、メンテナンスや弾薬補充にオルタリアから派遣された技術者が必要であり、維持するだけでも莫大な費用が継続的にかかる事になります。つまり――」
「直ぐに行動をせざるを得ないということだろう?」
「その通りでございます」
“オルトリアは戦争のスポンサー”そう揶揄される時がある。彼らは各々当事国のスポンサーではなく、戦争という現象のスポンサーなのである。
彼らは、勝利に飢え、敗北を恐れる者達に甘い誘惑をし、そして富を収奪する。そして与えられた兵器に付して専属の技師を派遣し、彼らの給与、褒賞と称して兵器の代金に上増しして代金を徴収する。超兵器と雖も安くはない代償だ。
代償をより安く済ませるには、その兵器を可能な限り早急に消費し、技師にお帰りになってもらう事であり、二人は王国が近く行動をするだろうと予測したのだ。
「だがそれは我々にとって面白い事ではないだろう。
現在は大破し、《ジェミニ》は水底に。他の巨兵騎士も先の戦いの傷が残っている。元より打つ手が乏しいというのに輪をかけて厳しい状況だ」
「面目ございません殿下。戦力の消耗は全て私の失態」
「いや。君を責めているわけではないよ。リーディア旅団は不法集団と言っても、大きな軍事組織であり、その拠点を攻撃となればある程度傷を負う事は想定の内だ。
それに私は打つ手が全く無いと言ったわけではない」
「それは一体……」
先とは逆の立ち位置となり、ヴォイニッチはクローヴィスに言葉の意味を問うた。
「君には話しておこう。
我々。いや、私には“あちら”の協力者がいる」
「あちら? それは王国という事でしょうか?」
「一人はそう。もう一人は厳密には違うが、王国の側にいる者だ」
「二人も……」
クローヴィスがこの話をするのはクレナイ、ガレルに次いで三人目であり、家族を含め、彼はこの三人以外にこの話をすることは無かった。
「ああ、そしてその一人の使者と会った時、その者は信用を得るためと私に情報を提供した。それがあの移動要塞だ。眉唾物であったが、まさか本当にあったとはな。私も驚いたよ」
「なるほど、敵秘密兵器の発見は公安部内部調査課によるものではなく、内通者によってもたらされたものだったのですね」
「そうだ。ご丁寧に王国軍部隊が巡回しているルートも細かに記載されていて実に過保護だった」
クローヴィスは小さく笑い、秘密要塞襲撃の舞台裏を信頼する腹心に語り始めた。
「結果的に襲撃部隊の多くを失う事になったが、確かに敵秘密要塞は実在した。罠であれば、その様な物を置く必要も無いのだから、情報は確かで、イレギュラーな事態が起きたのだろう」
「失礼ですが、私には王国側の者が我々に肩入れする理由が分かりません。
言いにくいですが、戦況は我らに不利、その様な状況で王国軍から危険を賭して我々に与する事がありましょうか?」
帝国軍は王国軍によって先んじて投入された巨兵騎士によって修復不可能なダメージを受けており、今なおその傷が両国の兵力差として如実に表れている。王国軍部隊の動きや配置を理解していると思しき内通者が戦況を知らぬはずはなく、ヴォイニッチには言い知れぬ不安があった。
「ああ、私もそう思った。
だからこそ、いの一番に私は彼らに問うた。“いかなる見返りを求めるのか?”と」
「その答えは……」
「身の安全、財産の補償、この辺りは想像通りの答えであったが、私に接触した二人は揃って王国内のインフェクテッドの権利保障を求めてきたのだ」
「インフェクテッド? 内通者はインフェクテッド、或いはその家族なのですか?」
「分からぬ。王国軍所属インフェクテッドの情報は我々の手元に全く無いからな。
だが、彼らが何故私に接触をしたかの理由にはなる。帝国も王国も禁忌と呼ばれる者に対する特別な扱いを法制度の下で行っているが、彼らはその状況を打開するに、王国より帝国の方が“可能性がある”と見たのだろう。
皇帝陛下は床から動く事叶わず、近い未来に政治の主体は動く、しかし王国は国王が健在であり戦いに勝利しても内政の変化は少ない。それが理由だろう」
内通者が他の誰でもなく自分に接触を試みた事をクローヴィスはそう分析した。
「そしてもう一つ、不可解に思ったのは王国の機密を伝えた内通者がその真意を確かめるにあたり、公安部内部調査課を名指しした事だ。
君はあの組織の長、シータ・スーリヤをどう思う?」
そして内通者の行動理由について考えを述べた後、クローヴィスはそれとは別の話に切り替えた。
「シータ・スーリヤ課長ですか。
かつて私の部署も彼女の視察を受けた事がございますが、職員達は揃って彼女の事を「死神」と揶揄していましたね」
スーリヤの昇進は多くが上司の死によってもたらされていた。公安部内部調査課は怨嫉を受けやすい組織であり、死に近しい者達が所属していたが、彼女の近くで起きる死は偶然というには難しく、無論彼女にも様々な疑いがもたれた。しかし、彼女が死に関与した証拠は爪の先も出ることは無く、彼女自身の優秀さもあって今は課長の地位にある。そういったいきさつが彼女を死神と揶揄する所以だ。
「私には彼女が死神かどうかは分からん。だが確かに彼女からは不穏な匂いを感じるのだ。確たる証拠はなく、ただ私の嗅覚が彼女を危険と感じている。
それと君は知っているか? 彼女に率いられ敵基地を襲撃した特殊部隊の生き残りがどうなったか」
「いえ、存じません殿下」
「恐ろしい経験をしたのだろう。恐怖によって精神が崩壊し、酒と薬に溺れながら悪夢に襲われているらしい。
それと比してシータ・スーリヤの逞しい事よ。同じような経験をしたにも関わらず、まるでそこにいなかったかのように身を持たせている。実に兵士として優秀だ」
そう言うとクローヴィスは乾いたように笑い。小さく息をした。
「何にせよ、彼女は普通ではない。これからも彼女の動きには注意する必要があるが、都合の良い事に自らルートヴィッヒの直轄となったらしい。我が弟なら彼女を管理できるだろう」
クローヴィスは自信をもってそう答えたが、世間でのルートヴィッヒに対する評価は決して高くは無く、彼を評価するのは兄であるクローヴィスの他にはいなかった。
ヴォイニッチもルートヴィッヒの手腕に疑問を持つ一人であったが、敢えてその事は口にせず、ルートヴィッヒが彼女の上司たちと同じ様に死神の餌食となる可能性を心にしまった。




