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戦場のアウラウネ  作者: 耕眞智裕
第三章 真敵
38/50

Ⅴ 獣の胎動 Ⅰ

 守護獣スフィンクス

 リーリシア王国の極秘要塞はそう呼ばれていた。かつて超古代文明の王墓を護っていたように、その要塞はリーリシアの中枢を背にする。


 そこにレグラント帝国公安部内部調査課課長シータ・スーリヤ率いる特殊部隊の影があった。

 少数精鋭にして、その存在は影のごとし。彼らは情報収集に留まらず、極めて積極的な行動を伴う事もある。例えば破壊工作……


「課長。本当にありましたね」


 帝国は当然として、王国の殆ども知らない巨大要塞。その情報をスーリヤは“何故か”得る事が出来ていた。


「私の情報源は正確よ。

 ただ、あの要塞が何を目的として建造されたのかはこれから私達が調べる事」


 アレンシア要塞を中核とした王国絶対防衛ライン。そこから南に離れた、人の立ち入りを阻む砂塵地帯ギリギリに建造されているスフィンクスにスーリヤは疑問を抱かざるを得なかった。即ち、この要塞に要塞としての存在価値はほぼないようにしか見えないのだ。


「王国の極秘要塞か。一体どんな代物なのやら」


 獲物を捕らえる眼光でスーリヤは目前に存在する新造の巨大建築を睨むと、腕を振り下ろして部下に出撃の指示を出した。

 彼らには碌な兵装はない。非武装の装甲車に乗せられたのは軽装の特務兵のみ。だが、彼らはこういった潜入ミッションには自信があった。

 加えて、王国側はスフィンクスに敵が侵入する事を想定しておらず、防衛への人員は極めて少なかった為、彼らの侵入は拍子抜けするほど容易かった。


「敵の侵入?」


 スフィンクスに視察に訪れていたジム・バルボッサ大将が指令室にて兵士より敵の侵入を受けたという知らせを聞いたが、時はすでに遅かった。白兵戦と潜入に特化した帝国軍特殊部隊が既に指令室近くまで侵入を果たしていたのだ。


「そんな馬鹿な……」


 その事実が目の前で兵士が首を掻っ切られた事で露わになっても、バルボッサはそれを現実と捉える事が出来ない。ここは王国の人間ですら知らぬ極秘なのだから。


「課長。この男は……」


 侵入した特殊部隊はバルボッサを殺そうとはしない。ただ、手にしたシミターで威圧をかけながら背後にいる上官に指示を乞う。


「ああ、これはバルボッサ大将。これほどの人間がここにいるなんて私は運がいい」


 マスクで顔を覆った怪しい特殊部隊の背後から現れたのは、黒い軍服を纏った女。女の胸には帝国軍所属を示すワッペンが付けられており、帝国の士官かそれに相当する者である事はバルボッサにも理解できた。


「帝国軍がこんな所に何用かな? 

 全く、人の家に勝手に入り込むなと教えられなかったのか?」


 そう言いながらバルボッサは状況を再確認する。周囲には非武装の要塞職員が数人。こちらにまともな武装は無く、あるのは懐に忍ばせた装弾数一発の護身用の短銃のみ。

 絶体絶命の状況は明らかであり、時間が経てばたつほど、指令室に不気味な客人たちが集まってくる。

 だが希望がゼロなわけではない。彼は賭けに出ていた。彼は背後にある緊急暗号を発令する装置のスイッチに、目の前で兵士が殺された際に手をかけていたのだ。

 新造の要塞で人員配備は不十分にして、自分はたまたま今日ここに訪れただけの部外者で施設の把握も完全ではない。緊急暗号と名前は勇ましいが、それを得られるのは近くの軍関係者のみ。敵が指令室に集まっている事から、それを受けてくれる仲間がいる可能性は低い。だからこそ賭けなのであった。


「貴方という素晴らしい捕虜を手土産に出来て私も幸運ですわ。ふふふははははは」


 取らぬ狸に満足し、スーリヤは声をあげて笑い自分の幸運を感謝した。だが、幸運だったのは彼女だけではない。バルボッサの放ったメッセージは確かに一人の兵士が受け取り、そしてその者は要塞から離れて助力を求めるべく友軍の元に向かっていた。





「所長。先ほどバルボッサ少尉がお見えになりました。なんとも慌てた様子で救援をと」


「バルボッサ少尉? ああ、あの親の七光りか。

 しかも援軍とは。少佐はここを軍事施設と勘違いされているらしい」


 スフィンクスの危機を唯一人伝えに走った兵士。彼女の名はエリン・バルボッサ。王国軍大将の一人娘にして、奇跡的にもスフィンクス周辺を哨戒する部隊に所属していた。


「まぁ、話を聞くだけ聞いてみるとしよう」


 エリンがたどり着いたのは、スフィンクスと同じように一般には知られていない収監施設。軍規に幾度も違反した危険人物や、過激な思想犯などが収監された牢獄であった。

 そしてここに配備されているのは軍人というより、中のものを外に出さないための看守であり、救援に応える権能を一切持たなかった。


「所長殿でありますね!! 私は王国軍アレンシア要塞所属エリン・バルボッサ少尉であります!! 現在ここより東にある要塞が帝国軍部隊の襲撃を受け、救援を必要とする状況です。どうか……」


 エリンは必至に訴えるが、それを聞く所長は首を傾げる。


「ここより東は王国絶対防衛ライン。帝国軍の襲撃と仰られても…… それにその様な場所に要塞などございません」


 所長の疑問は当然だ。スフィンクスは王国の地図にも存在しない透明の要塞であり、彼が知るはずもないのだ。そしてエリン自身も彼の話を聞いて冷静になると、緊急暗号の真偽を疑い始めた。


「確かに……

 ですが状況確認は必要と思います。どうか通信設備をお貸しいただけませんでしょうか? アレンシアに連絡を取りたいのです」


 疑いがありながらも、エリンは不快極まる胸騒ぎを覚えていた。人と人を結ぶ脳波の様なものが途切れかけていると言ったそういう類のものだ。そこで彼女は透明の要塞の件も含めてアレンシア要塞に話を聞こうと考えた。


「残念ですが少尉。ここにはアレンシアと繋ぐ連絡網はございません。近くに電波塔は無く、伝達兵による情報交換しかないのです。ここはそういう場所なのですよ」


「そ、そんな……」


 この場所が陸の孤島であると知らされると、エリンは肩を落として失望した。


「……ん? いや。アレが使えるかもしれない。確か報告によると禁忌には禁忌同士を繋ぐ奇妙な術があるらしい」


「手があるのならお願いします!!」


 胸騒ぎからエリンは藁をも掴む思いで叫ぶ。そして、彼女は生きた通信装置と対面する事になる。


「折角寝ていたのに。うちに何の用や?」


 みすぼらしい破けた囚人服を着た少女。生きた通信装置であり、巨兵騎士アクエリアスのポリネイト、モッカラコムであった。彼女はインフェクテッドであるアルゴ・ブルートと共にラーディフで《アクエリアス》を失った責任を取ってこの場所に収監されていた。


「ああ、そのうちを見る怪訝な目。前にも見たな」


 モッカラコムは手枷足枷を鳴らして嫌味な笑顔をエリンに向けた。


「この子は一体……」


 何も知らなければ普通の少女。エリンはモッカラコムの見た目と乖離した威圧にたじろいだ。


「ポリネイト。禁忌だ」


「ポリネイト……」


 クレスト教の禁忌。少女の形をした化け物。人を惑わし堕落させる魔女。言い方は複数あれど、彼女たちを形容する言葉は総じて侮蔑的だ。

 エリンは初めて見るその姿に少しの怯えを感じた。


「で? 所長はん。うちを独房からだしたちゅう事はなんかして欲しい事があるんやろ?」


 卑下、恐怖、蔑み、あらゆるものをその体に受けてきたモッカラコムは、慣れたようにエリンから目を逸らすと、所長に自分がここに連れてこられた理由を問うた。


「ああ、お前には仲間同士でやり取りする能力があると聞いた。近くの仲間に連絡し、バルボッサ少尉と繋げ」


「はぁ…… ほんまアシャリハの時と同じやな。

 まぁええわ。やったるから旦那を呼んできてくれ」


 何時ぞやの体験がモッカラコムの脳内で再生され、彼女は二人に見えない程度に微笑んだ。そして彼女はパートナーであるブルートの同伴を要求した。

 実の所、ポリネイト同士が連絡を取り合う鏡面通信にインフェクテッドの同伴は必要ではない。彼女がブルートの同伴を求めたのは、ただ彼にそばにいて欲しかっただけに他ならない。


「所長殿は怖くないんですか? その……」


 ブルートが来るまでの間、エリンは声を小さくして所長に問うた。


「怖いか……

 私はこの仕事に着いてから幾度と命の危険に晒されてきた。犯罪者、狂信者、ここにいるのはならず者ばっかり。

 だが、ここに来て間がないが禁忌が私の命に危害を加えた事は無かったし、口が少し悪いのに目を瞑れば彼らの態度は模範的だ。

 これが答えでは不足か?」


 エリンの問いに対して所長は淡々と答えた。彼にとってはここに収監されている多くの者たちが危険で恐怖を与える存在であり、その中では教義的な脅威は矮小化されていた。


「おお旦那!!」


 二人の会話が終わったところで、囚人服を着た男が到着し、モッカラコムは太陽のような笑顔で彼を出迎えた。


「アルゴ・ブルート。君にはこれからポリネイトと協力して仲間と通信してもらう。いいな?」


「分かりました所長。

 ですが、ポリネイトの通信能力にも限界範囲があります。もしかしたら何も得るものが無いかもしれませんが、よろしいですか?

 ふふ。まるであの時のようだ」


 ブルートはポリネイトの能力の限界について所長に話すと、クスリと笑った。


「ああ。構わない。上手くいけば幸運程度にしか、我々も思ってはいない」


「そこのお嬢さんから焦りのようなものを感じますし、早速始めましょう。

 モッカラコムよろしく頼む」


「合点承知」


 ブルートとモッカラコム以外の人間が変わっただけで、まるでアシャリハ救援の時をなぞる様に儀式が始まる。

 少女の前に現れる不思議な鏡。それを唖然とした表情で見つめる所長とエリン。そして、水面のような鏡面に映し出されたのはまたしてもあの男だった。


「ふふふ。なぜだろう。君が出てきてくれるような気がしていたよ。“ラッシュフォード特尉”」


 ブルートは映し出された黒髪の青年に声をかけ、運命の不思議さに笑いを浮かべた。


「特佐! なぜそのような格好を? 一体そこは何処なのです?」


「今はそのような事は問題ではない。ここに通信を乞う者がいるのでな。まずはその者から話を聞きたまえ」


 囚人服を着たブルートに鏡の向こうのイグニスは怒りを露わにした。イグニスはブルートが巨兵騎士を失った事もその責任を取っている事も知らなかったのだ。そして、ブルートは彼を諫めると、所長に視線を向けて目的を果たすよう促した。


「行きたまえバルボッサ少尉」


 所長は目線を言葉に変えて隣にいる女将校に伝えると、彼女の肩をトン叩いた。不思議な現象に見入っている彼女を正気に戻したのだ。


「あ、あの。私はエリン・バルボッサ少尉です。えっと……」


「イグニス・ラッシュフォード特尉です」


「あ、はい。ラッシュフォード特尉。緊急の連絡です。現在防衛線南にある要塞が帝国軍の襲撃を受けています。アレンシアにその旨を伝えて下さい」


「要塞ですか…… 要塞の名は何というのですか?」


「……すみません。分からないのです。場所については大かた分かるのですが、それ以外は…… えと…… その……」


 透明要塞というのは説明するにも面倒であった。エリンは何とか理解してもらおうと必死に言葉を考えるが、適当な言葉が浮かばず、「アレンシアに伝えて下さい」と再度口にして締めた。


「……失礼だが緊急事態なんだね?」


「え? あ、はい」


 鏡面からイグニスの姿が消え、突然中年の男の姿が映ると、エリンは驚き一歩後ろに下がる。


「我々は幸運な事にそちらのポリネイトがいる場所から北に60の場所にいる。その要塞の帝国軍排除が目的であるなら、アレンシアに連絡を取り、対策させるより我々が直接行って排除した方が早いだろう」


 男は自分達が救援に向かう事を提案したが、エリンは固まって言葉が出ない。


「ああ失礼。

 私は王国軍第三特務遊撃部隊監督官ヒュートン・ガレッジ大佐だ。

 これは緊急事態なのだろう? なら私の提案は渡りに船の筈だ。拒否する事由も無い」


 ガレッジはここで敬礼し名を名乗ると、脅迫じみた言いようでエリンを圧迫した。


「ええ。お願いします。要塞の場所は―――」


 そしてエリンも彼の提案に乗る事を決意し、緊急暗号から読み取った透明要塞スフィンクスの場所を伝えた。







「大佐。よろしいのですか? 我々は軍上層部よりフロントラインに向かうよう命令を受けているのですよ? はぁ~」


 鏡の向こう。王国軍第三特務遊撃部隊のフラグシップ車では、王国軍第三特務遊撃部隊長リナ・バランシュの溜息が車内を包んでいた。

 彼らはマレーティア王国での特務を終え、前線に向かう途中だった。にもかかわらず、進路の変更を余儀なくされ、リナは口を膨らませていたのだ。


「ついでだ。別に遠征という程でもないだろう。

 それに、帝国の奇襲を受けた要塞を颯爽と救援したとあれば、我々の名も上がるだろう」


 ガレッジはそう言ってリナを言いくるめると、ポリネイトの少女ジョウルクの隣で、鏡面を消滅させて一息ついた彼女の頭を撫でるイグニスの顔を見つめた。

 彼には名誉欲だとか出世欲が無いわけではないが、それ以上にこの部隊の名を上げたいと望む理由があった。社会に卑下され、嫌われているイグニスの地位向上である。ガレッジにとって今回の件は棚から牡丹餅であり、目的を果たすためのチャンスであると考えたのだった。


「しかし妙ですね。私の知る限り示された場所には王国の軍事施設なんて存在しない。情報が間違っているか、瑕疵があるのではないでしょうか?」


 リナは頭に手を当ててそう言うと、車内の資料棚から地図を取り出して確認する。


「やっぱり何もない。あるのは砂塵地帯から降り注ぐ砂粒で覆われた砂漠だけ」


 最新の地図である事を確認しながら、リナはアレンシア南にある空白一点を睨みつけた。


「差し出がましいのですが申し上げます。

 バランシュ大尉の疑問は尤もですが、私は現地に向かうべきと思います。彼らがわざわざ触れたくもない禁忌を利用してこちらに連絡を取るなど、何か緊急である事が垣間見えます」


 首を傾げるリナに対しイグニスは敬礼の後、そう発言し、少し不愉快そうな顔で下を向いた。今回の襲撃の件も気になるが、同時にブルートが囚人のように扱われていた事がそれより増して心に突き刺さっていた。


「ええ。イグニス様の仰る通りです。この場所で何かあったと見るべきでしょう」


 苦しそうな表情を浮かべたイグニスを見て、リナは地図を片付けると大げさに声を張って彼に同意である事を示した。


「この一件を片付けたら、准将にブルート特佐に何があったかを聞いてみましょう。それに、もし本当に襲撃があったとしたら、それを排除する事で彼の立場を見直してくれるかもしれません。だから……」


 そして、苦悩する子に母親が告げるような優しい声でリナはイグニスに告げた。


 



 王国軍第三特務遊撃部隊監督官ヒュートン・ガレッジ大佐の独断によって部隊は西から南へと向きを変えた。

 だが、この時には既にスフィンクスは帝国軍特殊部隊に完全に占領されており、生存する王国軍人は捕虜として指令室の端に集められ、その他の区画には少数ながらも帝国軍兵士が我が物顔で闊歩していた。そこは既に王国のテリトリーではなかった。




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