Ⅲ リーディア旅団掃討戦 Ⅲ
人知を超えし天からの目は消えた。
帝国軍の目には敵の姿は映らず、鬱蒼とした廃墟に潜む奴らを闇雲に探すしかない。数の優位はリーディア旅団の地の利によって相殺されていた。
「なっ……」
リーディア旅団のヴォルフが駆る『タウラス』が放った大剣の一撃は、それに加えて帝国の禁忌たち六人に畏怖の念を抱かせ、行動を委縮させるに至っていた。
「あはははははは!! 流石です御主人様!! あぁ、なんと素晴らしい…… 凡俗な侵略者の怯え、竦む姿が見えます」
ヴォルフの身体をさすりながら、首輪を付けた少女は恍惚の表情で叫んだ。彼女は敵の姿を見てはいなかったが、その言葉は真実に通じており、武器を失った『タウラス』に対して、数でも上回る帝国の巨兵騎士は消極的になっていた。
“全軍。砲撃を交えながら指定の個所に突撃せよ”
その中、ユラの鏡面通信を介し、ガレルの指示が全軍に伝わった。彼女は【アセルス・アウストラリス】が機能停止するまでの間に敵の動きを観察する事で、要塞化しているカルタゴ中心部の出入り口を探っていた。
予期せぬ攻撃でそれは途中で中断されたが、ガレルはおおよそのアタリは付けており、そのポイントである中央道路の先へと軍を動かしたのである。
実際、彼女が推測したポイントは正しかった。だが、帝国軍はそこに至るまでに左右から集中砲火を浴びる事が想定され、決死行に挑むことになる。
“『ライブラ』『スコーピオ』は部隊の突入が完了するまで時間を稼げ”
恐怖心が行動を阻害している事を察し、ガレルは巨兵騎士の操り手に対して“巨兵騎士を撃破する事が目的ではない”という事を強調した。
「……そうだったな。
それによくよく見てみれば、奴は武器のない木偶の棒。リーチのあるこの鞭があれば一方的にいたぶれるじゃないか!!」
『スコーピオ』と『ライブラ』双方ともリーチの長い攻撃手段を有しており、武器を手放し、盾も持たない鈍重な『タウラス』に対して有利に立ち回る事が出来る。加えて、帝国軍の目的はその撃破では無いという事が合わさると、グレンは奮起し、攻撃的になる。
「じわじわとなぶり殺してやるよ!! なぁ、オクトゥブレぇ!!」
「はい…… マスター……」
言葉は弱々しいが、『スコーピオ』のポリネイト――オクトゥブレもグレンに呼応し、闘志を赤々と燃やしていた。
二人の闘志は、大げさな動きから放たれた鞭の一撃に表れ、禍々しい触手の先端が敵巨兵騎士へと向かう。
“バシィーン!!”
渾身の一撃は確かに『タウラス』の左肩に直撃した。その衝撃で痛々しい音と共に、肩を覆っていた鉄の鎧が砕けると中の本体が露出する。
「……いける!!」
明らかなダメージを見て、グレンはにやけた。そして、振られた鞭を返し、二撃目を胴体部目掛けて見舞った。
“ガッ”
だが先程とは違い、鞭は良い声で鳴かなかった。勢いよく振られた鞭であったが、その先端は『タウラス』の強靭な拳で掴まれており、『スコーピオ』の力では引き離す事が出来ない。
「遅いな。それに単調だ」
嘲るような瞳で『スコーピオ』を見下すと、ヴォルフは『スコーピオ』と一体化した鞭を勢いよく引き込ませ、『タウラス』の前に跪かせた。
武器のない相手に、自分の武器を利用された代償は、惨めな姿と共に、強烈な踏みつけによって払わされ、『スコーピオ』の細身の体は悲鳴を上げた。
「【ズベンアクハクラビ】!!」
同胞の危機に『ライブラ』は剣を持たせた疑似巨兵騎士を向かわせた。しかし、これは味方の救援の為の咄嗟の手段であり、かつて『タウラス』と刃を交えたマリア達には有効打にならない事は分かっていた。
案の定、振られた剣は強靭な腕に阻まれ、敵を傷つけるどころか弾き返されてしまった。だが、主目的である『スコーピオ』の脱出には成功し、鞭先を掴まれながらも、踏み潰される未来は変えられた。
「離せよこの野郎!!」
勢いよく立ち上がり、体勢を整えると、『スコーピオ』は強靭な鞭を引っ張る。この状況を打開しない限り、『スコーピオ』は繋がれた家畜のようなもので、主導権を握られ続けている事をグレンは不快に思った。
砲車部隊による拠点侵攻も周囲からの苛烈な攻撃により、中々前に進まず、巨兵騎士戦と含めて帝国軍にとって面白くない状況がそこにあった。
「帝国軍…… 意外と不甲斐ないですね。
いや、リーディアの末裔どもを過小評価していた結果ですか。だとしたら、我々にも落ち度があるか」
戦場を耳と目で観察する一人の女が呟く。
「このままでは、我々の目的も果たせないですね」
体系を隠す事が出来ない密着した白いラバースーツを身に纏った白銀の流れる長髪の女は続けてそう言うと、彼女の指示を待つ同じスーツを纏う者達に手先で指示を出した。
「承知しました。総祭司長様」
そして総祭司長と呼ばれた女が頷くと、彼らは黙々と行動を開始する。
「…………」
総祭司長フローリア・ディクタトルの懲罰部隊司令という裏の顔。その表情に総祭司長としての慈悲深さはなく、クレスト教の象徴たるローブを外し、まるでこちらが真であるかの如く、全てを晒していた。
「私の『ゴーレム』は?」
「準備できております。どうぞこちらへ」
オルトリアの技術の結晶である二足歩行機械兵器『ゴーレム』は今まで懲罰の大槌として、当国が定める秩序に反する者達を断罪してきた。それは誰に知られる事も無く、見られる事も無く、彼らが目にするのは屍と荒廃した大地のみ。この事こそ懲罰部隊が恐怖の象徴とされる所以であった。
「適当に攪乱してください。手段は任せます」
「了解」
砲車より一回り大きい『ゴーレム』を起動させると、フローリアは部下である懲罰部隊員に指示を下す。そして自らも彼らに続いて戦場へと向かった。
帝国軍の侵攻が思うように進まない中、リーディア旅団は着々と戦場離脱の準備を進めていた。結果はどうあれ、オルトリアに目を付けられた以上、カルタゴの放棄は決定事項だったのである。
「御主人様。トレーラーと物資の搬出が完了したとの報告を受けました」
「分かった。俺達も脱出の準備を始めよう」
巨兵騎士と対峙しつつ、カルタゴ深部で指揮を執っていたヴォルフたちに脱出計画が最終フェーズに至ったとの報告がもたらされた。
『タウラス』の主目的は時間稼ぎ及び、敵の侵入を食い止める事だったが、それもほぼ終わり、自分たちの脱出に足をかけようとしていた。しかし脱出計画を前に突如として予期せぬ壁が生じた。
「ぎゃぁぁぁああ」
劈くような仲間の悲鳴。それと同時に吹き上がる炎。見えぬ伏兵たちや木々に紛れて脱出を図る運送車が何ものかの攻撃にさらされていた。
そしてその隙をつき、帝国軍部隊は次々とカルタゴ中心部への侵入を果たし、銃を手にした歩兵たちが展開されていく。
「何だこれは!? 行ったに何が起こっているのだ!?」
常に冷静さを保ち、余裕を浮かべていたヴォルフもこの時ばかりは焦りの色を隠せない。
“……戦闘班の六割が音信不通…… 脱出部隊は……三割が撃破され……”
廃墟内に配置した通信基地を介して聞こえてくる言葉はヴォルフを苛立たせた。その苛立ちが巨兵騎士『タウラス』にも伝わり、手にした鞭先を離して『スコーピオ』に自由を与えてしまった。
「帝国軍にしてやられたか」
ヴォルフは首元をさすり、歯を噛みしめて憤りを治めようと努める。
「いや、妙だ……
奴らは我々の不意を突いたにもかかわらず、何故こんなにも消極的なのか? まるでこの流れを予期していなかったかのようだ」
自由になったにもかかわらず『タウラス』から距離を取り、様子を伺う帝国軍巨兵騎士の様子にヴォルフは眉を傾けた。実際、巨兵騎士のみならず、潜入した帝国軍兵士や待機する砲車部隊も周囲の警戒を過剰にし、怯えているかのようだった。
“彼らはリーディア旅団に致命的なダメージを与えた事に気が付いていない。たまたま、無作為に放った砲弾がリーディアの戦闘部隊に直撃したか、或いは何かの罠であると警戒している。
それにこの様な手があるのなら、最初からすればよかったはず”
ヴォルフがそう結論付けた理由は、事実的部分より自分達が相手にしているのは帝国だけでは無いという事による点が大きく、その裏にいる危険な敵の姿を感じ取っていた。
“……こちら脱出部隊。 ……輸送車両及び物資が略奪されましたが、死傷者なし。巨兵用トレーラー健在……敵不明……”
「おおっ。無事だったか!!」
雑音と共に聞こえる仲間の無事を知らせる声にエイプリルの表情は明るくなった。
ヴォルフも対峙する敵を睨みつけながら、報告を喜ばしく思っていたが、一つ気がかりな点があった。
(敵の狙いが物資に集中している…… 帝国軍も困窮しているから道理が分からないでもないが、捕虜も取らず、殺しもしない)
ヴォルフには襲撃した何者かが、身を晒さないために敢えて戦闘を極小に抑えているように見えていた。
「トレーラーが無事なら問題ない。脱出計画を最終フェーズに移すぞ」
ヴォルフには危機感があった。死と隣り合わせの年月によって得た野性的な勘性が行動を急がせていたのである。
「はい御主人様!」
エイプリルの返事と共に、『タウラス』は両腕を面皰に向け、身を屈める。その行動に対し、『スコーピオ』と『ライブラ』は攻撃行動をとると判断し、身構えた。
「いくぜぇ!!!」
そして一瞬間を置くと、ヴォルフは身を乗り出して叫び、『タウラス』は土煙を上げながら突進を始めた。
帝国軍巨兵騎士はその行動に対して、武器を以って迎え撃つが、『タウラス』の強固な躰にいとも簡単に弾き飛ばされ、『ライブラ』の放った疑似巨兵騎士に至ってはその衝撃で人の形を失った。
『タウラス』の最大の武器にして“潜在的に保有する装備”。それは、肉体そのものであった。堅牢な四肢は守りを鉄壁にするだけではなく、攻撃に転じれば敵を砕く大槌に変わる。
「しまった!! 追撃を!!」
『タウラス』の真骨頂ともいえる突進攻撃を目の当たりにし、マリアは叫ぶ。
「……敵の姿は遠くに。マスター指示を……」
だが、振り返っても敵の姿は土煙に閉ざされ黙視する事は出来ない。『タウラス』による地響きも遠ざかり、『スコーピオ』のポリネイトであるオクトゥブレは既に敵が作戦領域から離脱している事を悟った。
『タウラス』離脱に乗じ、残存するリーディア旅団部隊も『タウラス』が作った道を駆け、旅団の多くが南部へと脱出していく。そして、『タウラス』はインフェクテッド達の操作圏外へと至り、役目を終えたかのようにトレーラー傍で行動を停止した。
「さてずらかるぞ」
巨兵騎士のコックピットである球根が開き、ヴォルフたちは名残惜しそうに故郷の空気を吸った。
そして専用の脱出路に待機させている仲間の元へと向かう為、どこからか聞こえる軍靴を聞きながら堂々と足を進めた。
「誰だ?」
部屋を出て、地下へと向かう通路に足を踏み込んだところでヴォルフは背後の気配を感知し、振り返る。
「…………流石ですね奴隷王」
そこにいたのは銀髪の女。彼女は銃口をヴォルフに向け行動を慎むように圧力をかける。
「何だオマエは!! 殺してやる!!」
「まぁ待てエイプリル」
女の態度に激昂し、エイプリルは獣のように牙を見せて威嚇するが、ヴォルフは身の危険が迫っているにも拘らず微妙な笑みを浮かべて狂犬を宥めた。
「これはこれは総祭司長さま。御身自ら来て下さるとは誠に誉れ」
おどけた態度でそう言いながら礼をするヴォルフに命乞いの意図は全く感じられない。むしろ相手を嘲笑しているように見える。
「さて、このような所に小間使いの懲罰部隊ではなく、貴方様がいらっしゃるという事は、ただ事ではない事情があるという事ですな」
「……だとしたらどうだと言うのですか? 死にゆく貴方には関係なきことです」
ヴォルフの言葉に対し、フローリア総祭司長は冷酷な笑みを浮かべてそう言うと、撃鉄を鳴らして圧力を強めた。
「いや。総祭司長さまは迷っておられる。
私めが不要でしたら、既に私は現世にいない。浅ましい事と思いますが、総祭司長さまは私に聞きたい事があるのでしょう」
ヴォルフの言葉は図星であった。フローリアの目的はリーディア旅団の壊滅やヴォルフの暗殺ではなく、タイムリミットも迫っていた。
「きっとお探しのモノが見つからなかった。
では、交渉しましょう」
「交渉? 反秩序組織が私と交渉ですか?」
「ええ。交渉に立場は関係ありません。それに私は商人。信用を最大の宝とする人間です」
無論フローリアはヴォルフを信用に足ると考えてはいない。
だが、彼のふてぶてしい態度や、根拠の見えない余裕を見て、その口が何を言うのか興味はあった。
「それで、貴方はその命と引き換えに私に何を与えて下さるのですか?」
フローリアはヴォルフに対し、銃を下ろす事はしないが、話を聞く姿勢だけは見せた。
「貴方のお探しになっているモノの情報です」
「あら? 私は何も言っていないのに勝手な人ですね奴隷王」
そう言いながらもフローリアは内心動揺していた。クレスト教の神子が行方知れずになっているという事実は、広がれば小さくないダメージを教団に与えるものであり、それを目前にいる男が知っているとなれば、クレスト教のアキレス腱は反秩序集団の手の内にある事を意味していた。
「その通りです。勝手ながら推測させて頂きました。
わざわざ貴方様のようなお方がここに来た事。そして、貴方様の小間使いが物資を狙った事。
――そして何より。神子様の御言葉が長きに渡り行われなかった事。確か本来であれば、明日その儀が行われるはずでしたね」
「…………」
最悪な展開にフローリアは舌を噛んだ。そして改めてヴォルフをここで殺すかどうかを考える。
「残念ですが、総祭司長さまがお探しになっているモノはここにはありません。
ですが、教団が知り得ない情報を、我々独自のネットワークによって得ているのです。興味はありませんか?」
「…………いいでしょう。お話しください。ですがもし、下らないものでしたら、その時は貴方の愚かさに鉛玉の洗礼を与えます」
「総祭司長さまの慈悲に感謝を」
リーディア旅団が持つネットワークは極めて特殊だ。クレスト教が持つ繋がりを“表”とすれば、彼らが持つ繋がりは“裏”であり、国家、地位、宗教、人種の区分けを無視した人に言えぬ汚れた繋がりによって構成されている。それ故に、教団が得る事が出来ない情報を彼らが持っている可能性は十分に考えられた。
「一人の少女。
レグラント帝国第一皇子クローヴィス様の寵愛を受ける女の話をご存知ですか?
謎の女――たしか、名前はスカーレットと言いましたか。彼女は表に出てくることは無く、決まって十月十三日はクローヴィス様も姿をお隠しになる」
「ほう。実に興味深い話です。妄想に過ぎないのは残念ですけど」
「左様です。所詮は人伝の話。妄想と言われるのも当然と思います。
ですが、貴方様はそれ以上に確証のない状態でここにいらっしゃったのでしょう? それよりは現実的な話であると私は思います」
言葉に出さないが、ヴォイドの話にはフローリアも頷くところがあった。神子が失踪する前夜の御言葉の儀にはレグラント帝国の代表らも招かれており、そこには第一皇子クローヴィスも名を連ねていた事を思い出したのだ。
「私がここに来たのは正解だったようですね。
あなたの想像力は私たちにとって脅威になりかねません。ここで貴方を殺す事が、神が与えた私の使命のようです。それではさようなら」
「そう急がないで下さい総祭司長さま。私はクレスト教に害を与えるものではありません。
むしろ、ここで私を殺してしまう方が貴方方にとって大きな不利益を与える事となりましょう」
死を感じ取っての命乞い――の筈であるが、ヴォルフには焦りだとか動揺だとかそういうものは無い。態度は終始油断ならない商人そのものであった。
「不利益?」
「はい。私めの考えは既にリーディア旅団の考えでございます。こういった組織なので意志の統一というのは至極重要なのでございます。
今は私が行動を管理し、リーディア旅団を治めていますが、もし、私がいなくなるとどうなるでしょう? 主を失った狂犬たちのタガが外れ、あらゆるものを大陸中にまき散らします。その中に私が先ほど話した事が含まれぬ保証はありません」
「私を脅すのですか?」
「いいえ、取引です。
我々が脱出するのを見て見ぬふりをしていただきたい。可能でしたら保護も」
実の所、意思統一の件はヴォルフの嘘であった。彼の考えというのは、フローリアがここに来た事で初めて至った物であり、間近にいるエイプリルを除いた団員には知る由もない。
「まぁ、いいでしょう。
我々が貴方を今殺す理由はありません」
フローリアはヴォルフ言葉を訝しんだが、最悪の可能性と天秤にかけ、苦渋の気持ちで彼の要望を認め、銃を下ろした。
「ああ何と慈悲深きことか。感謝の至りでございます」
この時既にカルタゴに築かれた要塞の七割以上が帝国軍の手に落ちていたが、ヴォルフたちは彼らに気付かれる事無く、最後の脱出者としてカルタゴの地を離れていった。秩序の執行者に見守られながら――
戦闘が完全に終了したのは十月十二日の夜。
カルタゴに囚われていた者達全員が帝国軍によって保護されると、当初の作戦通り、懲罰部隊に目を付けられる前に帝国軍はカルタゴを放棄し、凱旋の途についた。
今回の作戦において、カルタゴのリーディア旅団を排除するという主目的は達せられ、勝利と言っても過言ではない結果となったが、巨兵騎士の操り手、特にマリアにとっては二度目の戦術的敗北の辛酸を舐める事になり、道中気分が晴れやかになることは無かった。
「君が私に直接会いに来るなんて珍しいな。バレンタイン准将」
リーリシア王国軍務省大臣室に、巨兵騎士戦術室室長であるバレンタインが重い荷物を手にして訪れ、部屋の主アリュトス・ノル・ガラに敬礼する。
「ああバルボッサがアレの視察に行っているから、直接私の所に来たわけか」
そう言うと、ガラは若き将校を小馬鹿にした様に見つめる。
巨兵騎士戦術室室長は窓際の極致の様な役職であり、ガラにとってその様な人物が直接自分に会いに来るというのは面白くない話であった。それにも拘らず、敢えて入室を許可したのは、態度と言葉でバレンタインに自分の立場を理解させるためであり、それは既に始まっていた。
「お前如きに使う時間は惜しい。さっさと話してさっさと消えろ」
「では手短に」
ガラの言葉に合わせるように、バレンタインは手にした鞄を開き、彼に見えるようにテーブルへと置いた。
「何だこれは?」
そこに置かれていたのは鉄の塊。円柱状の物体の一部であり、端は溶けたように欠損している。
「アレハント平地で破壊した帝国軍の電波塔の一部でございます」
「それが何だというのだ? 私にこれを鑑定しろとでも言うのかね?」
ガラはバレンタインが何を言いたいのか分からず、露骨に嫌な顔を見せながら椅子を鳴らした。
「閣下。ここをご覧ください」
バレンタインはガラの不遜な態度を気にも留めず、彼の言うように手短にそう述べ、指先を鉄の塊に向けた。
「我々、王国軍特務遊撃部隊は海水を用いて塔の攻略を敢行いたしましたが、それは塔の材質によって失敗いたしました」
「つまり何が言いたい?」
「この部品の周囲はランページ鉱が少ない希少鉄オリハルコンで囲われているのです。
ですがそれは完全ではなく、部分的にランページ鉱による分解が始まっています。これは恐らく金属の純度を上げる過程で生じた副産物――」
「結論を言え」
今更金属に関する講義を聞いても仕方がない。ガラはこれが何を意味しているか、戦争においてどう影響するか聞きたかった。
「結論としては、帝国軍は大量のオリハルコン鉄を有し、それで何かを建造していると考えられます。小官が考える最悪の可能性は――」
「鉄の船団か……」
王国が蹂躙される可能性の一つとして、北海からの首都攻撃というのは常にあった。だがそれは国を傾ける程の資金が必要であり、ゼロに近いものと排除されてきた。
「だとしたら、どの段階までいっていると君は思う?」
「これだけの副産物が生じている事や鉄塔の建設時期を考えますと、既に船体の大部分は完成していると見るべきかと思います。実用段階まで一年はかからないでしょう」
「ふん。今回の休戦は帝国に利したわけか。もはや我々に猶予は無いのかもしれんな」
鉄の船に関する情報は確定されたものではない。だが、それが現実となった場合の漠然とした恐怖がガラに汗をかかせた。
「ですが閣下。我が軍の秘匿兵器も完成間近です。休戦は平等に利を与えていたと小官は考えます」
「ああそうだ。我々は惰眠を貪っていたわけではない。いや、むしろこの件は我々にとって必ずしも悪い事でもない」
内憂外患。ガラにとって帝国と同等に疎ましく思うのは国内の反戦派の存在であった。彼らは数こそ少ないものの、声は大きく、徐々に広がりを見せていた。それに対し彼は帝国軍の脅威を扇動する上で今回の話は利用できると考えたのである。
休戦の終わり。大陸に再度炎が放たれようとしていた。




