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戦場のアウラウネ  作者: 耕眞智裕
第三章 真敵
35/50

Ⅱ リーディア旅団掃討戦 Ⅱ

 旧リーディア王国首都――カルタゴ。その北端に聳える荒れ果てた王宮の玉座の間にて、リーディア旅団の幹部たちが集い、言葉を交わす。


「私たちはどうやら余計なものまで連れてきてしまったみたいね。

 ねぇ? リゼドール」


「面目ない限りでございます……」


 リーディア旅団の根城であるカルタゴの南部に帝国軍の精鋭部隊が展開しているという報に、鋼鉄の首輪を付けた少女は義手の男を詰ると、頭を抱えた。


「そこまでにしておいてやれエイプリル。リゼドールには既に相応の罰を与えたのだろう?」


「ああっ、御主人様なんとお優しいっ」


 玉座に座る大男に名を呼ばれたエイプリルは、頭を抱えて歯を剥き出しにしていたのが嘘のように、恍惚とした表情を浮かべてそう言うと、手にした鞭を腰のベルトに挟み込んだ。


 リーディア旅団によるマレーティアにおける商品の捕縛は、全商品の逃亡、リゼドール以外の団員の死亡という致命的な失敗に終わった。もし、エイプリル率いる救助隊が遅れていれば、リゼドールもそこで同志と共に黄泉へと旅立っていただろう。

 だが、彼は黄泉へと落とされる事を避ける事は出来たものの、懲罰という名の地獄へと落とされる事になる。

 その凄まじさは、頭を下げるリゼドールの剥き出しになった背に刻まれた夥しい数の鞭痕とそこから香る血液の臭いからも容易に想像できる。


「そういう事だリゼドール。貴様は御主人様の慈悲によって赦された。

 そして幸運な事に汚名返上の機会は直ぐに訪れたようだ。貴様の服従心に期待しよう」


「はっ! このリゼドール。必ずや主様の期待に応え、この危機を脱する為の糧となります!!」


 リゼドールは腹の底から声を出し、そう宣言すると、予備の義手を装備した左手で身体を持ち上げ、玉座の間から姿を消した。


「さて、報告では敵は約230の歩兵と砲車、そして巨兵騎士が三体。帝国の巨兵騎士の一体がラーディフに沈んだという情報が確かなら、敵は巨兵騎士を総動員した事になるか。フフフ、奴さんも本気だな」


 リーディア旅団の指導者――ヴォルフ・イル・リンドは危機的状況にもかかわらず、顎を大きな手で撫でながら不気味に笑った。


「帝国軍の全巨兵騎士という事は、アイツも……」


 猫のようにヴォルフの足に身を寄せたエイプリルがそう囁く。

アイツとは、紛れもなく彼らと対峙した『ライブラ』の事であり、二人はあの場面でライブラを撃破できなかった事に多少の心残りがあった。


「ああ、そうだ。あの巨兵騎士もいるだろう。

 フハハ。お前の言いたい事は分かる。だが、今は堪えろ。我々が今必要とするのは、勝利ではなく、負けぬ事なのだからな」


 その言葉と共に、ヴォルフは立ち上がり、エイプリルを立たせると、玉座の間から見える北海に視線を向けた。


(前代未聞の帝国の大それた行動。これはオルトリアも一枚かんでいるな。奴らにとって我々は目の上のたん瘤のようなものだ。いずれこの様な事態になる事は想定していたが……

――何故今なんだ。

 奴らが我々を煙たがっているのは確かだが、マレーティアでの事など奴らにとっては何のダメージでもなく、わざわざここまで帝国の大部隊が侵入する事を許可するほどのものではない。他国の軍が近くにいるだけで我慢ならないような連中にも関わらずだ。

 “奴らに何かしらの目的がある”というのは考え過ぎか。

 まぁいい。いずれ適当な理由をつけて自ら攻めてきただろうし、その相手が変わっただけだ。そう思えば、王国との休戦下で巨兵騎士を躊躇なく全投入できる今は彼らにとっても好機なのかもしれん)


 少し名残惜しそうに一見平和そうな水面を見つめながら、ヴォルフはエイプリルの身の高さに自分を合わせた。


「プランDを実行する」


 ヴォルフがエイプリルに告げた言葉は重々しい。


「プランD…… つまり、カルタゴを放棄するのですね……」


「ああ。俺達にとっては忌むべき地でもあるが、やはり少し名残惜しいか」


「……私は御主人様の第一のしもべです。全てお思いのままに」


 そのエイプリルの回答にヴォルフは満足して立ち上がり、カルタゴ脱出の準備を出す様エイプリルに命じた。


「御主人様。商品共はいかがしましょう? 第三、第四倉庫で出荷を待っている状態なのですが……」


「捨て置け。帝国軍やオルトリアの連中の目が引ければ有用だろう」


 そしてエイプリルの顔が乙女から冷徹な奴隷商のものに変わり、施設内の仲間たちへ、“これからの行動”を伝えた。

 静かな亡国の廃墟は熱を帯び、動き始める――






 数、兵装の質、双方において帝国軍が勝る。

 帝国にとってこれは戦争ではない。国際秩序に抗う愚かな害虫に罰を下すだけ。ただそれだけの簡単な事。

 ――そのはずだった。


“全軍に告げる!! 敵の力は大なれど、我々リーディアのやる事は変わらず。いつものように逃げおおせようではないか!!”


“うぉぉぉぉぉおお!!!”


 エイプリルの言葉に、リーディア旅団の荒くれどもは高らかな咆哮で応える。

 そして、巨大な大剣を手にした巨人に引き入れられるように獣たちは荒廃した大地に放たれた。


「やはり出てきたか。大剣の巨兵騎士……」


 巨兵騎士を操る球根の中でマリア・マクラレンはそう呟くと、敵巨兵騎士をモニター越しに睨みつけた。

 海風と共に向かってくる巨体は、本来のそれより大きく、そして恐ろしく見えた。複数の巨兵騎士を前にしても、堂々と進むその姿は優勢なはずの帝国軍兵士を戦慄させたのである。


“巨兵騎士『ライブラ』を先頭に、各隊前進。

 恐れるな!! 敵は所詮盗賊団だ。周囲を警戒しつつ狩りを始めよ!!“


 帝国軍は侵攻する側であり、進まなくては目的を果たす事は叶わない。それにも関わらず敵巨兵騎士の威圧に押され、慄く兵士たちにレティシア・ガレル名誉少佐は喝をいれた。

 本来であれば、上官とはいえ、穢れたインフェクテッドの指示など帝国の兵にとっては薄汚い鼠の呻き声にしか聞こえない。

 だが、彼女――ガレル名誉少佐に対しては違う。大陸復興委員会の軍勢の前進が、彼女を頂点としたクローヴィス親衛隊だったこともあるが、彼女自身の人望や、クローヴィス

皇子の剣として認められていたという部分が、彼女を一種のカリスマにしていた。


“ドォン……”


 最初の砲撃は帝国軍によって放たれた。

 ヴォイニッチ帝国技術省兵器開発局長官によって改良された砲車砲は、大陸の一般的な砲車の射程を遥かに凌駕し、着弾地点に大きな炎の柱を作った。


「あはははっ!! 威嚇射撃にしては大きな花火だったか。

 連中今頃五里霧中になっているはずだぜ」


 最初の一撃は、帝国の尖兵が言った通り、リーディア旅団に多少の動揺を与えた。だが、それを上回る動揺が今度は帝国軍部隊を襲う事になる。


“ドォーン……!”


 鈍い炸裂音と共に、巨兵騎士『ライブラ』と『スコーピオ』に続いていた帝国軍砲車が側面からの攻撃によって爆発炎上する。

 炎上した砲車は停止する事を余儀なくされ、続く歩兵や騎兵は生い茂る草木と市街地の廃墟に遮られ、姿が見えない敵に怯えていた。


“我が軍は停滞を許されない。

 二体の巨兵騎士は敵巨兵騎士に対応。敵の奇襲部隊はこちらで対応する“


 現場の動揺に比して、後方で指揮を執るレティシア・ガレル名誉少佐は冷静であった。


“『キャンサー』の進水を一時中断。攻撃を受けている部隊の支援を開始する”


 ガレルには見えぬ敵に対処する手段があった。だが、それは己の巨兵騎士『キャンサー』が地上にいる必要があり、海岸線での進水を中断する必要があった。


「あまり手の内を晒したくは無いのだがな。

 まぁいい。敵の口を全て封じれば関係ない事だ。

 リョーウェ! 【アセルス・アウストラリス】を使う」


「はいお姉様。【アセルス・アウストラリス】起動。打ち上げを開始します」


 海菖蒲ウミショウブの騎士キャンサー。潜水能力を特徴とする中型巨兵騎士であるが、それ以外にも特異な特徴がある。

 一つ目は、正面を視界とする二つの目に加え、左右に一対、高等部に一つ、そして頭頂部に三つの目を持ち、『キャンサー』の操り手には下方以外全ての視界が与えられている。それ故に、キャンサーの頭部を護る鎧は構造が複雑であり、海への着水を前提とした本作戦では頭部を含む全ての鎧を装備してこなかった。

 二つ目は、【アセルス・アウストラリス】という特殊な兵装である。【アセルス・アウストラリス】は二つ背に装備されているもりのような装備であり、鋭利な先端部分に強固なつたが繋がっている。これは攻撃にも使用可能であるが、支援面においても有用な存在であった。


「なんだ? あれは?」


「植物のつる。あるいはつたに見えます。敵の巨兵騎士でしょう」


 上空に打ち上げられた正体不明な“何か”の存在にヴォルフとエイプリルも気づき、注意深く観察を開始した。

 垂直に上空に打ち上げられた銛の先が最高点に到達すると、蔦がピンと張り、その高さを維持しつつ、花を咲かせるように銛が開き始めた。それはまるでパラボラアンテナのように。


「【アセルス・アウストラリス】展開を完了。

 熱源情報を感知し、索敵を開始します」


 リョーウェがそう言うと、ガレルの周囲の映像に点々と赤い靄がかかる。

 キャンサーには前述した目の他に隠された“目”があった。それが【アセルス・アウストラリス】の目であり、上空のそれを通して一定範囲の熱を持つモノを見る事が出来るようになる。


“帝国軍戦闘部隊第三班に告ぐ。砲車二号機から九時の方向、砲車三号機から二時の方向に砲撃を開始せよ。身を隠す卑怯な虫はそこにいるぞ”


 コクピットのモニターに浮かぶ、明らかに動物ではない赤い靄を見つけると、ガレルは部隊に対し、攻撃の指示を出す。


“ぎゃぁぁぁあ”


 帝国軍部隊が指示通りの場所に正確な攻撃を行うと、爆発炎上と共に人間の断末魔の叫びが微かに聞こえた。敵の伏兵は“そこ”にいたのだ。


「御主人様…… 攻撃部隊が撃破されました」


「……ああ、分かっている。

 先まで動きの無かった帝国軍が、いきなり我が部隊の居場所を感知し、攻撃する。どうやら原因はアレにあるようだな」


 見えない筈のものが見えるようになった原因は、明らかに先ほど打ち上げられた謎の物体であった。あれがどういう物かは分からないが、手早く潰した方が良いに越した事はないとヴォルフは考えた。

 ならば、強固で突破力のある『タウラス』がその排除に当たるのがベターであるが、その前途には乗り越えなくてはいけない二つの壁、いや、四つの壁があった。目の前に立ちふさがる『スコーピオ』と『ライブラ』。そして『ライブラ』が生み出した二体の疑似巨兵騎士である。


「お前の相手は俺達だ!!」


「一体の巨兵騎士に対して、二体の巨兵騎士。不足はないでしょう?」


 『タウラス』の前方を塞ぐように囲み、四体の巨人は相手の視線を釘付けにする。だが、『タウラス』の瞳の奥にいるヴォルフの意識は彼らではなく、『キャンサー』によって打ち上げられた謎の物体に注がれていた。


「それじゃあ、相手してもらうぜ!!」


 ヴォルフの心がこちらを見ていない事を野性的な勘で察知し、グレンは『スコーピオ』に太く、しなやかな鞭を振り下ろさせた。


「くっ……!」


 だが、その一撃は大剣を盾のように構えた『タウラス』によって軽くあしらわれた。


「今だ!!」


 しかし、マリアは大剣を盾としたことでがら空きとなった『タウラス』右側面を見逃さなかった。

 彼女は『ライブラ』の左に生成していた疑似巨兵騎士【ブラキウム】を『タウラス』の右半身を目掛けて突撃させる。

 剣を手にした鎧を纏わぬ騎士が『タウラス』への接敵を成功させ、ついにその剣が振り下ろされようとした時、振り下ろされるはずだった剣は腕ごと消失し、次の瞬間には胴から二つに割かれた。

 『タウラス』は手首で器用に大剣を回転させ、腕の位置を変えずに右への攻撃に転じていたのだった。


「……マリア様、やはりコイツ強いですわ」


「ええ。でも逃げるわけにもいきません。【ブラキウム】の再生成を」


 敵の動きにそう漏らしたシンチャブリュに少し首を盾に動かし、マリアは汗を拭って倒された疑似巨兵騎士の生成を指示した。


「こいつ…… 前に戦った薔薇の巨兵騎士並の技量かよ」


 巨兵騎士の性能以前に、『タウラス』を操るインフェクテッドの技量の高さに驚愕したグレンは敵をそう評した。


「敵はバケモンばかり。全く、神ってやつは俺たちに対しては無慈悲極まるなぁっ!」


 薔薇の騎士『カプリコーン』と対峙した時と同様のプレッシャーをグレンは感じていたが、『カプリコーン』の時とは違い、動揺や恐怖心を抑え込もうと必死に努めた。彼はあの時の屈辱的な敗北の原因の一つが自分の心にあったと考えていたのである。


(どうするどうする……どうするよっ!!)


 だが、努めたところで恐怖心はぬぐえない。所詮は虚勢を張っているだけだ。


 

 一方その頃、巨兵騎士の後方でカルタゴ市内を進軍する帝国軍部隊にも壁が立ちはだかった。

 【アセルス・アウストラリス】によって敵のおおよその位置は把握できるが、その周囲の状況は把握できない。リーディア旅団の部隊は廃墟の瓦礫や、微妙な高低差を利用し、執拗な攻撃を帝国軍部隊に浴びせ続けた。帝国軍からでは推し茂った草木に阻まれ、そこに瓦礫の壁があるかすら分からないのである。

 そこで、偵察兵を足場の悪い草木地帯に送り込んだが、それは大きな間違いであったとすぐにわかる事になる。

 リーディア旅団も敵歩兵の侵入を当然に想定しており、トラバサミや落とし穴など、原始的ながらも効果的なブービートラップによって、廃墟に帝国軍兵士の苦痛の叫び声が轟いたのである。


 戦況は膠着していた。リーディア旅団は戦力で大きく劣っており、地の利を生かして何とか立ち回っていたが、彼らを護る建物の残骸も無限ではなく、いずれ攻撃にさらされる運命にあった。

 その運命を決定づけていたのは天の目【アセルス・アウストラリス】であり、リーディア旅団の司令官ヴォルフは未来を変えるためには、それを処理する必要があると考えていた。


「帝国軍の巨兵騎士四体という最高の待遇を受けておいて、これは失礼に当たるだろうかね。

 まぁ、俺達なんて奴らから見たらチンケな盗賊集団だろうし、礼などどうでもいいであろう」


 ヴォルフは【アセルス・アウストラリス】の対処を決定した。

 大権を振るいながら下がり、『スコーピオ』らと距離を取ると、大剣を投げ槍のように構える。


「あんまり安い物じゃねぇが。しょうがない」


 『タウラス』は刃先を【アセルス・アウストラリス】の元となる部分に定め、位置を固定する。


「まさか!!」


 マリアはヴォルフの強引ともいえる行動を察知し、それを阻止せんと疑似巨兵騎士【ズベンアクハクラビ】を向かわせる。

 だが、時はすでに遅く、タウラスの強靭な巨体から放たれた大剣は【ズベンアクハクラビ】の捨て身の行動も空しく、緩い放物線を描きながら『キャンサー』へと向かって行った。


「お姉様!! こちらに何かが!! あれは…… 剣!?」


「まずい!! 【アセルス・アウストラリス】を一時収納し、回避行動を!!」


「駄目!! 間に合いません!!」


 巨大な剣は爆音の様な音と土煙を上げながら、『キャンサー』の左肩を首近くからバッサリと貫いた。『キャンサー』はバランスを失い右に傾くと、【アセルス・アウストラリス】は高度を保てず、凧のように落ちていった。


「くっ…… 何という事だ。

 リョーウェ。【アセルス・アウストラリス】の再射出は?」


「駄目ですお姉様。この状態では……」


 左肩を抉られたキャンサーは直立姿勢を取る事すらままならない状態であり、【アセルス・アウストラリス】の運用は絶望的であった。


「窮寇は追うことなかれということか……いや、違うか」


 『キャンサー』のこのざまが、自分の敵に対する認識の甘さであると確認し、ガレルは軍服の襟を正して傾いた視界の奥にいる憎い敵を見つめた。



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