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戦場のアウラウネ  作者: 耕眞智裕
第三章 真敵
34/50

Ⅰ リーディア旅団掃討戦 Ⅰ

あか”――それは私にとって特別な色。

 モノクロの世界に囚われていた私が初めて見た希望の色。

 名も無き私は“あの人”と手を取り合い、紅の絨毯に導かれて自由を手に入れた。

 だから私は紅―スカーレット。私と王子様を繋ぐ名前――


「クローヴィスさま……」


「どうしたスカーレット」


「私はこれでいいのでしょうか? きっと私はクローヴィス様を危険に晒します……」


「またその話か。なに心配する事はない。私に迫る危険などすべて払って見せるよ」


 帝国第一皇子クローヴィスはマレーティア滞在の疲れを癒すため、数日の間、ベルク城の自室で休養し、この日スカーレットと肌を重ねていた。


「それとも君は“あの場所”に帰りたいか? 私といる事が嫌か?」


「っ! 滅相もございません!! 

 あそこに居た頃の私は古い本で読んだ『塔に囚われし髪長姫ラプンツェル』。もう戻りたくはありません。願わくは、このままクローヴィスさまと一緒に……」


 スカーレットは大切なものを離さない子供のように、クローヴィスの身体に腕を巻いた。クローヴィスはその様子を尊いと思い、自分も彼女と同様に腕を絡める。そして、互いが今ここにいる事を感じ合った。


「私は全てを賭けて愛する君を護る。その為なら――」


 そう言いかけた時、クローヴィスの唇にスカーレットの唇が重なった。彼女はクローヴィスにその先を言って欲しくなかったのだ。自分の為に彼が大切なものを無抵抗に投げ出す事を恐れていた。

 口を塞がれたクローヴィスはそのまま事の流れをスカーレットに委ね、黙って彼女の好きなようにする。


(私は君が自由になれる世界を創る。欺瞞、偽善? そうだろう。残念だが、人間というのはエゴでしか動かない)


 この時もスカーレットの願いとは裏腹に、クローヴィスは彼女をあらゆるものから守護するという固い決意に燃えていた。たとえそれが世界の支配者と対峙するものであっても――




 









「えー、政府より次の作戦についての指令を受けた。これは大陸復興委員会軍の初めての作戦でもある。

 内容については、私よりガレル名誉少佐からしてもらった方が良いだろう。私は軍務長官などという大げさな官職についているが、そう言う所はさっぱりなのでな」


 クローヴィスがマレーティアより帰国した直後、ティタン郊外に聳える大陸復興委員会所有の研究施設にて、当組織の軍務長官アルフレート・ヴォイニッチが禁忌を含む委員会軍に号令をかける。


「これは今後の“帝国の国際的立ち位置”を占う上で極めて重要な作戦であり、我々の存在を帝国に示すまたとない機会でもあります」


 ヴォイニッチが後ろに下がると、クローヴィス親衛隊の長であるレティシア・ガレル名誉少佐が前に出て、地図をボードに掲げた。

 地図に描かれているのは係争地であるチュニシアト地方の北端。対岸にオルタリア領ガルバルディ島を望むリーディア半島であった。兵士の中にはそれを目にして唸る者もある。


「中には理解している者もいるだろうが、この作戦はオルタリアの目の元で行われる事になっている」


 かの国の名がガレルの口から出ると、兵士たちの間でざわめきが広がる。


「という事は、あいつらが近くに来るわけか……」


「オルタリア懲罰部隊……」


 一部の兵士はこの作戦が“背に銃口を突きつけられた状態”で行われるという事を理解し、恐怖の象徴であるオルタリアの特殊部隊の名を口にする。

 大陸の秩序に反した者達を迅速に粛正し、屍すら残さない。懲罰部隊の事を知る兵士にとって、彼らはオルタリアが寄こした死神に他ならないのだ。


「そうだ。

 恐らく、我々を監視する事になるのはヤツラだろう。

 だが、同時にこれはオルタリアからの要請でもあるのだ。余計な事をしなければ奴らは単なる傍観者。

 詳しくは述べないが、この作戦について帝国とオルタリアの利害は一致している」


 ガレルは兵士たちに広がる不安を感知し、すぐにそう述べて不安の広がりに歯止めをかけた。


「それで。結局作戦は何なんだ? オルタリアの連中とピクニックに行くわけでは無いのだろう?」


 戦闘に座るインフェクテッドの一人、アリアス・グレンが貧乏ゆすりを止めてガレルにそう問うた。


「そうだな。君たちにとってそれが一番重要だろう。

 即ち、作戦目標はリーディア半島北部。旧リーディア王国首都カルタゴに巣食う戦闘集団、リーディア旅団の殲滅だ」


 ガレルはそう口にしながら、掲げた地図に手を当てた。

 『カルタゴ』――反乱によって滅びたリーディア王国の王都であり、戦闘によって今は荒れ果てた廃墟となっている。

 そこは危険な猛獣や、有毒な植物が支配し、人が立ち入るべきではない場所と言われてきたが、同時に略奪集団――リーディア旅団の拠点があるとも囁かれていた。しかし、オルタリア領が近い事や二国間の係争地であるという性質から、捜査が行われてこなかった。


「やっぱりあそこにあったんだ……」


「所詮は親元から離れられないヤツラなのさ」


 リーディア王国の後継を自称するリーディア旅団。その拠点がリーディア王国の中心に存在する事に何の不思議もなく、作戦に口を出すものはいなかった。


「帝国とオルタリア共同の追跡調査によって、ついにリーディア旅団が拠点とする場所が判明したのだ。我々はただ、奴らを根こそぎ排除すればいい」


 ヴォイニッチもガレルも敢えて経緯の具体的説明を避けたが、これは最初のガレルの言葉にあったように“帝国の国際的立ち位置”を護るための戦いであった。

帝国と同盟関係にあるマレーティアにて、リーディア旅団による人攫いが行われ、あまつ、王国の関係者がその被害にあったという報告が帝国上層部を戦慄させた。これは、王国によって、帝国はリーディア旅団と共謀、或いは敢えて彼らの行動を阻止しなかったという疑いをかける好材料ともなり得るのだ。

それに対して帝国上層部はマレーティアに対する懲罰行動も視野に議論を重ねていたが、“オルタリアからの協力要請”という牡丹餅が突然棚から降ってきた。それは、帝国がこの危機を回避する絶好の機会であり、これを拒否する理由は無かったのだ。

つまり、これは文字通り威信を賭けた戦いなのである。


「さて、一つここで問題がある。我々が看過できぬ大きな問題―― 巨兵騎士だ。

 マクラレン名誉大尉。シンチャブリュ。君たちは少し前にリーディア旅団が所有する巨兵騎士とカルドバンカにて戦闘を交えたわけだが、ここにいる皆にその特徴を説明してくれないか?」


「「はっ!」」


 リーディア旅団が単なる盗賊団ではなく、各国が手を焼く事になっている所以は、彼らが巨兵騎士を有しているからに他ならない。彼らは神出鬼没の独立した軍隊なのだ。

 彼らが持つ巨兵騎士は強く、帝国最強の巨兵騎士である『ライブラ』を以てしても撃破に至らなかった。ガレルはその事も鑑み、持てる情報を全て共有した上で、巨兵騎士三体での物量戦を考えていた。


「敵の巨兵騎士――ここでは奴の得物から“大剣の巨兵騎士”としておきましょう。

 大剣の巨兵騎士は俊敏さでは、『スコーピオ』、『ジェミニ』、『キャンサー』に劣り、『ライブラ』と同等程度ですが、攻撃性能においては『スコーピオ』に比肩し、防御性能においては我が軍のいずれの巨兵騎士も敵わない。

 私は先の対戦で虎の子の爆雷自爆を敢行しましたが、大剣の巨兵騎士に対しては致命打に届かず、取り逃がすという失態を犯しました」


 インフェクテッドの内、唯一交戦経験のあるマリアがその時の苦い記憶を思い返しながら、敵の巨兵騎士の情報を述べる。そして、彼女がその口を止めると、今度は彼女のポリネイトであるシンチャブリュが代わって口を開く。


「敵の頑強さは圧倒的ですわ。我が軍の巨兵騎士全てを以てしても、撃破にどれほど掛かるか見当もつきませんの」


 手を横に出して、敵の強固さに手も足も出ないという事を示すと、シンチャブリュとマリアは席に着いた。

 マリアが言葉を止めたのは、先の戦闘での敗因が“自分自身の戦いに対しての意識の低さ”にあるとの考えがよぎり、自己嫌悪に苛まれたからだ。シンチャブリュはそれを察し、歯を食い縛る彼女に代わって、言うべき事を言ったのである。


「なるほど。我が軍最強の巨兵騎士の使い手がそう言うのなら、私達では歯が立たんだろうな。

 だが、グレン名誉少尉。ファイザー名誉少尉。マクラレン名誉大尉。そして私とポリネイト達は知っているはずだ。どれだけ強くても巨兵騎士には致命的な弱点がある事を――」


「“我々自身”ですね。名誉少佐」


「その通りだファイザー名誉少尉。強力な巨兵騎士であっても、我々人間は平等に脆い。我々はそこに活路を見出す」


 ガレルの問いに、ファイザーは素早く解を述べた。そして、それに続いて今回の作戦の骨子についての具体的な説明が始まる。


 作戦名はクレスト教の古文書に登場する古代の英雄の名を取って、“スキピオ作戦”とヴォイニッチから命名された。

 作戦の主要な流れは以下の通りだ。

 まず、巨兵騎士『スコーピオ』『ライブラ』を先行させ、予測される敵の反撃を潰しながら、前線を北へと押し上げる。

 次に、巨兵騎士による侵攻に対してリーディア旅団が逃走し、海へと脱した場合は侵攻を速め、後続の『キャンサー』によってそれらを壊滅せしむ。

 だが、これは敵の巨兵騎士がそこにいなかった場合であり、最も楽観的な予想だ。

 そこで、敵の反撃が激しく、敵巨兵騎士が出現した場合の対応が必要になる。

 もし、敵巨兵騎士が出現し、帝国軍の侵攻を阻止するのであれば、『キャンサー』を用いて北部海岸に圧力を加えた後、巨兵騎士三体を以ってそれに応戦する。だが、ここで勝ちにこだわる必要はない。これは陽動なのだ。敵巨兵騎士が交戦中の隙に、帝国軍の200を超える歩兵部隊を以って敵拠点に侵入し、そこにある敵巨兵騎士の操り手を殺害する。さすればリーディア旅団など武装した弱小盗賊団に過ぎず、帝国軍の勝利は確固たるものとなるだろう。


 この様な作戦を実施するにあたり、前線と後方の密な連携、連絡が不可欠になる。そこで重要なのは『キャンサー』の索敵能力と巨兵騎士を失ったファイザーとユラの存在だ。

 『キャンサー』によって得られた情報を前線で行動する巨兵騎士の操り手に伝え、部隊中に共有するにあたり、ポリネイトの鏡面通信はこれ以上ない存在になる。


「作戦決行は翌十月十日。12:00。現地には二日後十月十二日に到着する予定だ。それまで英気を養うように。以上解散」


 ガレルの号令によって椅子への束縛から解放されると、集合していた兵士たちは敬礼と共に自室へと散開していく。

 そして、人の体温で温まっていた部屋が冷め始めると、一息ついたガレスに小さい声が放たれる。


「お姉様少し楽しそう」


 声の主はこの部屋にいる時から常にガレルに寄り添っていた少女。少女はすらっと伸びた白銀の髪に、育ちの良さを示すかのような白い肌をしていた。


「ええ。楽しいわ。

いえ、楽しいのじゃなくて、嬉しいのね。だって、クローヴィス様の為に身を使う事が出来るのですもの」


軍人ではなく、一人の女性として朗らかな笑顔を見せるガレルに、少女も笑顔を見せる。


「私も頑張ります。クローヴィス様の為に。そして、お姉様の為に」


「うん。期待しているわ。リョーウェ」


 そう言うと、ガレルはパートナーの頭を撫でて微笑んだ。

















「ふふふふふ……

 ふはははははははは!!!

 カルタゴか! 全くこの地は私を飽きさせないなっ!!」


 独自に収集した古文書に囲まれた自室でヴォイニッチは一人笑う。そして、壁に掛けられた“世界”地図を睨みつけて、指を南大陸から北海に突き出したリーディア半島に突き立てた。


「カルタゴ…… ふふふ。カルタゴ。カルタゴ」


 ヴォイニッチは指先で突いた地を何度も呼称した。そして笑顔のまま頭を抱えて椅子に腰を据えると、机に乗せられた本を一冊開いた。


(全く、ここに来た時は奇妙の極みであった。“どこか知る、全く知らぬ世界”――

 この世界は私が知る世界と酷似している。だがそれはイコールではなく、酷似という表現から抜け出さない。

 私の知るこの海は鉄を溶かさない。私の知る大陸の沿革はこの様ではない。私の知るこの地はもっと砂漠に覆われて……)


 彼が開いた本はクレスト教が発刊する世界について書かれた本だ。だが、その本はヴォイニッチを満足させるに至らなかった。

 

(ここでの世界とは北海を挟んだ南北の大陸の一部。そこから外の世界は砂塵に覆われており存在しない事になっている。息が苦しくなるほど狭いと思うのは、私がもっと広い世界の存在だからだろうか)


 ヴォイニッチは故郷に思いを馳せながら瞳を天井へと向け、深く息を吸った。



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