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戦場のアウラウネ  作者: 耕眞智裕
第二章 錯綜の都
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ⅩⅥ 錯綜の都 Ⅳ

「ぐうっ!」


「イグニス様しっかりしてください!!」


 肉体に侵入した鉛玉が、まるでマグマのように熱を発して肉を焼いている気分だ。

全く情けない。助けに来たはずなのに私は軍曹に半分以上の体重を肩代わりしてもらわないと歩く事も覚束ない。


「はぁ、はぁ……」


 首輪と手枷、足枷に繋がれた鎖は絶ったが、元の輪は二人の肉体の保護の為にそのまま残さざるを得なかった。

 コックスは手足と首の重量に加え、イグニスの体も支える事になり、軍服を汗に染め、苦しい表情を見せるが、助けてもらった身の上、文句の一つも口にはしなかった。


「ジョウルク…… 連絡の方は……」


「はい。バッチリです。モッカラコムには繋がらなかったですけど、ファルバリには繋がったので、敵の死体と高速具を見せながら現状を報告しました」


 ジョウルクはイグニスの窮地に馳せ参じる前、鏡面通信を用いて本国にリーディア旅団の件を報告していた。帝国の同盟国であるマレーティアでこの様な事件が起きた事は、帝国にとって頭を抱える問題であり、王国は嬉々として国際的に非難できる理由を得た事になる。


「こっちは駄目ね。北の公園を回って船着き場まで向かいましょう」


 倉庫群南の水路沿い出入り口には、脱出した虜囚たちが呼んだと思しき警察車両のパトライトが見え、リナはイグニスとジョウルクの特別な立場上、彼らに見つからないように遠回りのルートでこの場を離れる事を提案した。


「ええっ……」


「セイレン警察に保護されて、身体検査や健康診断なんてされたら堪りませんからね。私も手伝いますから頑張ってください」


 手にした地図を畳み、スカートのポケットに収めると、リナは少し嬉しそうな顔をしてコックスの反対側の腕を肩に担いだ。

 リーディア旅団から奪い取った短剣を手にし、周囲を警戒するジョウルクを先頭に、四人は人のいない暗く静かな自然公園へと足を踏み出した。


「すまない大尉、軍曹……」


「お体に障ります。どうか今は喋らないで下さい」


 止血の為にジョウルクが持って来た包帯で肩を巻いたが、付け焼刃に過ぎず、染み出した血液は身体を伝って公園の土床に至っていた。


「あと少しです……」


 イグニスの苦しそうな表情に自分も顔を歪ませ、リナは必至にジョウルクの後を追った。

 親愛なる主の体は重いが、彼女の頭は“彼が死ぬ”という最悪なシナリオで一杯になり、重さなど感じる事無く前へと進んでいった。そしてその速度を必死にトレースし、コックスは汗を撒いて身体を動かした。


“ブッブー!!”


 公園を出て、通りが見えた所で四人の耳に車のクラクション音が届いた。

 四人は自ずと警戒態勢に入り、身体を屈めて通りを見回して状況の確認を開始する。


「ラッシュフォード特尉~ 隊長さーん それとついでに軍曹さーん」


 クラクションの後に聞こえてきたのは耳馴染みのある女の声。その緊張感のない声は間違いなく第三特務遊撃部隊で禁忌の輸送を担当しているブレア一等兵のものであった。


「ブレアさん」


 ブレアの声に緊張が解かれ、ジョウルクは声を出して通りに飛び出した。

 そして、彼女はブレアの姿と例の送迎車を発見し、助けに飛び出した自分たちを、隊が助けに来てくれた事を理解した。


「あっ、ジョウルクちゃん。ラッシュフォード特尉は一緒じゃないの?」


「イグニス様も一緒です。あぁっ、よかったぁ」


 ジョウルクが私たちを呼びに来て、車に横になると安心で異常な睡魔に襲われた。揺れる車は揺り籠の様で、不思議と痛みも消えていく――

 私が気を失う前に覚えていたのは、姫様が名前を必死に叫んでいた事が最後だったか。何故だろう、あの方の声を聞くと昔を思い出す。





「やっとお目覚めですか」


 気が付くとそこは船の中の医務室であった。清潔なシーツの上、肌を晒した上半身には真っ新な包帯が巻きなおされており、血は完全に止まっていた。


「ここは……?」


「リーリシアに向かう船の中ですよ」


 医務室にいるのは私とコックス軍曹の二人だけ。彼の首に付けられていた下劣な首輪は外されており、自分たちが確かにあの窮地から脱した事を示していた。


「そうか…… 二人が助かって良かった……」


「良かったじゃないですよ!! あなたが意識を失っている二週間、大尉も姫様も隊の連中も皆心配してずっとここに――」


 コックスは安心して目を瞑ったイグニスに喝を入れるように声を張り上げた。


「そして君も来てくれたのか。全く、有難い事だ」


「…………」


 だがイグニスはコックスの声に動じる事はなく、瞼を閉じて今の状況に至った事を感謝した。


「それで? なんで俺なんかを庇ったんですか? あなたにとっては面白くない人間でしょう?」


 コックスの頭の中にはその事で一杯だった。他の誰でもない、会って間もなく、抵抗しないと分かっていて罵声を浴びせるような卑劣漢を、何故命を賭して守ったのか。どうしても確かめたかった。


「……簡単な事だ。

 君の命は私のそれより尊い。それだけの事」


 そのあまりにあっさりとした答えにコックスは開いた口が塞がらない。だが、目の前に倒れている男の表情は嘘や冗談を言っているわけでは無いという事を示唆していた。


「なんだよそれ……

 俺は、命は平等だとか何とか言うようなロマンチストではないが、さっきアンタが言った事には心底不快になるな。

 アンタ何様だよ? 勝手に命の価値を決めてるんじゃねえ!!

 つうか、俺の命が尊いだと? 笑わせんな! 俺が誰だか分かっているのか? 天下の汚職大使ゼクト・コックスの一人息子だぞ!?」


 怒りに満ちた心を剥き出しにし、コックスは今にもイグニスを殴り掛かるような近さで、脅す様に言葉をぶつけた。

 だが、イグニスは瞼を開けず、コックスの表情を見る事もしない。その態度が彼の怒りの炎に油を注いでいた。


「ゼクト・コックス大使か。私も以前一度だけお会いした事がある。

 確かに、失脚前においても評判は芳しくなかったが、外交官として不満はなかった。

 彼が失脚したのは残念だ」


 そのイグニスの言葉の終わりにコックスは拳を勢いよく振り下ろした。だが、拳はイグニスの肉体に接触することなく、白い枕に埋もれた。コックスは自分の怒りを辛うじて制御していたのだ。


「アンタに親父の何が分かるっていうんだ!!

 何も知らないくせに……

 ていうか、あんた何者だ? 隊長は異常なほどアンタを敬愛しているし、姫様もアンタを特別視している。レオンバルトの元役人か? いや、違う。そんなもんじゃねぇ…… アンタは……」


「…………」


「なんか言えよ!!」


「…………私に過去はない。リーリシアの兵隊であり、世界の禁忌。それだけだ」


「カッコつけてんじゃねぇよ。アンタズルいぜ。俺と同等かそれ以上だ。そういう態度をとって自己満足に浸っているだけだろ!? 最悪な俺には分かる。

 だが、俺はアンタの自己満足には付き合わねぇ…… 俺より先には死なせねぇからな。どうだ? 屈辱的だろう? アンタが自分より価値ある命と評価した者に守られるなんてなァ。そして、てめえの馬鹿さ加減を後悔するんだな。それが俺のアンタに対する恩返しだ」


 コックスは言いたい事をぶつけると、ベッドを降りて医療室の戸を開けて部屋を出た。そして医療室に繋がる通路で警戒心を露わにしたリナとジョウルクと顔を合わせると、一礼した後に身を屈ませてジョウルクの視線に自分の視線を合わせた。


「おいちっこいの」


「な、なんですか!?」


 突然声をかけられ、ジョウルクは不審者に対応するように体を固くした。


「そう警戒しないでくれ。

 一つ頼みがある。それだけだ」


 二人の厳しい視線を解除する為、コックスは笑顔を二人に見せて、危害を加えるようなことはしないという意思を伝えた。だが、依然として二人の目は厳しいままだった。


「頼みというのは。つまり――

 俺に剣を教えて欲しいんだ。俺は強くなる必要がある」


「……貴方には護りたいものがあるのですか?」


「ああ、そうだ。察しがいいな」


 ジョウルクはコックスの瞳に強い意志の炎を見た。そして、警戒心を解くと、彼の腕を掴んだ。


「……これでは時間が掛かりますね。

 まずは筋力の鍛錬をしないといけません」


「ああ、鍛錬でも何でもやってやるさ」

 

 コックスは自分の決意を言葉にし、十以上も年の離れた少女に頭を下げた。

 だが、その決意のワンシーンはリナの大きな溜息で濁らされた。


「剣の鍛錬も重要ですが、これからあなたは銃を持つか、砲車に乗って戦う事になります。護りたいものがあるのならそちらも疎かにしないで下さいね軍曹」


 本国に戻れば、戦争は再開される。そうなれば剣ではなく、火薬が主役の戦場に戻る事になるだろう。それはコックスも分かっていた事だが、イグニスが自分を庇った時のような状況にならぬよう、個人的な戦闘技術も求めていたのだ。


「肝に銘じておきます大尉殿。では、私はこれで」


 目的を果たしたコックスは立ち上がり、リナに敬礼すると、背筋を伸ばして船の端にある自室の方へ消えていった。


「あの人変わりましたね」


 コックスの姿が見えなくなると、ジョウルクは彼の態度の豹変について一言漏らした。


「変わっていませんよ。最初からそう言う人だったという事です。

 ただ、誰かさんみたいに自分を守るための仮面をしていて、それを外して本来の自分に戻ったんだと思う。

 まぁ、その誰かさんは物理的な仮面を剥ぎ取っても、ガラスの仮面は中々外してくれませんけどね」


 そう言うとリナは先ほどのより大きな溜息を船内に響かせた。











 ――オルタリア共和国首都プロメテウス『クレスト教本部カノッサ大聖堂』


神子みこ様はまだ見つからないのか。全く、困ったお方だ」


「密命を受けた商人、宣教師、いずれもあのお方を見つけたという報告はありません」


 まるで一国の謁見室の様な華やかな広間にいる二人の男女が言葉を交わす。彼らはクレスト教、ひいてはオルタリアで最も権力を持つ者たちだ。


「我々のネットワークを用いても発見できぬとは。これはいよいよ“力を持つ誰か”が匿っている可能性が高いな」


 玉座の如き黄金の椅子に座り、白と金のローブを纏った男――クレスト教総大司教スールヤ・ディクタトルはそう言うと、顎に手を当てて額に皺を作った。


「それとあの大罪人――アレクセイ・フォリオの発見すら達せられていないのは奇妙と言うほかありません」


 総大司教に対峙する若き女性――クレスト教総祭司長フローリア・ディクタトルが彼の言葉にさらに一人の男の名を付け加える。

 アレクセイ・フォリオ。三年前に突如失踪したクレスト教上級司祭の名である。


「自然に考えれば、奴が神子様を攫い、誰の目にも止まらぬ所で監禁しているという可能性に至る訳であるが、それでは一つ解せぬ点がある」


時間差タイムラグ。神子様が失われてからフォリオが消えるまでの数週間の時間差ですね」


「そう。50人存在するクレスト教上級司祭の行動はプライベートも含めて我々が管理している。最低でも、その数週間は奴の元に神子様はいらっしゃらなかった」


「つまり、協力者がいた」


 教団が疾走したフォリオを賞金までかけて探している理由は、彼が神子の居場所を知っていると考えていた為であった。そして、姿を見せぬ協力者も――


「うむ。もはや悠長にしていられないな。

 フローリアよ。アレはどれぐらいもちそうだ?」


「未だ疑う者は多くはありません。ですがあの子も限界でしょうし、天啓の御言葉が無い状況を怪しむ者もいずれ出るでしょう」


 “アレ”、或いは“あの子”と呼ばれる存在に対し、二人の扱いには温度差があった。スールヤはまるで道具のように。フローリアは家族のようにその存在を思っていた。


「ならばどうするか。

 懲罰部隊を動かして各国の主権を奪い、後はゆっくりと探してやるか」


「お父様!! それは!!

 ……失礼しました総大司教猊下。ですが、懲罰部隊を用いたとしても、同時に各国を占領する事は出来ません」


「はっはっは。分かっておる。単なる冗談だ。

 だが、冗談と言いつつやってしまいかねない閉塞感よな」


 スールヤは豪快に笑いそう言うと、娘を見守る父の様な穏やかな表情を見せた。


「ええ。そうですね。

 ですが全く進展がないわけではありません」


 それに対しフローリアは父母に対するものと同様の敬いの表情を以って、スールヤにそう返した。


「進展か」


「はい。我々クレスト教団は“商人”と“宣教師”を用いて神子様とフォリオの捜索をし、これが叶う事はありませんでした」


「うむ」


「それはつまるところ、“商人”と“宣教師”の及ばぬ所にいる可能性が高いという事です」


 それぞれの立場にはそれぞれが見る事の出来る範囲というものがある。商人や宣教師はその性質から多くのモノを見る事が出来るが、勿論彼らにも見る事の出来ない世界があった。


「なるほど。それでフローリアよ。汝はそれをどこであると考えるのか?」


「まず一つ目に考えられるのは“軍事組織”。

 二つ目は“王族や政府関係”。

 そして三つ目は“不法な独立組織”」


「納得できる見解だ。

 だがフローリア。その様な物をテーブルに並べた所で意味はない。重要なのはどうするかだ」


「もちろん承知しております。

 それに猊下の手を煩わせずとも、既に手は打ってあるのです」


 フローリアは自信満々にそう言うと不敵に笑った。


「ほう? 流石我が娘という訳か。それで? 汝はどう駒を進める?」


「候補の一つを潰して見せましょう。既に舞台は完成しているのです。

 後は懲罰部隊を用いて事を成すだけです」


 スールヤはフローリアの言葉に一瞬戸惑ったが、すぐに何かに納得すると、「ククク」と喉で笑った。


「懲罰部隊は“お前の部隊”だ。好きに使うが良い。

 朗報を期待しているよ。我が娘、ディクタトル総祭司長よ」


 そして、フローリアによって用意された火薬庫は直ぐに火を噴くことになる。停戦解除後最初の戦場の中で――


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