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戦場のアウラウネ  作者: 耕眞智裕
第二章 錯綜の都
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ⅩⅢ 錯綜の都 Ⅰ

「殿下、もはや王国の使者なぞ待つ必要は無いと小官は考えますが」


「このような時代において敵国の者と顔を合わせる事の出来る機会は貴重だ。大佐、もう少し付き合ってくれるか?」


「わたくしは今や大佐ではありません」


「形式的階級など重要ではない。君は我が親衛隊を組織した時君はその地位にいた。その時から君は何も変わっていない。今なお親衛隊を統率しているという実質的な部分が重要なのだ」


 マレーティア王国首都セイレンにある王立ホテル。遠くに港を望む一室で男女が言葉を交わす。巨大窓の前に置かれた椅子に座り、何かを探すように海上を行き交う船を見つめる男――クローヴィス・アルベール。その隣に立つ軍服を纏った女――レティシア・ガレル。帝国慰問団の者達が帰国する中、彼らは遠方からきたる敵国の代表を待つためにこの地に残っていた。


「話を戻すが、大佐、私が何故敵国の代表を待つのかを理解してもらうために、私の腹の内を話そう。即ち、私が彼らを待つ目的だが、それは“この戦争の落としどころを見るため”だ」


「殿下は講和を願っておられるのですか?」


「無論それが最も理想的だろう。だが勘違いしないで欲しい。私は敗北主義の身勝手なマゾヒズムやペシミズムに浸っているわけではない。講和は戦争を終わらせるための布石の一つにすぎぬ」


「…………」


 ガレルはクローヴィスの話に異を唱えたかったが、その言葉を喉でおし止め、口を噤んだ。


「そうだな。戦士である君には納得のできぬ事だろうな。

 では、問おう。君はこの長きに渡る戦争がどのように終わりを迎えると考える?」


「無論、帝国がこの聖戦を制し、南大陸は帝国の威光の元に治められることになりましょう」


「そう。私もそうあって欲しい。

 だが、現実の戦況は極めて厳しい状態にある。王国による巨兵騎士投入によって我が軍の戦力は大きく減らされており、それによって生じた戦力差は今なお埋まっていない。我が国の情報局が出した推計では、戦力比、帝国3に対し王国7という目を覆いたくなるような結果が出ている。

 このまま戦争が長引けば帝国は確実に敗北する。我らは『いかに勝利するか』を考えているが、王国は『いかに最低限の損害で勝利するか』を考える段階に入っているのだよ」


 帝国情報局の推計は正確だった。王国軍は前線に非正規軍を展開し、正規軍のほぼ全ては無傷のまま温存されていたのである。それに対し、帝国軍は王国の巨兵騎士アクエリアスによって多くの将兵を失っていた。もはやこの差はヴォイニッチ兵器開発局長官がもたらした技術革新程度で埋まるものでは無く、帝国は絞首台への階段を登り始めていると言っても過言ではない状況だったのだ。


「ですが殿下。その為の方舟計画なのではないでしょうか。あれが完成すればいかなる戦力差があろうとも……」


「そう。鋼鉄の船団が完成すれば、我が軍が王国の喉元に刃を突きつける事も叶おう。だが、時間と財政が我々にそのような猶予を与えてくれるかは分からない。これも我らが勝利を得る為にすべきいくつもの事柄の一つに過ぎないのだよ」


「……では殿下はこの戦争、帝国が敗北するとお考えなのですか?」


 ガレルが口にしたのは軍人が口にする事を憚られる言葉だった。だが、クローヴィスは彼女の言葉を受け取ると、すぐに返答する。


「帝国は勝利する。私にはその確信がある。

 そして、私は今その先の新たなる世界に思いを馳せ、準備しているのだ」


「それが、大陸復興委員会……」


「そうだ。大陸復興委員会は新たなる大陸秩序の中核を担う事になるだろう」


 ガレルにはクローヴィスの話があまりにも遠い世界のものの様に思え、理解に至る事は無かった。


「大佐。君は私が空想的な理想主義者だと思うかい?」


 クローヴィスは戦争の勝利を前提に、心をその先の世界に置く自分が疑われるのは必然と感じ、ガレルにそう問うた。

 だが、ガレルにとってクローヴィスの考えが理解できるか、或いは賛同し得るものなのかはどうでも良い事。


「私はただ、殿下の御意のままに」


 その返答が示す様に、理解は出来ずとも、ガレルはクローヴィスの描く未来に一切の疑いを持っていなかった。それは、一兵士としての忠誠ではなく、個人としてクローヴィスを信奉するが故であった。


「おや? どうやら待ち人が到着したみたいだ。出迎えの準備を始めよう」


 クローヴィスは立ち上がると、入港する巨大な木造船に目を輝かせて微笑んだ。木造船の艦尾にはクレスト教の紋章旗、船首にはリーリシア王国及びマレーティア王国の国旗が港町の強風に煽られ、はためいていた。









「マレーティア王国。やっとの到着ね」


 喪に入った静かな港を眺めながら、リーリシア王国第三王女アリスは興味なさげに呟いた。

 彼女の個人としての目的である“イグニス・ラッシュフォードと会い、心内を探る”という目的はほぼ達成されており、後はリーリシア王国の人形としての責務を果たすのみで、それは彼女に刺激を与えるものでは無かった。


“コンコンコン”


「姫殿下。マレーティア王国セイレンに到着いたしました。これより下船には入りますので」


 着岸の直後、姫の元にリナ・バランシュ大尉からの知らせが入る。


「ええ、存じていますわ」


 聞かずとも分かる事を告げられ、アリスは呆れながらリナの言葉に自分の言葉を差し込んだ。


「私はここでお待ちしています」


 リナの声と共に木の床が踏まれる音が聞こえる。扉の先で彼女が敬礼する音だ。


「姫様。着替えを」


 さらに急かす様に従者がそう言い、アリスは不機嫌な顔でドレスに袖を通した。


「ところでリナさん。ラッシュフォード特尉も私と同行するのですよね?」


「そ、それは…… あの方はその…… 姫様のお傍に置くには立場が……」


 しどろもどろしたリナの反応にアリスは邪悪な笑みを浮かべると、暇つぶしに更に彼女に意地悪な言葉を放つ。


「私の見た資料によると、ラッシュフォード特尉はこの隊で最もお強いのだとか。その様な方が私の護衛をせずに何をさせるおつもりなのです?」


「……この船を守って頂きます」


「彼でなくともこの船は守れるでしょう? それに私と共に王城に向かう護衛の数は限られているのですから、そちらに彼を回すのが最善ではなくて?」


 アリスの言う事は正論だ。それと同時にそれ以上に彼女の提案はリナにとっても喜ばしい事であった。姫と同行させるという事は自分の傍に彼を置く事と同義だからだ。だが、姫の傍にイグニスを置くというのはリナを不安にさせるもので、そのジレンマが彼女の口を止めていた。


「いかがですか? リナさん?」


 着替えを終え、扉を開けたアリスは止めとばかりに面を合わせたリナに言葉を突き刺した。

 彼女はリナと違い、相手を恐れていない。心の内にある最も大きな存在を写すというポリネイト――ジョウルクの姿を見た事で自信と勇気を得たのだ。


「姫様の御意の通りにいたします」


 そう言って頭を下げるリナの顔には笑みが浮かんでいた。





 アリス姫及びその従者であるアリエル。そして、護衛であるリナ・バランシュ大尉、イグニス・ラッシュフォード特尉、ロイド・コックス軍曹の計五人がマレーティア王国政府から回された車に乗り込む。

 ロイドを同行させたのは、彼を自分の監視下に置きたいという事と、彼自身の戦闘能力を評価しての事であった。

 

「――あれは…… すみません。少し時間をください」


 四人が乗車を完了し、最後にイグニスが車体に足をかけた時、彼の目に覚えのあるものが入った。それは、停留所脇にある真新しい傷のついたポール。ポール自体は変哲の無いものだが、刃物で刻まれた傷は自然についた物とは思えず、異様な雰囲気を醸し出していた。


「なぜこれがこのような所に……」


 傷を丁寧に指でなぞり、イグニスは自分の過去を想起する。彼はこれを知っている。母親に教え込まれたのだ。


「“所定の位置への展開を完了”か…… 間違いない。これは『氷の剣』の暗号。ここにアインスたちがいるのか」


「イグニス様お早く」


「ああ、すみません大尉。今参ります」


 リナの呼ぶ声を受けると、イグニスは頭を振って一度思考を白紙にした。そしてやるべき任務の為に、ポールから指を離すと仲間の待つ車へと戻っていった。


 いつもなら行商人や漁師で騒がしい港町は祭りの後の様に静かで、広い道には人の姿が見られない。セイレン市民の誰もがマレーティア王の安らかな眠りを願い、祈りを捧げているのである。

 そして静謐の街を走る車の中も静かであった。遠い敵国の同盟国、見知らぬ街、油断できぬ仲間、祖国の特殊部隊の影。あらゆるものが彼らを緊張させ、言葉を発する余裕を与えなかった。


「到着しました」


 長く感じた静寂の時間もいずれは終わる。運転手のそっけない声がその合図であった。

 武器を持たないマレーティア兵によって開けられた車のドアを介し、リーリシア御一行が蒼く煌めく王城へと進む。

 目的地である歴代王族の眠る霊廟は王城深部に存在し、そこに至るまでの城内の荘厳な内装や重々しい空気は先の車内以上に異国の客人に重圧を与え続ける。息をするのさえ疲れるのだ。


「リーリシア王国代表団様がご到着されました」


 同じ城内であるにも関わらず、先程までの雰囲気とは全く別な空間。先ほどまでの景色が荘厳というのなら、この空間は神聖と言うべきだろう。

 音を反響させる白い大理石で覆われた聖域に歴代マレーティア王の名が刻まれた巨大な柱が聳え、その前に置かれた献花台の前に一人の男と二人の女が立っていた。三人は客の姿を視界に捉えると、揃って頭を下げ、客を引き寄せた。


「遠い国よりはるばる足をお運び頂き感謝いたします」


 そう口にした漆黒のドレスを纏った女性はマレーティア王国王女にして、レグラント皇帝の長女ディアンヌ・アルベール。王亡き後は彼女がこの国を統べる事になっている。


「偉大なる王の安らかなる事を願います」


 アリスはリーリシア王国の代表として、未亡人の女王に哀悼の言葉を述べたが、彼女自身は遠き国の王の事など知らなかった。

 

「どうぞ、花をお手向け下さい」


 ディアンヌと共にアリスらを待っていた白いローブの男が優しい言葉でアリスを柱の間へと誘う。そして、側近であるアリエルから花束を受け取ると、アリスは献花台へとゆっくり歩を進めた。


「あれがディクタトル総大司教猊下か。実物を見るのは初めてだ」


 ローブの男を目で追いながらコックスは呟く。


「それなら、もう一人の女性は総祭司長様か」


 続けてそう呟くと、コックスは総大司教の後ろにつく揃いの白いローブの若い女に目を移す。


「全く、このような神聖な場に汚物がいると知れたら大騒ぎでしょうな」


 そして最後に、隣に立つイグニスを細い目で睨みながらそう言うと、コックスは下卑た笑いを浮かべた。


「なに。全く問題ではない。この国にはリーリシア王国と違って禁忌が街に出入りしてはいけない等という法は無いのだ。コックス軍曹、余計な事に空気を使うなよ」


「へいへい分かりましたよ隊長殿」


 リナの言葉にも悪びれる様子もなく、面白くなさそうな顔でコックスは唇を舌で舐めた。


「これにて存する十二王国の末裔全てがこの地で祈りを捧げた。

 偉大なる王――ジート・マレーティアの魂は永遠にこの世界を見守って下さるであろう」


 それは平和の終わりを告げる号令。リーリシア王国の訪問団の帰国を以って休戦が終わるのだ。

 総大司教、及び総祭司長がここにいる目的は二つ。一つはクレスト教の代表として亡き王を弔う事。もう一つは十二王国連盟盟主国オルトリア共和国の監視官として各国代表たちが集うのを確認する事である。

 十二王国連盟は、南北大陸が統合された時に成立した十二の君主制国家によって結成された国際連合組織であるが、いまや、滅亡、共和制への移行、王家の断絶などによってオルトリア、マレーティア、レオンバルト、リーリシア、レグラントの五ヵ国を残すのみとなった。因みにオルトリアは共和制の名を用いているが、被選挙権はクレスト教のディクタトル家の指名者にしか与えられておらず、実質オルトリア政府はクレスト教の傀儡でしかない。その為、オルトリアは民主制というより、明らかに一血族による専制国家であった。

 有名無実化の道を進む組織であるが、未だに連盟を介したオルトリアの影響力は強く、連盟盟主の地位を利用して連盟国の主権に介入する事もしばしばあった。

 今回の休戦も、かの国の底知れない影響力によるものであり、南大陸の二大国でさえ、はるかに国土の小さいオルトリアに逆らう事が出来ないという事の表れでもあった。


「さて、私たちの役目はこれで終わりだ」


 ここでの役割を終えたディクタトル総大司教はそっけなくそう言うと、ここにいる誰の姿に目をやる事も無く、威圧的な靴音を響かせながら総祭司長と共に部屋を後にした。


「……全く、お高くとまっていやがるな」


 二人の高僧の姿が見えなくなった所でコックスは毒を吐いた。


「まぁそう言うな。実際彼らはお高いのだよ。なにせ南北大陸の倫理を支配しているのだからな」


 リナはコックスの無礼な発言を咎めなかった。彼女も総大司教、ひいてはクレスト教について思う所があったのである。

 リナは元々敬虔なクレスト教徒であったが、それ以上に王子イグニスの信奉者であり、彼が国を去る事の原因となった教義を広めるクレスト教に強い反発を覚えていた。


「時が違えば私たちは友として相まみえていた事でしょう。この様な時代に出会ってしまった事を残念に思います」


 総大司教の姿がなくなった事でディアンヌの両肩が軽くなり、彼女は遠くから来た同盟国の敵国の姫に言葉をかけた。


「同感でございます」


 ディアンヌの言葉に、この様な場に慣れていないアリスは作り笑いを浮かべて答えた。


「そう! だからこそ、この戦争は早く終わらせなくてはならない!!」


 アリスが言葉を発した直後、霊廟の出入り口より男の大きな声が発せられた。その声にイグニスらも後方の出入り口に目を向け、声の源の姿を瞳に捉える。


「……おい、嘘だろ…… あいつは帝国の第一皇子」


 そう呟いたコックス以外のリーリシアからの訪問団は驚きのあまり声も出ない。自分たちの目の前に現れたのは、次期皇帝と目され、帝国で皇帝に次いで力のある男――クローヴィス・アルベールその人であり、敵の総大将ともいえる男であった。


「神聖な場を汚し、申し訳ございません姉上。いや、マレーティア女王陛下」


 クローヴィスはマントを翻して膝を折り、ディアンヌに自分たちが立ち入った事を謝罪した。


「そしてよく参られたリーリシア王国の訪問団たちよ。はるばる義理の兄の為に集われた事を感謝する」


 もはやクローヴィスの独壇場だ。彼だけが舞台に登り、声も出ない観客に歌でも歌っているようだ。


「クローヴィス殿下。そろそろ……」


 クローヴィスの一人芝居を止めたのは彼の横につく女士官。クローヴィスは彼女の言葉を聞くと、自嘲気味に笑みを浮かべた後、アリス姫の元へと近づいた。


「っ!!」


 その行動に警戒感を示したイグニスは俊足で駆け出し、アリスとクローヴィスの間に入ろうとする。しかし、彼の行動は女士官――ガレルの体と「代表に危害を加える気はありません」との言葉で阻止された。


「そう、私はリーリシアの姫君と二人でお話がしたいだけですよ」


 近くに迫ったイグニスに対し、クローヴィスは笑顔でそう言ったが、無論、イグニスはその言葉を信用しない。


「クローヴィス皇子。私との話とやらに他の者を同席させてはいけないのでしょうか?」


 イグニスと同じく、クローヴィスへの警戒を緩めないアリスは、並んで立つリナらに、続いて天井を一瞥した後、そうクローヴィスに問うた。


「そうです。これは国の代表と代表でのお話ですから、我々だけというのが好ましいのです」


 クローヴィスの胡散臭い笑顔にアリスは断りたい気持ちでいっぱいであった。だが、同時に彼が最初に発した「この戦争は早く終わらせなくてはならない」との言葉の真意を確かめたくもあった。


「ここにいる者達は私の守護者ガードです。私を守るという任務を放棄させるという事は彼らの名誉に泥を塗る事になりましょう。

 そこで、彼らの面子を守るため、お互い一人同席させるというのはいかがでしょうか。彼らは皆選ばれた者達です。口の堅きことは間違いないでしょう」


「ふむなるほど。これは姫君の仰る通りだ。アリス姫のご提案に合わせましょう」


 姫の提案は拍子抜けするほどにあっさりと受け入れられた。彼女からしてみれば、これを断られたのを理由に、彼との話し合いを拒否するつもりであったため、この回答に彼女の顔に困惑の色が浮かんだ。


「大佐。私と共にいてくれるか?」


「全ては殿下の御望みのままに」


 クローヴィスはガレルに同席を求め、彼女は表情を変えず、それに応じる返答をした。

 アリスはクローヴィスらがそうしている間、天井と仲間たちを見回した後、自分の一番近くにいる青年に目を止めた。


「私はラッシュフォード特……少尉に同席して頂きますわ。よろしいですね少尉」


「姫様! 私は」


「よろしいですね少尉!!」


 イグニスは自分の立場上、このような場に参加する事が烏滸がましいと思い、彼女の命令を拒否しようとしたが、彼女の力強い言葉の追撃にそれはいとも簡単にかき消された。


「ラッシュフォード?…… 確か……」


 聞き覚えのある名前にクローヴィスは顎を撫で、アリス姫が指名した王国軍の兵士の顔を見つめた。


「ふふふ、全くあなたは何も変わりませんね。クローヴィス。いつも私を蚊帳の外にして。

 まぁ、いいでしょう。お二人の為に部屋をお貸しします。一階の応接室をお使いになって」


 ディアンヌは自分を無視して場が進んでいるという事に怒りも悲しみも示さず、むしろ、優しい笑顔を見せながら二人に話し合いの場所を提供した。


「ありがたき幸せです。姉上」


 こうして、戦時中の敵国同士による非公式で平和な話し合いの場が持たれる事になった。



 ――

 ―――――

 ―――――――――


「本当の蚊帳の外は私達ですね。まぁ、会談が終わるまで城内に待機させて頂くとしましょう」


「ほんとうにあいつだけで大丈夫なのですか?」


「あの方で大丈夫で無いのなら、私たちが一緒になっても大丈夫ではない」


 忘れられたように立つ二人の王国軍兵士は無駄口を叩くと、部屋を出る敵国の皇子とその部下、そして自国の姫君と仲間に対し、敬礼で見送った。


「それでは私たちも行きましょう」


 守るべき対象がない護衛がここに残っても仕方ないと判断したリナはそう呟くと、ディアンヌに深く頭を下げ、アリスたちの後を追うように霊廟を後にした。

 そして、再聖から荘厳に雰囲気を戻した空間を進み、ついにその出入り口に差し掛かろうとした時、彼らの視界に動かぬ人影の群衆が入ってきた。


「これは……」


 音の無い静寂の城内――。入城する時は誰の姿も無かったはずの広いエントランスホールに、蝋人形のように動かず、霊廟のある方角に向けて祈りを捧げている者達が立っていた。

 ここに集っているのはマレーティアの臣民たちだ。総大司教ディクタトルがこの地を離れた時点を契機に城内の一部は国民に解放されており、彼らは亡き王の魂の安らかなる為に全国から足を運び、祈りを捧げているのである。


「ここで待つのは、ぬるま湯に入っている様な居心地の悪さですな。隊長さん」


「ああ、ここでは我々は部外者だ。外で待機させている車の中で待つとしよう」


「へい」


 集った臣民たちは言葉を発しない。それ故にリナとコックスは彼らの内心を知る事は出来ない。もしかしたら神聖な場に敵国の軍人がいる事を彼らは疎ましく思っているかもしれない。リナはそう考え、城門前に待機させている送迎車付近でアリスとイグニスを待つことを決めた。

 祈りを捧げる者達の邪魔にならないように二人は静かに、そして軽んじられる事のないように堂々と人と人との間を掻い潜り、城門へと進む。この時ばかりは、帯刀していない事をありがたく思った。


「ここまで人が」


「ここに来た時には誰もいなかったはずなのだが。まるで奇襲を受けた様な感じだ」


 マレーティアの忠誠心強き臣民たちは、月明かりが照らす城外広場にも溢れていた。

 彼らがこの時を狙って集った要因の一つはクレスト教総大司教ディクタトルの威光を借りるためであり、彼が去った直後のこの地はいやまして神聖なものであると彼らは感じていたのだ。

 この考えに沿うと、総大司教が霊廟に滞在している間が最も神聖であるはずだが、マレーティア政府は、喪中期間であっても、総大司教滞在時の国民の入城を禁止していた。それは言うまでも無く、余計な混乱を避けるためである。

 本来であれば、城内に残るリーリシア代表に対しても貴賓として尊重されるべきであるが、この国ではリーリシアに対する関心は低く、最後の訪問国となった事から、総大司教がこの地を離れるのを邪魔した厄介国と非難する者もいた。


「ここでは城内と変わらない」


「それでは車内で待つとしましょうや。少しはマシになるでしょう」


 朱の群衆の中に青い自分たちがいるのは、いささか安心できない。

 二人はドアを開けると、身を隠す様に車内へと身体を滑り込ませ、窓のカーテンを閉めた。

 そして、異国の民と自分たちの間に壁が出来たことで、ひとまずの安心を甘受していると、突然揺れと共にエンジン音がこだました。


「なっ!!」


 乗るべき者達が揃っていないにも拘らず、車は路上にもはみ出た群衆を避けるように進みだす。


「車を今すぐ止めなさい!! 早く!!」


 突然の事に、リナは運転席と座席を隔てる窓を叩いて、即座に停止するように呼び掛けたが、ハンドルを握る男は振り返る事も無く、淡々と夜道に車を走らせた。

 そして、車一台が辛うじて入れるような小さな路地をいくつか介し、静かな水路沿いの資材置き場で車を止めた。


「一体ここはどこなのだ!?

 ――ん!! なんだ!! こいつらは!!」


 コックスがカーテンを開けるとそこは見知らぬ景色。そして、車窓からわらわらと怪しい男女数人が亡者の様に集まってくる光景が視界に入ると、彼の額に水滴が流れた。


「出ろ!!!」


 怪しい連中の一人がドアを強引に開けると、乗客二人に外に出るように指示する。その者の手には短銃が握られており、二人は仕方なく車から身体を離す。


「なんだお前たちは!! 帝国の差し金か!? こんな事をしてタダで済むと思っているのか!!」


 コックスは勇ましく連中に声をあげるが、身体の震えは隠せず、恐怖に囚われている事が分かる。


「おい。おかしいぞ。情報では五人。しかも一人はリーリシア王国の王族だったはずだ」


「しくじったな……

で? どうする? もう一度車を回すか?」


「そうだな。団長はこの様な些事はあまり気にしないお方だが、エイプリル様は怒髪天だろう。懲罰が怖いならさっさと城に戻るべきだ」


 コックスの叫びを馬耳東風にし、連中は自分達の計画について隠すことなく話し始める。そして、ナイフを持った女が錆びた手錠と首輪を二人の元に運んでくると、両手を差し出す様に要求した。


「私たちは虜囚ではない。この様な扱いは許されんだろう」


 リナは女を睨み、語勢を強めてそう言ったが、まるで言葉が通じていないかのように彼らは聞く耳を持たない。そして、短銃が二人のこめかみに突き付けられたことで、武器の持たぬ二人は彼らの言うままに従う他なくなった。


「くっ……」


 重苦しく、屈辱的な金属の輪が首と両手両足に付けられると、リナは歯を食い縛った。そしてコックスと自分の手錠と首輪にリードの様な鎖をかけると、連中はそれを引いて二人を暗い倉庫まで、罪人を扱う様に連行する。


「なるほど。この扱い、この下劣さ。貴様らは『リーディア旅団』か」


 この不当な扱いをするような集団を考えると、その名前が最初にあがる。


「ふふふ。そうさ。

 ようこそ自由で不自由な、そして、苦悩と悦楽の世界へ」


 倉庫の中にいた集団のリーダーと思しき男。男は自分の右腕に装着された義手を舐めると、新たに加わった虜囚にそう言って歓迎した。

 リナとコックスの自由はリーディア旅団の泥の中に沈んでいった。


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