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戦場のアウラウネ  作者: 耕眞智裕
第二章 錯綜の都
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Ⅺ 生死相撃つ

「シトゥラは究極の毒。それが効かんちゅうことはあらへん! きっと何かあるはずや!」


 アクエリアスの兵装について誰よりも知るが故に少女は最もその力を信じていた。だが、目前に立ちはだかる敵は彼女の信じていたものをいとも簡単にぶち壊した。


「くっ…… やはりナイフ一本では厳しいか。だが、敵が戦闘慣れしていなかった事は幸運だろう。もし、ラッシュフォード特尉レベルの相手なら最初の攻撃で我々は殺されていたはずだ」


 刃先の短いナイフを使い、敵の攻撃を凌ぎながらブルートは命を繋ぐ。だが、活路を見出さなければ殺されるのも時間の問題だと彼にも分かっていた。


(何らかの方法があるはずだ…… 探れ…… 考えろ…… さもなくば死ぬ)


 生粋の軍人は暗い中目を光らせ、敵との距離を一定にしつつも周囲の様子を伺う。そして、彼は敵の足元に違和感を覚えた。

 シトゥラは無差別兵器である。毒の霧に敵味方を判別する能力は無く、あらゆる生命に平等の死を与える。だが、敵巨兵騎士の半径10メートルあたりには微かに月下に映える緑が見える。そこに生命があるのだ。

 加えて、ブルートはもう一つ不可解な点を発見した。手にしたナイフによる唯一の一撃である証である敵巨兵騎士の腕の傷がまるで何事も無かったように消えているのだ。そこから出る答えは……


「再生能力…… なるほどな。奴は毒の効果を受けていなかったのではなく、再生する事で相殺していたのか。実に不可解だが人知を超える巨兵騎士ならそのような事もあり得ると言える。

 モッカラコム! 恐らく敵は再生能力を持っている。シトゥラが効かなかったカラクリは恐らくそれだ」


「再生能力かぁ、それなら合点がいく。けど旦那ぁ……」


 モッカラコムが何を言いたいのかブルートにも分かっていた。つまり、そのカラクリが分かったところでこの状況は打開できないという事だ。


(さらに何かが必要だ。これでは勝利どころか逃げる事すら叶わない)


 圧倒的不利は未だ継続し、腕への斬撃を最後に未だ攻撃の機会すらない。


 後世に残る事のない悪魔同士の死闘は、帝国の巨兵騎士ジェミニ優勢に推移し、王国の巨兵騎士アクエリアスは唯一といえる武装を無力化されつつも、しがみつく様に戦場に足を留めていた。

 だが、水瓶の巨人が膝をつくのも時間の問題であり、アクエリアスを駆るブルートは状況を打開する一手を講じる事を課されていた。


「全く…… 今までが簡単すぎたんだ。これが本来の戦場。本来の戦い」


 圧倒的な力を手にしてからの初めて味わう命の危機にブルートの険しい表情はその度を増していく。


「だが、ここを死に場所にする訳にはいかない。私はまだあの人の為にすべきことがある!!」


 身を低くして木の根を含んだ土砂を巨大な拳に包むと、アクエリアスはそれをジェミニの女神の様な顔面部に勢いよく投げつけた。

 放たれた土砂は散らばりながらジェミニの頭部から胸部に掛けて直撃し、窮地の敵からの思わぬ一撃にジェミニの細い身体が一歩後ろへと下がる。


「死に掛けの病巣め!! おとなしく切除されなさい!!」


 窮鼠猫を噛むかのごとき咄嗟の行動は、獲物を狩らんとする狩人を激昂させるだけであった。

 そして、鋭い短剣による舞は勢いを増してアクエリアスに襲い掛かり、巨体に十数の傷を受けながら、地響きと共に大地に腰を着いた。

 その瞬間をジェミニの操縦者ファイザーは逃さない。巨兵騎士の生命たるドライヴシードが収納されている胸部を鎧ごと短剣で一刺しにする。

 だが、最初の一撃はそれを貫くことなく、頑強な茎の間を通すだけであった。ジェミニは敵の胸部を踏みつけ、強引に白銀の短剣を引き抜くと、次の一刺しの為に肩を後方へと回す。


「悪いが次は無い」


 ブルートはジェミニの身体が最も反ったところで、アクエリアスに勢いよくシドゥラの毒霧を噴射させた。

 辺りは禍々しい霧に包まれ、ジェミニの視界から摘出すべき病巣が失われた。それと同時に踏みつけた足先から滑るようにアクエリアスの姿が消え、ジェミニは一瞬バランスを崩して身体を大きく揺らした。


「姑息な! ジェミニにはそれは通用しない。どこだ! どこに行った!!」


 毒霧をジェミニが放つ癒しの芳香で相殺しつつ、ジェミニは視界を取り戻す為に後方に足を進める。


「今だ!!」


 霧からジェミニの一部が露出したところを見計らい、アクエリアスは傷だらけの巨体を敵に向かって突進させる。

 そして、金属同士がぶつかり、軋む鈍い音と共に二体の巨人は木々の生い茂る大地に倒れ込む。


「刀剣だけが武器ではない。このアクエリアスの巨体もまた敵を玉砕する武器となる」


 計り知れない重量を一身に受け、ジェミニの身体を覆う鉄の鎧は、鈍い音と共に曲がり、断裂する。

 ブルートはシトゥラを兵器としてではなく、目晦ましとして扱い、この機会を作った。そしてもう一つ、彼には期待している事があった。


「やはりな」


 視界の端に見える、茎部分を裂き、抉るような腕の傷が異様な速さで再生し、急激に生長するように茎がのびて絡み合う。その光景を目にしたブルートは期待通りの結果に満足した。ジェミニの癒しに敵味方は無いのである。


 ジェミニの優位は崩れ、ただ、その巨大な重量で圧し潰すというアクエリアスの動き無き攻撃は続く。癒しの芳香はジェミニの傷も癒すが、人工物である鎧は再生できず、徐々に植物構造を露にしていく。加えて、継続するダメージを再生するには限界があり、ジェミニの躰は歪み、少しずつ限界に近づいていった。

 攻防が逆転し、無傷であったヴァルゴの艶美な鎧は無残にも砕け、飛び散った破片が柔らかい地面に打ちつけられると、土煙を上げて毒霧の中に溶けていく。


「くっ…… この僕がこんな醜態を!! 

 ユラ! 【ポルックス】を起動します。準備を」


「先生!! ですがそれは……」


「構いません。ここで負けるよりはるかにマシです」


 ファイザーにはこの劣勢を脱する策があった。だが人間の限界を超える「それ」は彼の精神を酷く摩耗させるものであった。

 アクエリアスの眼から敵が押しつぶされる様子を見つめるブルートが「ソレ」の起動による変化に気付いたのは、ザクザクという空に向けたはずの背に何かが突き立てられる様な異音によってであった。

 毒霧の根源たる黒々とした死の液体が、謎の攻撃によって破損した水瓶から垂れ落ちてくる様が視界に入ると、異音が音だけのものではなく、何者からの明確な破壊であるとブルートは理解し、見えぬ襲撃への恐怖に悲汗をかく。


「敵の増援か!?」


 そう彼は叫んだが、爆発による光や音を伴わないシンプルな攻撃は砲車によるものでは無いのは明らかで、二体目の敵巨兵騎士による攻撃であるという最悪なシナリオも脳裏をかすめた。

 「前しか見る事の出来ない」ブルートには知る由もない。靭葛の騎士の背に刃を突き立てているのは、ヴァルゴの肩から伸びるムチの如く撓る第三、第四の腕。骨格が無く、植物の蔓のような腕の先には短剣が握られ、それらがアクエリアスを強襲していたのだ。


「はぁ、はぁ、ああああ!!」


 生命を癒す芳香【カストル】。表裏無き一体二存在【ポルックス】。その二つが美しき白檀びゃくだんの騎士【ジェミニ】の持つ特異な能力であった。

 ポルックスは「一つの体」に備わっているが故に、複数の模造騎士を間接的に操るライブラと違い、腕が裂け、視界が引き裂かれる不快さと苦痛を伴う。


「ぐうぁぁぁぁあああ!!」


 それらが汚濁した激流の様にファイザーを襲い、声にならない苦しみを漏らさせる。それは彼の表情にも表れ、それを目にした寄り添うポリネイトの少女の頬を濡らした。

 大地を望む視界とアクエリアスの重圧から逃れようと足掻く四肢。それとは別にファイザーの脳に直接繋がれたかのように、ジェミニの後頭部に潜む美しい星空と憎い敵を見つめる眼と、邪魔するものなく自由に動く四肢があった。だが、人を超える力はそれを行使するほど自身を蝕んでいく。

 ジェミニの“裏の”四肢は子供のように無作為に敵の巨体に刃を突き立てる。所詮ファイザーが見えるのは己の背面に過ぎず、敵の背面を見る事は出来ない。だからこそ、これは賭けに近かった。アクエリアスの背面構造物を破壊し、ジェミニにのしかかる重圧を軽減するか、あわよくばドライヴシードを貫ければという単純な賭けだ。

 実際の所、前者の部分についていえばかなりの部分で成功していた。アクエリアスの背面構造の大部分を成す巨大な水瓶は、繰り返される執拗な斬撃によって至る所が破損し、毒液がそこら中から漏れ出していた。それによって少しずつながら確かに重圧は減っていったのである。


 ――両者は逃げる事の出来ないチキンレースの最中にいた。「どちらが先に壊れるか」それだけだった。

 互いが生存者になるべく、片方は足掻き、ひたすらに刃を振るい。片方は相手が屈するのを「今か今か」と待つ。


「「…………」」


 皆が無言だった。言葉を発する事に何の意味も無く、うめきの声も上げたくなかった。戦士たちはその場に居なくとも、巨兵騎士と心身を一体としていた。それ故に、彼らにとってこれは生死をかけた決闘だったのだ。


“ゴゴゴゴゴゴ”


 だがついに穢れた許されざる決闘に罰が下される時が来た。


“ゴゴゴゴゴゴゴ!!”


 執行者は文明の覇者であるオルタリアではない。聖地を蹂躙した事に怒れる大自然だ。

 再生と死。その繰り返しによって本来の姿を喪失した大地を構成する木の根は轟音と共に突然崩れ、戦場となった聖地は基地や森を巻き込んで地底湖へと爆音と共に落下していく。

 無論、その中心であった二つの禁忌も例外ではない。傷ついた巨人たちは自然の猛威に抗う事も叶わず土砂と共に闇の水面へと落ちていく。そしてそれらの姿が月明かりの元でも見えなくなるのに大して時間は掛からなかった。


 戦いが決する事は無かった。

 生と死の衝突は自然の介入によって相打ちに終わった。地底湖に沈んだ鈍重な巨人を引き上げる術は王国、帝国共になく。ただ、豊かな森を失っただけであったのだ。


 この戦いによって帝国、王国、共に一機の巨兵騎士を“一時的に”失った。これは敗北でも損失でもない。勝者の裁定が引き延ばされただけにすぎず。

 ――本当の勝者はオルタリアによる下らない縛りが失われた後、いずれがこの地を支配し、二体の巨兵騎士を得るかで決まる――

 その様に王国も帝国も解釈した。




「はぁはぁ…… これで僕たちは“能無し”になりましたね。

 どのような面で帝都に帰還すればいいのか……」


 ジェミニが操作可能範囲から外れた事でファイザーは苦しみから解放された。だが、牙を失った猟犬である自分たちを待つ過酷な未来にしばし絶望する。


「先生…… 逃げますか?」


 ユラの提案はファイザーにとって魅力的であったが、それが現実的ではいという事は彼も重々理解していた。


「いや。僕たちが生きているという事はジェミニのドライヴシードも無事なのだろう。そうなら帝国政府も僕たちを殺めることはないはずです。

 ――だけど、せっかくの初陣。勝ちたかったですね」


 地上から土石が地底湖に落ちる音を聞きながら三人は積み荷の無いトレーラーに乗り込んだ。そして、「永遠に目的地に着かなければいいのに」と心のどこかで思いながら祖国へと発進した。

 一方、王国軍もオルタリアの懲罰部隊がこの惨事を嗅ぎつけてくる前に足早に戦場を去っていた。小規模ながら軍隊を派遣している自分たちが真っ先に疑われる事を理解していたのである。


「こないなことになるなんて……」


「ああ、戦神は私たちを見捨てた。准将に合わせる顔がないな。

 だが、敵の情報は伝えなくては。仲間たちの為に……」


 王国軍の隊列より少し離れてブルートたちは王国への帰路を走る。戦場を後にした彼らにはただ悲壮感しかなく、自分たちを待ち受ける運命に怯えていた。


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