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戦場のアウラウネ  作者: 耕眞智裕
第二章 錯綜の都
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Ⅸ アルゴ・ブルート Ⅳ


 私たちは笑っていた。

あの日、あの狂宴の時と変わらず、安全圏から死を嗜む事を愉しんでいた。

人間というのは簡単には変わらない。私の心はあの悲劇の前に遡行していた。


「もう終わってしまったか」


「はい。敵生命の反応はどこにもあらへん」


 何人の帝国人を私たちは殺めただろう。いくつもの戦場で帝国軍兵士を蛮族と称し、無残に虐殺し、もはやどれだけの数をこの手に掛けたのか分からない。


「わかった。次の戦場を待ちましょう」


 もはや、俺達のフィールドは戦場ではない。そこに赴き、ただそこに死の霧を生むだけ。それは戦いと言えるのだろうか? 

これは作業だ。上の言うがままに指定されたポイントに赴き、殺し、帰る。その三点をただ繰り返してきた。だが、その過程で繰り広げられる死の劇は実に甘美だったのだ。


そして、ある日。いつもと同じように隔離施設で一時の憩いを得ていた時に何の前触れもなく、俺達は上からの命令を通達された。

また、楽しい時間が来る。何の娯楽もない閉鎖された空間から戦場に出る事が何よりの娯楽なのだ。


(場所なんかどうでもいい。敵もどうでもいい。だから早く、私にやらせてくれ)


 帝国軍にとって戦場は本来の意味以上に生き地獄だ。死を振り撒く巨兵は砲撃では止まらず、いかなる兵器をもってしても止まらぬ姿は人間がいかに無力かを嫌でも知覚させた。

 彼らにとって、戦場に出る事が死を意味し、帝国が最初に巨兵騎士を投入するまで、戦意は極限まで消失し、この時、既にチュニシアトにはほぼ帝国軍は進駐していなかった。


「着いたぞ。

あれがお前のターゲットだ」


部隊長の言葉と共に、トレーラーに乗せられたアクエリアスが降ろされ、その足を草木が覆う草原地帯に着けると、巨体をゆっくりと立てた。


「任務了解。これより作戦行動を開始する。

 ……今日も始まる。私の復習が」


 復讐……便利な言葉だ。この言葉の元にはあらゆる行為が正当化される。私はその名の元にコリンで失われた人命の数十倍の命を奪い。多くの未亡人や孤児を生んだ。

 そしてこの日、私は更なる憎しみの渦を生むことになる。


「目標地点は北西300にある敵拠点。風向き良好」


「ラジャー。シトゥラ起動準備…………準備完了」


 いつも通りのやり取り、私たちは敵の姿を見る必要なんてない。ただ、終わりを告げる罪人たちの叫びと嘆きを聞くだけでいい。

 だが、心のどこかで、この戦場は今までのそれとどこかが違う事を感知していた。敵からの砲撃は薄く、数百先にある敵拠点は今まで潰してきた基地とは違ったのだ。私たちは麻痺していた……同じ行為を繰り返し、殺人の愉悦を得る中でそう言ったものまで狂わされていたのだ。


「モッカラコム…… シトゥラ起動……」


 火に入る夏の虫の様に敵拠点から迫る砲車部隊を細く見た後、私はモッカラコムに指示し、無情の霧の散布を始めた。

 禍々しい霧は風に乗りつつ、地べたを這い進み。そして、敵部隊を飲み込むと、程なく敵拠点に津波の様に押し寄せた。

 

「愚かだ。何故挑むのか? 私たちに敵う訳がないのに……」


 もはやブルートに戦士の矜持は無く、相手を戦士とは扱わない。


「モッカラコム…… 彼らの命の嘆きを聞こう」


「旦那…… 分かりました…… 収音装置の範囲を拡大します」


 目を瞑り、音楽を聴く老人のような態度のブルートの願いにモッカラコムは少し躊躇した。彼女には彼が鬼へと変化しているのが分かっていたし、恐れてもいた。だが、ブルートの道具である彼女には拒否権は無い。


“ぎゃぁぁあ!!”  “助け……”


 砲車部隊の叫び声がコクピット内でこだますと、自分に対する不遇な扱いや、家族を失った事への溜飲が下がる。


(もっと聞かせてくれ。私の渇きを満たしてくれ)


 砲車部隊の叫びは前菜だ。メインディッシュはこれから始まる敵拠点から発せられる数十、数百の命が尽きる死を告げる鐘の音。私はその瞬間を待った。


“助けて……おかあ……”


「え……」


 そのあまりに幼い少女の最期の言葉が耳に届くと、私は思わず声を漏らした。

 まだ残っていた人間の部分がその全てを使って、私に警告を与え、そしてそれは突然の吐き気として現れた。


「旦那……」


「うっ…… なんだ? どういう事だ? 何故戦場に女の子がいる!?」


 その答えを知るために、毒霧が薄くなり始めた敵拠点に向けて、アクエリアスは巨体を揺らしながら歩み始めた。


「おい! 前進の命令は出ていないぞ!! 速やかに配置に戻れ!」


 想定外の巨人の行動に、二人を乗せた車両の兵士がコクピットに向けて怒号に似た声をぶつけた。


「収音装置による状況把握の結果、敵拠点に戦力残存の可能性があると判断しました。その確認の為、アクエリアスは前進します。追従車も前進をお願いします」


 球根の皮一枚を挟んだ先の声に、放心状態の主に代わってモッカラコムはそう答えた。

 そして、兵士が「そのはずはないが…… まぁいいだろう」と何かを知っているかのような言葉を返し、追従車も巨兵騎士のコントロール圏から離れないよう進み始めた。


「あぁ……」


 巨兵騎士の視覚圏内に敵拠点が入るまで接近すると、ブルートが求めていた答えが生々しく彼の脳に映写された。

 そこは戦場ではなかった。敵拠点とは要塞や基地ではなく、非戦闘員が暮らす街だったのだ。


「う……うげぇ……」


 無数の軍服を纏わない老若男女の絶えた姿がそこに映り、ブルートはこみ上げるものを制御できなかった。吐瀉物を撒き散らし、催涙弾を受けた様に涙を浮かべながら、怨霊や憎しみの呪詛を受け続けた。

 この日、もはや彼は復讐だけを言える人間ではなくなった。彼は家族を奪われた復讐者であると同時に、あの日と同じように民間人を虐殺し、家族を奪われた者達の復讐の矛先となったのだ。それが分かった瞬間。罰せられるべき自分の過ちを思い出し、虐殺の愉悦に隠されていた自責の念が呼び覚まされた。


「私は…… 私は……」


 否定のしようもない。知らなかったという訳にもいかない。私は超えてはいけない一線を越えてしまった。

 

最初から忌み嫌われ、憎まれているもの。だから、王国軍上層部はこの作戦を実行するにあたり、巨兵騎士を用いる事に躊躇が無かった。これは、戦意消失を目的とした帝国領内都市傷痍作戦だったのだ。




だが、彼らがバケモノだと蔑んだ兵器はその扱いに耐えられるほど獣にはなっていなかった。ブルートはこの日から幾度と夢の中で少女の声を聞き、失った娘や義父、義母に罵倒された。もはや、彼は今まで通り命令を従うだけの兵器ではなくなってしまったのだ。

 この後帝国も巨兵騎士スコーピオを戦場に投入した事で、チュニシアトにおける状況は急激な変化の時代を迎えることとなる。

 アクエリアスは対人においては圧倒的な強さを誇るが、風向きなど、依存する部分が多く、またその巨体は鈍重であり、必ずしも、対巨兵騎士戦で優位に立てるものでは無かった。

 特に重要な点は、シトゥラによる有毒霧は巨兵騎士の肉体をも侵蝕するが、それが操られている人形である以上、即効性は無く。また、操縦者を守る球根はそれを通さない為、常に有毒霧を浴びせられる状況以外では、巨兵騎士相手に決定的な打撃を与えるのは困難だったのである。

 巨兵騎士一辺倒に依存していた王国軍は敵巨兵騎士に翻弄される事になり、徐々にチュニシアト支配に綻びが生じると、最終的に状況はイーブンに戻された。











(あれから何年の月日が経ったのだろう?)


 太陽すら見えない閉鎖空間でブルートは自己に対する憎しみを蓄積させていた。もはや復讐の炎は鮮やかさを失い、彼は死に場所を求めるようになっていた。

 だが、そんな中においても自らを害する段階に至っておらず。彼の命を繋いでいたのは、記憶の底に沈んだ娘と同じ姿をした少女の献身だった。彼女はブルートのメンタルを癒し、自分を責めるのを身を張って制止した。


「旦那。朝になりました」


「朝? この部屋の中でどうして分かるんだい?」


「どうして……でしょう。でも、うちには分かるんです」


 モッカラコムには分かっていた。もし、自分が彼を諦めたら、彼が壊れてしまう事を。だから、この過酷な状況でも彼女は笑顔を忘れなかった。


「無理していないかい? もう好きな口調で喋ってくれていいんだよ。私なんて大した人間じゃないのは君も知っているだろう?」


 これはブルートなりにモッカラコムに負担をかけたくないという思いを言葉にしたものだった。


「旦那がそんな事を言わんようになったら、うちもそうします。だから……」


 彼女は「だから」の先は敢えて言わなかった。その先に何を言いたいのか、ブルートは分かっているという事を理解していたから。

 インフェクテッドとポリネイト。軍の道具となった時から二人の関係はそれ以上のものとなっていた。唯一の友人にして、唯一の異性。この狭い世界のアダムとイヴだった。


 だがある日、ある男がこの施設を訪れた事により、彼らの世界に亀裂が入った。


「わたくし新設された巨兵騎士を管轄する組織。『巨兵騎士戦術室』の室長をさせて頂くことになりましたウィル・バレンタインと申します。

アルゴ・ブルートさんとそちらは……」


「うちは旦那のポリネイト、モッカラコム……」


「あぁ、ありがとうモッカラコムさん」


 久しく人間の扱いを受けておらず、自分の名も呼ばれなかったから、このバレンタインという若い将校の言葉は不思議と新鮮だった。


「私はこの戦争の早期終結の為、巨兵騎士関係の組織を改編しようと思っています」


 これまでは巨兵騎士に関わるインフェクテッドやポリネイト等の管轄は、政府や教会、軍部などの複数の組織が重複しており、事実上宙に浮いていた。バレンタインはそれを単純化し、柔軟に動かせる形にする事を目論んでいたのだ。


「ですが、私達だけの組織をこのタイミングで作るというのは、些か不思議な感覚を覚えます」


 ブルートのその疑問に対し、バレンタインは何かを思い出したように拳を重ねると、一度扉の傍まで戻り、誰かに声を掛けた。


「すまない。こちらを先にすべきだったね。

 紹介しよう。君たちと同じインフェクテッド、ポリネイトである……」


 バレンタインに呼ばれて現れたのは、十代前半と思われる二人の少女だった。片方は見慣れたグレーの軍服を、もう片方は無垢な白に染められた見慣れぬ軍服を纏っていた。


「サラ・ブレス特尉と私のパートナー、ファルバリです。どうぞよろしくお願いします。アルゴ・ブルート特佐」


 バレンタインの言葉を遮って、グレーの軍服を着た少女が敬礼と共に、自分たちの事を紹介した。


「私たちと同じ…… それに、特佐? 一体それは……」


 突然の来訪者たちの言葉にブルートは混乱させられてばっかりだった。モッカラコムは主人が情報を整理する機会を邪魔せぬよう、黙って彼らのやり取りを見守っていた。


「新しく組織が新設するにあたり、軍位が無いと不便だろうと思ってね。正規軍と同じという訳にはいかないが、君には佐官として尽力してもらう事になる。不服ですか?」


「不服なんてとんでもない…… 私如きには余りに……」


「貴方はここに来る前は大佐の地位にあったと存じております。過ぎたるものでは無いと思いますが」


 ブルートは自分が軍人であった事も忘れかけていた。

バレンタインの言葉は人間を離れようとしていた男に光の道を示したのだ。

そして、無意識にブルートの手は差し出されたバレンタインの手を握り、燃えるように熱い涙を流していた。


「さぁ、ここから出ましょう」


 まるで牢獄から救出される虜囚の様だ。だが、バレンタインはブルートを虜囚として扱わず、一人の軍人として扱った。そしてそれが、彼の軍人としての矜持や尊厳を取り戻させ、彼の表情は未来の希望に輝いていた。


「あ、サラ・ブレスさん。ファルバリさん……」


 ブルートに呼ばれ、サラとファルバリは立ち止ると何も言わずに振り返る。


「私はアルゴ・ブルート。こっちは私のパートナー、モッカラコム。これからよろしく頼む」


 ブルートは先ほど逃した忌み人同士の邂逅の挨拶を、数年ぶりの笑顔で交わした。


「はい。よろしくお願いします特佐」


「よろしく。お願い……します」


 二人の言葉が返ってくる。この事が私にはあまりに嬉しかった。自分たちは孤独では無いとここで初めて気づいたのだ。


「ふふーん。うちはモッカラコム。どうぞよろしゅうな」


 先ほどまで沈黙を守っていたモッカラコムがブルートの前に出て言葉を放つと、ブルートを除いた皆が笑顔になり、サラはその小さな体に手を伸ばした。


「モッカラコム……」


 その中、ブルートは少女の当然の変化に戸惑い、思わず彼女の名を口にした。


「言うたやろ旦那。旦那が前向きになったら、口調を変えんて。

 これが本来のモッカラコムや。……嫌……やろか?」


「いや。その方がいいよ。改めてよろしく頼むよモッカラコム」


 モッカラコムの変身は新しい道が開かれたことを意味し、私たちは新たな出発の一歩を踏み出した。

 バレンタイン准将の元、王国軍内で急速に巨兵騎士運用部隊が組織化され、それらは特務遊撃部隊と呼ばれる事になる。この事は禁忌に関わりたくない正規軍の意図とも合致しており、戦争の主役は特務遊撃部隊に移っていった。

 その中、私はアクエリアスの危険性を考慮され、バレンタイン准将旗下の特務遊撃部隊に編入されず、正規軍の防衛部隊に編入される事となったが、同時に、かつての様に戦場に赴く事は殆どなくなった。それだけアクエリアスが味方に対して畏怖の感情を抱かせたという事なのだろう。





 しかし今、私は休戦下にも関わらず、戦場に足をつけ、あの悍ましい殺戮兵器を使用し、罪の錘が心の天秤を揺らした。


「もう沢山だな。私はきっと地獄に堕ちるだろう。死しても愛おしい人たちに会う事は叶わない。

 だが、私にはこの戦争を早く終わらせ、不幸の連鎖を止める責任がある。これは罪深き私がすべきことだ」


 この戦場が最後になる事を願いながら男は傍らに座る少女に語った。


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