Ⅷ アルゴ・ブルート Ⅲ
「こっちだ! さっさと来い!」
彼女と出会って一週間程だろうか、太陽の巡りの見えない環境ではどれほどの時間が経過したかも分からない。そして、この日。俺はこの閉鎖された空間から解放され、鎖につながれて何処かに移送されている。
「いったいどこに……?」
「お前の知る事ではない。さっさと歩け!」
私は家畜の様にトラックの荷台に詰め込まれると、乱暴に冷たい鉄の椅子に座らされた。それと同時にエンジン音がけたたましくかかり、その振動が腰から伝わってくると、トラックは私の知らぬ何処かへと走り出した。
「…………」
「…………」
走行する車中。私の他にライフル銃を手にした兵士が二人座っていたが、いかなる言葉も交わされることなく、蔑視と差別、そして怯えの瞳で私の様子を伺っていた。
そうして、私は自分がいかなる存在になったか気付いた。クレスト教の伝承にある魔女とその穢れた契約者。存在している事は聞いていたが、この目で見た事は無く、私は彼らの存在について眉唾であった。
「ふふふ……」
まさか自分がそうなるとは。笑いが出るのを抑えられない。
「静かにしろ!」
私に銃口を向ける彼らにとって、私は穢れた獣という訳だ。そう考えると彼らの態度に合点がいく。私のいく先は噂に聞く隔離施設だろうか。
「降りろ!」
トラックが止まり、鉄の扉が開くと、兵士の一人がブルートの手錠に繋がれた鎖を強引に引っ張り、強引に荷台から降ろした。
目的地は私の見た事の無い施設。周りには何もなく、広がる荒地にポツンと聳える石壁に囲まれた無機質な建造物であった。
「隔離施設…… ここが私の最期の地か。それもいい。私にはそれが相応しい」
引きずられる様に施設内に入ると、そこには軍服を着た軍人の他に明らかにこの場に合わない背広の男が不気味なにやけ顔でこちらにやってきた。私はこの男を知っている。アリュトス・ノル・ガラ軍務大臣。最もレンドル・ガルハドル宰相に信頼され、次期宰相と目されている人物だ。
「これか。あれを動かすのは」
「はっ! 言の通りであります閣下。これがアレの番、そしてあの大量破壊兵器の部品であります」
「ククク…… よろしい。では、会わせてやるとしよう。これをアレの所に連れていけ! 婚姻の儀だ。ははは」
ブルートを品定めするような目で彼の身体を舐めると、ガラは満足したように複数の兵士を伴って施設の奥に彼を連行した。
施設最深部には牢獄の様に鉄の扉が殺風景に並び、その一室の前で一行は立ち止る。
「開けろ!」
大きな鍵束を手にした兵士がジャラジャラと音を鳴らして解錠作業をしている間。ガラは珍獣を見るかのようにブルートを見つめていた。
「まさか伝説にある怪物を目にする機会にあつかれるとはな。人の皮を被ったバケモノか…… だが、猛獣を扱い、利用するのは人間の特権。神が我らに与えた権利なのだ」
ガラがそう独り言を言ったのは自己正当化の意味があった。これから彼らがしようとしている禁忌をマニフェストデスティニーとしようとしていたのだ。
「入れ。アルゴ・ブルート。運命のメスに会わせてやる。感謝しろ」
扉が開くと、ブルートは背中を蹴られる形で暗い部屋に放り込まれた。そして、四つん這いになった彼の顔が上に向くタイミングを見計らって、部屋の灯りが灯された。
「ん……! ムム…… ンー!」
明るくなった部屋でブルートが最初に見たものは、口枷を付けられ、拘束衣で締め付けられた少女が、天井から鎖で吊り下げられている姿であった。
「シャルロット! シャルロットォ!」
少女は死した愛娘の写し見だった。私はその姿を見るや否や、脳が指示するよりも早く、条件反射で叫び、私を繋ぐ鎖を手にした兵士を引き倒して彼女の元に突進していた。
私の手は手錠に繋がれ、愛しい姿をした彼女を抱きしめる事は出来ない。その代わり、頬を彼女の身体に擦りつけ、涙を流して感情を昂らせた。
「全く獣だな。ククク……何だったら交尾も許可するぞ。
おっと、その前に一つ言っていかなくてはな。ブルート。お前の娘は、お前の愚かさ故に死んだ。神の摂理に従い、決して生き返る事はない。今お前の目の前にいるのは、お前を獣に変えた魔女だ。そう思うと、今のお前の姿は滑稽の極みだな」
ガラがそう言うと、周りの兵士が弾けるように嘲笑を二人の虜囚にぶつけた。そして、いやらしい笑顔をそのままに、彼は話を続ける。
「明日。この魔女の殺処分が行われる事になっている」
その言葉にブルートは怒りの表情で振り返り、ガラを睨んだ。
「おいおい。ソレはお前の娘ではなく、穢れた獣だぞ?
クク……まぁいい。ソレが死んだら、契約でお前も死ぬのだからな。だが、我々は慈悲深い神の国の民だ。お前たち、穢れた獣に慈悲をやろう」
そう言うと、ガラは靴音を立てて二人の聖域に立ち入り、ブルートを見下して、ツタと茎で構成された巨人の姿が映った写真を見せた。
「お前も知っているだろ? クレスト教に伝わる巨人の騎士…… 人の手に負えぬ穢れた兵器だ」
ブルートにもガラの言わんとする事が理解できた。ガラはブルートに禁忌を犯せと言いたいのだ。
「明日。ソレは死ぬ。そしてお前も死ぬ。だが、お前が我が軍所有の物言わぬ兵器となり、そして戦場で死ぬのであれば、我らはお前たちの命を救ってやろう。
答えは明日聞く。今晩は精々獣二匹で楽しむが良い。最後の夜になるかもしれぬのだからな」
少女の小さな口に食い込んだ枷を外し、彼女の声を回復させた。
吐き捨てるようにガラはそう言って部屋を出ていった。そして、残った兵士の一人がブルートの手枷を外すと、二人を残し、部屋の扉が鉄の軋む音と共に閉められた。
肉体の自由を回復したブルートは
「あ…… 旦那…… うち……」
言葉を発するのが久しく、少女の言葉はか弱くたどたどしい。
「分かっている。シャルロットではないのだろう? モッカラコムと言ったか?」
「あ、はい…… うちはモッカラコム…… ほんま…… すみません。うちの所為で…… でも聞いて! うちにもよく分からんねん! ほんま何がなんやら」
私は牢で彼女と初めて対面した時、彼女が、人が変わったようになったのを目にしていた。だから、彼女の言わんとする事が分かっていた。
「大丈夫だ。分かっている。
それより、手も自由にしよう」
「え? 待って。旦那!」
私はモッカラコムの軽い身体を天井からのびる鎖から外し、身体の拘束衣を外そうとしたが、彼女は赤面しそれを嫌がった。その理由は、私にもすぐに分かった。腕の拘束は彼女の身体に食い込んだ拘束と繋がっており、それを外そうとすると、拘束衣そのものが外れ、彼女の裸体が露出してしまうのだ。
「あ、すまない……」
「ううん…… でも、旦那になら…… うちも……」
ブルートの謝罪に、モッカラコムは赤面して身を晒す覚悟を示そうとしたが、言葉は途中で途切れ、彼にその意思が伝わる事は無かった。
ブルートは彼女に配慮して拘束を解くのを中断すると、その体を休ませるように座らせた。長い間吊り下げられ、軋んだ肉体にその体勢は心地よいようで、モッカラコムはリラックスした表情で一言「おおきに」と感謝の言葉を口にして目を閉じた。
面積の大して多くない拘束衣から露出した臀部や太もも、背中や胸の一部には鞭で打たれたような傷があり、彼女がここで受けた仕打ちを物語っている。
(女の子に対してこんな事……)
私は憤りを感じていた。だが、もし自分がこの立場になっていなかったら彼らの様に彼女を責めていたかもしれないと思うと、その怒りの矛先は散漫した。我々は世界にとって穢れた禁忌で、人間ではない。人は故あればどこまでも残酷になれる。私は誰よりもそれを知っていた。
あくる日、我々にとってそれを知るすべはないが、兵士が勢いよく扉を開け、そう告げたのだから、我々が目を閉じている間に日が昇ったのだろう。
「時間だ。回答を聞こう。
穢れた獣として、ここで殺処分されるか。
それとも、首輪を付けられた獣として我々に飼われるか」
運命の質問に対する回答は当然用意していた。私にはまだやるべき責任がある。無念の死を遂げたコリンの市民の弔いを。そして、自分に相応しい罰を。
「私は栄光あるリーリシアの武器となり、野蛮なる帝国を滅します。それが、神に見放された私の、唯一出来る事」
「そうか。よろしい。追ってお前たちには命令を伝える。我々を失望させるなよ」
私は禁忌を破り、その穢れた体で人を殺す事を宣言した。だが、この決断は鎮める事の出来ない帝国への憎しみの業火を癒し、心は晴れやかだった。
リーリシア王との血の契約を終え、私とポリネイトであるモッカラコムは人ならざるモノとしての初陣に出撃した。大陸歴430年2月の事である。
長きに渡る戦争は両大国の経済を疲弊させ、市民生活に目に見える形で影響してきた。その経済状況を起因とした市民の反戦運動の激化に加え、ジリ貧な消耗戦を継続する中で、リーリシア王国は焦りを隠せる余裕も失っていた。もともとリーリシア王国は肥沃な大地を基にした農業大国で、工業力に関しては帝国に大きく後れを取っていたのだ。その事は、戦況にも如実に表れ、チュニシアトの大部分は次々投入される帝国の新兵器や改良機によって王国は同地のイニシアティブをほぼ失っていた。
だからこそ、戦況を覆す一手が必要であり、彼らは禁忌を以って倫理の枠組みを破壊する事で戦況を変えようとしていた。
「これが『巨兵騎士』…… 私の武器……」
そこで初めて目にした巨人に、私は畏怖の念を感じざるを得なかった。それは人間の本能で、人知を超える力は、その存在だけで恐怖を与えるものである。
「旦那? 大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だ。私はこれでなすべき事がある。いかなる汚辱にまみえようとも」
私の決心は固かった。もうこの体は死んだ身、全ては国に託される。
「凄い…… まるでこの体が巨大化したようだ」
コクピットと化した球根の内部でブルートは驚愕を隠せない。そして、巨体は彼の思いをトレースし、何を触れずとも巨大な足で前へと進む様に、更なる驚きが重ねられた。
初陣の目的地はかつてブルートが撃滅した敵要塞周辺に設営された新拠点。帝国軍は大規模な部隊をそこに派遣し、基地の再建と同時並行で地ならしも行っていた。現時点での王国軍戦力ではこの地を攻略する事は不可能であり、彼らが拠点を建設しているのを指をくわえて見つめる他なかったのだ。
だが、それも今日終わる。たった20両の王国軍部隊によって……
「アルゴ・ブルート。お前の巨兵騎士の力を示せ。憎き蛮族を蹂躙せよ!」
それを合図に戦場に初めて巨兵騎士が投入された。巨体はブルート、モッカラコムの搭乗する追従車一両を伴い、背部に装備された剥き出しの水瓶を揺らして地を駆ける。その最中、無数の銃弾と、砲撃に晒されるが、それらをものともせず、ついには敵陣の中央に至った。
「ところで剣も槍も無いが、こいつは何が出来るんだ? 相手に殴りかかればいいのか? 踏み潰せばいいのか?」
「剣も槍も必要ない。この巨体すら『シトゥラ』を運搬するためにあるようなものです」
「シトゥラ?」
「最凶にして最悪。この《アクエリアス》が持つ唯一にして無慈悲なる兵器――それが『シトゥラ』」
私はこの巨人の力を過小評価していた。巨大で頑強。手足を振り回せば相手の意の意を奪うに足る。その程度のものとしか認識していなかったのだ。そう、この悪魔の兵器を使うまでは。
「起動許可をお願いします」
モッカラコムの兵装許可要求に対し、敵の猛攻に多少の怯えを感じた私は無言で頷いた。そして、その数センチの顎の上下反復はここで百以上の命を奪う事となる。
「シトゥラ起動…… ここに生命なき死の世界を顕現します」
モッカラコムのその一言で巨人は大きく震えだし、モニター越しに見える世界は淀んだ灰の霧に覆われた。そして、更なる振動が巨体を巡り、灰の霧は黒ずんだ紫色に突如として変わると、収音装置から悪夢のような断末魔の叫びが轟いた。
「いったい何が起こっている!」
台風の目になった巨体を操る者は状況が理解できていなかったが、禍々しい台風の最中にいる者達、その外で見つめる者達は陣営問わず人知を超えた禁忌の力の悍ましさを知る事となった。
巨兵騎士実戦投入の記録を取っていた王国兵は後に次の様に残す。
『無風の大地には、あの恐ろしい巨人によって吐きだされた暗黒の霧に覆われ、騒がしかった銃声は断末魔の叫びと変わった。その光景を私は地獄の扉を開いてしまったような罪深い気分で見つめていた。あそこに立つは敵でも味方でもなく、巨大な死神であると理解せざるにはいられなかった』




