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戦場のアウラウネ  作者: 耕眞智裕
第二章 錯綜の都
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Ⅶ アルゴ・ブルート Ⅱ


 事は遅滞なく、万事順調に、まるで戦場の女神が盤面上の自分たちを操作しているかのように計画通り進んでいった。

 B基地に残存する帝国軍兵力は王国軍を大きく下回り、この好機を逃さず、王国軍は雪崩の様に基地への進軍を開始した。

 だが、A基地とは違い、警戒態勢に入っていたB基地はすぐさま王国軍部隊の侵攻を感知し、サーチライトと固定砲台の照準を猪突猛進する砲車部隊に向けた。


「砲車はライトに火線を集中! 騎兵部隊は散開して要塞隔壁にはりつけぇ!!」


 犠牲無く戦闘が終わる事など最初から期待していない。ただ、早急な基地兵力の削ぎ落としが犠牲を減らす事に寄与し、敵兵力が少ない段階で基地を無力化するという作戦目的に合致していた。


「ぐわぁぁあああ!」


 基地外壁上に設置された固定砲台が空気を裂く轟音と共に弾丸を発射して数秒後、夜の草原に花が咲く様に炎の壁が王国軍を巻き込んで立ち昇った。

 悲鳴は着弾音にかき消され、炎の中のシルエットだけが彼らの凄惨な最期を伝えていた。だが、王国軍は止まらない。二射目の砲撃が来る前に接近し、砲台の死角に入らないと次に炎の花の養分になるのは自分たちかもしれないのだ。

 

「砲撃開始!!」


 王国軍部隊先頭の砲車が要塞外壁上のサーチライトを射程に捉え、王国軍の反撃が開始された。サーチライトは己が光源の為、特に指示しなくとも場所や距離の特定は容易だ。そして、派手な虫は鳥の格好の餌食と言わんばかりに、光る円形は無抵抗に弾丸の啄みを受け、白く秩序的な光は赤い混沌の光に変わった。


「良し! 目標の破壊を確認! 後は基地を…… う、うわぁぁぁ!!!」


 暗闇に還った草原に突然炎が上がる。基地内の帝国軍砲車部隊が檻から解放され、王国軍を側面から強襲したのである。


「くっ…… 帝国軍部隊の出撃に呼応し、騎兵部隊は基地内に侵入を開始せよ」


 ブルートは部下の悲鳴を心痛の表情で受けると、そのまま騎兵部隊への指示を電波に乗せた。そしてその指示は王国軍車両を中継して最前線である基地外兵の騎兵部隊に達すると、彼らは「待っていました」と速やかに基地ゲートから内部に向けて進軍を開始した。


“基地内に敵軍の侵入を確認! 速やかにこれを排除せよ!”


 警報と命令がけたたましく鳴り響く基地に、巨鳥に跨り銃を構える男たちが我先にとなだれ込み、更に銃声と悲鳴を加えた。


「してやられたか……」


 帝国軍砲車部隊は極めて辛い立場に立たされていた。目前に自軍を超える規模の敵軍部隊。後方に助けを求める友軍基地。もし、友軍基地の支援のために反転をすれば一気に王国軍に圧し潰される事になる為、彼らに出来るのは目前の敵に対峙し基地の防波堤となる事だけであった。基地の防衛機構も沈黙し、敵と友軍基地の挟み撃ちという不思議な状態に彼らはおかれていたのである。


「やむを得ないか…… 基地司令部に基地の放棄、及び撤退を進言する。これでは無駄に消耗するだけだ」


 帝国軍部隊長はそう判断し、通信士に伝達を要請した。だが、基地からの返答は彼の眉間に皺を寄せるものであった。即ち、「基地を敵軍部隊の攻撃から守護し、送り出した部隊が戻って来るまでの時間を作れ」というものだ。現時点で基地内の歩兵部隊は騎兵相手に善戦しており、基地司令部は状況を楽観的に評価していたのである。しかし、同時に部隊に救援を求めるなど、閉鎖された領域で混乱が充満しパニックに陥っている事が伺えた。


「クソっ! 間に合うのか? 数において我が軍は圧倒され、基地から出発した部隊は未だ遠方。これこそ神の導きが必要ではないか!」


 この時様々な思いが部隊長の脳裏をよぎる。基地内で善戦していてもいずれ敵部隊は自軍部隊を食い破り、基地は瞬時に制圧される。ならばいっそう基地を敵軍に制圧させ、我が軍は南へ後退、出戻り部隊と合流した後基地を奪還する方が得策ではないか。あるいは、大規模な侵略部隊の裏をかき、こちらも敵軍の拠点に強襲するのも是だろうか。

 炎上する仲間の最期の叫びを聞き続ける中で、彼の思いは次第に固まっていく。そしてとうとう基地司令部の命令に反し、全軍に南方への後退を指示した。


「全軍砲門そのままに後退を開始! 突出する敵砲車に集中砲火を浴びせよ!」


 帝国軍砲車部隊は後方に下がり、水が引く様に基地への道が開かれていく。そして、帝国軍部隊長は敵砲車が基地内に侵入を開始するものと確信し、その鼻先に砲門を向けていた。だが、この決断は自分達を更なる窮地に追い込むことになる。


「敵部隊……こちらに向かってきます! ぐわぁぁぁあ!!」


 王国軍部隊は基地に向かわず、帝国軍部隊の後退に合わせ左に回頭し、そのまま追撃を開始した。加えて、列になった帝国軍部隊は東に連なる王国軍砲車の絶好の標的となり砲弾を無防備な側面に受ける事になった。


「よし。そのまま敵部隊を殲滅せよ」


 作戦の第一の目標は要塞戦力の無力化、次なる目的は戦闘部隊の撃滅。いつでも制圧できる要塞よりブルートは帝国軍に残る怯えた牙を折る事を優先した。


「……南部への撤退を優先! 奴らを基地から引き離せ!」


 部隊長は基地から離れる事によって追撃を諦めると思っていた。だが、王国軍部隊は獲物にかぶりついた蛇の様に、丸呑みし、消化するまで決して攻撃を緩めない。


「あ、ああああ……」


 基地からかなりの距離を南下し、基地Aと基地Bの中間位置に至っても猛攻は終わらず、帝国軍部隊の砲車は5両までその数を減らしていた。ブルートは静かに勝利を確信し、帝国部隊長は絶望の最中、投降の白旗を準備するよう指示した矢先、南部から20両を超える砲車部隊と50以上の騎兵集団が煙を上げて接近するのが確認できた。


「こちら帝国軍第五基地援軍部隊、及び第六基地常備部隊連合部隊。これより友軍の援護に入る」


 南部からの部隊は帝国部隊長が一日千秋の思いで待っていたB基地からA基地に派遣した帝国軍部隊とA基地の常備部隊であった。


「いや。駄目だ…… もはや戦場の女神は我々を見放した」


 部隊長は想い人の再会の後すぐ現実に引き戻される。彼には分かっていた。合流に至っても数的優位は未だ敵にある。


「最初から駄目だったのかもしれんな。我々は敵の数を見誤った。もしかしたら二つの基地を合算した兵力より上だったかもしれん。ならば我々…… いや、私がやるべき道は一つしかない」


 部隊長は援軍部隊に合流せず、A基地への帰還を指示し、後の事を援軍部隊に託した。その際、彼は友軍に敵戦力の規模を敢えて報告せず、彼らに極めて難しい戦いを強いた。援そして、軍部隊も暗闇故、敵の先行する部隊しか視認できず、敵兵力を過小評価した状態で両軍は激突した。


「向かってくる敵を我が部隊の包囲陣に誘い込む。各員陣形を整えよ」


 帝国軍の取った戦法は数的に互角以上の場合のみ機能するもので、徐々に全容を見せる王国軍によって兵士の網は容易に食い破られた。

 そして、日が昇り、戦場が光に包まれる頃には、王国軍による電撃作戦の大部分は敵の混乱も手伝って終了した。もはや暗闇の加護も必要なく、彼らに残された任務はただ、残存する敵を掃討し、基地を占領するだけであった。また、この段階で王国軍の勝利は揺るぎないものとなり、通信士一人をコリンに向かわせてその報告をさせた。


 残存勢力の殲滅。それは強者がその強さを特権として、弱者をいたぶるのに似ていた。王国軍は決して殺される事のない立場から敵をゆっくりと残酷に狩猟し、投降を示す白い旗も血に染めた。これは憎悪から来るものでも、差別感情から来るものでは無く、人間狩りの愉しみから来るもので、この残虐なショーは次の朝まで行われた。


「王国軍の勝利に乾杯! リーリシアに栄光あれ!」


 王国軍部隊は占領した要塞の会議室で略奪した物資を貪っていた。掃討という名目で行われた虐殺の犠牲者の死体はゴミの様に埋められ、彼らは自分達が屍の上で宴をしているという認識が薄められ、ただ勝利の美酒に酔いしれた。

 ブルートの感覚は完全にマヒしており、自らもその宴を盛り上げ、酒と破壊に溺れていた。そして、彼らの宴は一日を通して行われ、次の朝、酔いも冷めやらぬ状態で基地の破壊処理を終えるとやっと帰路に就いた。

 だが、人の道を外れ、獣の愉しみに酔いしれた事を彼らは後悔する事になる。


「ははは! 全くもって完璧な勝利でしたな。大佐殿もこれからは閣下と御呼ばれになるでしょう」


「あまり持ち上げないでくれ」


 ブルートは部下の太鼓にそう返したが、実際の所大きく舞い上がっていた。巨大な相手に損耗率30%で大勝し、戦略上王国軍が大きく前進できる結果をもたらした事に加え、家族の待つコリンに大きな土産を持ち帰る事が出来たという事が彼を満足させていたのだ。


「もうすぐコリンに着く。戦士たちの凱旋だ。皆存分に誇るが良い」


 ブルートの部下が部隊にそう伝達し、彼らを歓喜させ、成果の大なることを誇張した。

 

 しかし――


 彼らの故郷は瓦礫と炭へと姿を変え、彼らを歓迎するものは既にこの世のものでは無くなっていた。


「どういう事だ…… これは……」


 浦島太郎になった様な信じられない光景を目にした王国軍の英雄たちは、唖然とし、一時言葉を失った。そして、現実を直視せざるを得ない状況になると、急に家族や友人、恋人の名を叫び、慟哭した。


「ああ…… あああああ…… シャルロット…… 義父さん…… 義母さん……」


 ブルートも例外ではなく、心を満たしていた満足は涙に代わり、それが目尻から放出した。


「いや、まだだ…… 皆既に避難しているかもしれない。希望を捨てるな!!」


 そう信じる事しか出来なかった。だが、皆が最悪の事態を心のどこかで確信していた。そして、それは現実として彼らを覆い潰した。


「ブルート大佐だな?」


「はい。アルゴ・ブルート大佐であります。一体何があったのですか?」


 王都から派遣された役人が補給車から降りたブルートを呼び止めた。


「何があったかか…… 先日の夜帝国軍砲車10両が襲撃してきたのだ。彼らは公安の武器を奪取し市民を虐殺。そしてこの有様だ。生き残ったのはたった30人…… 大佐? 君は一体何をしていたのかね?」


「え? 我々は……」


「作戦は終了したとの報告は君の部下から聞いている。その部下も先日亡くなったがね」


 凱旋した英雄たちは親しい者達を奪った帝国軍を憎んだ。だが、それ以上に自分自身を憎んだ者達も少なくなかった。自分たちが無意味に狂宴に踊っている間、街は燃やされていたのである。もし、作戦終了後すぐに帰還していればこのような事態は避けられたかもしれない。加えて愚かにも、彼らは勝利の幻想に酔い、戦場を離脱した敵部隊の事を完全に看過していた。


 死者約1200人。その中には帰還した兵士の家族が余ることなく含まれていた。この日、彼らは国以外の守るものを失った。

 敵基地での児戯のような掃討や、狂宴は保身に走った兵士の一人によって知られる事となり、部隊長アルゴ・ブルート大佐は軍法会議にかけられる事となった。そして、無規定懲役となり英雄の頭は独房の檻に入れられる事となった。

 だが、彼にとってこれは望んだ結末と言えた。彼には日の元で堂々と過ごす気力は無く、自らを罰してくれることを求めていたのだ。しかし、同時に帝国軍への憎悪も強く、度々彼は独房の壁を打ちつけ、周囲を恐怖させた。


「あぁぁあああ!! ああああああ!」


 発作的フラッシュバックによる慟哭が連日起こり、ブルートの肉体と精神は徐々に蝕まわれ、近い未来擦り切れるものと誰もが思っていた。

 そんな時彼女が彼の前に現れた。

 独房ではない、どこか分からない宇宙空間のような場所で、ブルートは少女と対峙する。その姿は死した彼の娘に瓜二つで、驚きや後悔、そして申し訳なさがブルートはその巨体を跪かせた。


「シャルロット! 許してくれ! 私はお前も、家族も守れなかった。どうすればいい? どうすればお前は私を許してくれる?! 私を罰してくれ!」


 ブルートの目には娘が自分に罰を与える為に黄泉から会いに来たように映っていた。そして、彼は必至に無様に頭を地面に擦りつけ、少女に罰を懇願した。


「私は道具。人の世界を創る12の道具の一つ。貴方は力を欲しています。

だから、私は貴方に力をお渡しします。

国を滅ぼし、人を殺め、大地を蹂躙する力を。

国を護り、人を助け、大地に安寧を齎す力を。

全ては貴方次第……」


「力? シャルロット、君は一体何を言って…… いや、君は一体何者だ?」


 表見は娘そのものであるが、語調も雰囲気も彼女とは異なる。ブルートは声を震わせ、娘の皮を被った者の正体を問うた。


「私はモッカラコム。種を蒔き、力を与えるもの…… 力が欲しいですか?」


 モッカラコムと名乗った少女は虚ろな目でブルートの瞳を見つめた。そして、幾度か同様の問いを彼にぶつけ、肉体の奥にある精神を震わせた。


「力が欲しいですか?」


「力……」


「はい。力です。憎きものを滅する力を。大切なものを守る力を。悪を滅ぼす力を……」


 その言葉は、パズルのように私の心の穴を埋めるものであった。私は欲している。力を…… 悲劇を繰り返さないようにする力…… そして…… 復讐の力を……


「その力は私を充足させてくれるのですか? 私の罪をそそいでくれるのですか?」


「全ては貴方次第…… さぁ、私を使ってください。貴方を満足させるために」


 私は決心した。衝動を抑えられなかった。だから、彼女の言葉に自分の腹の中にある全てをぶつけた。


「ああ! 欲しい! 力が欲しい! 私から全てを奪った帝国の野蛮人共を滅ぼす力が! そして、私自身を罰する力が! よこせ! 力をよこせぇっ!」


「私の全てを貴方に捧げます。私は貴方の道具であり力…… 貴方の思うままお使いください。種を蒔くために……」


 その言葉の直後、少女の身体は光信号の様に点滅し、それが収まると力が抜けたようにブルートの元に伏した。


「――――私は…… うちは……モッカラコム…… 貴方がうちの旦那様?」


 モッカラコムは先ほどまでの覇気を完全に失い、まるで別人のように口調も変わっていた。そのあどけない様子が娘と重なり、思わずブルートが涙と共に微笑むと、周囲は収束するように空間が歪み、元いた暗い独房に一人男は残された。

 だが、彼は不思議な確信があった。先の光景は決して夢幻想ではなく、実体のある何かであった事に――


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