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戦場のアウラウネ  作者: 耕眞智裕
第二章 錯綜の都
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Ⅵ アルゴ・ブルート Ⅰ

 今より十三年前の大陸歴429年。チュニシアトを巡る大国間の争いは先の見えない泥沼と化していた。

 リーリシア王国西部防衛部隊に所属するアルゴ・ブルート大佐は国境上に存在する交易都市コリンを拠点にする大隊の部隊長の任に就いていた。

 彼の職歴から考えれば、決して恵まれた立場ではなかったが、この都市への赴任は彼自身が求めたものであり、その地位に満足していた。


「お父さん! お帰りなさい!」


「ただいまシャルロット。ただいま義母さん、お義父さん」


 軍人一筋だった彼の最も大切な宝。それが亡き妻との娘シャルロットであった。そして、娘を死なせてしまった負い目から妻の両親を護る事に人生を注いでいた。

 本来であれば、より安全な王都に彼らを預けたいところであったが、妻の母は体が弱く、長旅に耐えられるような状況ではなかった。だからこそ、彼女の最期をせめて孫との思い出に彩らせ、その後に王都に向かおうと計画していたのであった。


「フンッ」


「これ、よしなさいアンタ。すまないねぇアルゴさん。この人まだ引きずっていて……」


 妻の父は、妻の死に関してブルートを憎んでいた。彼女の死因は病死であったが、仕事が忙しく、最期の時に居合わす事が出来なかった事を根に持っていたのだ。


「いえ、私はあいつの最期を看取ってやれなかった。恨まれて当然です」


 ブルートは親子の関係を修復したかった。だが、その前にこの戦争を終わらせねばならない事も理解していた。

 この時期、チュニシアトでは互いに拠点を作り、そしてそれを壊しあうという際限なき椅子取りゲームが続いており、両軍とも状況を変える一手を狙っていた。

 そこで王国軍は国境周辺に拠点を持つ三つの大隊による同時電撃戦を計画した。チュニシアトにある複数の敵拠点を同時に攻略し、他の拠点に撤退する暇を与えずにチュニシアトから一掃する作戦だ。

 目標となる敵拠点は六か所。ブルートの率いる大隊もその内の二つの攻略を命令されていた。これは隊を二つに割り、敵拠点を無力化せよという極めて困難な内容であるが、この攻撃が戦争を終わらせる一歩となると信じ、ブルートは戦いに臨んだ。

 

「まったく、上は好き勝手言ってくれるな」


 作戦などない。軍上層部は目的だけ述べて、その手法を提示してくれない。だが、亡き妻と、娘の写真を視界に入れると不思議とやる気が出てくる。やらねばならないという気分になる。

 そして、ブルートは二つの拠点を同時に攻略する作戦を練った。与えられぬのであれば作る他ないのだ。

 

ブルートの考えた作戦は次の様なものとなった。


最初に二つの敵拠点の中間に向けて進軍し、その少し手前で旗車を待機させる。そして、70%程の砲車と騎兵を先行させながら片方の拠点に総攻撃を加える。そして、中間に置いた旗車がもう片方の拠点からの増援を確認した後、補給を受けながら先行部隊を撤退させ、全軍を以って増援を出した拠点になだれ込む。そこを落とした後、すぐさま先に攻撃した拠点に急行し、相手側の体制が整う前に潰しきる。


これは、敵軍の戦力などを調査する時間も与えられない付け焼刃の作戦であり、ブルートも悩むところが多かった。だが、これ以上の事は時間浪費に過ぎないと考え、この作戦を実行する事を部下たちに伝えた。


作戦決行日。異様に晴れた風の強い日であった。また、空気は乾いていたが気温は高く、兵士たちや騎鳥の体力が奪われる事を懸念し、日が落ちてからの行軍を決定した。それを受けて兵士たちに日中の間、自由時間を与えた。また、これには激戦が予想される作戦の前に最後になるかもしれない家族や恋人、友人との時間を取って欲しいというブルートの気持ちが含まれていた。そして、それはブルート自身に対してでもある。


「ただいま」


「あれ? お父さん仕事終わったの?」


 突然の期間に娘は跳ねながら喜び、私の元に駆け寄ってきた。その崇高で神聖で、何者より大切な少女を、私は存在を確かめるように撫でた。


「いや、仕事は今日の夜からなんだ」


「そうなの…… それじゃあ、仕事はいつ終わるの?」


「うーん。明日中に終わればいいけど、明後日になりそうかな」


 その答えに、私の娘シャルロットは瞳に光るものを浮かべ、黙して私を抱きしめた。その小さい体を私も抱いて返す。


「待ってるからね。絶対帰って来てね」


 涙を零さないよう、気丈に振舞っていたシャルロットのその声は震えていた。私にとって戦場に赴く事など珍しい事ではないのだが、彼女はきっと何かを感じていたのであろう。この時は不思議と私から離れようとしなかった。


「大丈夫だよ。今までもそうだったろう? それじゃあおじいちゃん、おばあちゃんと話してくるね」


「……うん」


 娘の心配とは逆に、私は何故か死ぬ気がしなかった。これといって理由があるわけではない。作戦も情報収集も不完全だが、なんといえばいいのだろう……軍神、戦場の女神の加護と言ったらいいだろうか、それが今この時ほど身近に感じた日は無かった。


「お義父さん、お義母さん」


「あらアルゴさん。今日はもうあがりなの?」


「いいえ、今夜この街の為、国の為に出兵いたします」


 少し老いた女性は悲しい表情を見せた。その裏には自分の身体の所為でブルート親子をこの街に束縛しているという負い目があったからだ。


「アルゴさん…… 私、来月に王都に身を移そうと思うのですけど、あなたたちも一緒に来てくれないかしら?」


「え? ですが義母さん…… その体では……」


「大丈夫よ。途中の町から寝台列車が走っていますし」


 義母さんの「大丈夫」という言葉は震え、表情からも不安が読み取れた。

 この老夫婦は先祖代々この地の領主であり、世襲的に自治組合の理事を務めてきた。それ故に彼らは街の外を知らず、肉体的理由と共にそういった事による精神的理由も街を離れる事を拒ませていたのである。

 加えて、この地は娘の亡骸が眠る地。可能であれば離れたくないというのが当然の心情であった。


「義母さん…… 大丈夫ですよ。今晩の作戦が成功すれば、この町近くの敵軍基地は無くなります。戦線も西に進むはずなんです。だからきっと大丈夫」


 ここにいる誰もがこの地を離れたくなかった。だが、時代がそれを許さない。かつて農業と物流で栄えたコリンは今戦争の最前線にいるのである。


「本当にそうなのか? 先の言葉に嘘偽りはないか? 神に誓えるか?」


 私の言葉に強い反応を示したのは、義母ではなく、奥の部屋で聴き耳を立てていた義父であった。


「お義父さん。えぇ、神に誓って嘘は申しておりません。必ずや国の為、街の為、そして家族の為、必ずや帝国軍を撃滅いたします!」


「ふんっ、意気だけは立派だな。

 だが、確かにお前は嘘はつかない男だ。精々頑張るんだな」


 言葉は決して優しくは無かったが、頑固で他者を認めない義父が評価してくれた事が嬉しかった。そして、この作戦の重みが秒ごとに重くなっている事を感じたのだ。


 ――そして夕刻、コリンに駐在する王国軍のほぼ全てが帝国軍要塞に向け出立する。作戦が開始されるのは深夜1時頃となるであろう。

 ここにいる兵士の多くは街に大切なものを残して来ている。故に、行軍中でさえ気迫強く、敵を殲滅せんという意思に溢れていた。そして、理由はないが、誰もがこの戦いに勝利するという確信に満ちていた。


 そして、その時は訪れた。予定より一刻早い0時。獣の群れは獲物の巣を前にし、その様子を双眼鏡で確認していた。彼らにとって上からの命令以降初めての敵情視察であった。


「大佐。こちらの敵戦力は推定していた通りと思われます」


「あぁ分かった。もう片方も早急に確認せよ」


「了解しました」


 我々の標的は目前の一つではない。ここより北に隣接する要塞も叩かなくてはならないのである。


(全く王都のお坊ちゃま方は戦場をご存じないようだ)


 だが、必ずしも敵勢力をすべて排除しなければならない訳ではなく、要塞の実質的無力化が目的であり、私はそこに活路を見出していた。


「大佐。偵察兵より報告が入りました。北部の敵要塞も推定された戦力であるという事であります」


 我が隊は優秀だ。行動一つ一つに無駄が無く、正確であった。


「という事は、我が軍の約1.5倍だな。これを完遂できれば勲章ものだ。

 では諸君。そろそろ始めよう。皆の健闘を祈る。どんな手を使っても生きて帰れ」


 部下の返答は言葉ではなく敬礼であった。そして、無駄な言葉を挟むことなく砲車が、騎鳥が動き始める。時刻は深夜1時、静かな夜であった。







「全軍突撃せよ!! 電撃的奇襲は速さが肝心だ! 奴らに夢から覚める時間を与えるな!!」


 最初の標的は南部にある要塞だ。ここは便宜上A要塞と呼称し、北にあるものをB要塞と呼称する事にする。

 A要塞の帝国兵達は街を守備する部隊が攻撃に転じるとは思ってもいなかったらしく、その動きは極めて緩慢であった。警報が鳴る頃には王国軍部隊の接近を許し、砲車の攻撃が見張り台、砲台、トーチに集中し、それらはいとも簡単に爆散し崩壊した。


「良し! それじゃあお宅訪問といこうか。奴らばかりお客様だったからな。今度は俺たちがお客様だ。盛大にもてなしてもらうとしよう!」


 A要塞攻略部隊部隊長の号令と共に要塞隔壁のゲートに対する攻撃が始まる。そしてそこから要塞内部が露出すると、内部で確認できる敵砲車に対し一斉に攻撃を開始した。動きをほぼ封じられた状態で狙われた帝国軍砲車は成す術もなく炎上し、その炎は人間を巻き込みながら基地を飲み込んでいった。

 だが、帝国軍も防戦一方ではない。要塞の外を哨戒していた遊撃部隊がA基地に舞い戻り、巣に群がる外敵に対し突撃を開始する。


「やっと来たか。敵部隊に応戦しつつ後退! 北部基地の敵を引きずり出す為にある程度は潰しておけよ」


 王国軍部隊は騎兵を中心に後退を始めつつ、側面から来た敵部隊に砲門射角を合わせた。


「撃て撃て撃ちまくれ! すぐに補給が出来る! 残弾なんて気にするな!」


 両部隊の猛攻によって月下の戦場は炎の灯りで照らされた。炎上する友軍車両を躱しながら帝国軍はある程度突撃したが、突然その速度を弱め、ぴたりと止まった。

 帝国軍部隊にとってまずやるべき事は炎上する基地から友軍を助け出す事であり、目前の敵はそこから排するだけで良かったのである。

 無論、ここまでの動きは王国軍の掌の上であり、ガレッジは次なる行動を全軍に通達した。B基地からの援軍部隊の出撃が確認されたのである。

 そして今度は敵軍増援と入れ違う形で全部隊を以ってB基地へ王国軍は進軍を開始した。ブルートを含め彼らは酔っていた。敵を思い通りに手籠めに出来た自分たちに。そして、指先に届いた勝利の輝きに……


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