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戦場のアウラウネ  作者: 耕眞智裕
第一章 黒鉄のバベル
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ⅩⅢ 禁忌問答

 帝国最高評議会開会中。ベルク城内蔵書室において調査と研究を行っていたスカーレット・クレナイ帝国文化庁特別研究員の元に帝国技術省兵器開発局長官アルフレート・ヴォイニッチが知識を求めに訪れていた。


「これはヴォイニッチ殿。よくぞいらした。どうぞこちらへ」


 クレナイは手にした本を本棚に戻すと、客人を待合室に案内した。そこにはコーヒーとカップ、数種類のジャム瓶に色とりどりのクッキーが用意され、豊かな香りに満ちていた。


「これは申し訳ない。突然の訪問の連絡故、時間も無かったでしょうに」


「いえ、お気になさらず。ところでヴォイニッチ殿。私は貴殿に何をお話すればいいのかしら?」


 クレナイは椅子に座り、客人より先に菓子を手に取り、要望を伺った。その様子にヴォイニッチは苦笑いすると、用意された椅子に腰を下ろした。


「兵器開発局で巨兵騎士用の新装備の開発を始めたいと思い、クレナイ殿の知恵をお借りしたく参上した。端的に、巨兵騎士とその操縦者、ポリネイトとインフェクテッドについてお教えいただきたい」


 ヴォイニッチの目には研究者特有の少年のような輝きがあった。彼は知識を深める目的を兵器開発の為と言ったが、八割九割は知的好奇心の充足の為であったのだ。


「何から話せばいいのでしょう。

 ……そうですね。先ずは巨兵騎士について。クレスト教の経典『創世叙事詩』によると12体が存在し、それらは魔女によって世界を動乱に導いた。この事は貴殿も御存じでしょう?」


「あぁ、知っています。だが、十二の王たちは巨兵騎士を血の力で服従せしめたという。これはどういう事であろうか?」


 イチゴのジャムをスプーンで掬い、クッキーの上に垂らしながら、ヴォイニッチは問うた。


「血の契約ですね。十二の王たちは巨兵騎士と血の契約をする事でそれらに枷をかけ、自らの駒とした。

 巨兵騎士の起動、及びポリネイトの発生には、人間の血が必要とされています。巨兵騎士の核たるドライブシードが血を吸う事でそれらは目覚め、媒介となる眷属を探しにポリネイトを遣わす」

 

 クレナイは説明の間、ヴォイニッチがした様にクッキーにジャムを乗せる。そして、それを遊ぶように宙で動かした。


「その血の主がインフェクテッドとなるのですか?」


 動き回るクッキーを目で追いながらヴォイニッチはそう問うた。


「いや、そうとは限りません。血はドライブシードを起動させるトリガーなのです。ただ、統計上、血を受けた時に近くにいた人間の元にポリネイトが現れる傾向があります」


 そう言ってクレナイは、手にしたクッキーをリンゴジャムの瓶の上に置き、一段落した後、再度口を開く。


「それともう一つ。これが中々興味深いのですが、ポリネイトはインフェクテッドに選ばれた人間の心中にある、最も大きな少女の姿として現れるそうです。まさに擬態ですね。伝承の通り相手をかどわかし、心の隙間に入り込むわけです」


 話をするクレナイはどこか嬉しそうであった。知識をひけらかすのが楽しいのであろう。


「ところで、ヴォイニッチ殿。アウラウネをご存知ですか?」


「アウラウネ…… 知っております。それはマンド…… いや、クレスト教の古い伝承に登場する人語を解す植物ですね」


「あら、勉強熱心なのですね。兵器開発局にはもったいない人材ですわ。

 伝承によればソレは地に落ちた人間の体液から生まれるとされています。また、ソレを得たものは力を得て幸福になれるという。まるで巨兵騎士とポリネイトみたいですね。扱いを間違えれば発狂死するところまで」


「だが、実際には彼らは幸福を得ていない。彼らにとってここは地獄だ」


「力を持った者が疎まれるのはいつの世も同じです。弱者は強者が怖いのですから」


 クレナイの言葉の後。ヴォイニッチは首を振り、辺りを警戒した。それに対し、クレナイはジャムを乗せたクッキーを口に頬張り、美味しそうに微笑んだ。


「……公では口に出来ぬ発言ですな。だが、同感です。これらの伝承の中には大きな力を持つ者を悪と断罪し、それを用いた自分たちを正当化している節がある。

 それに、この世界は歪だ。何もかもの起源が分からない。巨兵騎士や魔女に限らず、兵器、自動車、鉄道、法律や思想。これらは、オルタリアで生まれたものだが、伝承や古文書、宗教書には記述はなく、ある日突然生まれたものだ。過程もなしに」


「ヴォイニッチ殿。それ以上の詮索はよした方が良い。かつてオルタリアで同じことを言っていた者がいたが、彼は突然姿を眩ませることになったのだ」


 クレナイは体を乗り出し、顔をヴォイニッチに近づけると、口が動くのを止めさせた。彼女の焦燥する珍しい姿に、ヴォイニッチは滑る唇を前歯で止めた。そして一言だけ、歯の隙間から小さく言葉が漏れる。


「アレクセイ・フォリオ……」


「はい。彼は異端でした。経典や歴史資料を批判的な立場で論じ、50人の上級司祭の中で彼は孤立していました。貴殿と同じように知的好奇心が旺盛だったのでしょう。だが、好奇心は猫を殺す……それだけです」


 そう言う彼女はどこか寂しそうであった。まるで、行方不明の司祭に心を寄せているかのように……


「では、話題を変えましょう」


 仕切り直しを示す様に、コーヒーを口にし、ヴォイニッチは再度、唇を滑らせる。


「血の話です。巨兵騎士は血によって起動すると仰っていましたが、伝承では十二王国王家の血の契約と綴られています。故に王族の血族にしか起動できないという解釈でよろしいのでしょうか?」


「いえ、実の所、起動には血の貴賤は問いません。ただし、伝承の通り、貴き血には巨兵騎士を管理する力があります。起動した血を、より神聖な血が上書きするわけですね」


 クレナイはコーヒーにジャムを入れ、心を落ち着かせるためにそれを飲むと、最初の落ち着いた雰囲気で語った。

 血の盟約は貴き血を持つ、十二王の末裔たちに巨兵騎士の停止権を委ねる儀式である。これによって、末裔たる王たちは巨兵騎士を、時を選ばず停止させる事ができ、安心して禁忌の力を行使できたのである。


「それでは、契約主の王が死亡した場合、その契約はどうなるのでしょうか? 子孫が相続する事になるのですか?」


「血の契約は相続されません。契約主の命が失われると、起動した時の血の主が巨兵騎士の停止権を獲得し、それも亡き場合は……私にも分かりません」


「分からない?」


 滅多にクレナイが口にしない言葉を耳にし、ヴォイニッチは驚いた表情で返した。


「ええ、その様になった例が未だ確認されていないのです」


 巨兵騎士、及びその操縦者たちは幾度と大陸に出現していたが、その危険性故、多くは監禁に近い形で封じられ、或いは、秘密裏に処分されていた。そう言った事情により、彼らの資料は決して多くなく、未だ謎に包まれた部分が多く存在していた。


「そうですか。まぁ、それは歴史が重なる過程で判明していく事でしょう」


 少し残念そうにヴォイニッチは後頭部を掻いて笑った。そして、脳の皺に墨入れるように頭のメモに今日の収穫を書き留めた。


「ところで、ヴォイニッチ殿。今から私はおかしな事を聞くが、一つ答えてもらいたい。

……貴殿は…… その……行方不明になったアレクセイ・フォリオなのではないか? 整形によって顔を変え、名を変えただけではないか?」


 全くもって『おかしな事』だったが、彼女の眼差しは真剣であった。


「残念ですが、私はアレクセイ・フォリオではありません」


 ヴォイニッチは真実を答えた。だが、彼には疑われるに値する様々な謎があったのも事実である。出身地、年齢が不明であり、クローヴィスに拾われるまでは職業も不明であったのだ。


「そうですか…… 済まない。忘れてくれ」


 謎の多い二人の男女は、最後に残ったコーヒーを口に含み、この日の語りを終えた。




 そして、一夜明けた大陸歴922年九月八日。大陸前国家にオルタリアからオリーブの枝が同封された書状が届けられた。オリーブの枝は平和の象徴であると同時に、戦闘停止の要請の意味もあった。

 秋の訪れを感じさせるこの日、十二王国の系列たるマレーティア王国の国王ジート・マレーティアが40の若さで没した。

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