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戦場のアウラウネ  作者: 耕眞智裕
第一章 黒鉄のバベル
16/50

Ⅻ 思惑

 専制国家レグラント帝国では、かつて勃発した貴族の叛乱によって、貴族からなる諮問機関である『帝国元老院』が成立し、皇帝一族に並ぶ権力を振るっていた。そして、元老院と皇帝一族が並び、政治政策を決定する機関が『帝国最高評議会』である。

 皇帝、及び皇帝の子供たち四名と、門閥貴族十名からなる帝国最高評議会は通常年に四回開催されるが、皇帝、或いは他の参加者の半数の要請で例外的に開催される。

 そして今、門閥貴族八名の要請によって臨時評議会が開催されていた。主題は帝国軍最高司令官の職にあるルートヴィッヒ第二皇子への問責である。


「失態でしたな、ルートヴィッヒ殿下。帝都からライブラを送ってまで建設したアレハント電波塔は破壊され、カルドバンカは盗賊団によって富が失われた。帝国軍最高司令官である殿下の責任は避けざるものでしょう」


 元老院の貴族がルートヴィッヒを責めるのを、当人は唇を咬んで耐えていた。

ドーナッツ状の円卓に十四人の評議員たちが並び、彼らの目線は的となっていた第二皇子に向けられる。


「場合によっては、殿下の軍司令長官の任を解くことも御覚悟して頂きたいですが、何か仰られる事はございますか?」


「ございません。今回の失敗についての責は全て私に帰するものであり、皇帝陛下の処断を待つ身でございます」


 ルートヴィッヒは次期皇帝への道が更に遠ざかったのを感じたが、それよりも兄皇子と国の利益に損した事を申し訳なく思った。


「お待ちください皆さま。一側面での減点方式では公平を失します。ここからは我が軍が先の戦いで得た功績を議論いたしましょう」


 窮地のルートヴィッヒに助け舟を出したのは兄皇子クローヴィスであった。そして、彼は円卓中央にあるビジョンに映像を流す様指示した。

 映し出された映像には、空を飛ぶ王国軍の巨兵騎士が映し出されていた。


「これは……」


「これほどのものが飛ぶだと? 信じられん…… 作り物ではないのか?」


 奇妙な映像によって議場内がざわつく。それはそうだ、そこにある光景は人類の持つ常識を遥かに超えるものであったから。


「これは帝国軍司令長官の指示をうけた帝国公安部内部調査課によって撮影されたものだ。敵巨兵騎士の情報は極めて貴重だ。今回の戦いで我々は敵巨兵騎士二体の情報を獲得できた。これは帝国軍司令長官の偉大な成果であろう」


 ルートヴィッヒを責めるつもりであった門閥貴族たちはその鼻先を折られ、悶々とした思いで口を塞ぐ。


「王国は我が国に対し、多くの部分でアドバンテージを持っている。特に問題となるのは巨兵騎士の性能差だ。我が国の巨兵騎士四体の内、半数が通常戦闘に向かないが、王国のそれはここに見たように極めて高い戦闘力を有している。我々は内の争いを控え、この差を埋める事に尽力すべきであろう」


 巨兵騎士の性能に関する秘匿性は内外問わず重要視され、王国、帝国双方で情報を持つ者の範囲を制限し、その拡散を防ぐ努力をしていた。特に、軍属やその関係者、支配階級及び国境周辺都市市民を除く国民には、情報統制が掛けられ、中には巨兵騎士が投入されている事を知らない者もいる程であった。


(あの女狐め。余計な事を)


 責めの枷から解放されたにも関わらず、ルートヴィッヒの心境は複雑だった。彼は帝国公安部内部調査課などに依頼などしていなかったのだ。だが、覚えはあった。あの女、昨今皇帝一族に接近し、媚を売るシータ・スーリヤなる者による事で間違いない。

 そして、次の話題に協議が移されてからも、ルートヴィッヒは頭を抱え、ただ、黙していた。


「元老院の皆様のお耳に入れておかねばならぬ事がございます。我が国最大の同盟国であるマレーティア王国国王についてです」


 レグラント帝国第二皇女であり、外務尚書の任に就いているマリーベル・アルベールが立ち上がる。彼女が言うには、マレーティア王国国王が危篤状態に入り、この一週間が峠であるとの事であった。


「うむ、ではそろそろ、オルタリアから書状が届くという事か」


「貴公! 礼を失するに余りあるぞ!」


「だが、考えるべきであろう? 書状が来ればまず停戦だ。我々も王国もあと一週間ほどで戦闘行為を停止し、チュニシアトから離れねばならん。それと、もう一つ、マレーティア王国国王ジート様が亡くなられれば、次に権力を握るのはディアンヌ様という事になる」


 十二王国の系列である国家の君主が倒れると、その知らせは先ずクレスト教会を介し、オルタリアに渡る。そして、大陸前国家に書状が送られる事になる。その書状の内容は多くの場合全ての戦闘の一時停止であり、それが護られなければオルタリアはその国の敵に回り、誅罰を下すという。

 さらに、帝国にとって、この事は重要な意味を持っていた。帝国第一皇女ディアンヌ・アルベールがマレーティア王国国王に嫁ぎ、王妃となっていたからである。二人の子供である王子は幼く、現国王に兄弟はいなかった為、権力が彼女に集中する事は自明の理であったのである。


「長い戦争で兵は疲れ、我が国の生活は傾きつつあった。停戦に関しては渡りに船であろう。だが、義兄上のこの状態は悲しむべき事だ。出来る事が無くとも快方に向かう事を祈るとしよう」


 会議は静かな形で終わりを告げた。実際の所、この事は帝国にとっても、先とは別の意味で無関係ではなかったのである。円卓から少し離れた場所に置かれた、豪華な装飾が施された座に、本来おわす筈の人物が、急な病でいないのだ。この国も代替わりの時期を迎えつつあったのである。




 そして、もう一ヵ国、王が病床にある国があった。レオンバルト王国である。奇しくも三人の君主が時を同じくして病に苦しんでいたのである。



「姫様! お待ちください!」


「もういいでしょうその話は? お父様の御咎めも無かったのですから」


「しかし……」


 レオンバルト王国筆頭執事マーガレット・バランシュが第一王女シルフィー・ロイゼンを呼び止めた。

 マーガレットはシルフィーに対する国民感情の低下し、暴政の姫との悪名が広がっている事を危惧していたのだ。

 シルフィーはイグニスが国から離れた後すぐ、亡き母親の形見である『暗殺部隊』を用いて、かつてのアッシュフォード道場の門下生たちを見つけ出し、処刑した。加えて、その家の財産を接収し、地位を剥奪、家を取り潰す事で、その家族に対しても責任を負わせた。


「彼らはあろう事か、王家の人間を襲ったのですよ? これを国家への反逆と言わずして何と言いましょう? そして、その罪に対する罰則は死刑。これは我が国の刑法に則ったものです」


「そうです。彼らには死する理由がありました。 ……ですが、方法は他にもあったのではないでしょうか?」


 死刑に処された旧門下生達18人は余りに惨めな最期を迎えた。執行前に彼らは見せしめとして、衆目の中、全裸で絞首台の前に座らされ、鞭やナイフなどで肉体を傷つけられると、助命や、許しの懇願が鳴り響いた。だが、フィーナはそれを馬耳東風にし、無慈悲に絞首台に吊るした。死体は一週間市内の広場に晒され死して尚辱めを受けた。


「執行方法やその他罰則については、私に裁量の権利があり、これは法にも定められている事です。更に、この事によって、貴族の王家に対する抵抗は沈静化し、財産没収によって経済は持ち直しました。これは称賛される事でしょう?」


 フィーナはそのように言ったが、彼らの処刑は明らかに彼女の私怨によるものであった。


「ところでリナは何をしているんですか? お兄様を連れ戻しに国を出た貴方の娘は?」


 話の転換と同時に、マーガレットから逃げるように足を進めていたフィーナは白いドレスを翻し、ツインテールにした黒髪を揺らしながら、マーガレットの方へ三歩歩み寄った。


「南大陸は戦争のただ中です。時間が必要でしょう」

 鋭い眼光を向けられながら、マーガレットは声を小さくして答えた。


「あれから何年たっているとお思いですか? もう私には彼女を待つことは出来ません。もはや私自らが……」


「お待ちください姫様! 今、王は貴方を必要としているのです。どうかお考え直し下さい」


 財産没収し、地位を失った貴族の中に政治の中枢にあった者がいた事で、王への重圧は一層強くなり、とうとうロイゼン王は過労で倒れたのだった。シルフィー姫はその事態に対し、地位の貴賤を問わず、王家に対する忠誠の厚い有能な人物を空いた席に配置した。これは、貴族に対し恐怖による圧力を加えた事で可能になった人事であった。

 だが、実際の所、王家に対する忠義というより、貴族に対する憎しみが強い人間が、シルフィーを崇拝し集まったものであり、シルフィーが離れれば暴発する危険性を孕んでいた。

 先の言葉はそれらの事情を汲み取った諫言であったが、この言い様はシルフィーの感情を逆撫でした。


「私の知った事ではありません! これは父上自らが蒔いた種です。王は自らの手足を己が刃で切り取ったのです!」


 怒りの炎が可憐な姫君の瞳に宿ったのが見え、マーガレットは先の発言を少し後悔した。しかし、彼女を止める必要があるのは絶対であり、マーガレットは、肌の晒された姫の肩に手を当てて、再度の説得を試みた。


「姫様が離れれば、この国はどうなるか分かりません。もし、我が国がミルドレッドの様になったら、国を出られたイグニス様も悲しむ事でしょう」


 兄の名を聞いてシルフィーの瞳の炎は収まり、瞬きの後には消えていた。


「確かに、私もここで国を傾ける事は望みません。もう少し待つことにします。ですが私が既に限界に来ている事は覚えておいてください」


 姫の精神は不安定だった。兄を失った事によるものか、それとも、責任の重圧によるものか。いずれにせよ、彼女の心は蝕まれ、かつての快活な表情は無く、心が冷え、凍り付いていた事は確かであった。

 それ故に、マーガレットはシルフィーの危険性を感じ、無暗に娘の事を話さないように努めていた。それと同時に、シルフィーの前でイグニスの名を口にする事に申し訳なさを感じていた。なぜなら、リナの目的はイグニスを連れ戻す事ではなく、支える為だったからであり、ここに戻る事はきっとないとマーガレットは感じていたからだ。





「ここからもお兄様の香りは消えてしまったわ」

 

 シルフィーはマーガレットから離れた後、城内のテルマエで疲れを癒していた。


「みんなみんな知っているんですよ。お兄様の事も、リナの事も……

 時が来るまでは、お兄様は彼女に貸しておきます」



 シルフィーの昂ぶりが限界に達するのを邪魔するかのように、女性の声が部屋の中を反響する。

 姫は邪悪に笑い。その時の事を思い浮かべながら身体を弄り、声を漏らす。


「姫様、ご入浴中失礼いたします」


「アインス……何用ですか?」


 悦を邪魔されたシルフィーは不機嫌に言葉を尖らせ、湿った空気に乗せた。そして、先の声の主である全身を黒いローブで包んだ女は、霧から浮かび出るように、姫の後方に現れ、膝を折った。


「姫様のお耳に入れときとう事がございます」


「それは私の楽しみを邪魔するほどのものなのですか? 申してみなさい?」


 声の主アインスに視線を向ける事無く、シルフィーは濡れた黒髪を触りながら言葉を交わす。


「一時的なものですが、もうしばらくして戦争は止まります」


「下らぬ戦いに勝敗がついたという事ですか?」


「いえ、オルタリアを挟んだ西の果ての国マレーティア王国の君主が倒れたのです。これは姫様の目的に使える材料ではないでしょうか?」


 アインスの言葉にシルフィーは少し考えた。そして、考えが纏まると、不気味に微笑み、右手を水しぶきと共に上げて彼女に命令を下す。


「アインス。貴方の役割は極めて重要です。この国の未来は貴方にかかっていると言っていい。

第一王女シルフィーが命じます。今後ともお兄様を見守り、この期に乗じ、帝国へ触手を伸ばせ! そして愚かな者どもに誰がこの国を統べるに相応しいか示すのだ」


 シルフィーの命令に「御意」とだけ口にし、アインスは文字通り雲散霧消に消えた。そして、シルフィーは目的への道程が一歩進んだことを感じ、高笑いを響かせた。



 ロイゼン王家の持つ暗殺部隊『氷の剣』 アインスを中心に諜報や潜入、更には暗殺までこなし、王国の影の仕事を執り行っていた。

 彼らの歴史は浅く、国王イルド・ロイゼンの妃として、今は亡き隣国ミルドレッドより嫁いだカトリーヌ姫が私兵としてレオンバルト王国に持ち込んだのが始まりとされる。

 ミルドレッド王国は常備軍の他に、暗殺専門の集団を擁し、かの国の敵を影で葬ってきた。また、そのような者達を運用していた事により、ミルドレッド王家の人間は警戒心が強く、常に何かに怯え、個人個人が秘密の刃を研ぎ澄ましていた。女王カトリーヌも例外ではなく、自分のみに忠誠を誓う暗殺集団を抱えていたのである。


 ロイゼン王はカトリーヌに一目惚れし、求婚を申し出たが、彼女からすれば、王国の権威拡大のための政略結婚に過ぎなかった。この事はロイゼン王も理解していた事であり、ロイゼン王家に迎えた後は好きなようにやらせていた。王も自分がコントロールできない武装集団が国内に入れられていた事は知っていたが、放置されていたのはその為だった。

 だが、ロイゼン王がいくら尽くそうが、彼女の中に愛が芽生える事は無かった。そもそも、彼女は感情に乏しく、祖国の崩壊を含む、全てのもの対し興味を持つことは無かったのである。

 ところが、ある日、カトリーヌの凍った心の扉を開ける者が現れた。イルドとの子、イグニス・ロイゼンである。父や兄弟にも心を開かなかった彼女は、不思議にも、血を継承した息子に持てる愛情の全てを注いだのである。それ故にイグニスは母親の冷たき姿を知らず、思い出の中の母は慈愛と笑顔に満ちていた。

 しかし幸せな時間は突然終わりを迎える。イグニスが五歳の時、彼女は第二皇女シルフィーを出産した直後に若くしてこの世を去ったのだ。そして、彼女が持っていた私兵集団は遺言を以って、二人の子供に継承される事となったのである。


 シルフィーは引き継いだ力を用いて覇道を進む。それは誰が為か? それを知るのは姫と、その冷たい剣達だけであった。



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