Ⅹ 鉄塔攻略戦 Ⅳ
「大佐。これはなんですか?」
指令室を備えた旗車に運ばれた機械を指差してリナがガレッジに問うた。
外付けのアンテナ、小さなヘッドホン、そして計器が並んだ機械。リナはここに来て二年近くになるが、これを見るのは初めてだった。
「私の仕事道具だった物だよ。まさかこんな所で役に立つなんてね」
諜報部通信室。それが今は無きガレッジの前の職場だった。
チュニシアトを支配し、大量の電波塔を設置した王国軍が連敗を喫したのは、帝国軍による暗号解読と通信傍受によるところが大きく、王国もそれに真似て、通信傍受及び、暗号解読を専門とした部署を設置した。それが、諜報部通信室である。
通信室には、帝国の行動を把握するべく、機材や人材育成に多額な予算が投入された。しかし、鉄塔建設に時間を割く猶予が無いほど、チュニシアトにおける戦闘は混迷を極め、戦場においては、電波塔による広域無線より、軍用車に装備できる数メートル程の狭域無線が主流となった。
その結果、諜報部通信室は予算を食うだけのお荷物となっていた。来たる帝国本土侵攻に向け、部署は残されていたが、想定した以上に戦争が長引き、とうとう解散となったのである。
不要の烙印を押された技術者たちは路頭に迷い、ある者は士官学校での成績が買われ、別の部署に移り、ある者は士官学校の講師となった。だが、部署内で落ちこぼれていたガレッジには受け皿は無く、禁忌の御守に至った。
落ちこぼれながらも、ガレッジは前職に誇りを持っており、特に、監督官赴任直後はそれに対する執着が顕著だった。そして、心の拠り所として機材一式を購入し自分への慰めとしたのである。
「分からないものだね。もはや私にこれは不要だと思っていたのに」
メンテナンスを終え、綺麗になった機械を指先でなぞり、ガレッジは思い出に浸る。彼は必死に習得した技術が無駄にならなかった事が嬉しかったのである。
「もっと速度は出ないんですか!」
「はやく! はやく!」
第三特務遊撃部隊から遅れてアレハントに向かう特務部隊の車中、サラとファルバリが声をあげ、催促する。
だが、特務部隊も更に早く行けるのならそうしており、これが出せる限界であった。部隊には巨兵騎士2体と、作戦の要となる海水の入った風船爆弾があり、出せる速度に限界があったのである。
二人の少女と打って変わり、ジョシュアとマルスは関心が無いかの様に黙っていた。
これは、隊でのインフェクテッド、ポリネイトに対する扱いの差が顕著に表れたものである。
特に、マルスにとって隊の人間は、帝国より憎いものであり、どこか、彼らに天罰が下る事を望んでいたのだ。
「見えてきました! まだ戦闘は継続しています。
……残念ながら鉄塔は健在。
これより、友軍救助の後、鉄塔攻略作戦を開始します」
基地を出発して約十時間が経過したこの時、第三特務遊撃部隊全体に通信が入った。時刻は19時を過ぎ、月光と塔周辺の明かりとサーチライト、そして、燃え上がる炎が暗闇を彩っていた。
第二特務遊撃部隊は撤退戦を開始していたが、その時点で帝国軍による包囲はほぼ完成しており、羊飼いに追われる家畜の様になっていた。故に、撤退は困難を極め、車両は半分以下まで減らされ、包囲網を抜けた手負いの羊は、羊飼いによる執拗な追撃に苦しめられていた。
「南部より車両部隊を確認!」
視界に捕らえられた軍団の姿は、帝国の追走を受ける第二特務遊撃部隊に衝撃を与えた。もし、前方を抑えられれば、行く先を失い、甘んじて全滅を受け入れる他ない。
しかし、その恐怖は直ぐに希望の光へと変わった。軍団の中に薔薇の紋を施した白銀の盾を構えた巨人が見えたからだ。
「敵軍残党を追撃する第三部隊より入電!
H-30に敵部隊。数およそ100!
それと……」
「どうした? それと何だ?」
「……薔薇の紋章の巨兵騎士…… 巨兵騎士が現れました!!」
帝国司令部はその報を耳にして騒めいた。
「薔薇の巨兵騎士…… 棘の付いた茎を絡ませ、慈悲なく人を喰らう妖花、獄薔薇か……」
グリットは駒の置かれている地図を見てしばし考えた。この基地の防衛力は巨兵騎士に対しても有効であり、敗北するビジョンが見えなかった。しかし同時に巨兵騎士を相手にした戦闘の経験がない彼にとって、巨兵騎士は目に見えぬ脅威であり、心内の恐怖が見え隠れしていた。
「ポイント20以南の偵察部隊を薔薇の部隊周辺に移動させ、観察、報告を密にせよ。
第一部隊、第二部隊も第三部隊の元に移動し敵勢力を迎え撃て。加えて、増援の要請の為、通信使節をラーディフに向かわせよ。
常勝の薔薇に、今日我々が終止符を打つのだ!!」
グリットは全力をもって第二特務遊撃部隊にあたるように指示を出した。
三部隊を以って巨兵騎士を撃破できるのが理想であるが、もしそれが叶わなくても、基地の装備で応戦が可能であり、増援が到着する時間は稼げるであろうという算段だった。だが、第三特務遊撃部隊に注視しすぎて偵察部隊を動かしたのは、特務部隊を見逃す事となり、結果的に王国軍に利することとなった。
「これより、電波障害域に侵入する。各自プラン通りに行動せよ」
リナは狭域無線を用いて部隊に伝達する。そして、それを終えると、すぐに別の通信機に持ち替えた。
「イグニス様。ジョウルク。しばし通信は出来なくなります。ご武運を」
「巨兵騎士カプリコーン了解」
球根コクピットに持ち込んだ通信機を用いてイグニスはリナの言葉に答えた。そして、遠隔操作範囲ぎりぎりまで前進すると剣を構えた。
かろうじて生き残った第二特務遊撃部隊残党は蜘蛛の糸を求めるように、巨人の元へ急ぐ、そして先頭車両がカプリコーンの脇を越えていくと、帝国軍部隊は標準を巨人に変え、砲撃を開始した。
「やつの装備は近接用だ。近寄らなければ恐れるに足らない!」
苛烈な砲撃をカプリコーンは盾で防ぐ。だが、それだけでは防ぎきるに至らず、装備した鎧にダメージが蓄積していった。
第二特務遊撃部隊の生き残り全てがカプリコーンより後ろにまわったのを確認すると、巨兵騎士を含む第三特務遊撃部隊はそれに合わせ、じりじりと後退を開始する。だが、それに乗じ、帝国軍も攻勢をかける。
「攻撃の手を緩めるな。奴を追い、我らの手で仕留めるのだ!!」
帝国軍アレハント駐留軍第三部隊隊長の令で部隊は更に進軍し、敵軍を追う。避ける事無く攻撃を受け続けている敵軍巨兵騎士の姿を見て、操縦者の乗る車両が遠くない場所にいると察し、逃がさないようにと食いついたのだ。
「イグニス様! このままでは鎧が脱落してしまいます!」
「まだだ、まだ耐えるんだ。俺たちが防がなければ、後方の部隊に攻撃が向かってしまう……」
カプリコーンのダメージは徐々に無視できぬものになってきていたが、巨人は炎と煙の中、それに耐え続けていた。
逃げる事も避ける事も許されない。敵軍は速度を調節しながら王国軍を追い詰めていく。敵は羊飼いとして極めて優秀だった。カプリコーンの攻撃範囲に入らず、常に横並びになった砲車部隊の射程に入れ続け、王国軍部隊を追い立てていた。
「第三部隊。電波有効領域から離脱しようとしています。
すぐに後退してください」
勢いづく帝国軍部隊に司令部から邪魔が入る。目前の大物は既にかなりのダメージを受け、あと一歩の所であった。
「こちら第三部隊。敵巨兵騎士の損傷甚大なり。我が部隊は更に追撃し、この完全撃破を実行する。
電波有効域外では狭域無線を利用し、適宜行動する」
逃した魚はいつまた出会えるか分からない。このチャンスを逃す事は出来ず、帝国軍部隊は司令部の指示を拒否した。
そして、鉄塔が有効な範囲の境界線に両軍は到達した。
「通信が復活しました!
続いて次のプランを開始します!」
境界線上で停止した部隊はそこに留まり、攻撃を開始する。そして、鉄塔による妨害が有効な範囲内にカプリコーンが留まり、再び剣を構え、敵の砲弾の一部を剣ではじき返して見せた。
「莫迦な! 剣で砲弾を弾くだと!?
……人間業じゃない…… この様な芸当が出来るなら、なぜ奴は初めからそうしなかったのか?」
現実とは思えない芸当に驚愕し、同時に、敵の術中に嵌ったのではないかという恐怖が部隊長の精神を満たしていく。
そして、その疑念は現実として空に現れた……
「何だあれは?
鳥? いや、大きすぎる……」
司令部は騒然とし、皆外に出てその未確認飛行物体を目で確認した。
通信士は遠眼鏡を使い、その正体を見ようと覗き、言葉を失った。
「……巨人…… あれは巨兵騎士です!」
「そんな事がありえるのか!? あの巨大なものが飛ぶなどと!」
司令部の者たちは冷静を失っていた。あの高さで接近を許せばポイント00砲台以外はただの張りぼてになる事に危機感を抱いたのだ。
「奴らを…… あの汚らしい巨人を操る穢れた者達を直接葬る他ない。
第一から第三部隊に伝達。N-18周辺に向かい、別動隊を炙り出せ」
グリットの命令はおそらくベストなものであったのであろう。だが、情報を支配しているはずの帝国軍部隊は予期せぬ苦戦を強いられていた。
「司令部より、N-18に向かい、飛行する巨兵騎士の操縦者を見つけ出せと指示がありました。いかがいたしましょう?」
「では、第一部隊の一部を後方に下げ、進路を東に向けろ」
この指示の下、交戦する帝国軍部隊の一部が後方に下がり、移動を開始する。その刹那、王国軍の一点集中を受け、砲撃の手が緩んだ第一部隊の一部が爆発炎上した。
「移動を開始した部隊が攻撃を受けました。被害甚大!」
帝国軍部隊は何が起きたか分からず、焦っていた。
敵を追跡しすぎた彼らの立場は極めて厳しく、前進すれば巨兵騎士の攻撃範囲に入り、後退すれば、追われる側となり、いずれ巨兵騎士の攻撃範囲に入る。加えて、攻撃の圧を強めるために三部隊の砲車を前面に出したのが、さらに自分の首を絞める結果となっていた。
「右翼部隊を一時下げ、先の様な敵の攻撃を誘発する。これはカモフラージュだ。これに乗じ、左翼部隊を転進、東に向ける」
指示を受け、帝国軍が動き始める。
……だが、彼らの手は読まれていた。王国軍は軽く下がる右翼部隊を攻撃した後、すぐに砲車を傾け、反転を開始している左翼部隊に火線を集中させる。そして、またも帝国軍左翼部隊は炎上し、目の前の敵軍と対峙しながら別動隊を動かす能力を失った。
実はこの時、王国軍部隊は情報を共有していた。友軍の情報、そして、電波に乗る敵軍の情報全てをである。
カプリコーンの巨体と煙に隠された第三特務遊撃部隊の旗車が帝国軍の通信を傍受し、友軍に流していたのである。
カプリコーンを電波障害圏内に配置したのはこの為であり、その背後でガレッジの乗った旗車が電波障害圏内、圏外を往復していたのだった。
「敵軍に我らと戦いながら、別動隊を送る戦力はありません。
我々の任務はほぼ完了しました」
陽動という任務を大体終え、王国軍は目前の敵勢力を引き付けるか、殲滅するかを決めるだけとなった。どちらの選択肢を取るかは敵部隊の行動次第であり、部隊を任されたリナは敵の動きを注視していた。
戦況は王国軍の想定通りに動いたが、リナの心情は複雑だった。今回の陽動作戦では、敵軍部隊をこの場所まで引き付ける為の魅力的な餌が必要だった。そして、その餌になる事をイグニスは買って出たのだ。カルガモは怪我したふりをする事で、敵の目を自分に向けるという。所謂「擬傷」というものであるが、カプリコーンの受けたダメージは偽りなく本物であり、この作戦にはイグニスとジョウルクの命が常に危険に晒されるという側面があった。そして、鎧が欠落し、植物部分が露出しているカプリコーンの姿はリナに暗い不安与え続けていたのである。
「好い眺めだねマルス。
空は常に自由だ。地上のあらゆるものが俺たちを邪魔できない」
「はい。このままずっとジョシュア様と一緒にいたい……」
地上の戦闘とは打って変わり、空を舞う巨人はゆったりと目的地に近づいていった。そして、操縦する二人は、身体を地上に置きながら空の世界に浸る。
「さて、連絡があった砲台はあれだな。
あいつだけに気を付け、俺たちはこの水球を巨大な標的に当てればいいだけだ」
二人は塔の中腹に設置された砲台に注視し、巨兵騎士アリエスに持たせた、縁日の出店にある水風船のヨーヨーの様なロープで繋いだ水球を垂らし、作戦の準備をした。
優雅な空と対照的に、地上の帝国司令部はざわついていた。地上の砲台は意味をなさず、頼れるのは塔を揺らす砲台のみ。しかも、頼りの機動部隊は敵に釘付けとなり、動くことも出来ないのだから当然である。
「第一から第三部隊は何をしている!?
なぜ、あの忌まわしい蠅の進軍を許すのだ!」
グリットは立ち上がり、焦燥を隠さない。
「ポイント00砲台! あの蠅を地上に這いつくばせよ!」
「こちら、ポイント00砲台了解。敵巨兵騎士を射程に入れ次第砲撃を開始する」
帝国に残された手は一つ。グリットは歯を軋ませ、指示を出した。
そして、ついに砲撃が始まる。20を超える旋回砲塔を有した難攻不落の基地は、今たった一門の砲門に全てを委ねざるを得なかった。
最初の一撃は難なく回避された。塔の軋む音と、微振動だけが空しく響く。そしてそれは敗北の近寄る靴音でもあった。
「第二射準備。10秒後に再度砲撃を開始します」
報告の10秒後に放たれた砲撃も簡単に回避された。これは、彼らの通信が傍受され、砲撃のタイミングガおおよそ知られていた事に起因していた。司令部と砲台が交信をしている内は攻撃を当てるのは極めて困難だったのである。
「あなた。『飛行機』ってご存知?」
「はい。存じております。確か、クレストの古文書に登場する空飛ぶ車でしたっけ。私は車が空を飛ぶなど下らないおとぎ話だと思っていました……」
「そう、私もそう思っていた。今この光景を見るまでは……」
アレハント基地を離れ、西部の安全な場所に車を止めた帝国公安部内部調査課副課長シータ・スーリヤが30センチほどの遠眼鏡を覗きながら部下と言葉を交わした。遠眼鏡の先には空を飛ぶ巨兵騎士。その存在は彼女を驚愕させるに十分だった。
「ちゃんと撮っておけ。これは本土への良い土産になる」
部下に驚くべき光景の撮影を指示し、スーリヤは溜息をついた。
「目標確認。攻撃…… あぁ、攻撃だな。まるで子供の遊びの様だが、相手の破壊を目している以上これは攻撃だ」
「行動開始まで、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、ジョシュア様! 今です!」
水風船の射程範囲に鉄塔が入り、ついに王国軍の作戦の要が放たれる。ロープの先の水球は遠心力による速度を乗せ、勢いよくポイント00砲台付近に直撃した。
中に入っていた海水は、水を得た魚の様に勢いよく跳ね、広がり、辺りに飛び散った。天然の兵器は金属に含んだランページ鉱と化学反応を起こし、溶解を開始する。ポイント00砲台を動かすレールは欠落し、それに釣られるように砲台がずれ落ちた。
司令部のテント屋根に大量の海水が降り注ぎ、落下してきた砲台の轟音が帝国士官たちを動揺させる。そして、テント屋根を支えていた金属の支柱が溶解し、軽い屋根が司令部に覆いかぶさった。
司令部の混乱は今までとは比べられないものだった。通信士は奇声を上げながら駆け回り、機材と上官を捨てて逃げだした。
しかし、この時、混乱の中にいたのは彼らだけではなかった。
「砲台消滅。しかし、鉄塔……健在……」
「……どうして」
海水の直撃を受けたにも拘らず、鉄塔はその姿を維持し、景色を二つに割いていた。
「いったい何が! ……まさか、あんなものにオリハルコン鉄が使われているというのか!」
アレハント東にある森林に構えた王国軍テントでバレンタインは冷静さを失っていた。自ら冗談で言った事が現実となり、気が動転していたのだ。
「准将閣下。どうか気を落ち着かせ下さい。閣下が混乱していたら、皆路頭に迷ってしまいます」
ポリネイトの鏡面通信の為に同行させたサラ・ブレス特尉が、バレンタインに言葉をぶつける。その言葉は、バレンタインの脳に刺さり、彼は、一度深呼吸すると気を落ち着かせた。
だが、アイディアは出ない。アリエスを一度返すと、もう一度しか鉄塔に向かわせる分のエネルギーしかないだろう。ならば、鉄塔を諦め、撤退するしかない。
「作戦を放棄し、撤退します」
本作戦の失敗によって地位が脅かされるのは分かっていたが、バレンタインにはこう決断する他なかった。
「お待ちください! 閣下。まだ手があるかもしれません」
またもサラはバレンタインの心を突き刺す。
「バレット特尉。アリエスが装備できる最大積載量はいくらですか?」
「……現在アリエスが積載できるのは……」
そして、すかさず、ファルバリの手にした鏡に声をかけ、通信相手であるジョシュアにそう問うた。十代の少女の機転が戦況を動かそうとしていたのだ。
「ラッシュフォード特尉。剣は健在ですか?」
「こちらカプリコーン。剣は健在。盾は半壊」
球根内の液晶に映るサラの意図不明の質問に、イグニスは戦闘を継続しながら答えた。
「それは良かったです…… いえ、でしたら至急司令部に来てください! 時間がありませんお早く!」
この通信はイグニスを困らせた。相手にしている帝国軍部隊が下手に距離を近づけないのはカプリコーンがここにあるからであり、それが抜ければ後方の味方部隊は砲かに晒されるからだ。
そこで、一度、鉄塔影響圏から後方に離れ、リナとガレッジに意見を求める事を決めた。
「行ってくださいイグニス様」
リナは簡潔、且つ早急に答えを出した。それ故にイグニスは反応に困り、再度同じことを問うた。
「本作戦の目的は鉄塔の破壊です。それに、司令部からの指示に反する理由も無いですよ」
「だが、大尉。私が抜ければ、他の皆はどうなりましょう?」
イグニスの反応にリナは頭を抱えた。そして、語勢を強めて鋭く答えた。
「ラッシュフォード特尉。貴様は我々を信用できないというのか? 直ちに司令部に直行し、彼らの指示に従え。これは命令だ」
「……了解しました大尉殿。私の車を抱え、即座に司令部へ向かいます。……ご武運を」
リナの上官命令により、イグニスは移動することを決意した。
イグニスは部隊の仲間を弱々しい子羊のように捉えているのか、子守りの親の如き態度を見せる事が度々あった。それ故に「信用できないのか」という問いは彼女の本心を映したものであった。
戦闘に於いて、自分たちは信用されておらず、巨兵騎士なしでは第三特務遊撃部隊は無力だと思われている事が心外であった。特にリナは、本来自分がイグニスを補佐し、護る立場であるにも関わらず、自分が護られている事に殊更プライドを傷つけられていた。
そして、この時こそが、第三特務遊撃部隊の力を、自信過剰な坊ちゃんに教え、信頼を得る良き機会であると高揚していた。
運転手ブレア一等兵の叫び声と共に、自ら乗車する車両を抱え、走り出すと、目前の帝国軍部隊が状況が読めず混乱しているのが目に見えた。だが、彼らは直ぐに冷静になると、この期を天が与えたチャンスととらえ、行動を開始しようとしていた。
「理由は分からぬが、我らを阻む壁は消えた。陣形を紡錘形に取り、一点突破を図る。そして、奴らの背後で左右に反転し、敵が反転している隙に両脇から基地に帰還する」
この帝国軍の通信はガレッジが乗する旗車が、カプリコーンの後方移動、及び、その後の離脱によって電波影響圏を離れていたため、王国軍には伝わらなかった。
帝国軍部隊は、砲車の攻撃を一点に集中させ、その後にそこから突き崩さんと急前進を開始した。それに合わせ、突撃された王国軍は後方に下がり、応戦する。
「攻撃を続けよ! 怯むな!」
突撃する帝国軍は王国軍を南に押し、炎と煙をその車体に浴びながら食い破ろうとする。しかし突然、攻撃が両側面から雷雨の如く降り注いだ。
「これはいったいどういう事だ!!」
予期せぬ攻撃に帝国兵は動揺する。
王国軍は帝国軍部隊の突入に合わせ、攻撃が集中する砲車を後方に下げ、両脇の部隊を弧を描くように、砲身を敵に向けたまま側面に移動した。この結果、帝国軍部隊はスペースが広がった事で容易な進軍を可能にした代わりに、両脇から攻撃を受ける結果になった。
半包囲状態になった帝国軍に前方部隊を破る力は残されておらず、ついに進軍を止め、白い旗が隊長車と思しき砲車から上がった。
本来であれば、突然の一点突破に対し、かように応対する事は困難であるが、帝国軍部隊が陽動に乗り、ここまで来た段階でこの様な行動をとる事は予測されていた。なぜなら、相手の選択肢はかなり狭まれており、この段階で追撃に晒される事を覚悟して、先回宇内の射程内まで後退するか、一点突破で前進するしかなかったからである。帝国がここで取りうるベストな行動は、砲車が壊滅しても後方にそのまま撤退し、そのまま基地旋回砲台の射程に入れる事だったが、それをしなかったのは王国軍にとって幸運だった。
第三特務遊撃部隊が敵機動部隊を無力化した頃、イグニスが駆るカプリコーンは森の中に設置した王国軍司令部に到着していた。
そこには王国軍の巨兵騎士ピスケスが鎧を装備していない状態で起動されており、すぐにその操縦者から通信が入った。
「ラッシュフォード特尉。よくぞ来てくださいました。早速ですが、貴方の剣でピスケスのロープが掛けられているところを切断してください」
イグニスは彼女の言っている事の意味が分からなかった。裸体のピスケスには胸部下方に水球の予備用ロープがまかれており、彼女は自らの 愛機を二つに割けと要求したのだ。
「さぁ、早くしてください! もう時間が無いんです!」
鉄塔のある西より、夜空の星々をさえぎるように巨大な影がこちらに向かってきているのが見え、サラはイグニスを急かす。
帰還の途についていたアリエスに装備されたロープの先には水球はなく、空しく風に揺らされていた。
「熟考する事は美点なのかもしれませんが、時を失すれば千載一遇の機会を逃すことになります。私を信じて下さい」
「ですが、状況が分かりません。説明を求めます」
「言葉で伝える時間がありません。早くしてください!」
「しかし……」
「私が信用できないのですか!? こちらも命を賭けているんです!」
最後にサラの放った言葉がイグニスの心を突き刺した。先にリナに言われた所を再度串刺しにしたのだ。
「恨まないで下さいね……」
カプリコーンは手にした剣を仲間の巨人に突き立てる。そして、一気にノコギリの様に引いてピスケスを真っ二つにした。
「感謝します。アッシュフォード特尉。では、ピスケスの上半身を持ち上げ、接近するアリエスに向けて掲げて下さい」
「……了解」
イグニスは訳が分からないまま彼女の言葉に従い、巨兵騎士の中では軽めの上半身を持ち上げた。異様な光景であるが、一度引き受けた以上最後までやる他ないとイグニスは考えていた。
「本当にやるのかよ! とんだおてんば少女だなブレス特尉は」
「あの方。見た目は清楚なのにやっている事はがさつです」
「でも、やるしかないんだろ? 彼女の提示したプランの他に俺たちにできる事は無いしな。ここできっちり鉄塔を壊してバレンタイン准将に貸しを作る事にしよう」
アリエスは操縦者の会話と共に接近し、掲げられたアリエスの手元にロープの先端を垂らした。
「ラッシュフォード特尉! もっと高く!」
「了解した」
イグニスはサラの操り人形の如くその言葉に従う。そして、ピスケスの手はロープを掴み、アリエスに誘われて浮上すると、カプリコーンの元から離れていった。
「すごい握力。人間ならこんな芸当出来ないぜ」
ジョシュアの言の通り、上半身だけの細身の巨人は片腕だけでロープにしがみつき、決して離さなかった。
「思ったより重いな…… ブレス特尉。少しダイエットした方が良いと思うよ」
「なんとデリカシーの無い…… バレット特尉最低です」
「ジョシュア様最低です」
ジョシュアの余計な一言が、サラとマルス、二人の女性の軽蔑を招いた。
「何だよ。別に二人の事は言ってないだろ」
ジョシュアの弁明は不機嫌な女性達に受け入れられなかったが、帝国軍基地はアリエスの侵入を容易く受け入れた。
頼みの綱であったポイント00砲台は既に無く、飛行する脅威への対抗手段は無かった。彼らに出来るのは神に祈るか、逃げ出す準備ぐらいであるが、そこにすら思考を傾けられない程の混乱が未だ続いていた。原因の一つは司令部の機能が失われていた事であり、基地司令グリット中将は欠落した砲台レールの一部に足を潰され、ただの布と化したキャンプ屋根の下で動けないでいた。
「フムアルサマカー起動。目標、敵電波塔」
ピスケスの左腕にある小さい砲門の様な部位が心臓の鼓動の様に動き始める。
白粉花の巨兵騎士【ピスケス】。リーリシア王国軍が二番目に獲得した巨兵騎士であり、第二特務遊撃部隊の下運用されていた。
主装備は、高温の熱を発する白い液体が内包された弾丸を発射する左右の腕に備わった砲門【レーヴァティ】と【フルアルサマカー】である。これらの装備は絶大な威力を持つが、装弾数は左右それぞれ3発と少なく、再装填は不可能であり、ピスケス内部で自動生成されるのを待つ他ない。加えて、射程は約100メートルと短く、特定の戦場においてのみ真価が発揮される類のものであった。
「うーん。ロープが軋んでいる…… ロープの耐久を想定に入れていなかったなんて、私も全然だめって事かな」
巨兵騎士に入った音の情報が、離れた車内にいるサラの耳に届いた。だが、やる事は変わらず、彼女は球根内に浮かぶビジョンを見つめ、巨大な標的に標準をつける。
「ターゲット。フルアルサマカー発射!!」
そして、ロープが軋む音をかき消すようにサラは声をあげ、必殺の一撃を放った。
空気が破裂する音と共に黒い種子の様な弾丸が発射され、回転しながら鉄塔に向かう。
弾丸は誰に邪魔されることなく、当然の様に鉄塔に直撃し、破裂すると、中に入った白く粘着質な液体が辺りにまき散らされた。辺りに付着した液体は急に高温になり、鉄を溶かすと、辺り一面に炎を灯し、夜の闇を払った。
電波塔は支柱の一部が欠損した事でバランスを失し、鉄がひん曲がる音と共に崩壊を始め、その巨体は帝国軍司令部を巻き込む形で倒壊した。そして、基地内の各所で炎が上がると、帝国軍アレハント基地の戦略的価値は消失した。
「ふぅ…… なんとかなった…… 」
「やるじゃないか、お嬢ちゃん」
「いえ、バレット特尉。貴方の操縦技術のおかげです。ほとんどブレがありませんでした。……それと、お嬢ちゃんは止めて下さい」
インフェクテッド二人を安堵の空気が包む。だが、それもつかの間、限界に達したロープは役目を終え、ピスケスの手のあたりで千切れてしまった。ピスケスは重力に任せ、炎が上がる帝国軍基地に落ちていった。しかし、ジョシュアは即座に反応し、アリエスの高度を急激に下げると、ピスケスの腕を掴んだ。
「あ…… ありがとうございますバレット特尉。助かりました」
「作戦の功労者を失っては俺も立つ瀬が無いからな」
ピスケスの腕を取り、一時、その場に二体の巨兵騎士は留まった。結果的に助かったが、二人とも肝を冷やし、軽く放心していたのだ。
「もう、イチャイチャしていないで行きますよ。みんな待っているんですから!」
放たれたマルスの言葉に、二人は我に返り、イグニスたちが待つ王国軍司令部へ向かった。
「よくやってくれた二人とも。私も頭が上がらないよ」
司令部にてバレンタインは二人を労い、加えて、敵軍機動部隊も無力化した事を伝えた。
「そういえば、ファルバリちゃんはどうした? 彼女全然姿を見せないけど」
全てが終わり、ジョシュアはサラのポリネイト、ファルバリの事をサラに聞いた。ファルバリはサラと共に球根内にいたはずであるが、一言も彼女の声を聞いていない。更に、この場にも表れておらず、不思議に思うのも無理からぬ事であった。
「ファルバリは…… 寝てます……」
「えっ? さっきお休みになったのですか?」
イグニスもこの点は気になっていた様で、話に割り込んだ。
「いえ、ここに来てずっとです。ピスケス起動の際、一度起きましたが、また寝ちゃって」
その話を聞いて、インフェクテッド二人は頭を抱えたが、ポリネイト二人は、既に彼女のナルコレプシーの様な生活を知っていたので、主人の様子をくすくすと笑った。
「私は第三特務遊撃部隊に戻ります。隊長殿に伝えなくてはならぬ事がございますので」
イグニスは敬礼し、その場を後にした。早急に隊長に謝罪し、改めて背中を預ける意思を示したい気持ちでいっぱいだったのだ。
作戦が成功した事で空気は和やかであった。だが、本戦闘の捕虜交換と、帝国軍撤退の後、状況が明らかになると、サラに暗い影を落とした。
第二特務遊撃部隊生存者の一人サフィ・ミラー中尉によるソフィ・ミラー少佐戦死の報が彼女の心を破ったのだ。ソフィの死を受け入れる為に彼女にはただ泣く他なかった。そして、その心を共にするようにサフィとファルバリが彼女の身体を抱きしめた。
全体的に見れば、この戦闘は王国軍の勝利に終わったが、砲車200以上、人命約300を失った。
受けた傷も大きく、その責任を問うべき、首謀者ジン・ダラス少佐、及び、ソフィ・ミラー少佐は名誉の戦死を遂げ、最終的に自分が取るものであるとバレンタインは考えていた。しかし、軍上層部は彼を咎める事無く、作戦の成功のみを評価した。これは慈悲によるものでは無く、遊撃部隊に対する評価が反映したものだった。つまり、落第者や望んで戦場に居続ける者など取るに足らないという事である。
立場を失う事にはならなかったが、バレンタインはどこか悔しかった。
王国軍がアレハントで帝国軍と衝突したその日。帝国軍本土で帝国軍はもう一つの敵とも戦っていた。
帝国領カルドバンカ。チュニシアトに続く大道の途中にあるこの中規模都市に、遊牧国家を称する略奪集団「リーディア旅団」が侵入し、駐留部隊はリーディア旅団の巨兵騎士に殲滅され、同地は悪辣なる集団の占領下に入っていたのだ。
帝国軍総司令長官ルートヴィッヒ・アルベールは、鉄塔建設の為に西部に送り出していた巨兵騎士ライブラのインフェクテッド、マリア・マクラレン名誉大尉に指示を出し、神聖なる帝国の国土を汚す病原体の排除を命令した。
そして、カルドバンカは二体の巨兵騎士がぶつかる戦場と化そうとしていた……




