Ⅸ 鉄塔攻略戦 Ⅲ
「中将閣下。アレハント各地に配置した偵察部隊より、大規模な王国軍部隊が南方面より接近しているとの報告があります」
「飛んで火に入る夏の虫か。王国軍の奴ら少し行動が遅かったな。
……よろしい。奴らに事の愚かさを教示してやる事としよう」
アレハントに築かれた鉄塔の下に仮設の司令部が置かれていた。基地司令はボード・グリット中将。帝国第二皇子ルートヴィッヒの信奉者であり、敬虔なクレスト教徒としても知られた人物であった。
「旋回砲台を起動せよ。これより王国軍部隊の迎撃を行う。
我らが初めての戦闘であるが、我が要塞の堅牢なる事を思い知らせるいい機会である。
帝国万歳! レグラントに栄光あれ!」
グリットによる未だ得ぬ勝利の勝鬨が帝国軍を高揚させる。
指令室の通信士達はマイク付きヘッドホンを装備し、テーブルの上に地図が乗せられると、その上に両軍部隊を模した駒が乗せられた。
一方、200両を超える部隊を指揮するジン・ダラス少佐の目にも、青空を分かつ黒鉄の鉄塔が入って来た。彼らは速さを得る為に森林地帯を避け、迂回する形で南から作戦領域を目指していた。
「目標を確認。作戦領域まで残り十分。
各隊、突撃陣形を取り、敵軍の迎撃に備えよ」
第四特務遊撃部隊隊長リード・フォネス中尉の言葉が、狭域無線によって部隊全体に広がる。第四特務遊撃部隊の完全なコントロール下に入った第二特務遊撃部隊は黙してそれに従い、部隊は一点突破の構えを見せた。
ダラスには勝算があった。塔周りに設置している旋回砲台、及び、その外側を巡回する敵部隊には、塔周辺に侵入した敵軍には無力となる事を知っていたのである。これは、塔が巨大故の弱点で、塔周辺に侵入した王国軍への攻撃は、塔への攻撃になるリスクを孕んでいたのである。
だが、この考えは既に、ブリーフィングにおけるバレンタインの指摘によって、課題を残す事となったが、ダラスは、大部隊の電撃的一点突破によって、破る事が可能と考えていた。
「目標まで、三十秒。
全砲門開け! これより我が軍は電波干渉域に入る。
各々独自の判断で動き、塔への到達を目指せ!」
フォネスの指示の後、部隊は電波干渉域に侵入し、静かなる行軍が開始された。
「敵軍。我が鉄塔の影響圏内に侵入しました」
「適宜我が隊に敵情報を報告せよ。
さて、情報能力を奪われた彼らに何が出来るか、見せてもらうとしよう」
帝国軍司令部に設置された地図上の駒が動き始める。そこからソナーの様に戦況が視覚化され、彼らには手に取る様に王国軍の動きが把握されていた。
そして、最初の砲撃が、帝国軍によって放たれた。従来の砲の射程を遥かに超える200メートル先の敵に対して。
そして、それは突撃する王国軍部隊の先頭に直撃し、黒煙が上がった。
「莫迦な! 何が起きている?
高低差を加味してもあまりに遠すぎる!」
「分かりません!
ですが、我々のやる事は変わらない。このまま直進します」
王国軍部隊は混乱の中にいた。突如として先頭から黒煙が上がり、状況の判断すら出来ない兵士たちは疑心暗鬼に駆られていた。ある者は伏兵の存在に怯え、ある者は整備不良による暴発が起きたのだと考えた。そして、その過程の中で陣形は崩れていき、部隊は速度を失いつつあった。
「敵部隊H-23の地点で停滞。その一部が伸びてH-22に至っています」
「展開している部隊が包囲体制を構築しつつあります」
皮肉にも、自分たちが把握できない王国軍の状況を、帝国軍は完全に把握していた。そこから、王国軍部隊の陣形は崩れ、烏合の衆と化していたのを見逃さず、帝国司令部は砲車部隊に対し、左右から挟撃し、包囲するよう指示を出した。
だが、突出した王国軍砲車の進軍は止まず、彼らの射程圏内に、とうとう旋回砲台が見えてきた。
「射程に入り次第、旋回砲台への攻撃を開始する。
我が車の砲撃を以て、攻撃の狼煙とするのだ」
ダラスはの搭乗する砲車は、経験によって培われた巧みな技術によって攻撃を躱し、部隊の先頭を走っていた。そして、左右に揺れる車体から、的確に弾丸が発射され、要塞壁面の上に設置された旋回砲台を射抜いた。砲台は鈍い音と共に煙と炎を上げ、壁面の一部を道連れに爆散した。
この最後かもしれない絶好の機会を逃さぬよう、先行していた王国軍部隊は壁面に更なる攻撃を加え始めた。
「司令官が行動を起こせば、皆それに倣い行動を起こすものだ。フォネスを始めよくやってくれる」
ダラスの搭乗する砲車による攻撃に一歩遅れるように、彼についてきた20両弱の砲車も攻撃する。そして、その苛烈な攻撃に成す術もなく、壁面は容易く崩壊し、鉄塔攻撃へのカウントダウンが始まったかのように見えた。
「H-20ポイント旋回砲車大破。壁面も破られ、敵軍部隊が侵入してきます」
その報告に帝国司令部はざわついた。
「中将閣下。私はこの辺で失礼しますが、よろしいですよね?」
グリットの横に立つスーツ姿の女が彼の耳元で囁いた。
「存外、公安部の疫病神様も臆病なものですね。
構いませんよ。貴方は軍人ではなく、私に命令権はありませんからね。
だが、勿体ない。我が軍の勝利を最高の場所で見れないとは」
この状況にも関わらず、グリットの表情は余裕に溢れていた。
「ハァ…… その不快な名で呼ばないで下さる?
当基地の視察という任務は既に終えています。それに、私がここにいるのはお邪魔でしょう?」
帝国公安部内部調査課副課長シータ・スーリヤ。極めて有能な人物だが、彼女の上司が相次いで不審な死を遂げた事から「疫病神」と呼ばれていた。無論、彼らの死に彼女が関わっていると疑われ、調査が行われたが、証拠となるものは何も出てこなかった。
「ポイント00砲台を起動。目標はH-20から侵入する敵部隊。
能ある鷹は爪隠す。空からの冷徹な爪に震えるがいい」
グリットの指示によって、鉄塔中腹に配備された、360度を囲うレールの上を自由に動く砲台が起動する。そして、砲身の射角が調整され、穴が空き、煙を上げるポイントに標準が向けられた。
「こちら、ポイント00砲台。敵影が確認され次第、砲撃を開始します」
「了解。敵は砲車10両。三連鉄鋼砲の使用を許可します」
「敵影補足。砲撃を開始する。3、2、1、ファイア」
獲物を発見したポイント00砲台は、その中央に狙いを定め、轟音と共に弾丸を三発続けて発射した。その衝撃で塔が軋み、不快な音色が帝国司令部にこだました。
射出された弾丸は、最初に基地へ侵入を開始したダラスの搭乗する砲車を彼ごと貫き、更に、後方に追従していた砲車2台をも貫いた。
エンジン部分を破壊された砲車は爆発炎上し、第四特務遊撃部隊の誇る勇猛な旗手は肉体を散らす事となった。
「こちら、ポイント00砲台。敵砲車3台を撃破。第二波に備えて弾丸の装填を開始します」
「次射は単発での砲撃を行え。敵の心に恐怖心が芽生え、侵入を躊躇するだろう。そのような相手にはそれで十分だ」
実際の所、グリットにも恐怖心が芽生えていた。設計上問題ないと言われていたが、塔の軋む音と揺れに「塔が崩壊するのではないか」という恐怖が彼を覆っていたのだ。
「一番車大破! ダラス少佐は安否不明!」
至高の料理を前にして頭を指で弾かれた王国軍部隊の混乱は酷いものであった。
司令を失い、副指令であるフォネスの言葉は電波障害の影響で誰にも届かない。7両の砲車の搭乗員たちが頼れるのは己だけであった。
「フォネス中尉! 東部より砲車部隊が接近してきます!」
操縦士よりその報告を受けたフォネスの顔は青ざめた。この地点から東より来たるものは味方であるはずが無く、更に、弾薬等を運搬する軍用車を置いていく形でここまで来たため、弾薬の残りに不安があった。
そして、無慈悲にも、東から来るものたちは砲弾を放ち、展開しながら包囲せんと行動を開始した。
「私が動くしかない。ダラス少佐と同じように、率先して行動し、他を導く以外取る手が無い」
フォネスはそう判断し、東の敵部隊に砲撃をかけつつ、そちらに向かって直進した。これは賭けであった。反転すれば絶好の的であり、その場に留まっていれば、包囲される。ならば、多少の犠牲は覚悟して敵軍部隊を突撃陣形で突破し、相手が反転している間に作戦領域外へ離脱するしかないと彼は考えたのである。
敵軍の砲撃を受けながら、王国軍部隊は直進した。弾切れに構うことなく、必死で進んだ。途中3台が砲撃により爆散したが、4台が辛うじて敵部隊を突破し、その背後についた。
「や、やった…… 後は、逃げるだけ……」
フォネスの表情が安堵で綻ぶ。
だが彼は必死過ぎた故、脳内から抜けていた。目前の敵部隊しか見ていなかった。フォネスは壁上に設置された旋回砲台による砲撃を受け、安堵の表情のまま炎に消えた。そして、残った4台もゴミの様に砲台によって掃除され、第四特務遊撃部隊の保有する砲車はその全てが失われた。
取り残された補給部隊も先の部隊によって包囲され、投降した事で、第四特務遊撃部隊は巨兵騎士とインフェクテッド、及びポリネイトを除き、その実を完全に失った。
その頃、最初の砲撃によって取り残されていた第二特務遊撃部隊は善戦し、何とか部隊の体を保っていた。
第二特務遊撃部隊監督官ソフィ・ミラー少佐、隊長サフィ・ミラー中尉の姉妹は、進軍を阻んだ友軍の残骸を、今度は盾として利用し、第四特務遊撃部隊を塔に向かわせるための陽動を行っていた。
姉妹がダラスの企てに乗った理由は、彼とはいささか異なった。
王国後方支援部に所属していた二人は、その美貌と能力から周囲に尊敬され、羨望を受けていた。
だが、その美貌故に、上司に肉体関係を迫られ、それを拒否した事で彼女たちの転落劇が始まった。その一件を知った嫉妬深い女が、彼女たちが体を使って媚を売ろうとしていたと告発したのだ。そして、自分の不徳を隠すため、上司もそれに便乗し、彼女たちは後方支援部から締め出され、今に至った。
憎悪と失望の渦に飲まれ、無気力状態にあった二人の前に現れたのは十四歳の少女と、彼女と同じ年頃のポリネイトだった。
ミラー姉妹は、年端もいかない少女が禁忌として戦場に投じられようとしている事に衝撃を受けた。二人はインフェクテッドやポリネイトに対し良い印象を持ってはいなかったが、インフェクテッドの少女サラと、ポリネイトであるファルバリを可愛がった。これは、母性本能によるものであったのか、それとも、抗う事も出来ずに突き落とされた自分たちの境遇と彼女が重なったのかは定かではない。ただ、そこに愛情があったのは確かであった。
そして、サラ達を普通の生活に戻そうと願い、今回の行動に出たのである。巨兵騎士に頼らずとも、戦いに勝てる事を証明し、禁忌と蔑まれる者達を解放しようとしたのだ。
目的の点では、ミラー姉妹は第三特務遊撃部隊の二人と共通する所が多いが、方法に関しては全く違ったものとなった。これは、彼女たちがサラとファルバリを戦場に立たせる事自体不快に感じていたからである。
だが、この方法を取った結果、今二人は窮地に陥っていた。電波障害により第四特務遊撃部隊の壊滅を知る事も無く、ジリ貧の戦いを続けていたのだ。
「第四特務遊撃部隊はまだなのか!? このままでは我々ももたない!」
車内にソフィの焦りのこもった声が響く。彼女らは西からの敵軍部隊に応戦しながら、三時間に渡り、来る事のない待ち人を待ち続けていた。
「東約600メートルに砲車部隊を確認!
あれは…… 敵軍です! 敵砲車部隊約40台!」
ソフィはその報告に全てを察した。敵が先行する第四特務遊撃部隊を無視するはずが無く、ここに敵部隊が現れたという事は、既に第四特務遊撃部隊は警戒する相手では無くなったという事だ。端的に言えば戦闘する能力を失ったという事である。
「仕方あるまい…… もはや我らに勝機はあらず。
これより撤退を開始する。通信士、君に伝達役を命じたい。危険な任務であるが受けてくれるか?」
「はっ、謹んでお受けします」
「ありがとう。では、サフィ・ミラー中尉を中心として後退の準備をしつつ、残弾を気にせず砲撃、敵が怯んだ隙に後退を開始する。
それと……総舵手、この車を殿にします。お付き合い頂けますでしょうか?」
「少佐と運命を共にできるのは光栄であります」
車内の三人は覚悟を決め、それぞれの役目に着手した。通信士は砲が鳴り響く舞台を生身で走り、友軍にソフィの指示を伝える。そして、それを受けたものが伝達役を買って出て、その連鎖の先に鼠算的に情報が広がった。
「南部を除くエリアに配置した偵察兵から敵の情報はあるか?」
「いえ、周囲に敵はなく、王国軍はH-23から24で展開しているものが全てであると思われます」
グリットは砲の音を遠くで聞きながら通信士に問うた。彼は勝利を確信していた。だが、どこかに不気味さも感じていたのである。
現在、ここは王国にとって最も脅威なはずであるにも関わらず、それを攻略するに巨兵騎士を用いない事を不可思議と考えていたのだ。
「E-25にある第三部隊をH-24に向かわせ、南部から包囲する。早急に決着を付けよう」
「何かあるかもしれない」という思いが、グリットを動かし、決着を急がせた。
交戦から約四時間。帝国軍部隊の損耗率5%。王国軍第二、第四特務遊撃部隊連合軍の損耗率68%。既に王国軍の勝利は無く、苦渋の敗走を開始していた。




