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戦場のアウラウネ  作者: 耕眞智裕
第一章 黒鉄のバベル
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Ⅶ 鉄塔攻略戦 Ⅰ

 アーデン通信基地。王国西部に位置し、有線通信網が交差する重要拠点だ。大陸歴442年八月十六日。この地に巨兵騎士を有する4部隊全てが集合した。


「すごい光景ですね。大佐」


「えぇ、圧巻ですわ…… この基地に赴任して結構経ちましたが、こんなのは初めてです」


 司令室の窓から基地司令マナ・レーン大佐が圧巻の光景を目にし、唖然とする。300を超える砲車と軍用車が並んだ光景は、これから始まる大規模な作戦を予感させた。


「第三特務遊撃部隊が到着したとの報が入りました。

現時刻より第一会議室にてブリーフィングが行われます。

大佐はいかがいたしますか?」


「私はブリーフィングの参加すら許可されていません。

 所詮蚊帳の外。今の基地の実質的最高責任者はバレンタイン准将です。

 我々はここでお茶を飲みながら合法的にサボるとしましょう。

 ただ、周辺の警戒は怠らぬように」


 レーンは自分達の手の届かない所で、歴史が動くのを感じた。

 歴史というのは、一握りの人間によって彩られ、波動を起こし、行動を起こした市民や軍人は集団として矮小化され、歴史に埋没するのが常である。

 だが、この場合はいささか状況が異なる。レーンを含む大多数の人間が知らない中で、禁忌の兵器が使われ、名もなき将兵の命と人の尊厳を消費しながら歴史が紡がれようといている。もし、この戦争に王国が勝利しても、後世の歴史家は巨兵騎士やそれを取り巻く人々については記さず、ただ、王と軍上層部の名だけが輝かしく歴史書ページを彩る事になるのだろう。

 レーンだけではなく、巨兵騎士に関わる多くの軍人の中で少しずつ、この戦争に対する名状しがたい不気味さ、気持ち悪さが蓄積されていった。



 アーデン基地第一会議室。20人程の人間が収容できるさほど広くないこの部屋に、巨兵騎士を運用する部隊の司令官、及び監督官が集められた。

 部隊を持たず、有事以外は常に基地に駐留しているアルゴ・ブルート特佐以外のインフェクテッドが所属する3部隊の司令官、監督官、計6名が席の前へ座る。

 第三特務遊撃部隊からは隊長であるリナ・バランシュ大尉と監督官であるヒュートン・ガレッジ大佐が出席し、ブリーフィングが開始されるのを静かに待っていた。


「やぁ、ガレッジ。大佐に出世したんだってな。大した御身分だ」


 二人の前に、痩せた男が現れ、ガレッジに煽る様に言葉をぶつけた。


「これは、ダラス少佐。久しぶりだね」


 煽りに乗らない様、ガレッジは冷静に答え、何事も無かったかのように言葉を続けず、眠るように黙り込んだ。


「ふんっ! 貴様なぞただ化け物の引き運が良かっただけの小心者だろ?

 それが大佐だと? ふざけるなよっ! 俺たちは化け物に頼らずにここまで来たのに!

 てめぇも化け物もツイてただけだ。いつか俺が証明してやるよ。化け物なんかに頼らなくたって俺たちは勝てるってなァ! そして勝利の暁には上層部に進言して、ゴミの掃除をしてやる。コードΩでな。楽しみにしておけよ! た・い・さ・ど・の」


 無礼なダラス少佐の発言にリナは思わず拳を作ったが、ガレッジはそれを制止した。そして、ダラスは「ふんっ」と口を鳴らすと、二人から離れた席へ向かっていった。


「君の経歴に傷がつくだけだ。止めておきたまえ」


 怒りで歯を食いしばるリナにガレッジは忠告した。

 そしてダラスの無礼な行為のすぐ後、演台の元に一人の男が資料を片手によたよたと現れる。本件のホスト、ウィル・バレンタイン准将だ。彼が現れると、皆が立ち上がり、敬礼と共に、彼の言葉を待った。


「急な招集にも関わらず、よくぞ来てくれた諸君。

 では、早速だがブリーフィングを始めよう。座ってくれ」


 王国の紋章が入った演台のマイクを引き寄せ、バレンタインはそう言った後、副官に資料を配らせた。そして、それが終わると、背後に設置されたモニターの電源を入れさせた。

 最初に表示されたのは、帝国によって設置された黒鉄の鉄塔だ。皆それを見て息を飲んだ。


「二週間前に撮られた写真だ。

 場所はチュニシアト地方アレハント平地。高さは資料にある様に約200メートル。

 そう、我が国の目と鼻の先に釘が打たれたのだ」


 たった6人の参加者の間でどよめきが広がる。アレハント平地は国境から近く、このような状態になるまで、なぜ気付けなかったのかという動揺が彼らの中で駆け巡った。


「帝国軍は予てより準備していたのだろう。シュペルクでの戦闘すらカモフラージュだったのではないかという憶測も上層部で出ているくらいだ。

 そして、さらに厄介な事に、鉄塔の周りには旋回砲台が配置され、複数の部隊が駐留している。

 そして、極めつけは、塔周辺約20キロ圏内は我が軍は電波障害を受け、敵軍は常に情報の把握と共有を可能にしている。

 そこで、巨兵騎士の出番という訳さ。三軍連合部隊は諸君に配布した資料にあるポイントに移動した後、巨兵騎士を起動し……」


 バレンタインの話が途切れると、一人の将官が手をあげた。それは意見、提案、指摘があるという意思表示であり、バレンタインを含む皆の目が彼に集中した。


「第四特務遊撃部隊監督官ジン・ダラス少佐。何かあるなら言ってみたまえ」


「はっ。謹んで申し上げます」


 バレンタインは指を指してダラスを立たせると発言を許可した。


「巨兵騎士が作戦領域にいる間、他の部隊はどのように展開するのでありますか?」


 これは皆が知りたかった事であり、バレンタインもこの後直ぐに説明するつもりであった。


「各部隊はインフェクテッド及び、ポリネイトの守護の他、それに敵部隊が近づかない様、大胆に、大げさに陽動を行ってもらう。ただし、すぐに電波障害圏から抜ける事が出来る範囲でだ」


 インフェクテッドやポリネイトが狙われれば、この作戦の成功率は極端に下がる為、護り手が必要である。と同時に圧倒的相手有利の状況で部隊の多くを数か所に配置するのはそれも危険である。

そこで、敵に部隊を発見させ、敵部隊が出てきた所で電波障害が薄いところまで撤退しつつ敵部隊を誘導し、時間を稼ぎ、そして、鉄塔が破壊され、電波障害が無くなったら数的に優位な王国軍が反転し、攻勢をかけようというのであった。


「我々が化け物の引き立て役ですか?

 ふざけないでいただきたい! アレを用いずとも作戦は可能です!

 塔周辺に展開する敵部隊が到着する前に、我が軍が電撃作戦で塔を破壊すればいいのです。塔近くに至れば奴らはフレンドリー・ファイヤーを恐れて攻撃も緩くなる。ここに集合した全部隊を投じれば可能と小官は言いたいのであります」


「残念だが、我が軍にはそれを完璧にこなすだけの環境が整っていないのだ。密な連携が可能であればその案も考えられるが、今ここにあるのは共同訓練すらしていない別々の3部隊。更に、電波障害で無線は制限される。加えて、彼らの懐に戦力を維持したまま入れる保証がない」


「保証が無いのは准将のプランも同じではないですか!

 我々第四特務遊撃部隊は化け物には頼らない。飼い犬の影でコソコソとしているガレッジと違ってなァっ!」


 バレンタインとダラスのやり取りは過熱し、火の粉が遠くに座るガレッジにも飛び火した。それを見かねた副官がダラスに対し、席に座る様に命令したが、彼はそれを聞かず、顔面の血管を浮き立たせ部屋を出た。


「はぁ…… 

 とりあえず私からは以上だ。作戦の開始は二日後の八月十八日。二十一時とする。

 ダラス少佐の様に意見がある場合は、私の部屋まで来るように」

 

疲れた顔で敬礼すると、バレンタインは演台を離れ、脇にある出口から出て行った。それを敬礼で残った者たちが見送り、初日のブリーフィングは幕を下ろした。

 そして、それぞれの思惑を胸に、将校らは第一会議室を離れ、散り散りに割り当てられた自室に向かうべく、一切の私語なしに足を踏み出した。

 第三特務遊撃部隊の二人も彼らに合わせるように部屋を出て、二人以外誰も周囲に人がいなくなったのを確認すると、リナは蟠りをぶちまけた。


「何なんですかあの人! 失礼にも程があります!」


 握りこぶしを作り、顔を真っ赤にした彼女を、ガレッジは傍にある窓を望むソファーに座らせ落ち着かせた。


「君の怒りは尤もだが落ち着きたまえ」


「……すみません。少し昂ってしまいました」


 リナが落ち着いたのを確認すると、ガレッジは一息ついて、彼女の視界にぎりぎり入る位置を陣取って話始めた。


「ダラスも昔はああではなかった。彼は私と士官学校で同期でね。監督官になるまでは志高い立派な軍人だった。

 彼を変えたのは差別意識と、今の役職に対する不満だろうな。その二つが交わって彼を醜くしたのだ。

 ……私もラッシュフォード特尉と会わなかったら、あのようになっていたかもしれん。彼は私の汚れた鏡なんだよ。あり得た可能性の一つだな。

 実際、彼の言葉には図星を突かれたところもある。私は大佐まで昇進したが、所詮はフリーライダー、ラッシュフォード特尉と君の活躍にただ乗りしているだけの無能だ」


「そんな事はありません。部隊のみんなもイグニス様も大佐を信頼していますし……」


 リナは立ち上がり、彼の言葉を否定したが、彼女にはそれ以上言葉が出ない。なぜなら、監督官という立場は「許可」を与える立場であり、作戦立案や行動するのは、彼によるところでは無かったからだ。


「無理に褒める必要はないよ。監督官というのは軍人に向かない人間が当てられているのだから。

 とりあえず、ダラスが無能であれば私も無能という訳だ。ラッシュフォード特尉がいなければどうしようもない人間になっていたであろうな」


 ガレッジは笑顔で自虐を口から流した。彼にとって重要なのは過去ではなく、現在であり、彼の笑顔は、今の自分に満足している事を意味していた。

 

 


 時を同じくして、バレンタインは最初のブリーフィングを終えた後、第二会議室へ移動していた。

 この部屋に集まっているのは8人。基地司令レーン大佐と彼ら以外は知らない秘密会議である。バレンタインにとって、この第二会議室でのブリーフィングこそが重要であった。


「諸君。よく集まった。では作戦を説明する」


 バレンタインは第一会議室で話した事と同様の説明を行う。ただ、今回はオーディエンスが異なり、その為か会場の雰囲気もいささか重い。


「さて、という訳だが、ラッシュフォード特尉。君のカプリコーンで塔周辺まで行く事は可能か?」


「はっ、謹んでお答えします。小官は不可能と考えます。

 巨兵騎士の巨体は砲台の格好の的になるのと同時に、弾幕を張られれば追従する我々共々危険な状態に置かれるでしょう」


 私は准将に意見を求められ、そう答えた。巨兵騎士がいかに素早くとも、追従する我々が乗る軍用車の速度という縛りがあり、決して自由には行動できない。本件の場合、正面から来る砲弾を回避しつつ、素早く直進し、尚且つ、追従車を護らなくてはならなくなる。それは不可能だ。


「なるほど、君の言う事は尤もだし、私もそう考える。そこでだ、今回は正攻法ではなく、奥の手を使おうと思う。

 ……バレット特尉。私は君というジョーカーを切ろうと思うがいかがかな?」


 皆の視線が軍服を乱した男に向かう。


「アリエスをお使いになるのですか? あのどうしようもない欠陥品を」


 ジョシュアはニヒルに笑い、頭を掻いた。

 ジョシュア・バレット特尉。第四特務遊撃部隊所属のインフェクテッドであり、元旅芸人という経歴を持っていた。


「ついにアリエスの本領が発揮されるのですね。実に喜ばしい事です」

 

ジョシュアに比して白一色のベレー帽と軍服に身を纏った少女が嬉しそうにそう言った。

 彼女はマルス。ジョシュアと契約を交わしたポリネイトである。白の軍服はポリネイトの身分を表にするためのものであり、他のポリネイト達はそれを着る事を心底嫌がって、式典以外では身に着ける事は無かったが彼女はそれを好んで着ていた。


「そうだ。蒲公英たんぽぽの巨兵騎士『アリエス』の飛翔能力を利用する。砲車部隊による陽動の隙に君には飛翔してもらう」


 蒲公英の巨兵騎士『アリエス』。王国軍の保有する巨兵騎士の一つであり、背より這い出る綿を利用して空を飛ぶ。だが、それには多数の縛りがあった。一つ目は、飛ぶためには重量制限があり、全身を鎧で覆う事が出来ない事。二つ目は、天候と風量に強く影響する事。そして三つ目は、一度飛翔し、地に戻った後に綿が抜け落ち、再度飛ぶために数か月の時間を待たなくてはならないという事。この三つの縛りがアリエスに欠陥品の烙印を押し付け、第四特務遊撃部隊においてもお荷物の様な扱いを受けていた。


「なるほど、アリエスに弾丸を積ませるという事と解釈していいですか? 閣下」


 王国軍インフェクテッドの紅一点であるサラ・ブレスが、隣で眠る少女の頭を撫でながらバレンタインに言葉を放った。


「残念だがそれは違う。本作戦では弾丸一つでは足りないであろう。故に複数の弾丸を持つこととなるが、それらを袋状のものに入れた場合、不意なタイミングで起爆する可能性があるし、木箱などに入れると、その重量分弾丸を減らさねばならない。それでは本末転倒だ」


 起爆の問題など問題を挙げればキリがないが、バレンタインはその内のいくつかを述べ、説明した。


「出過ぎた真似をして、恥じ入るばかりです閣下。

 では、いかなる策を用いてあの忌まわしき鉄塔を破壊せしめるのでありましょうか?」


 サラは立ち上がり、敬礼をする。そして、ここの全員が関心を寄せる事項をバレンタインに問うたことで、すやすやと眠る彼女のポリネイトの少女ファルバリ以外の者の視線が演台へと集中した。


「もちろん考えている。

 その形は変幻自在。運送費以外はかからず、いくらでも手に入る。そして、鉄塔に有効な打撃を与えるモノ」


 私とジョシュア、サラは彼の言葉の意味が分からず、答えを沈黙と共に待った。


「海水ですね。閣下」


 沈黙を破ったのは王国軍インフェクテッド最年長アルゴ・ブルート特佐だった。


「そう。分量の調整も思いのまま、鉄製のものに対しては正に最優の兵器だ。あの鉄塔がオリハルコン鉄で造られていなければの話であるが」


 彼の言葉に皆笑顔を見せる。オリハルコン云々はバレンタインのジョークであり、ここにいる者は彼も含めそのような可能性を想定していなかった。


「バレット特尉については分かりましたが、我々はどの様に行動いたしましょうか?」


 ブルート特佐の言葉に私は頷き、バレンタイン准将の言葉を待った。本作戦の内容から、私は陽動を受け持つこととなると考えていた。


「うむ。

 ……ブルート特佐は基地に待機し、もしもの時の為に備えよ。

 サラ・ブレス特尉は私と同行し、ポリネイトの水鏡通信で皆と繋げ。

 イグニス・ラッシュフォード特尉は陽動部隊に同行し、共に戦場をかき乱せ。水鏡による状況報告も忘れぬように。以上だ」


 目覚めぬファルバリを除く皆が立ち上がり、了解の意を示す。


「良かったですねイグニス様。みんなと一緒ですよ」


 ジョウルクが笑顔で私を見上げる。ブリーフィングを終え、他のペアも言葉を交差させていた。それは、尖った感じでなく、学校の休み時間にする他愛のない友人との会話の様であった。


 この時、王国軍によるアレハント平地鉄塔攻略作戦の下準備が整った。後は、天候と風の神の気分次第であるはずであったが、この後、思わぬ出来事が彼らを悩ませ、作戦が容易ならざるものになる事を誰も知る由は無かった。


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