第19話 その歌が呼ぶもの6
『BURORORORORORO!!』
多数の泥人形が融合し、巨大な個となったそれは歌姫ノノンを文字通り手中に収めていた。
「その手を開きやがれ!!」
「うおぉおおおおらっ!!」
「こんちくしょうがっ!!」
「てあーーーーーーー!!」
冒険者を始めとしたレイラの攻撃は泥人形の身体を一旦は傷つけるものの、直様塞がってしまい意味をなさない。
武技や魔法剣と使っても即座に修復してしまう。
皆が感じている手応えが、まさに泥そのものだった。
「畜生め!! さっきと全然違うじゃねぇか!!」
「マナの含有量が違いすぎて斬ったそばから治っちまうのか!?」
「ステラどうするのです!? ステラの魔法で超強化されたうえに人質まで取られてマジやべぇー」
「ぬぁあぁあぁあぁあ!! だが私の魔術ではノノン嬢まで巻き込んでしまぅぅぅぅぅぅ!!」
ステラは頭を抱えた、やる事なす事全て裏目に出ている。
せめてもと、ステラは灯りを打ち上げ会場を照らす。
会場の至る所はボロボロとなっており、逃げ遅れた者、怪我で蹲っている者が見て取れた。
それと同時に、巨大化した泥人形の全容が、ステラの魔法によって写し出される。
先程までは辛うじて人の形をしていた泥人形は、もうその形をしていない。
巨大な頭、丸く歪んだ体と細い手足。
見方によれば巨大な赤ちゃんのように見えなくも無いが、人の形というよりは獣の形をしていた。
「おいおいおい、こんなの俺達がいくら束になったところで……」
「に、逃げよう!! 皆を連れてここを放棄するんだ!!」
「逃げるってどこにだよ!! こんな奴から逃げられるわけねぇだろうが!!」
その姿を目の当たりにして、一度は収まったはずの恐怖が再び顔を出し始める。
そんな中、ステラの打ち上げた灯りから二人に駆け寄る者がいた。
「イースラ!! 私に強化を」
「レイラ様!?」
「大きくなっていても身体自体は細いから、勢いで切り飛ばせば助けられると思うの!!」
レイラは目の前の怪物に恐れるでもなく、泥人形に捕まっているノノンの身を案じていた。
「わ、分かったのです!! 戦いの神イオルムグラフの持つ剣は 常に栄光の輝きをもって万象を断つ その一片を貸し与えたまえ!! シャープネス」
レイラの持つ白い剣が黄色味がかった光を帯びた。
(お願い! 力を貸して)
ノノンの掴んでいる泥人形の手首を見定めるながら、胸中にいると思われるもう一人の自分に呼びかける。
もう一人の自分、というのは違和感しかない表現だ。
何せ自分とはあまりにも性格が異なっている。
他人が自分の中にいて、時折体を使うという感覚。
改めて考えてみると、嫌悪感しか抱けない字面だが、不思議とそんな感覚にはなっていない。
(私の事をママと呼んだから?)
他に理由があるかもしれないが、今はどうでも良い。
敵じゃなければそれで良い。
もう、村の様にはしない。
それがレイラの願いだった。
(『もちろんです! 補助はお任せください』)
レイラの瞳の縁が青く彩られた。
「『学習動作を最適化します……完了。続けて動作再現を実行、対象:冒険者バギー……完了。動作改定、豪壁掌を再構築……完了しました。いつでもどうぞ』」
その口からはレイラであってレイラでない声色が漏れ出る。
その様はかつてカミュナ村での一夜を思い出すには十分だった。
「レイラ!? まさかっ!!」
「あわわわわ、また出たのですか!?」
「今度は大丈夫、行ってきます!!」
レイラは剣を構えると、これまでに見せたことのない速さで泥人形に走り迫った。
『DALALALALALA!!』
レイラの存在に気付いた泥人形は払いのけるように右手の甲で薙ぐ。
「たーーーー!!」
気の抜けそうな掛け声とは裏腹にレイラの剣は泥人形の右手首を両断した。
その場にいた冒険者は目を見張る。
「なんだ……今の……」
「俺より細い女の子が……嘘だろ!?」
「あれ?……あぁ!! 昼間に『荒くれ』と戦ってた子か!?」
「なんか、昼の時より強くなってないか?」
(「当然です。マスターには私が憑いているのですから!!』)
「なんか嫌な表現された!?」
『BURARARARARARA!!』
右手を失った泥人形は残った左手で、ノノンを握ったまま横薙ぎに振るった。
「あぶねぇー!!」
荒くれバギーがいち早く動くが、巨漢の彼では間に合わない。
「ちくしょおおおおおおおおお!!」
「ごうざんは(豪斬破)ーーー!!」
レイラが繰り出したのはバギーの武技『豪壁掌』だった。
相違点はバギーの繰り出す『豪壁掌』は面の衝撃を飛ばすのに対し、レイラの『豪斬破』は斬撃を飛ばしたところにある。
この相違点は、もう一人のレイラのがバギーの武技を解析し、レイラ用に再構築をしたからだ。
こうして放たれたレイラの武技は、迫りくる泥人形の左手首を切断し、勢いに乗った左手からノノンがレイラに向かって放り出される。
「あぶ、ぶひゃっ!?」
「あたたたた!! ちょっともう少し優雅に助けてよ! ノノンのお尻擦っちゃったじゃない!!」
レイラと絡みながらノノンが悲鳴を上げているが、一方でレイラはノノンの胸に顔を埋没してモガモガと喘いでいる。
そんな様子をバギーは呆気にとられながら見ていたが、不思議と小さな笑い声が彼の口から漏れていた。
「俺様の武技を自分用に仕立て直すとか……色々言いてぇが……大した嬢ちゃんだよぉ〜まったく」
「フゴフゴーーーーー!! ぷはぁ〜、なんという肉の深み!! これで私のイクスを誑かしたのね!! 危うく私も溺れ死ぬところだったわ!!」
ノノンの胸から生還したレイラは、顔を赤くしたり青くしたりと忙しなくノノンから離れた。
そのレイラを見ていたノノンはいじめっ子の表情でレイラを煽る。
「べっつにぃー、ノノンは誑かしてなんかいないもーん。懐かれちゃうんだもん!!」
「な、懐いてなんかいないんだからね!! イクスも迷惑してたんだからね!! もう近づかないで!!」
効果は絶大だ。
顔を真っ赤にしてレイラは吠える。
レイラとノノンの視界の端でハゲの大男が何か言っていたり、反対側では何が暴れているようだが、全く耳に入っていない。
「私の、なんだぁ。いいなぁ私も欲しいなぁ、私の護衛どっかいっちゃうし……彼結構良いよね。ねぇ、彼を私に頂戴☆」
「駄目!! 絶対あげない!!」
当然、レイラは拒絶する。
だが、その反応にノノンは目を見開く。
「え? 嘘、私が頂戴って言ってるのに?」
「駄目ったら駄目なの!! イクスは私のなの!! 私の側から離れちゃいけないんだもん!!」
「いい加減にしろ!! あの泥が暴れてるのが見えねぇのか!?」
その時丁度、イースラとステラもレイラの側に駆け寄っていた。
「「え?」」
イースラとステラに助け起こされながら、レイラとノノンが同じ方を向く。
そこには両手を失った泥人形が捏ねくりまわったり、転がったりと暴れていた。
「嬢ちゃんは姫さんと一緒にさっさと逃げろ!」
「えっ!? でも!!」
「でもも糸瓜もねぇぇぇんだよぉぉ!! 嬢ちゃんは部外者で姫さんは客人だ!! 邪魔だからさっさとこっからいなくなれ!!」
「ちょ、ひどくなーーい!!」
バギーの口の悪さにノノンは腹を立てる。
だが、バギーはノノンに対して申し訳なさそうに頭を下げた。
「すんません姫さん。せっかくこんなド田舎まで来てもらって、俺達が作った舞台にあがってもらったのに、こんな事になって本当にすんません。この町の住人の一人として、謝ります」
「え……」
「こんな化けもんが出てきちまって、もうこの町は終わりでしょう。でもせめてこの町で起こった事は、他人任せにしたくねぇんだ」
『荒くれバギー』なら、こんな時には更に声を張り上げて怒鳴りものだと思っていた。
その表情は悲壮があり、強がりも見て取れた。
「なら私も一緒に戦うよ!! 皆で乗り切ろうよ!! ね、皆!!」
「レイラ様が望むのならボクに異論はないのです」
「無論、私もだ」
意気込む三人に対し、バギーはそれでも首を横に振るう。
「姫さんを任せられるのは嬢ちゃんしかいねぇ。姫さんに万が一があっちゃならねぇ。ここは俺達に任せてくれねぇか?」
それはレイラを信頼しての言葉だった。
その声は酷く優しくレイラに響く。
「そんな……私」
「ノノンつまんなーーい!! ……いいわ、逃げてあげる。あなたの男気に免じてね」
「さすが姫さん、ありがとうごぜぇます!!」
「いえいえいえいえ、そうそう逃げられる訳にはいきません」
「「「「「!?」」」」」
どこからか男の声が聞こえた。
と同時に暴れていた泥人形が割れた水風船のように弾けた。




