第20話 その歌が呼ぶもの7
「テメェは……」
弾けた泥人形の中から現れたのは、笑う女性を模した仮面の男だった。
「いやいやいや、本来ならここには夥しいほどの死肉の山を築いていたはずだというのに……。はて、何が悪かったのでしょう? 彼女達はか弱く未熟。この場を乗り切れるほどの力はないはず……。何やらよく分からないうちに打開? されそうでしたね。これが運命の力なのでしょうか……全くもって忌々しい限りですよ!!」
グチャグチャと泥人形だった土塊を足で平す仮面の男。
「テメェが今回の首謀者だってぇのは分かった。ぼっこぼこにして洗いざらい吐いてもらうぜ!!」
「いえいえいえ、今は貴方方に用はありません」
ゆっくりと手を前に突き出す。
「ちっ!? やっぱりテメェは魔術師か!! 野郎ども、詠唱終わる前に叩くぞ!!」
周囲の冒険者が一斉に駆け出す。
が、直ぐに皆は足を止めた。
「動かない、だと!?」
「ボ、ボク達もなのです!!」
「しまった……この泥は、まだ……っ!!」
足元を見ると、泥がカチコチに固まっていた。
皆は足を止めたのではなく、止められたのだ。
「クククク、泥人形を私自ら滅ぼす理由なんてなかったでしょう? 仔細を気にも留めないからそうなるのですよぉ〜。 さて、泥人形」
仮面の男は指を鳴らす。
それが合図だったかのように、皆の足を絡め取っていた泥はグネグネと這い上がり、両手を拘束する。
「皆さんの調理は後ほどするとして……」
パチャパチャと、泥を軽やかに跳ねさせながらレイラの元へと歩み寄る。
「レイラ様!!」
「くそっ、レイラ!! せめてレイラだけでも!! 紫電――」
「さ せ ま せん☆」
泥人形はステラの口を覆うだけではなく、指の先まで泥が伸びた。
「そういえば貴方は妙な精霊術を使いますね」
幸い、というべきか。彼の注目はわずかにレイラからステラに逸れた。
ステラはその気を逃すまいと、仮面の男を睨みつける。
「恵を齎らすの雨、夜を照らす灯り、それらの詠唱……雰囲気だけ神聖術や魔術に寄せてはいますが、貴女が使っているのは間違いなく精霊術。精霊術の更なる多様性に成功したのですね」
ステラは目を見開く。
ステラは精霊術が使えない。
精霊術とはそのまま精霊の力を借りて発動する術の事だ。
特に、エルフ族と精霊は親和性が高く、エルフ族は皆精霊術を使うことが出来る。
そして、エルフ族であるステラは精霊術が使えない。
ステラは生まれつき精霊術が使えない。
故にステラは魔術師の道を選ばざるを得なかった。
だが、目の前の男はステラの魔術を精霊術と断定した。
かつてイクスがステラの魔法を精霊術だと認識していたのとは違う。
術式を識る者の見解。
ステラにとって、その言葉は否が応でも揺さぶられる。
「本来の精霊に地を潤す事も、周囲を照らすほどの灯りを成す事も出来ないはずです……それに先ほど『紫電』。即ち雷撃系統の術とお見受けします……攻撃色の強い術は精霊は好ず、いずれも本来なら発動しないはず……うむ、精霊の従属? もしくは幻惑系による精霊同士の洗脳? どちらにせよ素晴らしい成果と言えます」
自ら被る面の頬を撫でながら、彼は思考に耽る。
「とはいえ残念です。私の手は二つしかない……貴女であれば私達の良き同志となれたでしょうに……ちくしょおおおおおおおどこまでもどこまでも運命は私を弄ぶぅぅぅぅぅぅ!!」
「ん”!?」
眼前の男が急に発狂した。
「いつもいつもいつもぉおぉぉぉぉ!! あのどちくしょババアが!! 私が一体何をした!! 何故こうも邪魔をする!! いつまで私を妬む!! 嫉む!! 私から美を! 愛を奪い! 更に知性までも遠ざけようというのか!!」
「ん”ーーーーーー!!」
「ま、いい加減もう慣れました。いいです。分かってます。どうせまた奪われるのです。知ってます。だから――」
仮面の男は手をステラにかざす。
腕から帯状の魔法陣が現れる。
「ん”!?」
「自分から捨てます」
「「!?」」
レイラとイースラの声にならない悲鳴が重なる。
その直後だった。
小さな爆発が起きた。
直ぐに煙が晴れ、黒い塊が姿を現す。
肉が焼けた匂い、目の前の黒い塊が先ほどのエルフだと認識するのに、時間はいらなかった。
「出来ると分かっていれば、答えには辿り着けますし、あの方も然程気にも留めないで……おや?」
黒い塊は塵となって消えた。
それだけではない。
レイラも、ノノンも、周囲にいた冒険者も皆消えた。
これには仮面の男も狼狽える。
「い、一体何が……まさか幻影!? そんな馬鹿なっ!? 手も口も封じたのです!! 術を行使できるわけがない!! いや、そんなまさか……私を幻影に取り込んだとでも!?」
周囲を見渡す。
気が付けば、霧に覆われていた。
「この程度の幻影にぃっ!! 振り回されませんよぉおおおおお!!」
周囲の霧が仮面の男に収束し、弾けるように広がる。
それが単純なマナの波である事を、魔法を扱える者ならば直ぐに理解しただろう。
周囲のマナが仮面の男に集まり、拡散したのだ。
それはかつてレイラが見せた索敵の魔法と同じ原理である。
即ち――
「見つけたぁ〜〜〜〜……?」
「何を見つけたのかね?」
黒い装束を身に纏った集団が、仮面の男を取り囲んでいた。
そして、レイラ達も彼らに保護されるように抱きかかえられていた。
(黒い……髪?)
レイラを抱きかかえている男のターバンの隙間から、黒い髪が覗かせていた。
「どちらさまで?」
「なに、我々の事は気にするな。と、言っても無理な話かな?」
レイラを立たせ顔に巻いたターバンを取る。
露わになったのは特徴的な黒い髪と所々にみえる白髪、焼けた肌、そしてエルフのように尖った耳をした男だった。
「イ…………誰?」
「我らは暁光義士団!! この世の絶望を盗む、ただの泥棒だよ」
「だから誰?」
レイラは男を睨め付ける。
「す、すまない。ここは素直に攫われてくれ、絶対に悪いようにはしないと約束する。団長!!」
男はそう言うとレイラの返答を待たず、反対側にいた男性に声をかける。
「各位散開!! 戦線から全力で逃走せよ!! お宝一つも落とすんじゃないよ!!」
「「「「応!!」」」」
「暁光義士? 聞いた事もありませんが、そこの『お宝』は置いていって貰います!!」
仮面の男は勢いよく手を天にかざす。
彼を中心に泥が隆起し四方八方へと伸びた。
「無 駄 です。泥に絡め取られて死になさい」
一人、また一人と捕まる。
「ひょ?」
が、それら全ては塵となって消えた。
全てが幻影。
己が同じ手を再度引っかかった事に、仮面の男は体をわなわなと振るわせずにはいられなかった。
そして何処からともなく、それを嘲笑うかのように声が響く。
『フハハハハ、馬鹿め!! 貴様を取り囲む必要がどこにある? 誰が貴様と戦うか。霧が晴れた時点で我々は離脱を終えていた。霧に我らの姿を投影させていたに過ぎないよ。』
『や、やめなよアフロト。変に恨み買っても面倒臭いだけだよ?』
『何を言っているヨル!! 煽る時は全力だ!! 見てみろあの間抜け面を、世界の根源を探求する秘密結社などと嘯くも、結局は馬鹿の集まりだと証明されて顔が真っ赤になってるぞ』
『いや、仮面でわかんないからね!?』
『まぁいい、今日はこの辺にしておいてやるか。それでは御機嫌よう、仮面の者よ。機会があればまた会おう』
それを最後に会場は静けさを取り戻した。
「…………………………殺す」
「その意気だよ」
仮面の男の後ろに、もう一人同じ仮面の男が立っていた。
それに気が付くと、慌てて腰を落とし顔を伏せる。
同じ見た目で、地に伏す者と見下ろす者の構図がそこにはあった。
「……っ、申し訳ありません!!」
「あぁ、良いよ良いよ。私の方で一人は捕まえたから」
黒い靄の中から、一人の少女が出てきた。
その足取りは軽く、顔には恐怖の色が出ていない。
「彼女は?」
「そこで会ってね。連れて行けというから連れてきたんだ」
……は?
「やっほー。皆の歌姫ノノンちゃんです!」
彼は思う。
その顔は無邪気なほどに明るく、彼女を見た者は例外なく愛着を抱かせる。
そして――
「仲良くし て ね☆」
どこまでも気味が悪いと。
次回から2章中編に入ります><;
なかなか王都への道のりが遠い。
中編、精霊の試練編
よろしくお願いします。




