第18話 その歌が呼ぶもの5
本日2本目の投稿です。
毎度鈍亀ですいません。
人気のない家屋から多数の飛び出した影が、屋根伝いに会場に向かっている。
イクス、サカモト、イシャルタはその後を追っていた。
「駄目だ!! どんどん離されていくよ!」
「直線距離だと屋根を伝っている分、向こうが有利ですね」
「イシャルタお前鳥なんだからどうにか追いつけないか?」
「追いつけはするでしょうが、あの数を私一人で足止めするとなると……殺し――「却下だ!!」では数を減らしておきましょう」
すぐ殺そうとか短絡的なところはやっぱり魔族なのだなと、サカモトは思った反面それを即答で却下したイクスを嬉しく思った。
イシャルタ自身は未だ信用出来なくとも、イクスを信じられる分遥かにマシな状況だからだ。
「我が君っ!?」
「!?」
何か影のようなものがイクスを襲ったが、既のところでイシャルタの翼がそれを弾く。
鳥となってもそこは魔族、翼には傷一つ付いていなかった。
「おやおやおや、まさか喋る鳥に阻まれるとは……鳥? ふむ? ……鳥? いえいえ、魔族でしょうか」
イクス達の進行を阻むかのように目の前に現れたのは、女性の笑い顔を模った奇妙な面の者だった。
仮面を通して届く声は、幼くはないものの男か女かの判別は難しいものだった。
「どちらかといえば貴方の方が魔族らしいですが、どちら様でしょうか?」
「何を呑気に自己紹介しているの!?」
「私の名前は重要ですか? いえいえ御冗談を、そこは大して重要ではありませんよぉねぇ。なぁにが重要か!! 一点です!! 一点のみにおいて私と貴方がたとは立場が異なる!!」
仮面の者は荒々しく身振り手振りを交えながら語る。
「私達は勇者の敵だということです」
仮面の奥の目が嗤った気がした。
イクスは弾かれるように距離を詰めた。
確かにその通りだ。
奴の名前は重要じゃなかった。
勇者の敵。
その言葉だけで十分過ぎた。
剣を抜き仮面を真横に叩っ斬ろうと迫る。
仮面の者はイクスの行動に反応できないのか微動だせずにいた。
二つのが影が交差した瞬間、血が派手に吹き出る。
だがそれはイクスも、他の二人にも予想出来ない結果となった。
「……え?」
イクスが叩き斬ったのは、仮面の男の首だった。
イクスの手には仮面ではなく首の骨を断つ感触が伝わり、それと同時にイクスの首からも夥しいほどの血が吹き出した。
イクスが崩れるのは首が転がるのと同時だった。
「わ、我が君ぃぃいいい!?」
「イクス!!」
「あ……ぁぁ」
崩れたイクスに二人は駆け寄り、サカモトは傷口を両手で塞ぐ。
「喋らないで!! 嫌だ! イシャルタ!!」
「と、とにかく止血を!! なんで……我が君……絶対に死なせません!! 死なせませんから!!」
イシャルタから伸びた影がイクスの首元に纏わりつく。
出血はそれで止まったが、イクスはビクビクと震え続け一向に痙攣が止まらない。
「ククク、手が早いのも考えものでぇすねぇ。こうも予想通りに動かれると殊の外つまらないものです」
転がっている首がケタケタ嗤う。
「な、なんで!? 首が……喋ってる!!」
「サカモト様、それだけでは無いようです」
イシャルタが庇う様にサカモトと首のない身体との間に割って入った。
その事に然して気にならない様子で、首を失った仮面の者の体は無造作に頭を拾い上げ、元あった位置に据えた。
「おや? 首を切ったつもりでしたが……はて? これはどういうことでしょう」
それはこちらの台詞だ。
未だ接合されていない首が喋る様は、既に異様という表現を通り越していた。
サカモトはアマゾンに生息するワニを思い出していた。
ワニは頭だけになってもしばらくの間は捕食対象に牙を剝くという。
だがそれは自我というよりも只の生物としての反射行動のようなものでしかない。
目の前にいる奴は正真正銘の化け物だ。
「無茶苦茶ですね……魔族でさえ首を断たれれば大抵死にますよ」
そう言いながらイシャルタは仮面の者を観察した。
(先ほどの攻撃、首を刎ねられるのと同時に我が君は傷ついた……呪術による現象投影、ではありませんね。切断と裂傷では程度に差がありすぎます)
「色々考えている様ですが無駄です。それよりもその男の死体を渡してもらいましょう」
「まだ死んでない!!」
「既に死んだようなものでしょう。……まぁ仮に生き延びたとしても、彼には何も出来ないでしょう? 大人しくお渡していただければ、貴方がたは見逃してあげますよ」
それは嘘だ。とサカモトは胸中で叫んだ。
仮に嘘だとしても、応えられない。
古今東西そのフレーズを耳にして碌な事が起こらないからだ。
(イシャルタ、イクスを連れて皆のところへ行ける?)
(……そんな考え捨てなさい。死ぬ気ですか? そもそも見逃してもらえるとでも?)
「当然逃しませーーん。私の目的は彼だけでぇす」
小声の会話すら筒抜けてしまう。
相手との格の差をまざまざと見せ付けられている気分になる。
だがここで屈するわけにはいかなかった。
地に伏しているイクスがいるから。
「イクスを一体どうするつもりなんだよ!!」
グネグネと動いていた仮面の者はピタリと止まる。
「どうするも何も、『勇者に使う』に決まっているでしょう?」
「……は?」
「つ、使う?」
イシャルタもサカモトも、今の言葉を理解できなかった。
だが仮面の者は平坦に続ける。
「勇者に最も近しい彼は最高の材料と言えますから、死に絶えた彼を見た彼女は何を思うのか……生きていれば殺すところを見せられますし、なんだったら食べさせてもいいですね。その様をエルフやあの幼い神官に観てもらう。どのみち使い道などいくらでもありましょう」
聴けば聴くほどに理解できないのはイシャルタもサカモトも初めての経験だった。
「その点、貴方がたでは役不足ですからね。邪魔するのであれば駆除しますが、大人しくしているのであれば態々手間を掛ける時間を省けます。もうよろしいですか? 時間の浪費はお互い損でしかありませんよね?」
「よろしくねぇよ!!」
上空から一振りの斧槍が仮面の者に向かって落雷の様に落ちた。
土煙が僅かばかり上がったが、当の仮面の者は無傷で立っている。
「今ので無傷か、賊徒にしては奇妙な形をしている」
現れたの冒険者組合長のハルトマンとノノンの護衛のアルベルトだった。
この予想外の登場に、仮面の者は少なからず動揺を見せた。
「組合長と歌姫の玩具が何故ここに……会場の警護をしていたはず……」
「俺はそこでぶっ倒れている奴を連れてくる様にノノン様に命じられただけだ。会場がどういう状況になろうが、ノノン様に危険が降りかかる事などありえないからな」
アルベルトはそう語ると腰にかけてある予備の剣を抜いて構えた。
「会場は冒険者と自警団の皆に任せてある。そもそも貴様は勘違いしている様だが、私たちは町そのものを警護しているのであって、会場にのみ配しているのではない」
ハルトマンも背負っていた大剣を抜き、仮面の者に向ける。
「ククク、そう語る割に呆気なく族の侵入を許していましたがね。私以外にそれなりの数が動いていたでしょう」
「耳が痛いな。だが奴等を放置するほど私達は甘くない。既に道すがら何人かは捕縛している。安心したか? 貴様一人囚われる事はないぞ」
「多勢に無勢とはいえ、私を容易く捕らえられるだなんて考えが甘すぎ、ですっ!」
仮面の者はそういうと虫の様に高く跳ねて屋根の上まで距離を取った。
「己が無力を味わいながら死なせ――くっ!?」
見下ろしていた中にいた筈のハルトマンは仮面の者の背後を取り、大剣の腹で思いっきり殴りつけた。
だが仮面の者もその奇襲に反応し、両手の強固な爪でそれを防いだ。
僅かな火花が飛び散りつつ、お互い顔を付け合わす様に鍔迫り合う。
「これでもこの町の組合長だ。貴様こそ私を甘く見ていたな」
それを見ていたイシャルタは違和感を抱く。
(おかしいですね。我が君の時と違い、彼らの攻撃を何故躱すのでしょうか……躱さなくてはならない? ……もしくは別の目的が?)
何故彼らにイクスと同様の手段を取らないのかと、イシャルタは思った。
取らないのでなく、取れない。
そう結論づけ考えるが答えまでは辿り着けない。
「おやおや、私を殺す絶好の機会を逃すだなんて。酔っています? 自分に? 矜持に?」
「貴様からは嫌な雰囲気がする。暗器の類か、精霊術の類か……事を急げばこちらがやられると判断した」
「……このような田舎町にその判断力。勿体無いほどの人材ですね」
「町長が存外愚かなんでな、私がいないと成り立たないのだ」
仮面の者は距離を取ろうとするが、ハルトマンはそれを許さない。
肉薄し、少しでも力の均衡が崩れれば手に持つ大剣が仮面の者を両断するだろう。
「アルベルト!! 彼らを連れて早く皆の元へ!!」
「組合長!?」
「こいつの事は私に任せろ!! 君は自分のすべき事をしなさい!!」
「……くっ、わかりました!! ご武運を!!」
アルベルトは素早くイクスを背負い、そのまま斧槍を捨て置いたまま駆け出した。
イシャルタとサカモトもそれに続く。
ただサカモトは一言だけ、伝えるべき事があった。
「組合長さん!! そいつの首を刎ねたと同時にイクスがやられました!! どういう理屈かわかりませんが気をつけて!!」
「そういう事はもっと早く言いたまえっ!!!!」
「ご、ごめんなさーーーい!!」
そして今度こそサカモトは去っていった。
残されたのは屋根にいる二人のみ。
「あらら〜、よろしいのですか? あなた一人では足止めにもなりませんよ? お互いの力量差なんてこの状況で嫌という程理解しているでしょうに」
「分かっているさ、私では貴様を止められない」
「ならどうし――」
「二人になりたかったからに決まっている。下手な演技は止めたらどうだ……町長」
仮面の奥の瞳が変わった。
鍔迫り合いをしていた力が抜ける。
そして、笑う女の仮面がゆっくりと外された。
「……何故、私だと分かった」
「お前の様子が変だったのは気付いていた。やたら彼らに固執し、私の出し物では意図的に彼らを試したな」
「だが、それだけでは今の私とを結び付けられないはずだ」
「そんなもの、仮面を見れば一瞬だ」
「仮面?」
「お前の妻の……亡くなったフレデリカの顔にそっくりだ。私が見間違うわけがないだろう」
その言葉を聞いたオーラフ町長は目を丸くし後、耐えかねた様に笑い始めた。
「く、クハッ、クハハハハハハハ!! あぁ、そうか……だからこんな面を……名は体を表すというが、体は精神を表すのか……色々と合点がいったよ」
「オーラフ……なに、を……」
「ありがとう、ハルトマン君。君という親友を持てた事は私の人生において間違いなく幸せだっただろう」
オーラフは再び面を被った。
ハルトマンは一瞬眉を潜めたが、既に気持ちを切り替えた。
目の前の男を止めなければならない。
それは親友である自分の役目なのだ。
ハルトマンは嘗ての誓いを幻視する。
己の死期を悟ったフレデリカがとの誓いを。
オーラフを頼むと、花で埋め尽くされた彼女の自室での最後の言葉を……。
(私は、あの時どう答えたのだったか)
「さようなら、親友。真実に至らず、ゆっくり眠れ」
何かが落ちる音がする。
その音を気にも止めず、仮面の者と地に落ちたそれは夜空に浮かぶ月を眺める。
もうその場には仮面の者以外誰もいない。
「私の目的は十分に果たしました。時間稼ぎという……ね」
仮面の者は夜に溶けるように姿を消す。
もうその場には誰もいない。
地面には胸に大きな孔を開けた肉があった。
未だ空に浮かぶ月を見上げている。
己が既に死んでいるとも気付かず、ただ静かに月を見上げていた。




