第17話 その歌が呼ぶもの4
お昼に二本目が上がります。
会場全体が狂騒に塗れた。
ほんの少し前までは、確かに皆の心が重なり合っていたのだろう。
今はもう見る影も無い。
我先へと他者を押しのける者、親とはぐれて泣き崩れる子、恐怖で竦み動けずにいる者。
大方自分の事のみに執着している。
大方、大部分と言い換えても良いのだが、それ以外の者もいた。
突如として現れた泥人形に、誰もが逃げ惑うわけではなかった。
「うおぉおおおらぁっ!!」
会場には一般町民以外にも、冒険者や自警団の人間もいたからだ。
冒険者の男が大剣を手に泥人形へ斬りかかった。
泥人形は避ける素振りすら見せず、男の剣を受ける。
「ぬぁっ!?」
剣は泥人形を両断できず、首元から入った刃はヘソの位置で止まってしまう。
泥のように見えたそれは、思いの外粘土質が強いようで剣はその威力を殺され絡みとられてしまった。
「このっ、離しやがれ!!」
一度は大きくベロンと広がった泥人形の身体は、剣を巻き込みながら男に迫る。
「このっ、はなっせ、よっ!!」
埋まった剣から泥がグネグネと捏ねくりながら男との距離を縮めていく。
男は必死になって剣を抜こうと踠くが、引き抜くまでには至らなかった。
男は先ほど泥人形に呑まれた男を否応無しに思い出す。
そうしている間にも泥は男へと伸びる。
苦悶に歪む顔、赤黒く染まる泥人形の肌、その赤さは――
「クソが!! クソクソクソっ、来んじゃねぇ!!」
もう泥は柄まで届いている。
――血の色だったに違いない。
「ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――でヒャあっ!」
男は横からの衝撃に派手に吹き飛ばされたが、結果として既のところで泥人形に呑み込まれずに済んだ。
視界が明滅しながらも、男は起き上がり自分を吹っ飛ばした相手を見る。
その相手は表面的には意外であり、本質的には意外でもない者だった。
「あ、『荒くれバギー』!?」
「ったくよぉ、大の大人が泥遊びとかよぉ」
バギーは丸太のように太い拳を打ち鳴らす。
「今日今この場所はよぉ……夢を見る為の場所だろうがっ!! 手前勝手にぶち壊してんじゃあぁ――――」
輝く拳が唸りをあげる。
「ねぇええええええええええ!!」
拳から放たれる風属性の衝撃が泥人形を穿つ。
それまで粘土のようだった泥人形はポロポロと解れる土のように、人の形を保てず崩れていった。
「『荒くれバギー』、助かったぜ!」
「けっ童貞みてぇに慌てふためいてんじゃねぇよぉ。てめぇは守られる側じゃねぇんだぜ?」
バギーの言葉は辛辣だ。
だがこの男の言葉の根っこには、苦味ある経験があることをこの町の冒険者なら誰もが知っている事だった。
仲間の死に目に遭いすぎた冒険者バギーは、今この場でもまた奮い立つ。
そんな男が今、自分達を『同じ冒険者』として扱ってくれる。
ならば、それに応えられなければ冒険者とは名乗れまい。
男は崩れた泥人形に呑まれた剣を取る。
その剣は既にボロボロになっていたが、それは男にとって些事でしかない。
元々己の力量が通用しなかったのだ、この剣は己を鼓舞する為のもの。
「よっしゃあああああああ野郎ども! 魔法か武技で対抗しろ!! じゃねぇと真面にやりあえやしねぇ」
バギーの姿に触発されて冒険者達は剣を掲げる。
「武技が使えねぇ奴は皆の避難誘導だ!!」
「班を四つに分けて四方で当たるぞ!! 一人でも多く逃すんだ!!」
「「「おうっ!!」」」
「ハッ、威勢だけは一流だなぁ……俺もだがな!!」
もはや『荒くれバギー』とは誰も呼べないだろう。
何故なら今ここにいる冒険者の全てが『荒くれ者』となったのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「たぁーーー!!」
『Bulaaaaaaa!!』
一方勇者であるレイラは普通に泥人形を倒していた。
「レイラ様!? し、神聖魔法をまだ使っていないのです!」
「大丈夫!! なんかイケてるっから!!」
人が密集しつつも、レイラは人の波を掻い潜り素早い動きで泥人形を薙ぎ払っていた。
「レイラの筋力は冒険者にまだ遠く及ばない。だが現実として泥人形と倒せているのには訳がある」
「訳? ……もしかして魔法剣なのです?」
「どうしよう。もう解説することがなくなってしまった……」
レイラの持つ魔法剣には軽量化の刻印が施されている。
周囲のマナを取り込み常に魔力を帯びた状態のその剣でならば、同じく魔力で編まれている泥人形の魔力的繋がりを両断できるという事だ。
もっとも、レイラがそれを理解しているわけではない。
たまたま剣を振るったら、これまた偶々通用しただけにすぎなかった。
それらの内容をステラが解説しようとしたわけだが、イースラにあっさりと挫かれてしまい床にグルグルとのの字を描きたい衝動に駆られた。
「しょんぼりしている場合なのです!?」
「……最近やたらめったら良いところ無くて泣きそうなので、ここらで挽回したいと思う『糸雨に解ける微睡みの波紋 解魔の雨』」
ステラの指に嵌められた宝石らが淡い青が灯り、撫でるように弧を描きながら振るう。
一瞬魔法陣が現れるが瞬く間に消えた。
魔法使いは杖を持つ印象があるが、ステラにとって両指に嵌めているチェーンリングが杖の役割を果たしている。
それぞれの指に一つの指輪、そしてどれも色が異なる宝石、そしてその指輪同士を繋ぐ鎖、全て魔術的意味があるのだとイースラは考えている。
最も神聖術以外は門外漢なので、あくまで憶測でしかない。
魔法使いの中でも魔術師だけは、個人主義を是としているためイクス達を例外としてもイースラがステラに問うのは憚られた。
と、そんなことを思いながらステラを見ていたが、一向に魔術の結果が現れない。
脳裏に『駄目ルフ』の単語が浮かびながらイースラが訝しげに見ていると、頬にポツっと水の粒が当たったのが分かった。
夜で気づかなかったが、いつの間にか会場の上空に雨雲が発生していたようだ。
これも魔術の力なのだろうかとイースラは空を仰ぐ。
まるで糸のように落ちる雨に、一体どのような効果があるのか見ていると――――。
『Bubububububububu』
会場に蠢いく泥人形達は不気味な悲鳴を喘ぎながら溶け出していった。
「おぉぉ!? やったのです! さすがステラなのですよ!」
「フハハハ!! 私にかかればこんなものだ。解説しよう! 泥人形の身体を構築する泥は当然マナを含んでいる、つまり土、水に加えて魔力の三つで身体を維持していたという事だ。つまりマナを含んだ水を一方的に与える事で、身体の維持が出来なくなり勝手に自壊するという寸法なわけだな」
「すごいのです! さステラ、なのです!!」
「ふっ、すまない。今日の見せ場を全て掻っ攫ってしまったようですまない」
イースラは褒める時には全力で褒める子だった。
【ステラは自信を取り戻した】
「きゃああああああああああ」
ステラの高笑いを切り裂くような悲鳴が上がる。
皆何事だと声の方を向くと十倍ぐらい膨れ上がった巨大な泥人形がノノンを鷲掴みにしている姿だった。
そのあまりに大きな姿に皆、開いた口が塞がらない。
どうやら溶けた泥人形がひと塊りになった姿のようだ。
「…………さすがステラなのですよ」
【ステラは自信を喪失した】




