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不撓不屈の勇者の従者  作者: くろきしま
第2章 三者三様奇想曲
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第16話 その歌が呼ぶもの3

 かくしてイクスとサカモトは間に合わず、ノノンの舞台は幕を開けた。


 会場にある円盤型の舞台を中心に、取り囲むように観客が周囲に溢れていた。

 始まる前から熱の篭っていた周囲と違い、レイラただ一人だけは興味の一切ない冷めた様子で舞台を見ていた。


 彼女の舞台はレイラにとって、然程興味が惹かれるものではなかった。

 むしろこの場にはイクスがいないのだからいる必要性もないように思う。


 では何故この場に居るか、それは偏にイクスがノノンに取られてしまわないかという不安からだった。

 イクスからは経緯を問いただしたので、イクスが悪くはないとは頭では理解していた。


 それでもレイラにとって目の前で起こった事は、あまりある衝撃であった事には変わりはなかった。


 行為の意味を十六歳であるレイラは年相応に理解していたからだ。

 その辺りの知識に限って言えば、里のクューニアが発信源なのだが……。


 つまるところ、レイラはここでも己が未熟さを痛感した。

 外の世界は斯くも恐ろしいところなのだと。


 外の世界に出て僅か二日目にしてイクスの貞操は無残に散らされてしまったのだと。

 側にいなかった自分が悔やまれた。


 ここまでくれば、レイラという少女がノノンという少女に敵対心を持つには十分であった。


(歌なんて全然特別なんかじゃないわ)


 歌などどこでも歌えるし、村では誰もが鼻歌交じりに木を伐り、田畑を耕し、子をあやす。

 生活の中に自然と歌は存在しているのに、何故皆はこんなにも目を輝かせているのかレイラには不思議でならなかったのだ。


 それまで騒めきだっていた周囲が唐突に静かになる。

 今この瞬間、風も虫の声も無い。


 何かがあったというわけでは無い。

 ただ漠然と、その場にいる人間全員が予感した。


 始まる。――と。


 観客側のレイラが緊張のあまり息を飲む。


 唾液が喉元を過ぎたその瞬間、まるで見計らったかのようなけたたましい音と灯りが会場の空を埋めた。

 音と共に色取り取りの灯りが空に灯っては消えるのを繰り返している。


 中央の舞台は色鮮やかで派手な光彩の線が飛び交い、身体に響くほどの音と共に舞台袖から何体もの人形が煌びやかに舞い踊り現れ、ノノンの澄み切った歌声は心の奥を震わせた。

 不覚にも周囲と同じようにノノンに釘付けになってしまう。


 鮮やかな舞台と力強く軽快な音と彼女達の踊り、今この瞬間は彼女がその会場にいる全ての者を魅了し支配している。


 声と様々な音と鮮やかな光の数々とが共鳴していく。


 全く違った。


 これは自分の知っている『歌』じゃない。


「これが……あの子の歌……」


 次第に身体全体が熱を帯びるのを自覚していく。

 レイラが思わず口にしたその言葉は、誰かに向けた問いではない。


 今まで味わった事のない『音楽』という世界はレイラのこれまでの価値観を塗り替えていくには十分なものだった。


 会場にいる全ての人の想いが一つになろうとしている。


 ノノンの歌によって共感する、共鳴する、共振する。


 これが歌、歌姫の歌。


 ノノンの歌。


「……ずるい」


 妬んでの言葉ではない。

 今まで知らなかった自分、イクスが取られると不安になっていた自分。


 なんて自分はつまらない女なのだろうと、理解してしまった。


 ――で、あるならば。


 今この瞬間を楽しもう!

 私だけ楽しめないのは『ずるい』!


「きゃーーノノンちゃーーーーん!!」

「「レ、レイラ(様)!?」」


 ステラ達の動揺は今のレイラには届かなかった。


(すごいすごいすごいすごいすごいすごすぎる!!)


 曲目は変わる。


 それまでは早鐘のような目まぐるしい曲だったが、それとは逆のしっとりとした曲だ。


 本当に何もかもが違う。

 最初の歌は力一杯元気になるような、励まされるような曲なのに対して、この歌は穏やかで……でもどこか寂しげで、それでも心の一番奥が暖かくなるような歌だった。


 その詩には明確な意図があり、方向性があり、想いが込められていた。


 辛くて痛くて苦しくて、嫌なことが沢山あるのにそれでも立ち上がって、何かに立ち向かっていく少女の歌。

 元気一杯で、皆が大好きで、そんな人たちを守るために戦う少女の歌。


 ノノンの歌は聴く者の心を震わせるには十分なほどの魅力だが、とりわけこの歌はレイラの心に共鳴する何かを感じざるを得ない。


 思わず涙が出るほどに。


「楽しまれているようで何よりです」


 唐突に声をかけられ驚いたレイラは、自分が涙を溢している事に気付いて拭った。


「これは勇者の歌ですね」


「……町長さん?」


 いつの間にか隣にはオーラフ町長さんがいた。

 町長さんはまっすぐ舞台を眺めている。


「誰よりも優しく、誰よりも気高く、無垢で、元気一杯な真っ直ぐな勇者がいたそうですよ。三百年も昔のお話です」


 三百年経っても、こんなにも力強い熱を感じさせる。

 これがノノンの歌の凄さ、それとも勇者様の凄さ……私は両方だと感じた。


「そんなに昔なのね……良い歌ね、私も元気になってくるみたい」


「えぇ、私も歴代の勇者の歌で最も好きなのはこの歌ですね」


 その声はどこか寂しげに聞こえていた。

 私はふと町長に目を向けると、町長のノノンを観る眼差しはどこか遠くを見ているようだった。


「町長さん?」


「何か?」


 町長さんは私に向く。

 そこには日中のヘラヘラした町長さんがそこにいた。


「なんでそんなに寂しそうなの?」


 思わず尋ねてしまった。

 私のそんな言葉が意外だったのか、一瞬だけヘラヘラした顔を歪ませた。


「寂しい? ハハハ、哀れんだのかもしれませんね。 なにせ『運命』と『変化』に弄ばれた六代目の勇者……。たしか記録では名を『カイラ』と呼ばれていましたっけ。あなたの一つ前の勇者ですよ」


 町長さんはこちらを見ている。


 ヘラヘラしているはずの顔、ニヤついた目元の奥にジワッと淀んだ光が滲み出て絡みつくように、じっと私の方を見つめていた。


 ノノンの歌が遠く感じる。

 私とオーラフ町長さん意外の距離感が歪んでいる気がする。

 それはきっと気のせいじゃなくて、この会場の中で私とオーラフ町長が異質な雰囲気を持ったからだ……。


「ちょう……長?」


「君も、いずれ世――――」


 オーラフ町長の言葉はグラグラと強い地響きが遮った。

 舞台全体を襲う地響きに、その場にいる者は恐怖で身を竦め叫び声をあげる。


「この揺れはッ!?」


「ななななにっ!?」


 私は最初地面が揺れる自体が理解できなかった。


 そもそも『地面は揺れない』。

 地面はいわば大きな机で、家や人はその机に乗っかっているようなもの。

 地面が揺れるという事はそのまま世界が終わる事を意味している。


 イクス、ステラ、イースラの顔が脳裏によぎる。


 未知の恐怖に私は他の皆と同じように身が竦み、嗚咽を洩らす。

 側にいたステラが私を抱き竦めると、反対側にいた町長さんに気が付いた。


「レイラッ……と町長殿!? 町長殿は皆の避難誘導を!! この揺れは普通じゃない!!」


「……わかった、君達も早く避難を!!」


 町長さんは怯える私を横目に駆け出す。

 日中の彼とは違い頼もしさすら感じる町長さんの姿に、ステラや周りの人は町長さんという人間性を少しばかり見直した。


「ス、ステラぁ……」


「大丈夫だレイラ。地面が揺れるなんて割とある。それにこの揺れはどうも魔法っぽい……つまり誰かの仕業だ」


 新事実だ、地面は割と揺れるらしい。


「ま、魔法? …………だ、誰がこんな悪ふざけしてるのよ!! あったまきた! おしりぺんぺんしてやるわ!!」


「ステラ!! 魔法陣なのです!!」


 イースラは叫んだ。

 会場中に紫色の輝きが溢れ出し、そこから蠢くようにズルズルと音を立てながら、黒い何かが這い出してきた。


 その様は会場を更に恐怖に堕とすには、十分過ぎる演出だった。





 この時、オーラフ町長の言葉を忘れるべきではなかったのだ。

 私はこの時の自分を、許せないでいる。


「君も、いずれ世界の全てを憎むことになる」


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 舞台の狂騒を遠くから眺める者がいた。

 暗い平原に二つの影があった。


 一人は身体を悶えさせながら嗤う者。

 その者の顔には笑う女の仮面が付けられている。


 もう一人は神職に就いているであろう女性だ。

 手足を縛られ、布で口を封じられている。


「許してください愛しい愛しい町民よ。悪気は一切ないのです。私にはあなた方が必要で、その時が今だった……それだけなのです」


「んーーーー!! んーーーーっ」


 女性は縛られた手足を必死で踠く。

 これは失策だった。

 彼女は息を潜め、芋虫の様に這ってでもこの場を離れるべきだった。


 いくらもがいたところで手足は自由にならない上に、悲痛に篭った声はこれ以上ないほどの仮面の者に対して自己主張してしまった。

 仮面の者は嬉々として兎のように跳ねながら女性の元に寄る。

 その奇行に女性は生理的に震える。


「そうっ、そう!! 貴女をっ連れてっきたっのにはっ意味がっあるのっですよ!!」


「――――ッッ」


 女性は犯されるのだと思った。

 神に捧げた貞淑性を踏み躙ろうとする輩は少なからずいる。

 そして、そんな悲劇は残念ながら珍しくはなかった。

 自分がこれからその悲劇に遭い、人知れず埋もれるかと思うと悔しくて涙が滲む。


 彼女は敬虔な神聖教団の信徒だ。

 王都からこの町へやってきたのは、この町が神聖教団の影響を最も受けていないという理由からだった。


 教団の威光は王都から遠ざかる距離によって弱まる現実を、彼女は常日頃より無念に思っていた。

 勇者宣言という行事はそんな彼女にとって、我らが主人である天族と教団の威光を知らしめる絶好の機会となり得た。


 故に勇者宣言を行う一行と同じ方角、そして最端であろうこの町に一人赴いた。


 その結果はご覧の有様ではあるのだが……。


 縄で手足口を縛られ、これから良いように慰み者にされるのだろうと、彼女はそう考えていた。


 だが彼女の予想は当たらなかった。

 仮面の男は両手で彼女の顔を抑え、まっすぐに眼を見て語る。

 女性を模した仮面の奥から見える瞳が三角形に歪んでいるのが分かり、全身に怖気が走る。


「もしもーし? 観ていますよねぇ? どうですかー? 勇者様のための悲劇を用意しましたよ。 いえいえ、私は貴方がたの評価など気にもしていませんとも。いつも通り我々を嘲笑っていたまえ天族どもよ。我が愛は成就し、貴方がたの茶番が崩壊する様をねぇ!!」


 彼女には何の事だが分からなかった。

 自分に向かって天族と呼ぶ目の前の輩はすでに正常な状態ではない。


 陽気、侮蔑、憤怒、それらの感情がコロコロと入れ替わり立ち替わって口を通して垂れ流される。


「逸りすぎだ」


 女性のすぐ後ろから声が掛かる。

 他でもないオーラフ町長だ。


 確かに平原には二つの人影のみだった。

 だが彼が声をかけた瞬間、この暗い平原には人影が三つ出来ていた。


「おぉ〜これは町長! ここに来て良いのですか?」


「ん”ーーーーーー!!」


 オーラフ町長が姿を見せた事で女性助かったと思った。

 だがそれは直ぐに間違いだったと気付く。


「あの混乱だ。私一人消えたところで気付ける者などおるまいよ」


「えぇえぇ、申し訳ありません、気の昂りを抑えきれませんでした!」


「今更咎めても意味もなし。このまま巧く攫ってみせろ」


 普段のオーラフ町長とはあまりに印象が違っていた。

 情けなく弱々しくも、町の事を誰よりも愛し、盛り立ててきた彼とはあまりに違っていた。


(この人は……誰ッ!!??)


「えぇえぇえぇ! 勇者レイラ! 歌姫ノノン!! 満たしまぁす、あぁ時が満ちていくぅ〜〜」


「私はイクス君を抑えよう」


「よろしいのですか?」


「日中の彼を観て粗方分析を終えている。ふっ、顔を見られなければ問題無いだろう。この様にな」


 オーラフは懐から笑う女の仮面を取り出し被った。

 仮面から黒い靄が溢れ出し、外套に変わる。


 今この瞬間、笑う女の仮面をした者は二人となった。


「ごほんっ、あー。アァー……それでは手筈通りに」


「よろしくお願いします。私」


「えぇえぇえぇ、時間は稼ぎますよ。私」


 女性はもう、絶望するしかなかった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 突如として現れた魔法陣から、這いずり出てその姿を現した。

 スライムのように捏ねくり、徐々に人の姿を模していく。

 暗がりでありながら、その肌は黒光りしその眼は赤く灯っていた。


「く、泥人形クレイマンなのです!!」


「召喚術!? 誰かが操っているのか!!」


「ステラ!! そこかしこで魔法陣が!!」


 泥人形クレイマンはその身の丈実に成人男性の倍はあり、異様なほど細長い体格をしている。

 見た目は人の姿に寄せているが、骨がない為グネグネと気味の悪い動きを絶えずしていた。

 肌が黒いのは、この泥人形クレイマンが生まれた土の影響だろう。


 それが会場の至る所で次々と沸くように現れていた。


『Bululululululululu!!』


 うち一体の泥人形クレイマンが咆哮のようなものをあげた。


「や、やめろ! くるなぁああああ」


『Twolulululululululululu!!』


 泥人形クレイマンの手が伸び一人の男性を絡め取る。

 男性へ手を伝って泥人形クレイマンの身体が行き渡り、男性の全身を覆いゴキリゴキリと何かが折れ、割れる音が漏れつつ伸び縮みをすると元の体躯へ戻った。


 変わった事は一点、その肌はやや赤黒くなった事。


『Pulululululululu!!』


 染みのように広がり、赤黒くなった泥人形クレイマンは喉(?)を鳴らした。

 一部始終を見ていた者にはそれが歓喜の声だという事を疑わなかった。


 疑わなかった故に、恐怖する。


「あ、あぁあああああああああああああああああ!!」


 誰かが叫んだ。


 恐怖は伝播し、先ほどの泥人形クレイマンの肌のようにそれは波及していく。


 もう止められる者は誰もいない。

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