第15話 その歌が呼ぶもの2
「我が君……迂闊すぎます」
「え? 何が?」
「……イクスぅ、どうしてここにいるの?」
「どうしてって、お前を探しにきたんだよ。もうすぐノノンの舞台が始まるっていうのに呑気に迷子になっているから――」
「そっちじゃない!! どうしてここに魔族イシャルタがいるの!?」
「え? ……懐かれたから?」
その一言を皮切りにサカモトはイクスの頬を殴り飛ばした。
「なつ……懐かれたって、犬猫とかじゃないんだぞ!! 魔族……しかもカミュナ村を襲って……こいつのせいで何人死んだと思っているんだ!!」
「……サカモト?」
「君達が出て行った後、僕が何をしてたか知っているか? 死んだ人の一覧を作って、埋葬するのを手伝って、残された人たちに声をかけてまわって!! お前は本当に何しているんだ!!」
「……サカモト」
「やめろ!! 言い訳なんて聞きたくない!! レイラ様達や村の皆を裏切った奴の言葉なんてっ!! 今すぐレイラ様達の前から消えてくれ!!」
「……サカモト」
分かっていた。
イシャルタを引き込んだ時に、当然こうなることも分かっていた。
それでも、やらなきゃならない事がある。
だが、この分じゃ聞く耳を持って来れなさそうだ。
助けを求めるようにイシャルタを見る。
「殺しますか?」
「何でだよ!? この雰囲気見て何も感じないのか!!」
「まぁ人間の雌はこういう側面を持っていますから。一度こうなってしまってはしばらくはどうしようもないですね」
………………ん?
「今なんて言った?」
「諦めて下さいという話ですが」
「サカモトがめ……女?」
ビクッとサカモトの肩が震えた。
「えぇ、なんで雌はどいつもこいつも精神が不安定なんでしょうか。非効率かつ非常識で非生産性の肉の塊でございますね」
「お前、昔女に何かされたの? って違う!! サカモトが女!? 嘘だろ!!」
「いいえ、正真正銘雌ですよ」
「根拠は!?」
「臭いでございます」
サカモトは更に震える。
「性別は臭いでわかります。そこの雌から明確な――――」
「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
「ど、どうしたサカモト!?」
「そうだよ!! 僕は女だ!! 女で何が悪い!! おいそこのファ○キン魔族! それ以上具体的に表現してみろ、イクスに四六時中神を讃えて聖歌を歌い聞かせるぞ!!」
「申し訳ありません、いささか調子に乗っておりました」
これ、多分少しも悪いと思っていないやつだ。
ただ単に、イシャルタは折れた方が早いと判断したからじゃないか?
それにしてもステラに続いて、イースラ(はまだ良いとして)、そしてサカモトまでも……。
目が節穴にも程があるだろ。
特にサカモトは昨日今日の付き合いじゃない。
二年だ。二年の付き合いでサカモトが女だなんて全くこれっぽっちもカケラほども考えたことがなかった。
実は目を開いていると俺が思い込んでいるだけで、どっかに落としてきてしまったのではないだろうか?
そんな馬鹿げた考えを、一度本気で検証する必要があるのかもしれない。
「そうか、なんか……今までごめんな。ずっと男だと思って」
「い、いや、僕は男としてずっとって違ぁあああああああああうっ!! そんな事で僕は誤魔化されないぞ。イクス、今ここで話せ!」
「イシャルタの事をか?」
「全部だ!」
「舞台があるから手短になるけど、それでいいなら」
俺はザックリとサカモトにこれまであった事を話した。
勇者と魔王の関係と、レイラが勇者になった経緯と、それに対する対抗策が見つかっていない事、ステラとイースラを通して天族に監視されているであろう事、イシャルタが昔の自分を知って仕えに来たという事。
聞き進めるにしたがい、サカモトの表情は複雑さをましていき、何を考えているのか全く読めなくなっていた。
「……それなんて無理ゲー?」
「無理げ?」
「あ、いやごめん。大体なんとなくわかった。……イシャルタ」
「何でございましょう?」
「結局イシャルタはイクスに何を求めているの?」
サカモトがイシャルタに対して抱いた違和感はそこにある。
イシャルタがイクスを主人と仰ぎ仕えるなら、主人に対して『何か』を求めている他ない。
金銭が欲しいならそのまま帝国にいたはずだし、名誉が欲しいなら現魔王もしくは次期魔王であるレイラに取り入るはずだ。
金でも名誉でもない何かを、イシャルタはイクスに求めていることになる。
そしてサカモトの疑問にイシャルタは返答した。
「勇者の定められた運命を打ち破ることを望みます」
………………………………
……………………
…………
――――――はぁっ!?
「過去六名の勇者が生まれましたが、誰一人としてその運命から逃れられた者はおりません。つまり、現時点で打開策が存在しないということでございます。ですが我が君であれば、それは必ず成されるでしょう」
「おい、初耳なんだが」
「申し訳ありません。私自身に打開策があるというわけではございません。下手に匂わして混乱を招くのは悪手だと思いました」
「つまりイシャルタの目的も勇者を魔王にしない事なのかな?」
「信じられませんか?」
「そうだね。イクスはレイラと個人的繋がりがあるからわかる。じゃあイシャルタは? 無関係じゃないか。しかも魔族で勇者の敵だ」
「魔族が全員人族と対立しているわけではございませんよ? と言っても無駄でございますね。根底にあるのは理屈ではなく感情でございます」
イクスはサカモトを見た。
イシャルタが今語ったことは的を射ていた。
それはサカモトがイクスにかつて無いほどの激情で、掴みかかったことからも分かる。
「そうだね、認めるよ。僕は君が憎い。村を襲った君が憎い。ボルカさんを殺した君が憎い」
「暴虐とは三千年ぶりの再会でした。とても残念なことです。次会う時は味方でありたいものですね」
「次? 何を言っているの? ボルカさんは死んだんだよ!」
「えぇ……おや? もしかしてご存知ありませんか? 彼は不死でございますよ」
「「はぁ!?」」
「彼は竜種の中でも竜脈となられておりますから、肉体や精神が滅んでも本体は竜脈に存在しますので、もっとも次会える時がどれほど先になるか私にもわかりかねますが……」
「何その設定!?」
「あ、そういえばボルカの爺さん夢の中でそんな話をしてきたっけ……」
「夢!? あぁぁーーーーもう頭がどうにかなりそうだ!!」
ごめんなサカモト、俺も死んだもんだと思ってたんだよ。
「はぁ……もういいよ。イシャルタに関しては信用できないから、一個条件をつけさせてね」
サカモトはポケットから一個の指輪を取り出した。
「それは?」
「従属の指輪、イシャルタ……分かるね?」
「もちろんでございます」
サカモトはナイフを取り出すとイシャルタの鳥の体を浅く裂いた。
ナイフに付いた血を指輪に数滴垂らす。
「イクス、これを肌身離さず装備しておく事」
指輪なんて渡されてもなぁ……とりあえず邪魔にならない小指にでも嵌めておくか。
「これでイシャルタは正式にイクスの使い魔になったよ」
「今一ピンとこないな」
「でもこれで私は身も心も我が君に捧げたというこアダダダダダダダダダダダダダ」
俺がイシャルタを気持ち悪いと思った瞬間、激しい痛みがイシャルタを襲ったのかブルブル震えだした。
「今みたいに主人であるイクスが害意を感じると『お仕置き』されるから」
「なるほどな、契約の解除も指輪を持っている俺にしかできないということか」
「まぁね、僕もこれで安心できるってもんさ。よろしくねイシャルタ」
「い、いえ、この程度で溜飲を下げていただき感謝いたします」
イシャルタが許されたとは、さすがのイクスも考えていない。
いわば処分を保留にしたということだろう。
「ところで舞台のお時間は大丈夫なのでしょうか」
「「あ”」」
舞台がある北の方を見ると煌々とした七色の明かりが広がっている。
「やべっもう始まってる!?」
「僕達も急ご――――――っ!?」
二人と一羽が駆け出そうとしたその時、強い地響きが町全体を襲う。
それと同時に建物の屋根や物陰からいくつもの人影が現れ、舞台のある方へ駆けていくのが見えた。
「何だあれ!?」
「魔族の気配ではありませんね……どうやら人のようです」
「賊?」
「まずい、俺達も早く行こう!!」




