第14話 その歌が呼ぶもの1
俺とレイラはイヤル町の北側出口を抜けた。
すぐ先の草原に大きな円型の盆地があり、そこは人の群れで溢れかえっていた。
誰もが落ち着きなくざわついていることから、俺達はどうやら間に合ったらしい。
空の遠くはまだ赤く染まっているが、すぐに暗くなりそうだ。
「すごいな、これだけの人だかりを見たのは初めてだ」
「私も。皆あの子目当てで集まったんだよね? すごいなぁ」
周囲を見渡すと、皆目を輝かせながら今か今かとその時を待ちわびていながらも、楽しげにしている。
「人が多すぎてどうして良いかわからないな」
「ステラ達はどこにいるんだろう」
「ここで棒立ちになって何をしているんだ?」
「お前……」
振り返るとアルベルトが立っていた。
「ぅう〜〜〜!!」
「レイラ? 犬みたいに何唸っているんだ? トイレなら向こうに仮設のがあったぞ」
「威嚇しているんだよ!?」
「い、威嚇されていたのか……そうだな、警戒されても仕方ない事をした自覚はある。すまない、どうかしていた」
素直に頭を下げたアルベルトにレイラは目を点にする。
俺もレイラに共感した。アルベルトとは話が終始噛み合っていなかったと思う。
だが今目の前に立つ男はどうだろう。
少なくとも意思疎通が出来る人物だった。
「立ち話もなんだが、ノノン様より二人を案内するよう言付かっている。ついてきてくれるか?」
「ノノン……様?」
レイラは首を傾げた。
そういえばノノンがアルベルトの雇い主だとか言っていたような……。
その後の強烈すぎる展開ですっかり忘れていたイクスだった。
「ノノン様から聞いていないかい? 俺は今ノノン様の元で働いているんだ」
「え? 聖騎士じゃないの?」
「いや、聖騎士だよ……だよな?」
俺に聞くなよ。
聖騎士として派遣されているという認識だったのだろう……今までは。
でも当人の胸中では揺れ動く何かがあったのかもしれない。
今は自信なさげだ。
「とにかく、まだ連れを探しているんだ。全く、あいつらどこに行っちまったんだか……」
「ステラ様とイースラ様なら既に特等席にご案内したぞ。ほら、あそこでお菓子を食べておられる」
「ぅおぃっ!!」
「あれ? サカモト君は?」
レイラがサカモトの姿が無いことに気付く。
「他にも連れがいるのか? まぁあと一人増えたところで構わないさ、俺は席を調整してくる。その間にそのサカモトという方を探してくるといい」
「助かる、レイラはステラのところで待っていてくれ」
「えぇ!? 何で私も探すよ?」
「サカモトの次に迷子になられても探すのが面倒だろ?」
「ぶぅーーーーーー!!」
「痛って!?」
豚と化したレイラは俺の脛を蹴り上げると、鼻息荒くステラ達へ向かった。
なんだかんだ言うことを聞いてくれるのは、迷子になると自覚してのことだろう。
「イクス……」
「……なんだよ」
「もう少し女性の扱いを覚えた方がいい。そのうち後悔するぞ」
「……それは経験?」
「教訓だよ、これでも俺は貴族だからな。童貞でも少しはマシな対応ができるぞ」
「ハッ、言ってろ」
そう吐き捨て、アルベルトと別れサカモトを探しに出た。
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きっかけは些細な違和感からだった。
町中の人達が、北口の舞台に流れている。
世界の歌姫ノノンが立つ舞台だ。
人生で一度きりの機会を逃すなんてありえない。
別に不自然な事ではない。
でも町中の全員というは出来過ぎではなかろうか。
病気で療養している人もいるだろう。
育児中の親もいるだろう。
歌に興味のない者もいるかもしれない。
何かしらの理由で離れられない人がいて当たり前だ。
まるで見えない力に誘導されるよう。
サカモトは何よりも直感を大切にする人間である。
サカモトはこれまで一人で生きてきた。
異世界において頼れる人脈も無く、金もなく、知恵もなかった。
ただ一つ『仮想鑑定』というおよそ異世界転生もののライトノベルの中では、もっとも下位互換であろうスキルを持っていた。
このスキルを用いて商売をする事で、足りなかった知識、人脈、金を自分の生活レベルを安定させる程度には、手にする事が出来た。
もっとも、このスキルが小説のように世界のシステムによって付与されたものかと言われれば、サカモト自身は疑問に思っている。
小説に出てくるようなスキルであれば、ハッキリとした性能と安定を持ってしかるべきだ。
『仮想鑑定』という不明瞭な性能は、おおよそ世界のシステムからは遠い。
故にサカモトは『仮想鑑定』を利用しつつも、それほど信頼してはいなかった。
その代わりにサカモトが磨いた技能が直感だ。
商談や商機は一つ間違えれば身の危険を晒すことに繋がる。
常にリスクはそこにあるのだ。
直感によってサカモトはリスクを感じ取れるようになっていた。
これまでも、今も。
人気のなくなった町を見て回る。
「やっぱりおかしい……でも何が、何に引っかかっているんだろう」
「妙なところでお会いしますね」
「っ!?」
影の中から一羽の鳥がサカモトの前に現れた。
「私の名前はタルシャイ。イクス様の使い魔をしております」
「タルシャイ? ……タル、シャイ…………イシャルタ? 帝国の!?」
「聡すぎでは!? ゴホンッ……改めて、イシャルタでございます。あ、先んじて申しますと敵ではございません。帝国には自主退職しましたので」
「ちょ、ちょっと待って、情報過多にも程がある!! え? 帝国を辞めた? はぁっ?」
「良い感じに混乱しておりますね。それも致し方ない事とお察しいたします。敵ではないと言うのも条件がございましたね」
イシャルタの言葉に身を固くするサカモトだったが、その程度でイシャルタの攻撃を防げるわけがない。
混乱しているが故の反射的行為だった。
「まぁまぁ、条件はそれほど難しいものではありません。ただ一つ、イクス様の敵とならない事です」
「は?」
「イクス様の敵にならない限り、私はあなたに害を成そうとは致しません。むしろあなたがイクス様の助けになるのであれば、私はあなたの助けとなりましょう」
「……なんか、少しだけ落ち着いてきたわ……よ」
サカモトはボルカの依頼で帝国を調べていた事がある。
イシャルタの名前ももちろん知っていた。
魔族である彼の存在は、帝国においても秘匿できるものではない。
「ふふん、僕はイクスを信用している。だから惑わそうとしても無駄だよ」
「……何か勘違いをされてます?」
「イクスの使い魔とか信じられるわけないじゃないか。だとするなら村の惨状を招いたのはイクスという事になる!」
「いえ、その頃は使い魔になってはいませんでしたので……」
「第一! 君に一切の利が発生してない事が気に入らない!!」
イシャルタの言葉を無視するサカモトは、ある意味で正しい選択をしている。
言葉を交わせば交わすほど、惑わせるのが魔族だからだ。
「利、でございますか?」
「イクスを助ける事であなたが得をする事なんて何もないじゃないか」
「あぁ、そういう……確かに得する事はありませんね。ですが、利はあります。私は魔族、あなたのおっしゃる通りで想像通りの魔族です。故に私には利がある。我が君イクス様の進む先に、私の利があります。何としてでも私はその利が欲しいのです。幾千幾万の魔族や人間が根絶やしになろうが知った事ではありません。ですがイクス様が為すのであれば私は全力で挑みましょう。人を助けるのであれば助けましょう、魔族を狩るのであれば狩りましょう。そしてイクス様の助けとなれば私はその者を助けましょう」
最後にイシャルタはこれで答えとなりませんか? と付け加えた。
急に捲し立てられて、サカモトは唖然としたが、妹に推しのアイドルを語られた時に耐性が出来たため大して苦痛ではなかった。
まぁだからと言って信用するかどうかは別の話だ。
兎にも角にも、彼を信用しろといっても無理な相談だ。
何しろ彼は魔物を使い、カミュナ村を襲っているからだ。
それがどういう意味を持つか、分からないイクスではないだろう。
だが、そんなサカモトの信頼はたった一言で崩れ去る。
「こんなところにいたのかサカモト!? ……とイシャルタ? どういう組み合わせなんだこれ?」
黒い鳥をイシャルタと呼んだという事は、彼の言葉が正しいという事で、イクスは正真正銘の馬鹿だった。




