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不撓不屈の勇者の従者  作者: くろきしま
第2章 三者三様奇想曲
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第9話 閑話 もう一人の勇者 △

 帝国ガルムヘル

 首都ロア郊外

 ルーチ邸


 コンコンコンと扉を叩く音がする。

 中の返事を待たず使用人は扉を開け、中に入る。


 普通ならば返事を待たず入室するなど有り得ない。

 中から返事があるまで辛抱強く耐えるのも、使用人の務めだからだ。


 だが何事にも例外がある。

 今回はその例外に当たった。


 使用人が中に入ると、むせ返るほどの汗と精の匂いで充満していた。

 部屋のあちらこちらに、若い男性が全裸で気を失って倒れている。

 ざっと数えると十五人ほどだろうか……。


 使用人はこの部屋で何が行われているのか、当然知っている。

 同じ女性として嫌悪するし、軽蔑もする。

 だがそんな感情は噯にも出す事はない。


「お嬢様、もうじきリリアン様がお見えになります」


 帝国において帝位とその血族に次いだ地位にいるのが六武将だ。

 その序列において第二席にいるリリアン。

 当然この場にいる誰もがリリアンに立って並ぶことが出来ない。

 そんな方の来訪、これが例外の理由だった。


 使用人の声に反応し、肉の群れの中からムクリと一人の女性が起き上がる。


「そう……なら今のうちに身体を綺麗にしないといけないわね」

「すでにご用意してあります。こちらへ」

「いいわ。あなたはコレを片付けておいて」


 コレとは果てている男たちの事だ。

 だらしなく涎を垂らし気持ち良さそうに寝ている。


 女は使用人に目もくれず、気怠げに部屋を出る。


「なんなら食べてもいいわよ」


 女は使用人の返事を待たず、湯浴みに向かっていった。


「……サイテー」


 使用人はまず部屋の換気をするのだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 程なくしてルーチ邸に一台の馬車が停まった。


 降りてきたのはもちろんリリアンその人だ。

 魔女と呼ばれる六魔将の第二席、重鎮中の重鎮だ。


 それを出迎える者はこのルーチ邸の主、リュシエンヌ・ド・ルーチだ。

 年齢は八十を超え、背は丸くなり杖を手放せないでいる。

 彼女の傍らには三名の使用人が心配そうに寄り添っていた。


「お姉様、お待ちしておりました」

「私も会いたかったわリシー」

「あぁ、お姉様……」


 リリアンはリュシエンヌを優しく抱きしめた。

 その光景の異様さに、側に仕える使用人達は、内心の動揺を表に出さないよう努めるのに必死だった。


 明らかに歳は主人であるリュシエンヌの方が上なのだ。

 それなのに魔女を姉と呼び、少女のように抱きしめられている。

 まるでそれが当たり前のように……。


「甘えん坊のリシー、皆が驚いてしまっているわ。そろそろ中に入れてくださらない?」

「……名残惜しいですが、いつまでもお姉様を立たせておくことも失礼ですわね。質素なところですが、精一杯もてなさせて下さいまし」

「ありがとう、リシー」


 屋敷内は確かにリュシエンヌの言う通り、質素の言葉が的を射ていた。

 だが通された部屋のいたるところには、手作りであろう人形やぬいぐるみが、大切に飾られている。

 これらは全てリュシエンヌが作ったものだと言う事をリリアンは知っていた。


「趣味が子供過ぎると笑わないで下さいましね」

「いいえリシー、ここには愛が溢れているわ。何も恥ずべき事はないのよ」


 リュシエンヌは現皇帝陛下の妹君で在らせられる。

 だがリュシエンヌの性は『ルーチ』、『ガルムヘル』ではない。

 また、彼女が帝国の国教に入る際に生涯独身を誓い、『ドミニク』の聖名を得ていた。


 故に、彼女は『リュシエンヌ・ド・ルーチ』。

 皇族でありながら、帝位継承権を自ら放棄し隠遁した皇女の名だ。


「それで彼女は元気かしら?」

「えぇ、さっきまでは大勢の男達と『遊んで』いたようで、もうすぐ身体を清めてここへ来るでしょう」

「うふふ、あなたに預けて正解だったわ」


 教育係としてリシーという人材は最適だった。

 隠遁したとしてもリュシエンヌが皇族だという事には変わりなく、彼女がいれば教養面では心配いらないだろう。

 そして、この場所も男を連れ込むならこれ以上ない立地と言える。

 ここで行われる全ての事は秘匿される。


「お兄様とお姉様の頼みですもの、きっちり『仕上げて』見せますわ」

「あら、頼もしい」


 二人の間に穏やかな空気が満ちる、紅茶と菓子を嗜みつつ会話に華を咲かせる。

 なんと贅沢な一時だろうか、そんな感慨深い情景もあっという間に終わりが来る。


 扉からノックが鳴り、使用人が入って来る。


「ローラン様をお連れいたしました」

「どうぞ中に入りなさい」


 使用人がお辞儀をし、すれ違う様に一人の女が入ってきた。


「リリアン様、ご機嫌麗しゅう存じます」

「あら、見違えたじゃないローラン!」

「そ、そんなに変わりましたでしょうか……」


 リリアンが驚く事も無理はない。

 出会った当初の彼女はそれは酷い姿だった。

 目は窪み、頬はこけ、髪に艶はなく、肌は蜥蜴族のようにガサついていた。


 それが今やどうだ。


 髪は艶やかで綺麗に纏まっている。

 蜥蜴族の様な肌は赤子の様に瑞々しく、そばかすも消えている。

 食生活も良くなったからか、頬にも程よく肉がついていた。


 ただ、窪んだ目は以前よりもマシになったものの、鋭い目は治っていなかった。

 ……流石にこればかりは、本人の心の有り様によるのだろう。


 だとしても彼女の美しさはどこに出しても、恥ずかしくないものに仕上がっていた。


「ではお姉様、また後ほど。ローラン、失礼がないようにね」

「はい、『お母様』」


 ローランはリュシエンヌを母と呼んだ。

 今のローランは『ローラン・ド・ルーチ』。

 ルーチ家に養子入りした。

 そしてまた、彼女もまた生涯独身を誓い『ドミニク』の聖名を貰った。


「座ってちょうだい、ローラン」

「はい、リリアン様」

「ここでの生活に不都合はないかしら?」

「まさか、ここでの生活は今までの人生でもっとも充実しています。皇帝陛下とリリアン様の慈悲に感謝してもしたりません」


 あまりにも模範的な回答にリリアンは少し困った顔を浮かべる。

 今の言葉が果たして本心なのか、今この場で確かめる術は……あるが、使うつもりはない。

 特段急ぐことではないので、長い目で判断する事にする。


「でも本当に良かったのかしら、あなたに『房中術』を施したのは今でも疑問に思っているのよ」


『房中術』、男の精を自らの糧とする術だ。

 この術は問題点が多々あるものの、その効果は絶大だ。


 現に今の彼女の放つ美貌が物語っている。


「皇帝陛下がお示しくださり、私が選択したのです。後悔などどこにありましょうか」

「それは母親になる将来を捨ててでも、選ぶ価値はあったのかしら?」


 そう、ローラン……いえ、クューニアはもう母親になる事が出来ない。

 それも、房中術の問題点の一つだ。


 一つ、女の躰にしか施せないという屈辱感。

 二つ、異性との性行為が必要不可欠という倫理観。

 三つ、子を宿せなくなるという絶望感。


 クューニアがそれらを投げ売って得たものは、それほどの価値があったのだろうか。


「それでも私は選びました。母親になる事よりも、勇者になりたい。そのための力を私は求めたのです」

「今どの程度まで?」

「そうですね……六武将の皆様にはまだ当分届きそうにありません。日々カイン様に叩きのめされてます」

「何て事なの……シュラはともかく、カインはまだ女性の扱いに慣れていると思ったのだけれど……」


 確かにカインは我が君からローランを仕上げるように言われていたけれど……。

 つまりは日中はカインに扱かれ、リシーに扱かれ、夜は男達の相手をしていたという事だ。


 ……何という情熱だろうか。

 いや、情熱よりももっと熱く、悍ましい別の何かが彼女を突き動かしているのだろう。


 ならば、私もそれを後押しするべきだ。


「ならより『良質な餌』を送るように進言しておくわ。そうそう、これはあの人からよ」


 リリアンが取り出したのは一振りの剣だった。


 柄に薔薇の蕾があしらってある見事な剣だ。


「これを私に?」

「えぇ、茨の剣。この剣にあなたの血を与えなさい。主人と認められれば、この剣は見事な薔薇を咲かせるでしょう」


 所謂『魔剣』と呼ばれる代物だ。

 所有者の『何か』を代償に発揮する魔剣には、固有の意思が存在すると言われている。


「ありがとうございます。……でも何故そのような剣を私に?」

「ガベルトからの報告にあったのだけれど、勇者の側にいる男……イクスと言ったかしら? 彼が武器に対する『魅了』を持っているとの事だったからその対策ね」

「魅了?」

「彼の前で武器を構えると、武器が魅了にかかって本来の実力を出せなくなる……らしいわ」

「彼にそんな力が……俄かに信じがたいです」


 ローランはイクスの顔を思い浮かべる。

 いつも酒に溺れてて、昼の木陰で気持ち良さそうに寝ていて……。

 瞳の奥がとても深く暗い色をしていた。


「気になるのなら直接ガベルトを訪ねてみるといいわ。ここ最近彼は資料室に籠っているらしいから」

「資料室……ですか?」

「えぇ、どうやらそのイクス絡みで何か調べているみたいよ」

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