第10話 閑話 もう一人の勇者 2
帝国ガルムヘル
首都ロア 行政区 情報局
情報局の資料室にガベルトは訪れていた。
というのも件の責任はロア皇帝陛下の名の下に許されたが、それでも角は立つので自主的にしばらくの間、謹慎する事を願い出た。
もちろん、表向きの理由だ。
本音はイシャルタからの言葉の真意を探る時間が欲しかった。
あの少年がザゥルカとどのような関わりがあったのか、それは純粋な知的好奇心だ。
自分よりも幼く、自分よりも未熟であるはずなのに、自分よりも遥かに高い次元にいた。
その強さの理由がわかれば……あるいは……。
だが、いざ調べれば調べるほど分からない事が増えていく。
椅子の背もたれに体を預け、疲れた瞼を閉じて見上げる。
「何か分かったの?」
「……クューニアか」
「ローランよ。それで、何が分かったのかしら? イクスの事を調べてるって聞いたけれど?」
「…………おしゃべりな魔女め。まぁいい、イクスについてお前に聞きたいことがある」
「それは良いけど……」
ローランはガベルトをチラチラ見ながら言い淀んだ。
「…………どうした?」
「あなたは何故こんなところでまで甲冑を着ているの? そういえば謁見の間でも甲冑を着ていたわよね。皆平然と流していたから私気にもしなかったけど、かなりおかしい事なのよね?」
「正直驚いた。ルーチ家に養子に入ったといってもまだ数日しか経っていないはずだ。もう違和感を感じられるくらい、教養を身につけたか」
「私もふしだらな生活ばかりしているわけじゃないのよ? 『お母様』は厳しい方ですもの」
祖母と孫ほどに年齢は離れているが、その関係は親子であった。
ルーチ家が養子先に選ばれたのは、ルーチ家が政治的に無力な貴族であり、なおかつ皇族に近しい立場であったからだ。
この先ローランが飛躍しようが没しようが、帝国には何の影響もない。
「それで、イクスについて聞きたいことって?」
「そのイクスっていうのは実名か?」
ガベルトの質問はローランにとってはあまりに馬鹿げていたものだった。
「……どうしてそんな疑問を?」
「帝国はザゥルカ滅亡後、生き延びたものや遺族の名前を一覧にまとめた。その中には『イクス』なんて名前は無かった」
「名前なんていくらでも偽装できるじゃない。当てになんてならないわ」
ローランの答えはガベルトにとって想定したものだった。
あくまで明確化させたにすぎない。
「そうだな。だとするとイクスの痕跡を見つけるには名前ではなく結果を見るしかない」
「結果って……まだ当時は子供だったのよ」
「だがイシャルタ……魔族が心酔するほどの少年だ。何もないわけがない」
「はっ!? 魔族って何のことよ!!」
それはローランには初耳だった。
「イシャルタはザゥルカでのイクスを見て以来、己が尽くすべき主人と見定めたようだ。ならばザゥルカで何かしら大きな事件に関わっているはず……そして見つけたのがこれだ」
ガベルトは一つの書類を引っ張り出した。
「アスラ、当時は奴隷闘士としてザゥルカにいた。年齢は十二歳から四年間、イクスと同じ黒髪だ」
「イクスの年齢と髪の色が一致している……でも黒髪なんてこの帝都でも結構みるわよ?」
髪の色が黒というのは珍しくはあるが、決していないわけではない。
奴隷で年齢と髪の色が一致しているという人間が、そう何人もいるとは確かに考えられないが、それでも決定打に欠けていることは否めなかった。
「さっき俺は結果と言ったな、こいつがザゥルカを滅ぼした元凶だからだ」
「は?」
ガベルトが事も無げに出した言葉をローランは受け止めきれなかった。
さも一国を滅ぼした事は重要ではないかのように。
「こいつは奴隷を一斉蜂起させ、ザゥルカに反逆した……らしい」
「らしいって何よ」
「あまりに不自然な点が多かったら俺自身真に受けずに忘れていた。帝国もザゥルカの奴隷解放に動いていたから記憶には残っていたが」
「不自然な点?」
ガベルトは更に別の書類をローランに差し出した。
見れば人の名前が羅列されていた。
「まずは一斉蜂起したはずの奴隷達が、ほとんど生き残っている点だ。それは一斉蜂起した奴隷達の名簿だな」
「それのどこが不自然なの?」
せっかく生き延びたのに、不自然と言われるのは無念だろう。
「内乱が起きたのならば、奴隷達にも被害があったはずだ」
「奴隷達が凄く強かっただけじゃないの?」
「奴隷がそれだけ強いのならば、ここまで圧政に苦しむ事も無かっただろうな」
確かに、それだけの力を奴隷達が持っていれば、この結果は生まれなかっただろう。
ローランも、この出来事の違和感を感じ取れるようになった。
「この名簿の正確性は?」
「ザゥルカの死体やその関係性を調べ上げた時、名簿に漏れがない事も複数の奴隷達の同意を得られている。死体の名簿もあるぞ」
ローランはガベルトが指差したところに、山積みになっている書類の多さにギョッとする。
あれら全てがザゥルカで死んだ者の名簿なのだ。
「ザゥルカの遺体の全てはザゥルカの民草だった……闘技場以外はな。一体何をすればこんな結果になる?」
「……一方的な虐殺?」
「具体的な手段が思いつかん。自陣に全くの被害を出さずに一方的に殺し尽くすなんて術を、軍人の俺でもそんな術は知らない」
「貴方が思いつかない事を私が思いつくわけがないわ。それでイクスがアスラって名乗っていたのでしょ? それじゃあダメなの?」
「うむ、このアスラって奴隷がイクスなのであれば、話は簡単だった」
「違うの?」
ローランは元より、話しているガベルト自身が思考をまとめられないでいるようだ。
「反逆者アスラはザゥルカ王と相打ちして死んでいる」
「なんだ、じゃあイクスはアスラじゃないんじゃない」
「だがイシャルタが心酔するような人物が他に見当たらない」
「ならアスラがイクスだったんじゃない」
「お前という奴は……」
ガベルトは兜越しに頭を抑える。
その仕草がローランには少し面白く見えた。
「いい、過程に是非を考えても無意味よ。結果に問わなければ駄目なの」
「…………」
「なに? どうかした?」
「お前にしては至言めいた言葉が出たな」
「酷いわね!? ともかく!! 結果に焦点を当てて考えてみなさいよ!!」
「う、うむ……まずはこれだ『アスラ以外にイクスと思わしき人物がいない』。これは是だ」
「でもアスラは既に死んでいるわ」
「それは非だ」
「でも死体はあったのでしょう?」
「そうだ、これも複数人で死体を検分をして意見が一致している」
「イクスが本当にアスラであるなら、その意見の一致が嘘っていう事になるわね」
そこでガベルトは黙ってしまった。
「……どうしたの?」
「待て……いや、おかしい……のか?」
「何一人で混乱しているのよ」
「……ローラン、俺の意見でおかしいところがあれば言ってくれ」
「……何よ」
「イクスは、本当にイクスなのか?」
ローランは言われた意味を直ぐに理解した。
理解した上でこう返答した。
「貴方本当に馬鹿なのねぇ〜」
かつての自分を想起させるその言い回しは、ローランにとって無意識的に吐いた言葉だった。




