第8話 勇者祭-後の祭り-
まずい。
実にまずい。
「俺はお前の敵だ」なんてついイキった事を言い放ったが、さっきから体調が徐々に悪くなっていっている。
具体的には結界をぶち抜いて、この小さな闘技場に乱入した直後からだ。
軽い目眩が起こり、すこし休めば治るかと思ったが……今は逆に症状が悪化していっている。
目眩は引いたが、代わりに徐々に膨れ上がっていく虚脱感が身体中を蠢めいているかのようだ。
意識すればどうという事はないが、ふとした時に眼や手足に力が入っていない事がある。
それでも回避できるし、相手の動きを見逃す事はないがこれ以上長引けば分からない。
直ぐにでも決着をつけたいが、さっきの俺の発言のせいで相手の眼の色が明らかに違う。
なんて余計な事をしたと自分を叱ってやりたいが、やってしまった事は仕方ない。
アルベルトはボロボロになりながらも懸命に立ち上がり、斧槍を構えこちらを見据えている。
「君の名前は?」
「イクス」
「イクス、君に感謝を。そして謝罪を。俺は自分の未熟さを置き去りにしていた」
「……本当に良い眼をするようになりやがって」
「君のおかげだ。そして君の敗北の理由でもある」
「はっ、もう勝った気か?」
「君に俺の未熟さが……惨めさが見えているように、俺も君が見えている」
「……なに?」
「君の剣には何もない。『誇り』も『欲』も『夢』も、凡そ人が込めるべきものが君の剣には込められていない」
当たりだ。
剣で誇りを得た事はないし、何かが欲しいと考えた事もない。
剣を振る事で夢を見た事もない。
俺にとって剣は生きる事そのものだ。
生きるために剣を振ってきた。
「それがどうしたっていうんだ?」
「君はその剣では何も得られないし、何も守れないだろう。君が出来る事はただ壊すだけだ」
……当たりだよ。
「俺は聖騎士、この斧槍には守護の願いと貴族としての誇りを込めている。負ける道理がどこにあろうか」
俺にボロボロにされているじゃねぇか……なんて言わない。
これは鼓舞だ。
己自身を鼓舞している。
鼓舞?
「……お前……まさか!?」
「そう、これから俺は最後の力を振り絞って君に武技を放つ! お互い使わなかった武技だ。君も使えるなら使えばいい」
アルベルトの構える斧槍が淡く光る。
それは清涼感を感じさせる緑だった。
「振り重なる二十の刃『環連撃』」
あふれ出る魔力が十、二十と鋭い刃となり、斧槍の斬撃に連なる。
それは旗を振るよう。
まさに騎士道を歩む者が放つ武技に相応しい。
「っ!!」
イクスは瞬時に理解する。
防いでは駄目だ。
幾つもの刃に押し負ける。
躱しては駄目だ。
躱した先で幾つもの刃が待っている。
防いでも、躱しても駄目。
ならばどうするか。
イクスは己の武技に脳裏をよぎらせるが、直ぐにその考えは捨てる。
イクスは武技を使わないのではない。
使えないのだ。
ならば手は無いのか。
イクスは剣を鞘にしまった。
「馬鹿が!! 俺との勝負を投げ出すか!!」
「……誰が、投げ出すか!!」
イクスの言葉はアルベルトに届かなかった。
何故ならイクスが言葉を発すると同時にアルベルトは吹っ飛んで柵に叩きつけられていたからだ。
「な、何が……っ?」
防いでも、躱しても駄目ならば、武技が放たれる前に潰すしかない。
超加速による近接による殴打。
それがイクスの出した答えだった。
剣を使えばアルベルトを殺していただろう。
壊す事しか出来ないイクスが捻り出した、不殺の攻撃が今の拳だった。
「勝ったのは俺だ。俺の仲間に手を出すなよ」
「……あぁ、俺の負けだ」
「ちっ、頑丈な奴」
仮に自分が負けていたとしても、アルベルトは仲間に手を出すことはなかったかもしれない。
そう思えるくらい、晴れ晴れとした顔をしていた。
なんだかそんなアルベルトが無性に妬ましく、そんな悪態を最後にイクスは意識を手放した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「「「「イクスっ!?」」」」
突如、勝ったはずのイクスが倒れた。
全く予想していなかった光景に目を疑うレイラ達だったが、一番早くイクスに駆け寄ったのはサカモトだった。
サカモトの背中を見て皆我に返り、イクスの元に駆け寄る。
「何これ……貧血? 脈は……良かった、ちゃんと動いてる」
「典型的な魔力欠乏症の症状なのです。休めばすぐ元気になるのです」
「良かったぁ〜。もぉ〜なんで圧勝した方の人間が倒れるのよ!」
レイラ達は安堵の笑いを零すが、一人だけ両手で口を覆い震える者がいた。
「……ステラ? どうしたの?」
「……ちょっと今そういうの求めてないのです。空気を読むのですよ」
ステラの視線が倒れたイクスとレイラ達の間を不規則に行き来する。
明らかに様子がおかしいステラにレイラ達は漸く違和感を覚えた。
「忘れたのか……イクスは魔力を体外に排出できない。本来イクスの身に魔力欠乏症など無縁のはずなのだ」
「でも今なってるのです」
「いいか、普段から体外に排出されないという事は、常に身体の中魔力が満たされている状態だという事だ。普段魔力を補充していないイクスが生成できる魔力は限りなく無いに等しい。再びイクスの魔力が満たされるのに、一体どれだけ時間がかかるか……。下手をすればこのまま衰弱死する可能性だって――」
「そんなっ!? どうにかならないの!?」
「どうにかなるんじゃない? ねぇ組合長」
狼狽えるレイラ達にオーラフとハルトマンが駆けつけた。
「一先ず宿へ運んでくれ。私は魔力ポーションを持って駆けつけよう」
「さぁ、私達は宿へ急ごう。あ、私は体力に自信はないから君達が運んでね」
「「「「ハルトマンさん、ありがとうございます」」」」
「あれれぇ〜? 私には?」
町長の声に反応する者はいなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目を開くと、そこは黒い世界だった。
本当は目を開いていないのでは無いか?
そう疑わせるほどの黒い世界に、ゆらゆらと水面に揺蕩うように自分はいた。
ただそこに息苦しさは無い。
(俺は……そうだ、アルベルトと戦っていたはずだ)
意識ははっきりしていた。
ここはどこだろうと首を振ってみるが、黒い視界は変化することがなかった。
(なんだ? この状況に既視感を感じる……)
いつか体験したような……思い出せない。
『……らない』
どこからか声が届く。
反響しているのか、この声の主がどこにいるのかわからない。
『……んとにくだらない。ほんとにだらしない』
声からして子供の声……聞き覚えのない声だ。
『あの程度でへたばってさ、随分と腑抜けになったよね』
何を言っている? 誰だお前。
声を出しているつもりだったが、どうやら声を発していないようで、声の主はそんな俺をカラカラと嗤う。
だが、この子供の声には苛立ちめいた感情がこもっている。
『さっさと全盛期にもどんなよ、じゃないとまた失うよ』
失う? お前はさっきから――
『そういうのいいから。次会う時にまだ腑抜けていたら……』
この声の主がどこにいるのか……わかった。
俺は上を見上げる。
『ぶっ殺してやる』
爛々と輝く二つの眼が、目と鼻の先の距離でこちらを凝視していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目を開くと、そこは暗い天井だった。
「……こ……こは……」
頭の鈍痛に耐えながら、虚ろながら周囲を見渡す。
どうやら宿のベットに寝ているようだ。
皆はどこだろうかと思い、起きようとしたところで強い違和感を覚えた。
身体が思うように動かない。
「な……に、が」
「あ、おはようございます。良かったぁ~、せっかく来たのに寝てるんだから」
聞き覚えのない声の主は、開いた窓に腰掛けてこちらを見下ろしていた。
軽くウェーブがかった桃色の髪の可愛らしい少女だった。
「き……みは?」
「ノノンはノノンっていうんだよ」
見るからに怪しい少女は屈託なく笑っている。
距離を取ろうと無理矢理身体を起こす。
「あぁいいよ寝てなよ、無理して起きる必要ないって。ってまぁそれも無理な話か、ノノンちょーあやしーもんね」
怪しいと自覚しているようだ。
ノノンはイクスが寝ているベットに腰かけた。
「ごめんね」
「な……に?」
「アルベルトはノノンの護衛だからね、あそこまで暴走するとは思わなかったのだよ。だから飼い主のノノンがこうして謝罪にきたわけ」
イクスは身構える事さえ敵わずノノンに押し倒された。
見ず知らずの少女に唖然とするばかりだったが、目の前の少女がアルベルトの雇い主? だということが分かり更に戸惑う。
「お……れいまい、り?」
「謝罪っていってるのに!? って君声おかしいの?」
イクスの不調をノノンは感じ取り、イクスの喉に手を当てる。
触られた喉が少し熱を持つのをイクスは感じた。
……別に異性に触れられてドキドキしているわけではないと、イクスは誰に対してしなくても良い言い訳を心の中でする。
「ありゃぁ~魔力が底を着いちゃってるんだ。あれ? もしかして自分じゃ補充出来ない子?」
森でステラに言われた事を思い出した。
魔力を体外に排出できないから魔術を行使出来ない。
……外に出せないという事は、内に入れられないという事なのか?
「その様子じゃ今まで枯渇させた事ないんだ。今時枯渇して倒れるって子供ぐらいなものだよ」
無邪気に笑われ思わず赤面してしまう。
仕方ないじゃないか! 今までなった事がないんだから!!
「まぁ今回初めて空っぽになって身体がびっくりしているだけだから、その内回復する量も増えるようになるんじゃない? でもそうなると今晩の舞台は観てもらえないのかぁ…………フヒっ☆」
そうか、まだ身体が慣れていないだけで回復するようになるのか……それは良い事を聞いた……フヒ?
目の前にいる少女が見せていた無邪気な笑みが、突如下卑た笑いに変質した。
イクスは全身で危険だと感じ取るが、ノノンの行動はそれを凌駕していた。
「っ、おまムグッ――――」
「むちゅーーーーーーーーー☆」
ノノンの唇がイクスの唇と重なり、すぐさま舌が割って入ってきた。
「んっ……はむ……くちゅっぷ……あむ……」
イクスに馬乗りになり、両膝で両腕を抑えられた。
何とか押し返そうと反抗するもノノンの舌はそれを捌き、イクスの口内を凌辱していく。
ノノンは余裕気に行為を続けるがイクスは混乱の渦に叩きこまれていた。
脳の奥が蕩けていくような快楽と次第に強くなっていく息苦しさで、イクスはまともな判断力を失いつつあった。
それでも尚も抵抗を続けるイクスとノノンの行為は、唾液が弾ける淫靡な音と僅かにこぼれる息によって暗い部屋にこだましている。
「むちゅぷ……ぷはーーーーーっ、ごちそうさま☆」
「おまおまままま何してくれてん……あれ?」
漸く離れたノノンから距離をとったところで、イクスは自身の快調に気付いた。
少し怠さは残るものの身体が動き、喉の通りも元に戻っていたのだ。
驚くイクスにノノンはしてやったりと満面の笑みを見せた。
「ど~よぉ、世界の歌姫ノノンちゃんとチューして元気になるとか。このぉ~幸せ者め!!」
「これは一体……何にしてもありがとう」
「わぉ思いもよらぬほど素直な反応!? アハハ照れちゃうぜ。でも言ったでしょ謝罪に来たって、賠償保障は飼い主の責任なのだぜ☆」
ノノンも心なしか顔を赤くしている。
身構えていた事が悪い気がしてくる。案外良い奴なのかもしれない。
「じゃあ動けるようになったようだし、今晩の舞台は問題ないね☆」
「……舞台?」
「ノノンは歌姫であるからして、謝罪の意味を込めて特別に君達を招待しよう!」
ノノンは胸元から数枚の紙きれを取り出した。
歌姫……姫?
どうも目の前の少女からそんな高貴な雰囲気は一切感じないのだが……。
それよりも……
「俺達?」
ノノンはちょいちょいと扉の方を指をさし、つられてイクスは顔を向けた。
「「「「………………………………」」」」
先程まで閉じられていた扉は開かれ、レイラ達が目を丸くして立っていた。
「おま……いつから……」
「「「「随分とお楽しみでしたね」」」」
「ち、ちがっ……おい!! お前からも……いない!?」
目の前から忽然と姿を消し、辺りを見渡すと窓にノノンは立っていた。
「じゃあ今晩来てね、特別席を用意して待っているから。ばいびーー☆」
くるっと窓から出て今度こそ姿を消すノノン。
残されたイクスはそれを見送る事しか出来ず、更に言うなら振り向く事が出来ないでいた。
そこに後ろから優しく肩に手がかかる。
その手が誰のものか、イクスは見なくても分かった。
「……ねぇイクス」
「……ハイ」
「こっち向いて」
「……イヤデス」
「……なんで?」
「……ユルシテ」
「あはは、許すとか許さないとかおかしいイクス」
「……怒ってない?」
「怒ってないよ」
「……ほんと?」
「本当だよ~。だからこっちを向いて」
「あぁ~良かった。俺は――――」
振り向いた事を後悔した。
振り向くべきでは無かった。
……いや、振り向かなくても結末は同じだったんだろう。
ただ一言、
「お話、しようか」
その言葉は俺の魂に恐怖として刻まれる事となった。
BAD END
続きます。




