第5話 勇者祭
何事もなく迎えた朝。
扉を叩く音で目が醒めた。
『イクスぅぅ! おきてぇ〜〜〜!!』
「……んっ。あ?」
なんか鈍い……。
頭もそうだが、右腕も……。
寝ぼけ眼で視線を右腕に移すと、人の腕を枕にして寝ているイースラがいた。
…………まぁいいか。
起き上がり扉を開けてレイラを招く。
レイラはいつも通りの格好に戻っていた。
「おはよう」
「おはようイクス! なんかね! 町が騒いでるの!!」
「町が? ……そういえば祭りがどうとか言ってたな」
「ねぇ行きたい! イクス!」
「はいよ。ほらイースラもそろそろ起きる」
ぺしんぺしんとお尻を叩いてイースラを起こす。
後ろでレイラがビクッと震え小さな悲鳴を漏らしたが、イクスの耳には届かなかった。
「お……兄さん……おなか……へっ……た……のでぐぅぅぅ」
「こらこら」
「ん〜〜」
寝ぼけたイースラは両手を出して甘えてくる。
『着替えさせて』とでも言いたいのか?
鼻を摘んで左右に振る。
「ん”〜〜〜〜!? なにするのです!? ひどいのです!」
「よ、おはようさん。祭り見にいくんだと。三十秒で用意しな」
「!?」
祭りの一言で食べ物を連想したのだろう。
その後のイースラの動きは俊敏だった。
「……ねぇイクス?」
「どうしたレイラ?」
「仲良すぎじゃない? ……目覚めた?」
「だから俺はホモじゃない」
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勇者祭。
聖なる神々によって選ばれた、勇者の誕生を祝う祭りだそうだ。
このイヤル町、神聖王国領だけではなく、世界中で大騒ぎなのだそうだ。
祭りと聞いて楽しそうだと思うが、心の底からは楽しめそうにない。
世界中……それだけ勇者を待ち望んでいる人がいるという事だからだ。
レイラが勇者だと知られれば、どんな事態が起こるか予想できない。
今は無邪気に笑っているレイラも、既に理解しているのかもしれない。
意外に聡いからな。
俺は出来る事をしよう。
それしかない。
レイラ、イースラと一緒に一階に降りると、既にステラとサカモトが待っていた。
「遅いぞ! 祭りが終わったらどうする!」
「終わらねぇよ!? どんだけ楽しみなんだよ」
ステラの目の下には、うっすらとだが目の下に隈が出来ていた。
「まぁまぁ、楽しみなのは仕方ないよ」
「サカモト殿ぉ〜〜」
「今日はどうする? 露店まわってみる? 大道芸も中央広場に集まってるよ」
「大道芸!? 何それ見たい!!」
俺は服とか装備……組合を見たかったが、さすがの俺もそこまで空気が読めないわけじゃない。
「じゃあ露店で食いもん買って大道芸とやらを見に行こう」
「じゃあ皆、これお小遣いね。一人十銀貨までだから」
「十銀貨か……迷うな」
「油断したら一瞬で消える額なのです。ここは慎重になるべき……なのです!」
「イースラが語尾を忘れかけるぐらいなのか……まぁココにいても始まらないし、そろそろ行こうか」
「そうね。……ところで銀貨って何?」
露店を回りながら、サカモトはレイラに通貨について教えていった。
鉄貨五十枚で銅貨一枚、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚等々。
他にもこの店のココが安いとか、ココに価値があるだとか話題が尽きない。
レイラも興味深くサカモトの声に耳を傾けていた。
「まるで恋人同士だな」
「そうなのです? ボクには兄妹に見えるのです」
「親子じゃないか? ほら、雛鳥に餌を与えてる親鳥みたいな」
「「……あぁ」」
「「聞こえてるんだけど!!」」
そんなふざけたやり取りをしながら、気付けば腹は膨れつつ、大道芸人が集まる中央広場にやってきた。
「わぁーーーー!? ねぇイクスすごいよ! あ、あの人口から火吐いてる!?」
「向こうでは火の玉でお手玉しているな!」
「うぇ!? あの人剣を飲み込んでいるのです!?」
「ひぇっ! 剣で刺されてもピンピンしてる……タネも仕掛けもあると知っていてもゾクゾクするぅ」
「確かにすげぇわ……この町にこれほどの芸人がくるものなのか」
神聖王国領の隅っこの田舎町のはずなんだがな。
そう思いながも、純粋に感嘆の息が漏れる。
見る者を楽しませる……見事な技だと。
そうして見ていたら後ろから声をかけられた。
「楽しんでいただけているようで何よりです。頑張って人を集めた甲斐がありました」
立っていたのは口髭を生やした細身の男性だった。
身なりの整った服装に清潔感のある髪……丁寧な物腰からして貴族ではないだろう……。
「あなたは?」
「失礼、あまりに楽しそうに見てくださったので、つい不躾に声をかけてしまいました」
コホンっと胸を伸ばし、優雅にお辞儀をしながらその男は名乗った。
「私はオーラフ、この町の町長です」
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「楽しんでいただけているようで安心しました」
「すごい活気ね! 私の村と大違いよ!」
「これでも苦労の連続だったのですよ。保養所や避暑地、別荘地の開発と貴族様への誘致。この祭りも事業の一環です」
「貴族ですか、随分明け透けに語りますね」
レイラは目を輝かせているが、サカモトは何やら表情が硬い。
商売の事でも考えているのだろうか。
「自慢話ですから。この活気は紛れもなく、この町の皆と私の努力の結実なのです。ただ――――」
オーラフ町長は「少し不安な事があります」と声は小さくなり、不思議そうに言葉を続ける。
「ココは王国領の最も東端の町なのですが、『何故か聖騎士団はこの町を通って』森に入っていかれました。さらに不思議な事に彼らが帰ってきた時には『勇者様を連れていなかった』のです。彼らは何処に行って、勇者様は何処に行ってしまったのでしょう。『東側から入って来られた』あなた方は何かご存知ないですか?」
背筋が凍るとは今のような時に使うのだろう。
この男は最初っから知っていて近づいてきたのだ。
最初っから……俺達が森を抜けてこの町の東側にたどり着いた瞬間から。
それに気付いたイクス達は表情を変えないよう努めるので精いっぱいだった。
返答しなければ、そう焦るイクス達に変わり返答したのはサカモトだった。
「あぁそれですか。ここからさらに東に行ったところにカミュナ村って小さな村があるんですが、そこで勇者宣言が行なわれましたよ」
サカモトはこの男に対し、真っ向から受けて立つ事にした。
下手に嘘をつけばレイラが勇者だと露見してしまう。
サカモトの返答にオーラフ町長は意外だったのか、驚きで返す。
「本当ですか!? では勇者様はこちらへ?」
「いえ、ほぼ同じ時に帝国領からの侵略がありまして……村には甚大な被害が……。何とか勇者様が撃退したんですが、なんか黒い全身鎧の男を逃したとか言って山に入ってそれっきりです。今頃は帝国領じゃないんですかね」
さすがサカモト。
ほとんど嘘は言っていない。
これで納得してくれると助かる。
目の前の男が口が軽ければ、この後の旅で楽になる。
逆に堅かったとしても不利益はない。
この男がどこまで知っているか分からないが、辻褄が合っている事を願うばかりだ。
「はぁ……それは、まぁ……残念です。それではあなた方は」
イクスはサカモトに話を合わせる事にした。
といっても、ほぼほぼのお膳立てはサカモトがとってくれたので、破綻するような事もない。
「まぁ村で生きていける人数には限りがありますから、俺……私達は着の身着のままで旅を始めたんです」
「それでですか……大人がいないのは……」
どうやら納得してもらえたようだ。
俺達のなかに大人がいない事を憤っている。
根が真面目な男なのだろう。
「気にをなさらいで下さい町長。私達はあくまで旅人であって、難民ではないのですから」
とはいえ、あまり長く関わってボロを出したくない。
さりげなく自分達はこの町にやっかいになる気はないと告げる。
「あぁ……いえ、何かお力に成れる事があれば遠慮なく相談して下さい!」
「いやいやいや、町長はお忙しい身でしょう。煩わせるわけには……私達は明日にでも冒険者登録するつもりなので」
「冒険者!! ちょうど良かった! 組合もこの中央広場で出し物をしているんですよ!! 組合長もいるはずです、是非紹介させて下さい」
オーラフ町長は話していた俺ではなく、レイラの腕を掴むとそのまま引きずり始めた。
「ちょ、え!? 何で私っ!? ちょ、イクス助けて!!」
止める間もなく、レイラとオーラフは雑踏に紛れて行ってしまった。
「は!? レイラ!?」
「ゆゆゆ誘拐事件なのです! 事案発生なのですよ!!」
「とりあえず追うぞ!」
「まぁ勇者は厄介事に巻き込まれるのがお約束だし、多少はね?(震え声)」
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レイラがオーラフ町長に手を引かれながら連れてこられた先は一つの天幕だった。
「失礼するよ! ハルトマンさんはいるかな?」
オーラフ町長が声をかけると奥の方から筋骨隆々のおじさんが一人、レイラの元へやってきた。
何日も家に戻れていないのか、寝癖を直そうともしておらず、眠そうな目をこちらに向けながら頭をガリガリ掻いている。
「どうした町長、見ての通り私は酷く多忙なんだが……」
「ハルトマンさんにこの子を紹介したくてね」
「は? このお嬢さんがどうかしたのか?」
値踏みをするようにレイラを見るハルトマンだったが、直ぐに興味を失ったのか視線をオーラフ町長に戻す。
「実は冒険者になりたいそうなんだけど、ちょうど良く君の出し物があるじゃないか。彼女をそれに参加させてもらえないかと思ってね」
町長は手を擦り合わせながらハルトマンと呼ばれた男性に頼み込んだ。
「出し物? 火を吹いたりするのかな?」
知らぬ間に話が変わっていてビックリするレイラだったが、当の組合長は難しい顔をしていた。
「質の悪い冗談だ。どう見てもこのお嬢さん理解していないじゃないか。登録だって明日になれば出来るんだ、やめておけ」
「明日でいいです」
「ほら、お嬢さんもそう言っている」
未だに何をするのか分かっていなかったレイラだったが、何やら危険な香りを感じ取っていた。
「えぇーー。可愛いし盛り上がると思ったんだけどなぁ。……どうしてもダメかい?」
「そもそも何をさせる気なのよ」
「冒険者組合なんだから決闘形式の模擬戦だ。模擬戦っていっても怪我だってするし、下手をすれば死ぬ事もありえる危険な――」
「やります」
「なんでそうなる!? 君は私の話をちゃんと聞いていたのか?」
「戦えるんですよね? 私戦いたい!」
ハルトマンが唖然とするのは仕方ない事だった。
一見して極々普通の女の子が、まさか己の口から戦いを望む言葉を吐いたのだ。
気が狂った狂人の類ではない事は、彼女の真剣な眼差しから察したが、その事がかえってハルトマンには異質な存在に映った。
もちろん、目の前にいるか弱い少女が勇者であろう事など夢にも思っていない。
当の本人も、自分が勇者である自覚はほぼほぼ無いに等しい。
だがそれでもレイラは戦いを望んでいた。
レイラ自身、戦いに身を置いたことは未だない。
肥翼竜には追い回され、古樹竜には為す術もなかった。
影狼にもレイラは無我夢中で剣を振るうしかなかった始末だ。
レイラはあの日の自分と決別したかった。
この機会はレイラにとって願ってもないものだ。
森でイクスに訓練を付けてもらった。
脳裏ではイクスの戦い方が焼き付いている。
剣も魔法剣という特別なもので、振るうのに問題は無い。
ただ実感したかった。
自分は役に立てるのだと自信が欲しかった。
「まったく、なんて目をするんだ。……良いだろうそこまで言うなら参加させよう。せいぜい死なないように気張りなさい」
「ありがとう!!」
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「……どうしてこうなった」
イクスは頭を抱えた。
いきなりレイラが目も前から連れ去られ、必死で追いかけていたら何故かレイラが決闘場に上がっていた。
柵の向こう側でレイラが剣を持って立っている。
「いや本当になんでだよ!?」
レイラが何故かやる気満々なのも解せないが、こいつをこの場に上げた奴もどうかしている。
「あわわわわわ大変な事になっているのです!」
「レイラを助けるぞ!!」
「そうだね、入口に急ごう!」
柵伝いに人の群れを掻き分けながら入口に近づくと、運営と思しき二人の男が道を阻んできた。
「すまないが、観戦なら向こうで見てくれ」
「悪いがここから先は関係者以外立ち入り禁止だ」
「俺達はあいつの関係者だ!! 今すぐあいつをこの舞台から降ろしてくれ!」
そう言うと男達は困った顔で見合わせた。
「えっと、どうする?」
「どうするも、辞められるわけないだろう。 もう始まる直前だぞ?」
「そこを曲げて頼む! 冒険者とだなんて、赤子と魔物を戦わせるようなものだぞ!」
「お、落ち着いてくれ。何も本当の決闘じゃない。これは冒険者組合の出し物で『お遊び』なんだ」
「き、危険は無いのです!?」
「相手をするのは熟練した冒険者さ。万が一もありえない」
そこまで言われると流石に、これ以上は詰め寄れなかった。
「何の騒ぎだ?」
「あ、組合長!? いえ、どうやら参加者の身内のようでして……その、辞めさせろと」
現れたのはガッシリした体躯の男だった。
「そうか、心配するのは当然だな。私の名前はハルトマン、冒険者組合を取り纏めている」
「あんたの事は興味ない。それよりも何でレイラが舞台に上がっているんだ?」
「本人が望んだからだ」
端的な返答だった。
「心配するのも分かる。だがこの催し物は冒険者ではない一般市民向けの『お遊び』だ。危険が無いよう我々も最善の配慮で臨んでいる、どうか安心してほしい」
責任者の言葉にステラ達は安堵する。
「こちらで席を設けよう。彼女に精一杯声援を送ってやると良い」
「……ここまで大人の対応されると抗えないね」
「レイラもやる気のようだし、一先ず様子を見よう」
「……お兄さん?」
「……あ、いや。分かった」
レイラは何故、自ら望んであそこに立っているのだろう。
ステラ達は何故、あの男の言葉に安堵したのだろう。
俺は何故、こうも胸がざわつくのだろう。
分からない、皆の考えている事が。
分からない、俺は何故こうも不安に駆られるのか。
何も分からない。




