第6話 勇者祭-はじめての決闘-
決闘を控えたレイラは天幕で自分の出番を待っていた。
先程からドクンドクンと早鐘のように、自分の胸の音が耳に響く。
今更ながら自分の決断に怖気付いている。
村での魔物と戦った時は何もかも必死だった。
竜の時は何もかも現実離れしていた。
イクスの時はどこか他人事だった。
でも今は違う。
相手は熟練した冒険者。
血の通った人間で、他でもない自分自身が選んだことで……。
周りにとっては『遊び』でも、私にとっては違う。
「そんなに緊張しないで下さい。大丈夫ですよ、ちゃんと手加減してくれますし、神官もいますし治療費もこちらで持ちますので」
何が大丈夫なのか良くわからない。
目の前の女性が何やら説明してくれていたけど、ほとんど良く分からなかった。
「じゃあ頑張ってくださいね、女性で冒険者を目指す方は貴重なので。個人的にも応援してます……そろそろ時間ですね」
そう言うと女性は天幕の出口へ促す。
外の眩しさに目が慣れると、そこは柵に囲まれた舞台があった。
『さぁて今回の唯一の勇気ある挑戦者、レイラちゃんだぁぁぁああ! なんとこの辺鄙な町より更に奥の秘境から出て来た旅人らしいぞ! 彼女が何回戦まで挑めるのだろうか! 皆応援してやってくれぇぇぇえええ!』
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
なんか凄く盛り上がってる。
けれどその歓声よりも、今はこの逃げ場のない舞台に身が震えるのを感じる。
(フフフ、今更怖がってどうするのよ)
手には魔法剣、腰にはイクスのショートダガーを提げている。
何となくブンブンと剣を振ってみる。
(大丈夫、私は……やれる子!)
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観覧席に案内された俺達は、レイラを心配そうに見守っていた。
「あの人すごい声が大きいのです」
「出力を間違えてないか?」
司会の男性の声がやたら大きいのは、手に持っている『魔道具』の力なのだろう。
魔道具っていうのは硝子や水晶、宝石等に『刻印術式』を施し、特定の効果を発揮する道具のことだ。
あの魔道具は声を大きくする効果のある魔道具なんだろう。
闘技場でも日常的に使われていた魔道具で見覚えがある。
奴隷時代思い出して辛いんですが……。
『彼女の対戦相手はこいつだぁぁぁぁ『荒くれバギー』!!……え? マジ?』
司会の男性が喋りながら狼狽え始め、それを聞いた周囲の人間も一様にざわつき始める。
『マジかよ!? なんで奴が参加すんだ大人気なさすぎんだろ!?』
『逃げろ嬢ちゃん!! ぶっ殺されんぞ!!』
『いくら荒くれでも流石に女の子に乱暴は……』
『馬鹿! 荒くれは荒くれてるから荒くれなんだろうが!!』
『あぁぁなんてこった!! に、逃げてくれお嬢ちゃん!』
何だ? 不穏な雰囲気になっている。……そんなにヤバい奴なのか?
いや、だが組合長は安心しろといっていた。
「おい、何故あいつが出ている」
「いえ、自分も熟練した冒険者だと言って自分から……」
「誰も止めなかったのか?」
「止めようとした職員も冒険者も今は皆ベットの中です」
「……」
「…………」
「そうか、なら仕方ないな」
「何が仕方ないんだクソ組合長!?」
思わず胸ぐらを掴み上げる。
「大丈夫だ、彼は冒険者の中で最も熟練した冒険者……大丈夫だ」
「目を反らしながら言う言葉じゃねぇーーー!! ステラ、一緒に止めに入るぞ!! イースラは回復魔法の準備をしてくれ!!」
「わ、分かった!!」
「はいなのです!!」
「ぼ、僕は!?」
「何か上手い事立ちまわってくれ!!」
「ざ、雑すぎぃ!? だけど分かったよ!!」
俺とステラは柵まで走り寄り登ろうとする。
だが見えない壁のようなものに阻まれた。
「無理だ。結界があって外からの侵入は出来ない」
「何ぃ!?」
「中でどれだけ暴れても外から安心して観覧できるための配慮だ。 裏目に出てしまったな」
「落ち着いて何言ってんだ!?」
「落ち着いている? 私が? 無茶苦茶狼狽えているぞ」
顔をよく見てみたら目が小刻みに震えている。
「くそっ、この結界どうやったら突破できるんだ」
「解除には時間がかかるのです!」
「チッ、何故ここまで頑丈な結界を……」
柵を思いっきり叩くがビクともしない。
嫌な予感は当たった。
「……レイラ!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ダぁ〜メダメよ、ダメダメちゃ〜〜ん。柵の中に入ったからには逃さねぇよぉぉ〜お」
向かい側から入って来たのは巨体の禿げた男の人だ。
袖の空いた黒のレザージャケットとレザーパンツ、銀のボタンで縁取りがされたそれを着て、手には同様の穴あきグローブを嵌めている。
……格好良い? よく分からない。
でも凄く強くて怖そうな事は分かった。
「なぁにが副賞だよぉお、下手に冒険者増やしてもあっけなく死んじまうくせによぉ! 夢なんて見させねぇ。命の大事さってやつをよぉ。骨身に刻んでやんぜぇええええ!!!」
鐘の音が鳴るの待たず、まるで壁が押し寄せるかのような迫力で『荒くれバギー』が突撃してきた。
右拳を唸らせ突き出してくる。
たまらず悲鳴を上げながら目を瞑ってしまう。
「何ぃ!?」
それでも何とか躱せたようだった。
「まぁ偶々か。可愛らしい悲鳴だなぁ『キャッ』だってよぉ~」
「しょ、しょうがないでしょ!! 怖かったんだから!」
「じゃあ辞めちまえよ! 向いてねぇんだよ!! おめえみてぇなガキは家に帰ってお人形遊びしてりゃ良いんだよ!!」
「むーー!!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ひ、ヒヤヒヤする……イースラまだか?」
「まだ掛かるのです」
相手の冒険者は典型的な筋肉達磨だ。
筋肉をつけ過ぎたために、速度が死んでいる。
その証拠にレイラが目を瞑っていても避けられている。
だからといって全く安心できない。
速度は死んでいるが、その一撃に高い攻撃力がある事には間違いない……。
「くそったれ、完全に潰しに来てやがる」
振り抜いた拳はそのまま地面を穿ち、派手な音と強い振動が響く。
大きく空いた地面の窪みを目の当たりにして、周囲の雑音はより強いものになった。
『あんなの人間技じゃねぇよ!?』
『そもそも素人に向ける威力じゃなくない?』
『あんなのまともに当たったら死ぬだろ!!』
『おい司会者!! はやく止めろ! 祭りで死人とか洒落に何ねぇよ!!』
『え……と。あ、ハイ。……マジ? ……えーー。見た目は一見派手ですが、これは冒険者側の『演出』です。繰り返します。これは『演出』です。挑戦者には影響はないのでご安心ください』
『『『見え透いた嘘つくんじゃねぇよ!!』』』
「おい、これは『演出』なのか?」
「いや、私は知らない」
とぼける様なら殴っていたところだが、組合長は否定した。
「なら一体――」
「おいイクス、あの司会者の傍に……」
ステラが指を差した先にはレイラを連れ去った張本人、オーラフ町長の姿があった。
あぁのぉやろぉぉぉおおおおおおかぁぁぁぁあああ!!
「ヒィッ!?」
「どうしたんです?」
「いや、今物凄い殺気が……」
「それにしても凄い『演出』ですね、実況冥利に尽きますよ」
「ハハハ、もっと盛り上げてくれたまえ!」
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「ちょこまか逃げんじゃねぇ!」
「嫌よ! 当たったら痛いじゃない!!」
「痛いじゃすまさねぇ!!」
「なおさら逃げるわよ!!」
「うぉおおおおおおおお!! 唸れ天下一俺の最強拳! 一切合切吹っ飛びやがれ!! 『豪壁掌』」
「――――――キャッ!?」
バギーは両拳を腰まで引き下げ、唸りと共に突き出した。
突き出した拳は明らかにこちらまで届かない……はずだったが、見えない巨大な鎚にでも殴られたような衝撃に襲われ、柵まで吹き飛ばされた。
それまで騒がしかった周囲は静まり返った。
『マジかよ……ここまでするか普通……』
『お嬢ちゃん死んじまった……のか?』
『これが冒険者っておっかねぇ……畑耕してた方がまだ健全だぜ』
周囲のそんな言葉はレイラの耳には届かなかった。
吹き飛ばされた衝撃でまともに呼吸が出来ず、視界は明滅し、耳に届く音が遠く感じる。
「ごほっ……ぐずっ、いま……のは」
衝撃のせいか、涙が勝手に溢れてくる。
「あぁ~~あぁ~~泣かせちまったなぁ」
「泣いてないもん!!」
必死に涙を拭うレイラを煽るバギーに、周りからは非難の嵐が巻き起こっている。
「だが、どういう事だ? 俺様の武技をまともに喰らってまだ意識を持っていやがる」
「ゲホッ……武……技?」
初めて聞く言葉だ。
「はっ、流石素人。おめぇ『武技』を見るのは初めてか? 『気術』の一種でよ、口上で自分を高めて技に還元させる。冒険者だけじゃねぇ、戦士なら誰もが使う技だ」
「皆……そんな恥ずかしい……台詞言いながら、戦ってるの?」
「確かに恥じーーぃい! だがそれが良い! 技を放つその瞬間、俺が世界の中心に立っている錯覚すら覚えるほどに滾る! それが『武技』の醍醐味だぁ! 覚えておきなぁ、テメェが強くなりたいんなら『武技』は必ず覚えなきゃならねぇ。つまり! お前も言ぅうんだよぉお! その恥ずかしい台詞をな!!」
その瞬間、レイラは思った。
(イクスも使えるのかな?)
それを使うところをレイラは見た事が無い。
別の自分に身体を奪われた時でさえ、イクスは使っていなかった。
でも、イクスが使えないはずがない。
脳裏に思い描いたのは先ほどのような恥ずかしい台詞を全力で叫ぶイクスの姿だ。
『疾れ! 無限を断つ黒鉄の咆哮!』
『闇穿ち、時すらも統べる凍える刃!』
……………………………………。
………………………………………………。
………………プフッ。
「……何笑ってやがる」
「面白いね、外にはまだまだ知らない楽しい事が沢山あるんだ」
「……やっぱり冒険者には向いてねぇよ。大人しく負けを認めて里に帰れ」
「追い出されたから無理ね」
「あっそ、同情はしてやらねぇよ。娼婦になろうが乞食になろうが知った事か。でも冒険者だけはならせねぇ!!」
バギーは拳を握りしめて、ゆっくりと歩み寄ってくる。
これ以上、時間稼ぎ出来そうにない。
傍に転がっている剣を握り、立ち上がる。
「はっ! この『荒くれバギー』が覚悟もねぇ素人相手に一撃だってもらうもんかよぉ!! 唸れ怒涛の俺の拳! 意識刈り取れぃ『豪壁掌』!!」
バギーはまたも武技を放つ。
同じ技だが口上は違ってても良いのかと、レイラはそんな事を考えながら無造作に剣で払った。
レイラが剣を振った瞬間、ガラスが割れたような音と共に、マナが淡く散る。
「なっ……にぃいいい!?」
「あ、やっぱり魔法なんだ。イクスが前に魔法を打ち抜いてたから出来ると思ったわ」
「てめぇ……素人じゃねぇのか!? いやそんなハズねぇ。立ち回りも知識も素人のそれだ……魔術師か!?」
バギーはつるつるの頭をガジガジと掻くほど混乱した様子を見せたが、すぐさまそんな思考を放棄した。
「クソどうでも良い!! 何しやがったんだか知らねぇが、だったら超接近戦でぶちのめしたらぁあああ!!」
バギーは再度右拳を振り抜いた。
今度のレイラは避けようとはしない。
それを観ていた誰もが、レイラは死ぬ気かと疑った。他の誰でもない攻撃を放っていたバギーさえも。
レイラは避けようとしないのではない。
『避けられない』のだ。
レイラが無造作に剣を振ったのは、それしか出来る事がなかったからだ。
なんとか立てはしたものの、膝に込めた力が抜けない。
少しでも力を抜けば崩れ落ちてしまいそうになる。
もう剣を振るう事も出来そうにない。
正真正銘、生も根も尽きている。
目の前に迫りくる拳を避ける手段など、もう無い。
森での特訓はなんだったのか。
なんて自分は弱いのだろう。
なんて自分は脆いのだろう。
少し足を鍛えたから何だったいうのか。
正直こんなものか、と呆れてしまう。
まだまだ足りていない。
力も、技術も……覚悟も。
……?
覚悟?
覚悟って何だろう?
禿の人は言っていた、覚悟が無いって。
……覚悟があれば、戦えるのかな?
例え今その答えが分かったとしても、あの拳骨は避けられそうに無い。
レイラは歯を食いしばって目を瞑った。
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嬢ちゃんは避けようとすらせず、あろう事か目を瞑った。
(だが止めねぇ!)
か弱い女の子を殴るのは下衆のする事だ。
これが終わった後、自分は何某か処分を受けるだろう。
だがその程度ではバギーを躊躇させるには至らなかった。
冒険者という稼業の厳しさをバギーは知っていたから。
冒険者の多くは『わかば』で死ぬ。
そのほとんどが勇敢な『わかば』だ。
生き残った残り二割は臆病な『わかば』だ。
つまり、冒険者は臆病者でなければ務まらない。
バギーはこの出し物を知った瞬間激怒した。
我を忘れる程に怒り狂った。
この出し物で冒険者になる奴は十中八九『勇敢な冒険者』に違いないのだから。
だから潰す、心を折る。
死なないように、冒険者なんかにならないように!
だからバギーは止まらない。
目の前の未来ある少女を生かすために『荒くれバギー』は止まらない。
だが――――
傍の柵で爆裂音がする。
(感触が……ねぇ!!)
当たったと思った拳は空を切り、またも地面を穿った。
周囲が粉塵で覆われる。
バギーは腕で粉塵を掃いながら音のした方向をみる。
柵の一部が粉々になっていた。
だがそこには誰もない。
(一体……何が……っ、反対か!?)
反対側に目をやるといた。
二人。
「てめぇえ!! 何うちの子泣かしてくれてんだこの野郎!!」
鬼の形相の青年が少女を抱きかかえながら吼える。
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時は僅かばかり遡る。
「レイラ!! クソッ、イースラまだか!!」
「っ!! このままじゃ……このままじゃ!!」
「何か侵入する術は他に無いのか!!」
ステラがハルトマンに詰め寄る。
「……参加者用の出入り口ならば」
「ちょっと困るよ、組合長」
「っ、てめぇ、よく目の前に来れたな」
いつの間にかオーラフ町長が傍に近づいていた。
「ここからが良いところなんじゃないか。興が醒める事はやめてほしいんだよね」
「町長、最早催しの範疇を越えてしまっている。即刻中止するべきだ」
「組合長……何を言っているのかな? 皆を見てみなよ、固唾を呑んで手に汗握っているよ。素晴らしいじゃないか!! 大成功だよ!!」
「でもこのままでは彼女の身が!!」
「その為の救護班じゃないか。大丈夫、彼女が『本物』なら折れる事なんてないさ」
「……すまないオーラフ。君の言っている事が私には分からない」
「それよりも応援したまえよ、君達の声が彼女に力と勇気を与えるんだからね」
全く話が通じていない。
ハルトマンは信じられないと小声で呟いていた。
「……もういい」
「イクス?」
イクスは柵から離れる。
「最初っから気に入らなかった。この見世物も、お前達も、これを観て楽しむような連中も」
「お兄さん?」
人混みが割れ、その歩みはオーラフ町長に近づき、オーラフ町長は身構えるがイクスはオーラフ町長を通り過ぎる。
「あんた等の言葉の何を安心すれば良いのか分からない。進んでこんな見世物に参加するレイラの気持ちも分からなかった」
イクスは足を止めて振り返る。
腰を低く沈め、手には剣を持っていた。
「分からないからって、また黙って見てるだけなんて、冗談じゃねぇ……じょぉおおおだんじゃねぇえええええええええええ!!」
弾けた。
イクスが絶叫した瞬間、ステラ達の背後の柵が爆音とともに弾けた。
一体何が起こったのか、ステラ達は直ぐには分からなかった。
だが目の前にいたはずのイクスがいない。
つまりそういう事なのだろう。
オーラフ町長達は開いた口が塞がらないでいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「てめぇえ!! 何うちの子泣かしてくれてんだこの野郎!!」
「……イクス……イクスぅぅーーー!!」
「うぉっちょ!?」
抱きかかえられたまま、レイラは俺の胸の中で泣く。
自分の無力さを払拭したかった事、俺達と並びたかった事、頑張って要約するとそんな感じの事を言っていた。
「てい」
ペシッとデコピンをしておく。
「俺達は皆今日まで生き方が違っていた。違ってて当たり前だ」
「でもぉーー!!」
「俺の腕っぷしが強いのは……俺がそうなりたかったわけじゃない。そうならなきゃ死んでいたからだ」
そう言うとレイラは口を噤んだ。
「ステラが精霊術師じゃなく魔術師を選んだのも理由があっただろうし、イースラが神官をしているのもそうなんだろうな。その理由の中には自分じゃ選べなかった事なんて山のようにあったはずだ。レイラも……そうだろ?」
勇者になろうと思ってなったわけじゃない。
強くなる事を怠ったから弱いわけでもない。
「強くなりたいなら、そうなれるようにこれから頑張っていくしかない。焦る必要なんかない……俺達がいるんだからな」
「イ”ク”ス”ゥ――!!」
それ以上余計な言葉をかけなかった。
……借り物の服にレイラの涙やら鼻水やらが染みてるとかは言うまい。
「いつまでイチャついてんだぁ~?」
とりあえずはコイツをなんとかする事からだな。
「レイラ、立てるか?」
「……うん」
「おぅ、俺はてめぇでも構わねぇぜ。女を痛めつけるよりは気持ちよくなれらぁ。……なんだったら二人掛かりでも一向に良いぜ」
「だったら残念だったな。気持ちよくなれそうにない」
「うん?」
「レイラがお前をぶっ倒す」
「「え?」」
レイラと禿の声が重なる。
「レイラ、お前があいつをやっつけろ」
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「それは何の冗談だ?」
嬢ちゃんが俺を倒す?
こいつ頭おかしいのか?
「じゃあ何でテメェはそこにいる!!」
か弱い少女を助けるなんて御伽噺か何かかよと、内心微笑ましくその様子を観ていた。
残念ながら俺は王子様なんてガラじゃないから経験はない。
この後の流れは嬢ちゃんを後ろにやり、俺と戦うなんてのがお決まりという奴だろう。
……負ける気なんて更々ないが。
だが奴は嬢ちゃんにまた戦えと言う。
ならなんで割って入った?
俺と戦わないなら黙って見ていろと言いたい。
「黙って見ている気はないさ。だから口を出しに来た」
「何ぃ?」
「レイラ、森での事は思い出せるな?」
「……うん」
なんつー不安げなうんだ。
全然駄目そうじゃねぇか。
「森で自分がどう動いていたか思い出せ、それでお前はあいつに勝てる」
また何かおかしな事を言い出した。
俺が素人にやられるわけねぇだろ。
「あと目を瞑るな。相手の動き全体を見逃すなよ」
「わ、わかった!」
分かっちゃったかぁー。
いい加減ブチ切れても良いか?
小僧は嬢ちゃんの尻を叩いて送り出す。
「お前は一人じゃないんだ、気合入れてけ!」
「うん! 行ってきます!」
これはあれだな。
無茶苦茶暴れていいやつだ。
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森で自分はどう動いていたか。
イクスは言った、跳ねろと。
跳ね方にも色々ある。
足先でだけで跳ねるとか、膝を使って跳ねるとか、浅く深く、狭く広く。
森ではイクス達と沢山遊んだ。
主に追いかけっこだったけど。
あの時の動き……。
タッ、タッ、タッ……。
右足、左足、右足、
禿の人とは距離があるからこのぐらい。
「……」
禿の人の目付きが一層怖くなった。
結構口数の多い印象の人だったが、今は口を堅く閉ざしている。
「ハッ!!」
肩の動きで右手が出るのが分かる。
私が避けるのはその外側!
膝を曲げて力を溜める。
右足首から足先へ。
「何っ!?」
振り抜かれる右腕のギリギリ外側に回り、刃を相手の腕に添える。
「チッ!!」
「あっ!?」
禿の人は無理矢理左方向へ跳ねて攻撃を躱す。
「クソが……なんだ今の動きは……まるっきり別人と相手しているみたいだったぞ」
『『あーーー惜しい!!』』
柵の外でも沸き上がった。
『すげぇ、彼氏の声でこうまで変わるものなのか……』
『くそ羨ましい嫉ましい!! だが頑張れ!!』
『レイラちゃん急に強くなってて草』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ねぇ、今のレイラ様」
「違うぞ、サカモト殿」
サカモトの考えを察し、ステラは否定する。
「レイラは『あの時』とは違う。伊達に森で七日間も彷徨っていない」
「彷徨うとかカッコつけても、ただの迷子だったのでたたたたたた」
イースラの頬に容赦のないステラの爪が襲う。
「でも、あの動きは……」
「追いかけっこの成果なのです」
「追いかけっこ!?」
そんな事を森の中でやっていたのかと、サカモトは驚く。
うっかり人目につかなくって良かった。
「イクスがこのまま外で冒険するのは危険だからと、それとなくレイラに敵との間合いの距離などを教え込んでいたのだ」
「じゃあわざと森で迷って」
「「それはない(のです)」」
「あ、ハイ」
「ともあれ、今のレイラには戦闘に耐えうる足腰と間合い、簡単だが剣の扱い方も仕込まれている」
「でもたった七日間でベテラン……あの熟練した冒険者に勝てるものなの?」
サカモトの疑問はもっともだ。
禿の人は何年も冒険者として過ごしているのだろう。
その練達した人間に七日間特訓した小娘が、果たして勝てるものなのだろうか。
「勝てないだろうな、普通なら」
「レイラ様の勝因はいくつかあるのです」
イースラは指を三本上げる。
「まずはあの冒険者の攻撃速度が鈍重な事、今のレイラの足ならば避ける事は難しくない」
「次に心が折れない事、そこはお兄さんが傍にいるので大丈夫なのです」
「「そして一撃でも当てれば勝ちになる」」
「……あ」
サカモトは基本的なルールを忘れていた。
目の前の本気の戦いを目の当たりにして、やるかやられるかしか考えられなくなっていたからだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
やけに日差しが暑く感じる。
周囲の雑音は遠のき、時間が間延びするような錯覚に襲われた。
(あぁ、ろくでもねぇ……)
身の危険が迫ると、時折こういう事が起きる事がある。
バギー自身も何度か経験があった。
冒険者になりたての頃。
無茶して引率してくれた先輩を死なせた。
新人冒険者達の引率。
危険を顧みない無茶をした新人を死なせた。
格上からのいじめ。
娼婦を庇ったら殺されかけた。翌日女は変死体で発見された。
(はっ、こんな時に限って後悔しか出てきやがらねぇ。でも……間違っちゃいねぇ。間違っちゃいねぇ! 今俺がやってる事は間違っちゃいねぇ!! 殺すなら殺しやがれ!! そしたら認めてやらぁあ!! 冒険者になるのをな!!)
「止まらねぇ、絶対に俺は止まらねぇ!!」
間を開けずに攻撃を繰り出すが一向に当たる気がしない。
嬢ちゃんの動きを捉えられなくなってきている。
武技を放とうにもそれは既に破られている。
バギーにとっては近接戦闘に持ち込むしか手はなかった。
だがそれも難しい。
「私も武技を考えたよ」
「なん……だと!?」
「禿の人のアレ凄くかっこよかったからね、私もやってみたいって思ったの」
「誰が禿げだゴラァ!?」
「いくよ、覚悟してね」
レイラは剣を鞘に収め、距離を取る。
バギーは自分と同じように遠距離からの衝撃波だと理解した。
両足で踏ん張り、両腕を開いて構える。
「面白れぇ、俺の真似かよ。だったらお前の真似して破ってやる!!」
レイラは鞘に収めたまま剣を振り上げた。
「いくよ!! 私のちょーすっごくかっこいい技!! 『飛んで剣』!!」
瞬間バギーの眉間は打ち抜かれた。
バギーの首が衝撃で仰け反る。
宙に舞うそれをバギーは茫然と認識する。
「これ……鞘……じゃねぇか……」
「あれ? それじゃあ『飛んで剣』じゃなくて『飛んで鞘』? 語呂悪いわ」
「……そ……そも……そも……武技じゃねぇ」
バギーはそのまま仰向けで倒れ気絶した。
彼が気絶したことで、周囲の喧騒がすっかり消えている事にイクスは気がつく。
だがそれは僅かな時間であった。
バギーの状況をいち早く察した司会者がまた騒ぎ始めたからだ。
『ま、まさかの展開ぃいいいいい!? あの『荒くれバギー』を倒した! まさかの展開だぁああああ! これは『ヤラセ』ではありません! 『ヤラセ』ではなあああああい!!』
『『『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』』』
『すげぇなんだ今のは!?』
『あの動き素人じゃねぇだろ!! あれで冒険者じゃねぇのかよ!?』
『でもやってることは素人丸出しだったよな!?』
『よくわからねぇけどスゲェ事は理解した!』
気付けば周囲は凄まじい喧騒に飲まれていた。
その間、気絶した『荒くれバギー』は大人六人に抱えられ連れて行かれた。
「イクス!! 勝ったよ!! 私勝った」
「あ、あぁ良かったよ」
最後のアレは正直ダサ……いや、言うまい。
この勝利はレイラが自分で勝ち取ったものだから、水を差す事もないだろう。
同時にあの禿のおっさんの身が心配だった。
……もろに眉間で受けてたからなぁ。
(まぁあれだけの巨体だし頑丈に出来てるだろう……ん?)
周囲の喧騒の中から聞き覚えのある声が耳に届いた。
『ヒャッハーー、掛け金ボクの一人勝ちなのです!!』
『いやいや、そのお金僕のだからね……ま、僕も勝ったから良いけど』
『いいね! 凄く盛り上がって良かったよ!! ね、ハルトマンさん!!』
『お前には後で言いたい事がある』
『二人ともこの調子で盛り上げてね!!』
『こらクソ町長!! 後じゃない! 今すぐ言いたい事を言わせてもらう!!』
「あいつらサラッと賭けてやがる!? ってもうどこから突っ込めば良いか分からねぇ」
「なんか次もあるらしいけど、流石に疲れたから宿に帰りたいかも……」
俺達の会話を聞いていたのか、司会者は『魔道具』を使って話しかけてきた。
『すいませーん、残念ですが二回戦目が出来ませーーん!』
「うん?」
『『なんでーーー?』』
見ていた周囲の人々も落胆の声を上げる。
『バギーさんより強い人を用意出来ませーーん! 他の冒険者の皆さん先程の試合を見て逃げちゃいましたーー』
『『ええーーーー』』
に、逃げたのか……。
相手が女の子だからか? それともバギーを倒したからなのか……。
だが、どちらにせよレイラの体力は限界だ。
『つきましてはバギーさんを見事倒した事で五回戦分の賞金と、冒険者の登録料免除を与えたいと思います!』
「わぁ、やった!」
『『もっとみたーーーい』』
『あのぉ、ですからぁ』
『『もっとみせろーーー』』
『だから、いないんですって!! 聞こえてます? レイラちゃんを相手にする人がいないんですよ!! そんなに見たいなら連れてきてください!!』
駄々を捏ね始めた周囲にとうとうキレ始めた司会者だったが、その声に何故か答えた者がいた。
『ここにいるぞ!!』
『へ?』
司会者も呆気にとられ、声を出した張本人は柵を飛び越え入ってきた。
「あんた……」
「昨晩はどうも、俺の名前はアルベルト。聖騎士団のアルベルトだ。決闘を申し込む!」




