第9話 帝国ガルムヘル
明けましておめでとうございます。
投稿遅れて申し訳ございませんでした。
諸事情につきましては活動報告にて。
本年もよろしくお願いいたします。
レイラ達勇者一行がカミュナ村近くの森で迷い、四日目の朝を迎えた頃。
帝国の将ガベルトとクューニアは帝国領首都『ガルムヘル』に着いていた。
そして今、二人はガルムヘル城の謁見の間の前にいる。
語るまでもなく、村の制圧報告の為だ。
「殿下の御前だがお前は平民だ。多少の不作法は許されようが、不用意な言動は慎め」
「……」
「……いくぞ」
帰路の途中、二人の間に会話らしいものは成立しなかった。
ガベルトは道中何度かあの少年について訊ねたものの、クュ―ニアからは碌な返答は帰ってこなかった。
元来ガベルト自身も口下手な事もあり、早々に諦める事にした。
クュ―ニアが勇者だと名乗ったので連れては来はしたものの、ガベルト個人は特にクュ―ニアに興味を持たなかった。
今も胸中にあるのはあの少年、イクスと呼ばれていたはずだ……。
(……どう報告したものか)
自身の強さのみに拘ってきたガベルトは、その他の事については無頓着と言っていい。
そんな彼でさえ、今回の報告は胃が痛い。
少年に敗北した事実、村の占拠を放棄しての帰還、イシャルタの離反、これらの失態を殿下に告げなければならない。
謁見の間の扉が重々しく開く、まるで今の自分の心情を表しているようだ。
「随分と楽しい任務だったようだ、な」
「……ふっ、相変わらず嫌味な奴だ」
入って早々に出迎えたのは帝国に六人いる将の内の一人、暗泥のユアンだった。
人の皮と骨で作った黒い衣を纏う気味の悪い奴だ。
「はぁ……お前のせいで……太陽は……嫌い、だ」
「……それは……すまん」
「……後で皮膚を分けてくれれば良い」
「よさないかユアン。殿下の前だよ」
「……はぁ」
ユアンと呼ばれた黒い骸衣は、気だるげに玉座前の階段下まで歩み片膝を立てて跪いた。
ユアンの他にも一人、既に跪いている。
「ほら君達二人も早く」
第一席、カインに促されガベルトとクュ―ニアも皆に倣い跪いた。
「殿下、ここに揃いましてございます」
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クュ―ニアは見た。
階段の先、玉座に鎮座するのは少年。
年齢にして十五、六といったところか……。
傍には女性を一人侍らしている。
殿下のような皇族という雰囲気ではない。
煌びやかな服装ではなく、黒いドレスで身を包んでいる。
(知性的で……不思議な雰囲気の人……)
「女……誰の許しを得て顔をあげるか」
「っ!」
咄嗟に顔を伏せた。
その声は酷く冷淡だ。
違う、お前を見ていたのではない。と言っても取り付く島もないだろう。
「よいではありませんか殿下。聞けばこの娘は山向こうの田舎娘、礼すら知らぬ猿同然かと」
「猿か……ならば得心もいく。言いえて妙だなリリアン」
殿下はリリアンと呼んだ女性の手の甲を愛でる様に撫でる。
初対面であるクュ―ニアでさえ、この二人が特別な関係なのだと察せた。
「さてガベルトよ、お前はこの場を言い訳の場だと思っているだろう。だがその必要はない。この場にいる皆が貴様の醜態を知っている。何故か分かるか?」
「……いえ」
「リリアン」
「はい、殿下」
リリアンと呼ばれた黒いドレスを着た女が一歩前に出て、手の中から一匹のコウモリを出した。
「俺達は見ていた全てをな。貴様が古樹竜を屠るのを、そしてたかが小僧にしてやられる無様を!! 分かるか俺の気持ちがっ!!」
「申し訳ありません!!」
「大方小僧相手に本気は出せぬと慢心したのであろう! その慢心が此度の失態を招いたと知るが良い!!」
「はっ!!」
「イシャルタの離反を放置し、村の占拠も投げ出した……貴様、余程死にたいと見えるが異論はないな」
殿下が手をかざすと伏していたカイン、そして黒髪の凛々しい男が剣を抜き放ちガベルトの首に添えた。
拙い、ここでガベルトに死なれてしまえば、私も生きてはいけないだろう。
だがこの場で出来る事は何もない。
下手に動こうものならガベルトより先に首を撥ねられて終わるだけだ。
クュ―二が冷や汗をかいていると、リリアンが再度言った。
「まぁ殿下よいではありませんか」
リリアンが殿下の頬に手を添えていた。
「確かにイシャルタを失いましたが、元々アレは帝国に忠誠を誓っていたわけではありません。彼の地も竜を失った事でいつでも支配出来ましょう」
「リリアン……確かに彼の地は来たる神聖王国進攻に不可欠な地。俺の領土とするのは決定事項よ。だが帝国の将に敗北は許されん……免罪符にはならんぞ」
「ですが彼はアレを持ち帰っております」
「……」
「ガベルト、アレを出しなさい」
ガベルトは懐から巨大な魔力結晶を取り出した。
「ほぅ、遠見の術では分からなかったが……見事な魔力結晶だ。それを所望したのは……」
「陛下の勅命でございました」
「ふむ……だが帳尻としては些か不釣り合いだが……。仕方ない、陛下の勅命を果たした功績を加味して――」
良かった、なんとか見逃してもらえそうだとクュ―ニアは安堵した。
ガベルトも多少緊張をほどいたのだろうか……鎧越しでわからないが。
「俺直々にその首斬り落としてやろう。お前もだ猿」
「――え?」
唖然とするクュ―ニアをよそに、殿下は玉座から立ち上がりゆっくりと階段を下りながら剣を抜く。
「どうした猿、畜生如きが俺の剣で死ねるのだ。歓喜で絶頂するが道理よな」
その表情は嗜虐そのもの、目の奥はギラギラと鈍く光っている。
「なん、で」
「仕事一つ満足に出来ぬ将など恥でしかないわ! ましてやドブ猿が俺の城を汚すなど万死に値する! どの道貴様等の惨死は揺るがぬわ! 勅命を果たした功績は死を彩る栄光で応えてやろう」
剣先をクュ―ニアの喉元を玩ぶように撫でる。
皮膚はそれだけで簡単に裂け、僅かばかり血が剣を伝う。
それを見せつける様にクュ―ニアの目の前に剣を揺らした。
クュ―ニアにはそれだけで十分すぎる程恐怖に吞まれる。
眼に剣を突き立てられるかもしれない。
鼻を削がれるかもしれない。
嫌が応にも恐怖はより具体的な未来をクュ―ニアに過ぎらせていった。
「いや……嫌よ! 私はやらなきゃいけない事があるのに……ここで死ねない!!」
「キーキー囀るなドブ猿、まずは貴様からだ。そこに直るがいい」
「やっ、やめて! 放してよ!! 私は……私は!!」
「やめよ」
その声は小さかった。
皺枯れて、声が声になっていないのにも拘らず、言葉は伝わり支配する。
その一言で静まり返り、この場にいる誰もが縛られたように動けない。
「イオ……剣を収めよ」
「陛……下」
「余の言葉ぞ」
「はっ!!」
「皆も楽にするが良い」
「「「はっ!!」」」
クュ―ニアの背後からかけられた声……振り向けなかった。
振り向いてはならない。
顔を伏せ、決して目を合わせてはならない。
クュ―ニアの本能がそうさせる。
だがギィギィと、それはこちらに近づいてくる。
「我が息子が……失礼した」
「っ…………はぁはぁ」
「貴様ぁ!! 返事はどうした!! この御方を――」
「良い、シュラ」
「はっ!!」
シュラと呼ばれた男は再び跪いた。
止めればよかったのだ。
矛先がクュ―ニアから外れ、無意識に声の主を見てしまった。
ミイラだ。
骨と皮だけになったミイラ。
それが服を着て、車椅子に座り侍女に引かれながらそこにいた。
「ガベルト……よくぞアレを持ち帰ってくれた」
「はっ! 無様にも戻ってまいりました」
「励むが良い……報復の機会もあろう」
「……陛下……ありがたき幸せ」
「父上……こちらを」
「これが……魔力結晶など無粋に呼ぶわけにも……いくまい。竜魂結晶……これにはその呼び名こそ……相応しい」
陛下が竜魂結晶をか細い指で愛でる。
「イオ……ガベルトを許せ……この者は余の願いを叶えた。それに此度の損害は軽微であろう……そうだなリリアン」
リリアンは陛下から竜魂結晶を預かるとそれを仕舞う。
「そうですね、我が君。此度の任務はイシャルタとガベルトの両名による侵攻作戦でした。失ったのも魔獣ばかり……もっとも、イシャルタの離反は予想外ではありましたが」
「離反? 離反とは……おかしな話よ。時があの者に訪れた……それだけの事。元よりその契約でここにいたのだからな」
「ならば帝国の将たる者が、ただの小僧に敗れた失態はどうなさいます。帝国臣民に示しが付きますまい」
「違うぞ、イオ」
「……」
「褒めるべきなのだ……その小僧とやらをな」
「……っ」
「この場にいる誰もが、一騎当千の武人よ……ガベルトも例外ではない」
「ならばこそ見せしめが必要なのです!」
帝国は完全な実力主義、平民の……それもどこぞの子供に敗れたという事実はそれだけで致命的だ。
皇族に疑問を持ってはならない。帝国に疑念を抱いてはならない。不敗であり万戦完勝こそが帝国の将の姿なのだから。
だが皇帝陛下は何ともなしに言った。
「イオ……二度は言わん。許せ」
「……っ!!」
世界が歪んだ気さえした。
陛下言ったのだ。
負ける事はあると。
負ける事が許されない立場でも負ける事はあり、それを許す寛容さを持てと……。
口の中が血の味で広がる。
「余はお前に……口を出さん。余亡き後は好きにすると、良い。だが、今は見逃せは……くれないか」
「……御意」
「さて、次にそこの少女の……処遇よな」
「っ!」
「そう怯える必要はない。お前はガベルトに……面白い事を言ったそうだな……何でもお前は『勇者』だとか」
勇者という一言でその場は凍り付いた。
皆動揺している事は直ぐに分かったが、とりわけシュラと呼ばれた男は殺気じみた狂気を滲ませている。
「確かに神聖王国での勇者宣言は報告で聞いていたが……」
「……」
「シュラ……抑えておけ」
「……殿下……御意」
「……帰っていいかなぁ……あ、うん。冗談だよ」
どういうことなのだろう。
勇者とは人類の希望そのもののはず。
歓迎される事はあっても、このように不穏な雰囲気になるのは何故だろう。
けれど、それは些末な問題だ。
私が生きるか死ぬか……ここで決まる。
だったら私は……。
「どうした勇者、何か……言いたい事は無いのか?」
「私は……私は勇者ではありません」
「ほぅ、ならば余を……帝国を謀ったのか?」
皺くちゃの年寄りといえど皇帝陛下。
眼の奥の鋭さが容赦なく私を貫くけれど、もう引き返せない。
怯んでは駄目だ!
「私はっ!! 私が勇者になるはずだった!! それを簒奪されたのです! 女神が選んだのは私だった!! 私のはずだったのに、それをレイラが奪ったのです!! お願いします皇帝陛下! 私に力をお与え下さい!! 簒奪者に死をもたらす力を!! そのためならば、如何様にもこの身をお使いくださいませ!」
「イオよ……殺さなくて良かったよう、だな。 使い道もあろう」
「……はっ、陛下の御慧眼恐れ入ります」
「少女よ、名は……何という」
「……クュ―ニアと」
「何とも優しい……響きよ。だが些か勇者としては優し……すぎるな……執念……これからはローランと名乗るが良い」
「……はっ」
「カイン……ローランを仕上げてやれ」
「畏まりました」
陛下は満足するとカタカタと震えだした。
クュ―ニア……今後はローランと名乗る事になったが、どうやら賭けには勝ったようだ。
まずは一歩……。
ローランは心から湧き出る感情に悦に入りかけたが、目の前でリリアンが骨と皮の男の肩へ艶っぽい仕草で指を這わせているのを見て、急速に萎えていった。
……もちろん、表情には出さなかったが。
「我が君……喋り過ぎたようですね、そろそろお休みになりませんと……」
「……年甲斐にもなく……はしゃいでしまった、ようだ……ゆくぞリリアン」
「御心のままに」
そういうとリリアンは陛下の車椅子を押し、奥へと去っていった。
(……あら?)
信じがたいが、陛下とリリアンという女性から醸す雰囲気は、明らかに男と女のそれだ。
殿下を見るとその表情は苦悶の表情を滲ませていた。
(……あぁ、そういうこと)
どうやら高貴な人間とやらも、自分と大差変わらないらしい。
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「では、続けようか」
陛下とリリアンが去り、仕切り直すように手を叩きながら第一席、カインは言った。
「……続ける?」
「端からこの場は君を弾劾する場ではなかったんだ。まぁ当初の予定では君は死んでいたんだけど」
事もなげに言うカインにガベルトはギョッとする。
全身鎧で身を包んでいても、恐らく自分の動揺は筒抜けだろう。
カインは一見齢十五、六と言ったところだが、その実もう何十年も帝国で第一席にいる。
今も昔も同じ姿のままで……。
彼もまた、ユアンと同様異質な存在としてガベルトは認識していた。
「本来の目的は情報の共有だよ。神聖王国を滅ぼすためのね」
「ではいよいよ宣戦布告を?」
「気が早いよガベルト。言っただろ情報の共有だって」
「では……一体……」
カインが取り出したのは折りたたまれた一枚の紙切れだった。
広げてみるとそれが地図だとわかる。
神聖王国の領土、その東方の町を丸で書き込まれている。
(……ここは、『あの村』の近くか)
そう、ガベルトが苦渋を舐めたあの村の西方。
ちょうど森を抜け二日足らずの距離にある村だった。
「第三席から今朝知らせが届いたんだ……ピンクドールの足取りを掴んだって、ね」
「――――――――」
ピンクドール
その言葉に反応したのはガベルトだけではなかった。
彼の持つ魔槍もまた、脈動するのをガベルトは感じた。
何故なら、それは己が妹を魔槍に変えた
悪魔の名前だったのだから……。
一方その頃。
「なぁ、お前ら臭くねぇ?」
「「「ぶっ殺っ!!」」」
新キャラばかりの回となりました。
ここで実質1.5章は終わりです。
次回はサカモト視点で少し書きたいと思います。




