第26話 勇者VS村人 その1
「なぁ、これって一体どういう状況なわけ?」
握りこぶしほどの大きさの石を玩びながらイクスは言った。
「……イ……クス?」
「なんでサカモトまで襲われてるんだ? 影狼を倒してるからてっきりステラの魔術かと思ってたんだけど」
「私があんな莫大なマナを扱えるわけないだろ!?」
「ないだろって言われてもなぁ」
その手の事に憧れこそ抱いているものの、魔術を使えないイクスにはステラの言う当たり前さえ理解していなかった。
イクスは頭を掻きながら、ちゃんと教えてもらおうと堅く心に決めたのだった。
「あの魔法はレイラ様だよ。影狼を倒した後に何故か僕に矛先を向けてきたんだ」
「レイラ? そういえばレイラはどこにいるんだ?」
見渡すとレイラらしき人物がいない事に気付く。
サカモトの危機的状況にすっかりレイラの事を忘れてしまっていた。
「レイラ様ならあそこだよ」
「『敵対生物による『信仰の輝き』の術式の致命的な崩壊を確認しました。適正手段を再検討……物理手段が最適と判断。これより敵対生物及び未確認生物の排除行動を開始します』」
魔法で出来た太陽は霧のように光の粒になり、世界はまた夜の暗闇に戻ろうとしていた。
そのせいか、より輝きを増した金髪で青い目をした少女がこちらを見つめている。
「…………誰だこいつ? ――うぉっと危なっ!?」
レイラと思しき少女はそこそこに開いていた距離を瞬時に縮め、持っていた剣でイクスに迫るがそれを剣で受け流した。
彼女の持っている剣は間違いなくレイラが呑気に振り回して遊んでいた剣だとイクスは気付く……どうやら目の前の金髪少女はサカモトが言う通り本当にレイラのようだ。
「『不快、不可解。今の速度は人間が反応できる域にありません』」
「おいこら、いきなり襲ってきたうえに人外扱いとはふてぇ野郎だなぁおい!!」
「『対象情報の検索……イクス。レイラ・カミュナにとって最重要人物と判定……』」
剣を構えながらレイラらしき少女はイクスをジッと見つめる。
「おや? これはもしかして、もしかするのです?」
「『徹底的に抹消します』」
「俺って!! そんなにっ!? レイラに憎まれていたっけ!?」
「『予定の無い不確定要素は排除しなくてはなりません』」
レイラっぽい少女が持っている剣は魔法剣だ。
その特性は刀身に刻まれた術式で軽量化を図られている。
レイラのようなへっぽこが振るうのとは違う。
目の前の少女は瞬間に二度三度の攻撃を繰り出しながら、イクスの前後左右へ高速で移動し続けている。
「くそっ、魔法剣持った奴がこんなに厄介だなんて……よりレイラのへっぽこ具合が露呈したな」
「お兄さん結構余裕あるのです?」
「どちらに手を出すべきか……私はどうしたら良いんだ」
「しっかりするのです!! 出すとしてもお兄さん側に着くべきなのですよ!! どう見たってレイラ様はおかしくなっているのです!!」
「だが勇者でレイラだぞ!! 私が手を出せばうっかり殺してしまうではないか!!」
「天下無二の駄目ルフなのです!!」
「もうお前ら黙って見てろ!」
下手に手を出して攻撃されても庇える自信がイクスにはなかった。
眼ではもう追えていない。
それほどまでにレイラ(?)の移動速度は速かった。
もはや動き回る姿が影のようにしか見えない。
それでも防いでいられるのは、微かに捉えられる影の動きと単調な攻撃に対する先読みの感覚に頼っているからだ。
それも長くは続かない。
太陽が散ったからか、辺りは徐々に本来の夜を取り戻そうとしている。
レイラ(?)の姿はより視認不可能なまでに溶け込んでしまった。
イクスの右後方からレイラ(?)の剣が疾る。
が、イクスはそれを弾いた。
「『この暗がりでもなお凌ぎますか』」
「なんか、段々と人間味が出てないか?」
「『不快、不可解』」
心底嫌なのだろう、顔を歪ませているのがわかった。
だがそれはこちらにとって好都合でもある。
声で位置を把握できるし、会話を続ければいつ攻撃をしかけるのか予測ができる。
幸い、このレイラっぽい何かの攻撃は単調なものだったが、会話を始めたらより単調な攻撃となっていた。
イクスは時間稼ぎを続けるなかで、レイラを元に戻す術を見出そうとしていた。
「村の魔獣を蹴散らしてくれたのは礼をいうけどな。何もサカモトまで蹴散らさなくても良くないか?」
「『そこの未確認生物は本来この■■には■■してはいけないものです。彼の存在を許す事は■■■■への■■■■に……失礼しました。検閲事項により以降の発言は自粛します』」
イクスの目論見はあっけなく破綻し、レイラ(?)は口を噤んでしまった。
そのせいで剣速は鋭さを更に増していく、一度でも位置を見失えばあっけなく殺されてしまうだろう。
「くそっ! 完全に裏目に出たか。レイラじゃないのにレイラだから迂闊に斬れないし……どうしたら良いんだ……」
じわじわと、追い詰められている。
レイラ(?)の攻撃を捌ききれなくってきていた。
「叩けば正気に戻るかもです?」
「叩いて治すとか意味がわからん」
「刺激を与えるって考えれば、まんざら間違ってないけどね。でもそれを果たして許してくれる相手かどうか……」
イースラ達は決してふざけていたわけではない。
手をこまねいていたイクスを心配し、自分達で何か出来る事はないかと思案していた。
だがその声はイクスの元まで届いていた。
誰かが悪いわけではない。
敢えて挙げるなら意識を逸らしてしまったイクスの不運が悪かった。
「お前達は何を呑気な――――
「『そこです』」
イクスの右腕はあっけなく別離し、血飛沫と共に空を舞う。
投稿するようになり半年経ちましたが、村をまだ出ていない!?
こ、こんな筈では……。




