第22話 帝国騎士VS村人
隠し通路を抜け、目の前に広がった光景は血塗れで倒れている古樹竜……ボルカの姿だった。
駆け寄ると既にボルカはこと切れていた。
胸から巨大な穴が開いている事から、これが致命傷になったのは明白だった。
だがおかしい、ボルカの爺さんは再生力という馬鹿げた能力を持っていたはずだ。
自分との戦闘において、目に手を突っ込んだ時に容易く再生した。
それなのに今この時において、未だ再生される様子がない。
それどころかさらさらと、肉は徐々に崩れ塵となって空を舞う。
「……これは、一体――
「その竜とは知り合いか?」
空から馬に跨り、黒い全身鎧を真っ赤に染めた男がゆっくりと降ってきた。
一見してヤバい奴だと伝わり、緊張が走る。
「この先の村の子供達か……ふむ? 神官とエルフと人間……妙な組み合わせだが。まぁいい、イシャルタ」
「ここに」
「「魔族っ!?」」
男の影から角の生えた男が現れた。
イースラとステラに動揺がはしる。
どうやらあの角の生えた男が魔族のようだ。
「これを持って先に行くが良い」
「かしこまりました。さぁ皆さん行きますよ」
魔族の男が槍の男から赤い石を受け取り、それを影にズブズブと仕舞う。
そして手を叩くと辺りに飛び散った肉片がグニグニと這いずって集まり、粘土のように折り重なり大量の狼が生まれた。
「さすが暴虐です。半数以上を焼き殺されました。……ですがこれだけ残っていれば問題は無いでしょう」
そういうとイシャルタと呼ばれた魔族と影狼達は闇に溶けていった。
消える一瞬、イクスは魔族の男と視線が合った。
いや、合ったというよりは男の視線がイクスを射抜いたと言っていいほど鋭く感じたのだ。
結局は何をされるでもなく、そのまま消えていった。
「さて、君達は遠慮なく私を恨むと良い。せめて村の皆と同じ墓に弔ってや――っ!?」
黒い全身鎧の男の言葉を聞くのをやめて切りかかったイクス。
だが正面からぶつかりに行った結果、難なく槍で受け流されてしまった。
「お前らはさっきの奴を追え!! あいつ村を襲う気だ!」
「だ、だけどイクスは!?」
「俺はこいつぶっ飛ばして直ぐに追いかける! それよりも村の皆を助けてやってくれ!」
「っ!? 分かった! 行くよ皆!!」
レイラに促され皆が駆けだす。
一瞬さえ時間が惜しいのは皆分かっているのだろう。
異論の声が上がることは無かった。
「友を逃すとは見所がある……と言いたいところだが、それは失策だぞ」
再度剣と槍がせめぎ合うが、男は腕力にものを云わせ無理矢理弾き飛ばした。重々しい全身鎧なんて平然と着ているのも得心がいく。
「……妙だ。貴様から戦の匂いがする」
男は目の前の子供から言い知れぬ凄みを感じていた。
男は怪訝に思う。
仲間がいなくなった途端にその身に纏っている雰囲気が変わった。
竜を殺され、仲間を逃がし、将たる自分と今相対している。
それなのに子供の目からは怒りもなく、焦りもなく、恐怖もない。
まるで見飽きた景色を眺めているような……そんな色のない目をしている。
男にはその目に覚えがある。
まだ未熟だったころ、格上との決闘で惨敗した際に相手が向けてきた目だ。
男はそんな思考を振り払う。
何故ならそれはあり得ない、自分よりも幼い子供が自分よりも強いなど。
年齢、体格、装備、それら全ての差はこちらが有利であると証明している。
「奇遇だな、俺も妙だと思っていたんだ」
剣を構えながら真っ直ぐと男を見据えてイクスは言った。
「あんた程度の人間が、本当に爺さんを殺せたのか?」
「……何?」
思わず男は聞き返した。
自分は今、目の前の子供から放たれた言葉を正しく理解出来たのだろうか?
お前程度と子供は言ったのかと。
もしも言葉通りであるならば、それは自分よりも強者が語る事の許された言葉であると。
「あんたと剣を合わせてみて、大方あんたの強さは理解した。それで思ったんだ。本当に爺さんはあんたにやられたのかってね」
「……貴様、自分が何を言っているのか理解しているのか」
「まぁ爺さんが単にドジっただけかもしれないけどな。もう良いか? さっさとあんたを殺してあいつ等に追いつかなきゃいけないんだ」
「その身の程知らずな大言壮語、若さで許されると思わない――
瞬間イクスは男の背後に回り、そのまま首元を切り飛ばそうと剣を真一文字に振るった。
だが、男の槍を持った手が跳ね上がり剣を槍で弾く、ギリギリのところで防がれてしまった。
(どう考えても本人の意思で防いだようには見えないよな)
「今のは槍が自分で防いだのか……」
『おにい……あの人は、まずいよ』
「そのようだ。今の急加速……いや、こんな辺境の子供が使えるわけが……」
『逃げよう。目的は、果たしてる』
「……っ!?」
『私には、あの人の強さが理解できる。武器は本能として、自分を使い潰してくれる人に使われたいって望むから。 武器である私は今、あの人に使ってほしいって思ってる」
「……私よりもか?」
「おにいよりも、だよ! つまりそれはおにいよりも強いって事』
「それを聞いて、余計退く事など出来……っ!?」
ガベルトもアイオンも失念していた。
意志を持つのは他にもいた事を。
空駆ける魔獣の馬にも心があった。それ故に、イクスと相対する事を本能的に拒絶したのだ。
結果、馬は空を駆ける。
人は空を飛べない。故に馬は空へ逃げた。
「やっぱりあんたが爺さん殺したなんて信じられねぇよ」
イクスはそこら辺に転がっていた握りこぶし程度の石ころを握りしめ、思いっきり投擲した。
投げた石は黄色く光り、あっという間にオレンジ色に発光すると馬を打ち抜いた。
「こんな攻撃、爺さんなら鱗一つ傷ついたりしないぞ」
馬は石に穿たれ粘土のように胴体が消し飛んだ。
だが男は落下せず、変わらず空に浮いていた。
「どこまで出鱈目な子供だ!!」
男は空から落下しながら槍を構え一直線にイクスに向かう。
イクスは大きく後ろに飛び退いた。
男は槍を地面に突き刺し、その衝撃が円を描くように広がった。
衝撃で飛んできた砂ぼこりに視界を一瞬奪われる。
その一瞬で男が一気に間合いを詰めてきた。
「そこの竜の死骸を持って我が証明を成した! ならば、今度は貴様が証明して見せろ! アイオーーーン!!」
男の放った槍の穂先は完璧にイクスの急所を捉えていた。
当たっていれば消し飛んでいただろう頭蓋は首を反らす事で躱された。
だが男の恐るべき攻撃はここからだ。
躱された槍を引くと同時に二撃目がイクスの心臓を狙う。
首を反らした事でイクスには回避できるような態勢ではなかった。
だがイクスは首を反らした方向へそのまま飛ぶ事で回避してのけた。
それでも男の攻撃は止まない。
二撃目を引くと同時に三撃目を今度はイクスの左肩を狙う。
今度は外れない。
飛び退いたまでは良かったが今は宙に浮いた状態、回避する事など不可能。
イクスは退かなかった。
確かに退けなかった。
既に取れる回避運動は全て取り、出来るとしても地に足が着かなければ動きようがなかった。
だがイクスの左手には剣があった。
右手で持っていたはずの剣をいつの間にか左へ持ち替え、襲い来る槍に剣を合わせる。
槍から伝わる衝撃を使い、剣で弾いて防いだ。
「馬鹿な!? 今のを初見で見切ったというのか!!」
「流石に槍の三連撃なんてビックリしたけどな。あんたの攻撃は正直すぎる、避けれる奴は多いんじゃないか?」
「きさまぁあああああああああ!!」
男は吠える。今の技は男一人の技ではないからだ。
男の力量では渾身の攻撃を正確な狙いで放てるのはせいぜい一度、それを三度まで……それも引くと同時に次を放つなどという芸当が出来るのは、彼の槍アイオンの力あってこそだ。
つまり、イクスの先程の言葉は彼らの絆を傷つけるようなものだった。
当然、イクスにはその意図はない。
イクスはずっと悪意なく、感じたままに目の前の男と相対している。
男の方もそれは分かっており、分かっているからこそ余計にそれが許せなかった。
だが、イクスから男に向ける目はより冷めたものになっている。
「悪いがあんたらに付き合うのはここまでのようだ」
「何を……っ!? 体が……重い!?」
男は身動きが取れなくなっていた。
彼が纏う全身鎧にはボルカの、竜の血がべっとりと付着しており、それが乾いて全身の関節を固めてしまっていた。
「そこまで乾いちまったらゴリゴリ削るしかないな。一人では到底無理だし、そんな時間与えるわけもない」
動けなくなった男にイクスはゆっくり歩み寄る。
「おのれぇえぇぇぇぇええぇぇぇえ!! 何故だ!? 竜さえ葬った私達が何故貴様のような子供に負ける!? あり得ない!! あり得ない!!」
「喚くなよ、戦士として格を下げるぜ?」
『おにい!!』
イクスは今度こそ、その首を落とすために剣を振るう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
この二人の戦いを見ている者は誰もいない……わけではなかった。
離れた山の頂から、イクスの一挙手一投足を見逃すまいと観察している者がいた。
「あはぁああああああああぁぁぁぁあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁあああぁあぁぁぁぁん!!」
魔族男、イシャルタは歓喜に震えていた。
何故かイシャルタは村に向かわず、ずっと彼を見ていた。
「みぃぃつけまぁぁしたぁぁぁぁぁ、我が君!!」
一目見た時から確信していた。
この青年こそが彼だと。
「その闇夜のような黒髪、その研ぎ澄まされた名剣のような瞳ぃぃ、えぇえぇ役不足でしたとも!! ガベルトごときではあなた様にとっては何の障害にもなりえませんとも!! まさかこのような場所に居られたとはぁっ!! 運命よ!! あなたの粋な計らいに今度だけは感謝いたしましょう!!」
魔族であるイシャルタは両手を広げ感謝する。
「こうしてはいられません!! 一刻も早く戻らなくては! まぁ仕事は残っていますが、幸い私の手元にはコレがあります。少し早く上がっても文句は言われませんよね?」
そして今一度黒髪の青年を見る。目に焼き付けておくためだ。
髪、瞳、唇、体格、利き手、利き足、彼の全てを絶対に忘れないように。
ちょうどイクスがガベルトの首を討ち取ろうとするところだった。
「……おや?」
沈んだはずの太陽が昇った。
調子乗って4000字越えました。
別けるべきだったでしょうか……。
次回は色々あって連投します。
今後ともよろしくお願いいたします。




