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不撓不屈の勇者の従者  作者: くろきしま
第1章 村娘が勇者になったので、従者として一緒に旅に出るようです。
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第21話 帝国騎士VS古樹竜

 イクス達の元からボルカが離れるまで少し時は遡る。


 帝国領側から山を駆ける黒い群れがあった。

 その様子は黒い波。

 おびただしい数の影狼の群れであった。


 物凄い速さに駆け上る群れの後方にただ一人ついて来る者がいる。


「陛下の命とはいえ、帝国の将が兵も率いる事なく魔物の引率とは……」


 黒い馬に跨った黒い全身鎧を纏う騎士は鬱々と山道を駆けながら一人ごちる。

 この場に兵の姿は無い。

 兵を率いず将である彼は獣の群れの後に続いていた。


「いやはや、引率役を押し付けてしまい申し訳ございません」


 馬の影からズルリを姿を現した男は、黒い執事服に紫の髪、そして血の様に紅い目をしていた。

 一見二十歳そこそこの若く見える容姿だが、外見と容姿が一致していない事は直ぐに分かる。何故なら彼が魔族であるからだ。

 その証は彼の頭部にあった。耳の上から蛇が蜷局を巻く様に大きな角が生えていた。

 魔族の男が姿を現すと、彼は嫌悪感を隠す事なく顔を背けた。


「魔族といえど、こうも嫌悪されると悲しいものでございますね」

「戯言通り越して痴言だ。貴様ら魔族が人の感情を貪るは本能……実に下劣な存在よ。私が貴様らを見逃すのは偏に陛下の恩情故と知るが良い」

「魔族が人の感情を糧にしているというのは迷信なのですけれども……それはそれ! 帝国一と名高い槍の名手ガベルド・カーギル様に引率いただけるとは光栄の極みでございますとも!」


 ガベルト・カーギル様。

 帝国で六人いる将の一人でございます。

 ワタクシ達はこの山の向こうにある村を占領し、神聖帝国に対する軍事拠点を作る事が今回のお仕事でございます。

 もちろん、それは表向きの理由。


 ワタクシ達魔族の手がいくらあったところで、この山を越えて拠点を作るというのは些か無理がございます。

 物資の補給、人材の派遣、維持と理由を上げればキリがございませんが、一番の理由は彼の古樹竜の存在。

 彼の存在こそが裏向きの理由であり、カベルト・カーギル様がご同行する理由でもございます。


「全ては陛下のご意向あってこそだ……貴様は貴様の仕事を果たすが良い」

「えぇ。ですが、影狼の群れであればワタクシの出番などあるはずもございませんね」

「ならば影に潜み静かにしていると良い。貴様と馴れ合うつもりはない」


「ならばワシと馴れ合うのはどうかのぉ?」


 突如として空から降って湧いた声とほぼ同時に、前方で爆炎が舞う。

 激しい怒号と土煙と共に、びちゃびちゃと肉片の雨が降り注いだ。


「ほぉ、これが私が駆り出された理由か……面白い!!」

「おやおや、ワタクシの影狼が全て一瞬でやられてしまいました。流石『竜脈』でございます」


 三百といた獣の群れが一瞬にして消し炭と化したにも拘らず、魔族の男は涼やかに顔色一つ変える事はなかった。

 上空から威圧的な羽音を鳴らし、古樹竜はその巨躯を現した。


「ふむ、その様子だと元よりワシが目的か」

「どちらも、とお答えいたします。三千年ぶりですね暴虐のボルカ様」


 名前を呼ばれ、魔族の男を凝視する。

 己を暴虐と呼ぶという事はボルカのこれまでの道程を知っているに他ならない。

 そして、ボルカ自身も魔族の男に見覚えがあった。


「……魔族とはお前の事じゃったか。道化のイシャルタ」

「貴様らが旧知の仲だろうと私が知るところではない。竜殺しの称号、頂く事としよう」


 先程まで鬱々としていた雰囲気は既にない。

 どこからともなく取り出した一振りの大きな槍を構えて言った。


 全身鎧を纏うガベルトの巨躯に見劣る事の無い業物の槍だ。

 長さはガベルトの身長よりもやや長く、三分の一程の巨大な三角錐が拵えられていた。

 突く事のみに特化されたと一目で分かる。


「魔族と手を組んで奢ったか!! 常命の存在が竜と格を争うなど百年早いと知るが良い!!」


 容赦なく吐き出される炎の塊が将ガベルトと魔族イシャルタを襲う。

 爆裂の炎が辺りを照らすが、ボルカ自身は目を眩ませる事は無い。

 何故ならボルカは竜種、物理的な視界だけではなく、マナひいては精神体すら視認できる瞳を持っている。

 故に、己が放った一撃を躱された事も知っている。


 逃げ場はなかった。

 常人ならば、今ので確殺に十分な一撃のはずだった。


 ボルカは見上げていた。古樹竜である今の姿で、ボルカは遥か上空を見上げていた。

 ガベルトは悠然としていた。

 掠り傷一つなく、焦げ跡すらなく、馬に跨り宙に立っていた。


 ボルカにはその馬が魔物よりも上位の魔獣だという事が分かる。

 魔族だけではなく魔獣すらも手懐けている事にボルカは脅威を覚えた。

 ひ弱で短命な人間に魔獣がひれ伏すとは考えられない。

 考えられない現実が今目の前に存在している。

 不可能を可能にした帝国の力に恐怖すら感じる。


「魔族と手を組む……陛下の命があれば是非もない。しかし、この場においてはこの道化と共闘するなどありえない。私は竜殺しを頂くと言ったぞ。ならば、貴様の首は私一人の物と知れ」

「ほぉ、空を歩くとは中々に粋な真似をするのぉ」

「いつまで地に伏せている気だ? その背中にある翼は飾りではなかろう。遠慮せず向かってくるが良い」

「囀りおりおって!! どちらが強者か分からぬではないかっ!!」


 大きく翼を広げ羽ばたくボルカ。

 実のところ、精霊に近い存在である竜は鳥のように飛んでいるわけではない。

 飛膜がマナを集め、浮力に変換し飛んでいる。


 凄まじい速度で空に昇りガベルトに迫るボルカ。

 ボルカからは全身鎧を纏っているガベルトの表情は見えなかったが、眼前にまで迫り来る竜を前に全く臆していない事だけは分かった。


「どちらかが強者かなど言うまでもない」


 馬は嘶き駆け出す。


「「殺した方が強者よ!」」


 交差する刃と爪が弾き合う。

 双方に傷は無く、二度三度と交差を重ねる。

 徐々にその衝撃は大きくなり、派手に火花が散るが未だ互いに掠り傷一つ与えられない。


 更に十度繰り返したところでガルベトはボルカの姿を見失ってしまった。

 本来、その巨体を見失うなどありはしない。

 だが現実としてその姿は周囲には存在していない。


「……っ!?」


 唐突に背後からの衝撃に弾き飛ばされるガルベトと馬だったが、地面すれすれで態勢を立て直した。


「けったいな術を使ってくれる……だがこれで面白くなった」


 もし彼が素顔を晒していたのなら、どのように笑っていたのだろうか。

 ボルカは彼と刃を重ねる度に、将としての感情より戦士としての感情が表に出てきているのを肌で感じていた。


「これでも老体でな、卑怯とは言わんじゃろ?」

「遠慮をするなと私は言った。とはいえ、その手品もタネが割れればどうという事は無いがな」

「なん……じゃと!?」

「竜脈である貴様は限りなく精霊に近い存在だ。ならばその在り方は精神体であるという事……物質から精神へと巧みに相互変換し奇襲をかけている……違うか?」


 ずばり言い当てられた。

 ボルカの存在は元来精神体であり、人の姿どころか竜の姿さえも物質変換により創り出したに過ぎない。


「一目で見通した慧眼には驚嘆に値するがの、タネが割れても物質体のお主に対処出来るのかのぉ?」

「私はどうという事は無いと言った。その眼に焼き付けるが良い、帝国の将たる『私達』の力を!!」

「――っ!?」

「目覚めろ魔槍!!」


 ガベルトの声に呼応するように、槍からマナが噴き出す。

 槍から無数のヒダが花開く様に広がり、回転を始めた。

 回転速度が上がるにつれ、無尽蔵にまき散らされていたマナは束ねられ槍に収束していく。

 荒れ狂う嵐のようなマナの暴風にボルカは身の危険を感じ、すぐさま自身を精神体に変換し精神世界に避難する。


「空よりも尚広き者、海よりも尚深き者の名において狂い集え!! 我らは境界を穿つ一条の輝き。アイオン・ヴァザーシュ!!」


 轟音と共に青い光の柱が天に走る。

 空が裂け、割目からボルカはズルリと姿を現しそのまま地面に叩きつけられた。

 光が走った先にガベルトは宙に立っていた。


「ふむ、存外あっけないものであったな」


 ガベルトの左手には赤々と輝く結晶があった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ボルカは確信していた。

 竜である自分がいる村で勇者が生まれ、まるで示し合わせるかのように帝国からの刺客が現れた。

 これら全てが盤上の駒のように動く様に、ボルカは覚えがあった。

 四千二百年前に味わった苦渋をボルカは決して忘れてはいない。


 だがいつからかボルカは諦めてしまっていた。

 ユテシアを失い。その後も彼是と動きはしたものの、大した成果を得ることが出来なかった。

 竜脈としてマナの流れを管理する様になり、二千年ほど自堕落に生きて、かつて暴虐とまで呼ばれ恐れられていた頃と比べれば見る影もなく老いてしまったボルカだったが、イクスとレイラによって容易く変えられてしまった。


 イクスとレイラに、ボルカはかつてのユテシアと自分を重ねていた。

 ユテシアはイクスに、ボルカはレイラと互いの力関係は逆ではあるが、互いの雰囲気に同じ何かを感じていたのだ。

 故にボルカは勇者となったレイラを殺そうとした。

 その先には救いがないから。

 地獄しかないのならここで終わらせるべきだと、身勝手に思ってしまった。


 結局は途中で思い直したものの、引っ込みがつかなくなりながら、なんとか倒される事に成功した。

 その時なのだ。

 イクスに託そうと思ったのは。


 自分の心は折れてしまったが、イクスならばと。

 イクスは自分とある一点において共通した部分がある事を、サカモトを通して知っていた。


 続きはイクスに任せるとしても、せめてこの仕組まれた脚本に一矢報いてやろう。

 レイラやイクスの事を思うと、枯れ果てた筈の気力にやる気がみなぎる。


 イクスには事情を話せたが、果たしてレイラ達は何も語れない自分を許してくれるだろうか。

 彼らの行く末を見届けるためにも、ボルカは力強く飛行する。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『……それが……マナタイト?』


 槍から鈴のような可愛らしい声が鳴る。

 ガベルトはほんの僅かだが体を震わせ、端的に答える。


「その通りだ」

『きれい……だね』

「起こして済まなかったな。眠れアイオン」

『おにい……ずる……ぃ』

「……」


 こうしてガベルトは竜殺しの名誉を得た。

 だが、ガベルト自身は何故か満ち足りた感覚には至ることは無かった。

 竜と幾重にも刃を合わせ、せめぎ合っていた時が一番満ち足りていた事を自覚している。

 帝国に帰り皆から称賛を受けようと、あの時の満ち足りた感覚に届く事はないのだろうとガベルトは考える。


 だが、そんな思考も切り替える事になる。


「……子供?」


 見下ろしていた竜に駆け寄る子供がいた。

 自分より一回り程幼い子供達。


「……やれやれ」


 恐らく村の子供達だろう。

 何の罪もない子供の血で自分の相棒を汚さないといけないと悟り、陰鬱な気分になりながらゆっくりと地に降りるのだった。

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