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不撓不屈の勇者の従者  作者: くろきしま
第1章 村娘が勇者になったので、従者として一緒に旅に出るようです。
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第17話 初代勇者ユテシア

 映し出された光景は、緑の木々に囲まれた黒い山だった。


『広大な帝国領の東に位置するガコレラス火山……ユテシアと初めて出会った場所じゃ。』


 山の頂上付近で二つの影が交差する。

 片方は巨大な竜、もう一つの影は人の形をしていた。

 激しい金属の弾け合う音が響く。


「人の子よ! いきなり襲いかかってくるは良い度胸よな!! 私が一体何をしたと言うのだ!?」

「うっさい女の敵!! 麓の村娘を片っ端から孕ませるとか何考えてんのよ!! 男連中が泣きべそかきながら懇願してきて怖かったじゃない!」

「より強い雄に惹かれるは雌の道理、ジェシカもミランダもアミナも私の翼だ!!」

「死ね間男!!」


 女剣士は目を逆三角形にし、剣を両手で握り飛びかかる。


『金色に煌めく髪と、青い鎧、それに白雪のように綺麗な剣を持つ少女じゃった』

『…………爺さんの解説と話とのギャップ酷くね?』

『やっかましいわ!! まぁそんな感じで出会ってのぉ。最初こそ険悪じゃったが、勇者の使命に心打たれてワシも付いて行ってやる事にしたんじゃ。』


 場面は転換し、次に映し出されたのはボルカであろう若者の土下座をしている姿だった。


「隣町の嫁達にバレて殺されそうなんです!! 何でもするのでどうかこの卑しい私めをお供に!!」

「…………死になよ」


『全然違うじゃねぇか!! まるで汚物を見るような目で見下されているじゃねぇか!?』

『些細な違いじゃ。 こうしてワシとユテシアの旅は始まったわけじゃな。』

『わからねぇ……どうして一緒に旅をする事になってんだよ初代勇者……』

『兎にも角にも暴れに暴れ、西に魔獣が現れれば討伐し、北に魔族の気配があれば根絶やし、南に私腹を肥やした貴族があれば恐喝したもんじゃ。』

『勇者関係ないよなそれ!?』

『まぁそんな楽しい日々も長くは続かなかったわけじゃが……勇者の使命はなんだか分かるか小僧?』


 勇者の使命? 酒場での事を思い出した。


『……そりゃあ魔王を倒す事だろ?』

『そうじゃ、なら魔王を倒したら勇者はどうなる? 使命を終えた勇者は』


 勇者は何故勇者たり得るのか。


『使命があるから勇者であるのなら……使命を終えたら勇者じゃなくなるんじゃないのか?』


 魔王を倒し、晴れて一般人に戻って自由を謳歌する。

 物語の結末としては落第点だろうが、人間が迎える閉幕としては十分だろう。


『そうじゃな、ある意味的を射ておる。 勇者とは聖痕を持つ者というのは知っておるな? 神との出会いによってユテシアは聖痕を受け入れ、その身に宿した……聖痕は只の痣や印ではない。聖痕はユテシアの精神体に深く結びつき、ユテシアの一部となっておった』

『……おい待て、それじゃあ』

『勇者としての力を付ける毎に、ユテシアの人間性は欠け……気付いた頃にはもう手遅れのところまで来ておった。なけなしの感情を震わせ、ユテシアは言っておった』


 ボルカが指差した先に映し出された光景を見てしまった。

 子供のように泣き崩れたユテシアを。


「なん……で! ど……ぅして私だった……の!? まだ……私は!! 何もしていないのに!!」


 ユテシアの全身には模様が入っていて、その模様が青白くほのかに光っている。

 近くには魔王らしい死体と、血に塗れた剣が転がっている。


「恋……もしてな……ぃ! ぉ……花屋さん……にも……なれていない! ま……だ……沢山……ぁる……のに!!」


 もうユテシアの目には何も写っていないのがわかった。

 崩れゆくユテシアを抱きとめているボルカはただ黙って耐えている。


「神……さ……ま……言う通りに……のに……どいょ……。こん……なの……ひどいよぉ」


 体の模様の輝きは増し続け、眩いほどになっていた。


「勇者……なんて……なるんじゃなかった!!」


 そう言い残し、塵となって消えていった。

 ユテシアは勇者になった事自体を後悔していた。


『勇者は魔王を滅ぼすためだけの存在……魔王が存在しなければ、勇者もまた存在する事は許されなかったんじゃ』

『なんだよそれ……それじゃあレイラは!? 魔王を倒せば今みたいに死んじまうっていうのか!!』

『ユテシアは確かにあの時に死んだのじゃ……でも終わりじゃなかった……』

『っ!! 二代目、三代目!?』

『見るといい。これがワシがおぬし等を襲った理由じゃ』


 映っていたのは炎だった。

 炎の向こうで笑う声がする。

 一つや二つではない。至る所で声がする。


 子供の前で親を殺す魔族がいた。

 恋人の前で犯す鬼がいた。

 子供に群がる獣がいた。


 魔族の軍勢。


 一方的な暴力による無秩序な虐殺の光景に沈む、一人の男がいた。

 満身創痍、その男にはおおよそ無事と語れる部位はなかった。

 地面に落ちたその身体を、懸命に起きようと足掻き続けるその表情は、ある一点を見ると凍るように固まった。


 カラスのように黒いマントを羽織った女がいた。

 金髪で、丁度耳の上から黒い巻貝のような角を生やしていた。


「主……なんで……なんなんだその姿は!!」

「久しぶりねボルカ……六百年ぶりかな?」

「違う!! 私は貴様なぞ断じて知らん!! 我が主にそっくりなだけの紛い者め!」


 ボルカのその言葉を聞くと、その女はケタケタと軽く笑う。


「ボルカはいつもそうやってすぐバレる嘘をつくのね。分かるでしょ? 私が『私』だという事に。私のマナを、あなたが忘れるわけがないもの」

「ユテシア……」

「あら? あっけなく認めちゃうのね」

「生きて……いたのか」


 六百年という月日に押し流された感情が、まるで引いた波の様に帰ってくる。

 何故、今まで会えなかったのだと。

 今の今までどうしていたのかと。

 どうして私を置いていったのかと。


 だが、ユテシアがその感情に応える事はなかった。


「死んだわよ。人間としての生は間違いなくあそこで終わった……でも終わりじゃなかった。続きがあった……それが今の私。『魔王』の私」

「魔……王……ユテシア……が?」

「そう。だから私は……世界を救った私は、今度は世界を壊すの」

「なに――げはぁっ?!」


 膨大な魔力で圧縮した槍がボルカの四肢を穿つ。


「あなたはそうやって見ていなさい。世界に振り回された私が、今度は世界を振り回すのを」


 楽しそうに、心の底から楽しそうに、魔族達と狂乱の宴に興じるその姿は、間違いなく魔王と呼ばれるに相応しい姿だった。


 こうして映し出していた木の葉は光を失い、風と共に散っていった。


「魔王なったユテシアは二代目の勇者に討たれて逝きおった……この墓には中身は無い。せめてと思い、生前愛用しておった剣をここに立てたんじゃ」


 想像を絶する重さだ。

 魔王を倒した勇者が次の魔王になる。

 今回で七度目……六度もそんな事を続けていたというのか。

 レイラ……お前とんでもない事に巻き込まれちまったぞ。


「ワシが殺そうとしたのは……小僧の想像通り、レイラ嬢ちゃんじゃ。勇者となったその瞬間、未来永劫死の向こう側まで不幸が付いて回る……ならばせめて、人である今のうちに終わりにしようと思ったんじゃ……もっとも、その考えにすら怖気付きズタボロに負けてしまったがのぉ」

「爺さんが何で俺達を襲ったのか、今本当に納得出来た。昨日の今日で知れて良かった、早くこの事をあいつ等に教えてやらねぇと――

「駄目じゃ!! 良いか小僧……それをあの三人の前で決して口にしてはならんぞ。言えば全てが手遅れになってしまうのじゃ……」


 一体なにが手遅れになるというんだ……。


「……ワシが何故お前一人を連れ出したか分らんか? レイラ嬢ちゃん、エルフの嬢ちゃん、神官の坊ちゃん。あやつ等には絶対に知られるのはいかんのじゃ」

「話が見えないんだが? 少なくても爺さんより信用できるぞ?」

「一日やそこらでワシ負けるとか!? いやいやいや信用の問題じゃないんじゃ。聖痕を持つレイラ嬢ちゃん、神の肉奴隷たるエルフ、神の僕たる神官。これらは意図的に集められたんじゃ。監視するためにの」


 監視? 誰が? 何のために?

 その疑問の答えを、既にボルカは語っている。

 神の肉奴隷、神の僕。

 そして聖痕を与えたのは……。


「奴らはこの勇者と魔王の循環を維持しようとしておる。破綻を招く真似をすれば、間違いなく介入してくるはずじゃ」

「じゃあどうすれば良いんだよ!!」

「故に、小僧にだけ明かしたんじゃ。おぬしだけが誰にも縛られず動く事が出来る。レイラ嬢ちゃんを助けてくれ」


 かつてユテシアにしたように、土下座をして頼み込んできた。


「レイラやステラにも、イースラにすら打ち明けずに……」


 ボルカの爺さんは伏せたままでいる。

 ユテシアを守り切れず、そこから六百年もの月日を過ごし、最悪の形で再開した爺さん。

 今日までどんな気持ちで生きてきたのだろう。

 足掻いて、足掻いて、それでも足掻いての今日だ。

 七度目、レイラが勇者になった事で爺さんの心が折れてしまったのかもしれない。


 その気持ち、全て理解できるわけじゃなかったけれど、分かってしまえる部分もあった。


「……やるだけやってみるか」


 自分の中で、何かが灯った気がした。

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