【下剋上の結末編】第十九段 藤吉郎という男、人をたらし込むこと
【下剋上の結末編】第十九段 藤吉郎という男、人をたらし込むこと
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羽柴秀吉、もとの名を木下藤吉郎という。この男の人心掌握の術には、正直、我も舌を巻いた。
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篁様へ申し上げ候。
此度、下界にて見届け候仔細、左の如くに候。
秀吉、尾張の足軽、あるいは百姓の出と伝え候えども、その出自の卑しさをものともせず、信長のもとにて次第に頭角を現し候。この男の身上、武勇にはあらで、人を口説き落とす術にこそあり~~~~~
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現代語訳
篁様、報告します。
今回見たことを書いておきます。
羽柴秀吉は、尾張の足軽か百姓の出だと伝えられていますが、その出自の卑しさをものともせず、信長のもとで次第に頭角を現してきました。この男の真骨頂は、武勇よりも、人を口説き落とす術にあります。
美濃の斎藤家に仕えていた竹中半兵衛という軍師がいました。この男、わずか十数人で難攻不落の稲葉山城を乗っ取ってしまうほどの知略の持ち主でしたが、信長からの再三の誘いにも応じず、隠居を決め込んでいました。ところが、この半兵衛を口説き落として家臣に迎え入れたのが、他でもない秀吉でした。
播磨の国では、小寺家の家老であった黒田官兵衛という者が、秀吉に見出されて家臣となりました。秀吉は播磨の攻略にあたって、力攻めよりも、調略――言葉を尽くして敵方の城や国人衆を味方に引き入れる術――を好んで用いていました。半兵衛と官兵衛、この二人の知恵者を両輪として、播磨の国人たちを次々と織田方に帰属させていきました。
出自に頼れぬ秀吉にとって、家柄や血筋で結びついた家臣団を持たぬ分、こうして一人ひとりの人物を見極め、口説き落とし、味方に引き入れていくことこそが、この男の力の源になっているように、私には見受けられました。刀で城を落とすより先に、まず人の心を落とす。これがこの男のやり方のようです。
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久秀のように損得だけで動く男もいれば、光秀のように家柄と実力の間で揺れる男もいる。だが、この秀吉という男は、また違う種類の力を持っている。人をたらし込み、敵さえも味方に変えてしまう、その口先と人心掌握の術。武でも家柄でもなく、人そのものを己の力に変えてしまうというのは、我がこれまで見てきたどの下剋上者とも違う、新しい種類の才覚だと思う。この男が、この先どこまで人をたらし込んでいくのか、正直、少し空恐ろしい気もする。




