【下剋上の結末編】第十一段 久秀、信長のもとで槍働きをすること
【下剋上の結末編】第十一段 久秀、信長のもとで槍働きをすること
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久秀の話に戻ろう。信長のもとに降った久秀、しばらくは殊勝に働いていたようだ。中でも、朝倉攻めの折の一件は、なかなか興味深いものだった。
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篁様へ申し上げ候。
此度、下界にて見届け候仔細、左の如くに候。
元亀元年、信長、越前朝倉義景討伐のため兵を進め候えども、義弟たる浅井長政、俄かに離反いたし、信長、退路を断たれ候危機に陥り候。この折、久秀、近江朽木谷の領主・朽木元綱を説き伏せ~~~~~
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現代語訳
篁様、報告します。
今回見たことを書いておきます。
元亀元年(1570年)、信長は越前の朝倉義景を討つために兵を進めましたが、妹婿の浅井長政が突然離反し、信長は退路を断たれる危機に陥りました。
この時、久秀は義継や池田勝正らとともにこの遠征に加わっていましたが、退却にあたって、近江朽木谷の領主である朽木元綱という者を説き伏せ、信長方に味方させることに成功しました。おかげで信長は、朽木谷を通って無事に京へ逃げ帰ることができました。
これまで戦場で槍を振るう武辺者としてより、書記や交渉役として力を発揮してきた久秀ですが、この一件では、まさにその交渉の才が、信長の命そのものを救ったことになりました。かつて公家や寺社との折衝を任されていた男が、今度は主君の退路を、口先一つで切り開いてみせたわけです。
刀ではなく言葉で人を動かす。久秀という男の真骨頂は、やはりこういうところにあるのだと、改めて思い知らされました。
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三好の家では書記から身を起こし、今度は信長のもとで、主君の命を繋ぐほどの働きをしてみせる。之長や早雲のように、己の手で城を奪う者たちとは、また違う種類の「使える男」だと、我は思う。ただ、これほど信長に重宝されている久秀が、この先もずっと大人しく仕え続けるとは、我にはどうにも思えない。この男の胸の内には、まだ何か燻っているものがある気がしてならない。




