第99話 奇跡の墜落、あるいは美しき(?)誤解
俺は砦の外まで広範囲に『空間把握』を展開しながら、ブラックドッグのクロドの背に揺られ、砦の深部へと進んでいった。
あ、忘れてた。とりあえず後々の混乱を防ぐために、まだ動いていた『黒の群盗』の残党の皆様もまとめてその場で封印しておいた。
なんか奥に進むのを邪魔しようとしてきた戦闘狂っぽいAランクの冒険者パーティーも、一瞬でカチコチに封印しちゃったけれど……まあ、気にしないでおこう。その規格外すぎる光景を目の当たりにして、眉間にこれでもかと深いシワを寄せているベーマタ騎士団長の顔が一瞬だけ見えた気がしたが、今はミナトたちを見つけるのが最優先だ。
あのすばしっこい連中にこの大混乱に乗じて逃げられたら、本当に目も当てられない。
(……あ、いた!)
索敵の網に引っかかったのは、砦の裏手にある崖際。どうやら『風月の戦乙女』の人たちと絶賛戦闘中のようだ。ん? よく見ると、なぜか元ギルド受付嬢のメイまでそこに混ざっている。一体全体、何であんなところにいるんだ?
事情はよく分からないが、とにかくこれ以上の暴動はストップだ。俺は崖の上で今まさに跳び上がろうとしていたミナト、アオイ、ヒマリの三人をピンポイントで封印し、クロドの速度を上げて現場へと急行した。
◇◇
その直前、崖の上では、ミウの片足が完全に崖からはみ出し、サラサラと足元の小石が遥か下の谷底へと落ちていく最中だった。
ミウは恐怖に顔を引き攣らせ、思わず足元を見て冷や汗を流す。完全に意識が逸れたその瞬間、黒鬼の面をつけたミナトの口元が悪辣な笑みに歪んだ。
「取り敢えず一人目だぁ!」
足下に注意がいっていたミウは、ミナトの容赦のない追撃への対応が完全に遅れる。
「きゃあああああッ!」
絶望的な悲鳴をあげる『風月の戦乙女』のミウ。
「ミウ! 避けてぇ!」
リーダーのカノンが悲痛な叫び声を上げる。
勝負は決した――誰もがそう思った瞬間、素早く踏み込んでミウのお腹を殴り飛ばそうとしたミナトの身体が、突如として不自然に硬直した。完全な硬体と化したミナトは、前進の勢いを殺しきれず、そのまま盛大にバランスを崩す。
ズサァッ!
「……え?」
カノンたちが呆然と見守る中、カチコチに固まったミナトの身体は、そのまま崖の縁から滑り落ち、凄まじい勢いで転がり落ちていった。
ゴロゴロゴロ、ドカドカドカッ……!!
◇◇
一方その頃、サキヨマとリマサノの二人は、お宝を抱えて必死に変装しながら山道を降りていた。
「リマサノ、もっと足を動かせ! 騎士団に見つかったら終わりだぞ!」
「くっ、分かってるよ! クソッ、こんな大捕り物に巻き込まれるなんて、全くついてねぇぜ!」
ブツブツと悪態をつきながら走る二人の頭上から、突如として不穏な破壊音が響いてきた。
ゴロゴロゴロ、ズガガガガッ……!!
「あん? 上から何か降ってきて……」
サキヨマが怪訝に思い顔を上げると、崖の上から文字通り「塊」となったミナトが猛スピードで落ちてくるのが見えた。
「ちっ、身内か!? リマサノ、受け止めるぞ、手伝え!」
「けっ、人使いの荒い……仕方ねぇな!」
サキヨマとリマサノは、タイミングを合わせて落ちてくるミナトの身体を受け止めようと両腕を差し出した。
しかし、運命の神様は悪戯が過ぎた。
サキヨマがミナトの身体に触れるまさにその寸前、ミナトの背中が突出した大岩に激しく激突。ガキィンと嫌な音を立ててバウンドしたミナトの身体は、予測不能な軌道を描いて、若干その方向を変えたのだ。
その結果――ミナトの黒鬼の額と、サキヨマの額が、正面からまともに大激突した。
ゴツン!!!
「ぶふぇっ!?」
凄まじい衝撃を受け、サキヨマは無様に後ろへとひっくり返る。そして最悪なことに、その上に完全に硬化したミナトの重量級の身体がズドンと覆い被さった。
さらに不運は重なり、ミナトの突き出されたまま固まっていた鋼鉄のごとき拳が、サキヨマの鳩尾へと正確無比に突き刺さる。
「ぐへっ……ぁ、が……っ」
サキヨマは白目を剥き、声にならない悲鳴を上げて悶絶した。
そして、このあまりにもアクロバティックな衝突事故を、崖の上からばっちりと目撃してしまった人物がいた。そう、元ギルド受付嬢のメイである。
俯瞰で見つめる彼女のフィルターを通した世界では、その光景は全く別の意味へと昇華されていた。
(きゃあーーーッ!! お、お面越しに情熱的に抱き合って、そのままキスして押し倒したわ……! な、なんて背徳的でディープなシチュエーションなのかしら……!!)
メイは両手で自らの頬を染め、興奮に身体を震わせるのだった。
◇◇
俺はクロドを歩かせ、ミナトたちの奇行(?)によって戦闘が強制終了した現場へと到着した。アオイとヒマリも、崖の上で綺麗にカチコチのまま転がっている。
「あれ? カノンさん。皆さん無事ですか?」
「あら、ユウマくん! もしかして、今のユウマくんが助けてくれたのねぇ!? 本当にありがとう、死ぬかと思ったわ!」
カノンはほっと胸を撫でおろし、満面の笑みで俺に手を振った。
「いえいえ、どういたしまして。無事で何よりです……って、んん!? メイ! 何で君がこんな危険な戦闘地帯にいるんだよぉ!」
驚いて声を上げる俺に、メイはどこかトランス状態のまま、鼻息を荒くして手帳を握りしめていた。
「取材よ、取材! 何だか信じられないくらい、ものすごく濃密な創作意欲が今まさに湧き上がってきたわ!」
「ふむぅ、そうかぁ……。相変わらず逞しいね。ところで、ミナトが急に崖下に消えちゃったんだけど、どこに行ったか見かけなかった?」
俺の問いかけに、メイは怪しげな笑みを浮かべ、うっとりとした表情で崖の下を指差した。
「あそこよ。愛の逃避行の真っ最中だわ」
指の先を見ると、崖の下でサキヨマの上にがっつりと馬乗り(物理)になったまま固まっているミナトと、その横で頭を抱えてドン引きしているリマサノの姿が虚しく佇んでいた。




