第90話 迫り来る討伐軍、あるいは軍師の不敵な微笑み
北の山奥にひっそりと佇む『黒の群盗』の本拠地。かつて砦として使われていた頑強な石造りのアジトに、切迫した足音がドタドタと響き渡った。
バタン!!
「ミナト隊長! た、大変だぁーーッ!!」
部屋の木製のドアが勢いよく開き、顔面を蒼白にした下っ端の盗賊が飛び込んできた。
椅子に深く腰掛け、優雅にコーヒーを嗜んでいたミナトは、その大きな物音に激怒して顔を真っ赤に染める。
「おい! ノックぐらいしろって言ってるだろ! この馬鹿たれがぁッ!」
ミナトは怒号とともに、手近にあった陶器のコーヒーカップを全力で男の顔面に向けて投げつけた。
ガシャン!!!
「ひぇっ!?」
凄まじい速度で飛んだカップは、男の頬を掠めてすぐ横の壁へと激突し、派手な音を立てて粉々に砕け散った。中の黒い液体が壁にべっとりと飛び散る。
「き、騎士団と冒険者が、大勢でこの砦に向かって来ますぅ~! 本当にヤバいんです!」
「何ぃ……!? チッ、いよいよ嗅ぎ付けやがったか。おい、敵の人数は何人だ!?」
「い、いっぱいですぅ~!」
「……はあぁ!? 数もまともに数えられんのか、この馬鹿たれがぁ!」
怯えるだけの無能な部下に完全に頭に血が上ったミナトは、今度は手元に残っていた受け皿をフリスビーのように鋭くスナップを利かせて投げ放った。
ゴン! ガシャン!!
「う゛……っ!」
今度は逃げ切れず、硬い受け皿が男の額の真ん中にクリーンヒットする。男は白目を剥いて仰け反り、床へとしこたま叩きつけられた。
「会議室集合だぁ! 今すぐ、幹部全員を会議室に呼んで来い! 遅れた奴はぶち殺す!」
「は、はいぃ~!」
額から血を流しながら、男は慌てて四つん這いになり、逃げるように部屋を出ていった。
一人残されたミナトは、苛立ちを隠せない様子で立ち上がる。そして、肩を大きく揺らし、股を大きく開いた威嚇的ながに股で、廊下をのっしのっしと踏み鳴らしながら会議室へと向かった。
◇◇
重苦しい空気が漂う会議室には、すでに『黒の群盗』の中核を担う面々が集結していた。
元『焔の剣』のメンバーであるミナト、魔法使いのアオイ、そして隅で相変わらず黄昏れている弓使いのヒマリ。
さらに、都市を追われた元騎士団のメンバーであるサキヨマ、トカツモ、リマサノの3人。
そして、この盗賊団の頭脳であり、彼らを裏から操る謎めいた人物――トヨシモが、優雅に席に着いていた。
上座の椅子を乱暴に引いて腰掛けたミナトが、すぐさま口火を切る。
「おい、ヤベーぞ! 騎士団と冒険者の奴らが、一斉にここへ攻めて来やがった! どうやら本腰を入れて、俺たち『黒の群盗』を根こそぎ討伐する気だ!」
「ちっ、うっとうしいわね……。何人で来たのよ、その討伐軍は?」
アオイが不機嫌そうに思いきり舌打ちをし、険しい目でミナトに問い詰めた。
「それがよぉ……さっきの斥候の奴が救いようのない馬鹿たれで、『いっぱい』とかクソみたいな報告しか出来ねぇんだわ」
「はぁ!? あんた、そんな曖昧な情報でよく会議を開けたわね! 敵が10人と、100人と、1000人じゃ、こっちの対応も準備も全然違うでしょ!? 至急もう一回行かせてよ! 今度は別の、まともな斥候にね!」
「む、それはそうだが……」
アオイの至極真っ当な正論に、元騎士団長のサキヨマが苦々しい表情を浮かべる。
(クソッ、何でボスの俺がこいつらにこんなに指図されなきゃいけねぇんだ……!?)
ミナトは内心で激しい苛立ちを覚えていたが、アオイの放つ強烈な威圧感に気圧され、何も反論できずに口を噤んでしまう。
会議室が険悪な沈黙に包まれかけたその時、トヨシモがクスクスと不敵な笑みを漏らしながら口を挟んだ。
「――大凡300人よ。騎士団が200に、冒険者が100ね」
「お、おお……! 流石トヨシモ、助かるぜ!」
正確な数字を把握していたトヨシモに、ミナトは救われたような表情を見せる。
「で? 敵の規模が分かったところで、ボスであるあんたはどうするわけ?」
アオイが肘をつき、ぶっきら棒にミナトを睨み据えた。
「う! ……そ、それは……」
(それを今からみんなで相談しようとしてるんじゃねぇか!)と、ミナトは喉元まで出かかった言葉を必死に飲み込む。ここで弱気な姿を見せるわけにはいかない。彼は強引に虚勢を張った。
「決まってんだろ、――迎撃だぁッ!」
「はぁ? あんたバカぁ? 本気で死にたいの?」
アオイの冷ややかな声が突き刺さる。こちらの総数は、どんなにかき集めてもその3分の1にも満たないのだ。
「う゛……っ」
「確かに、圧倒的な戦力差がある中で、遮蔽物のない平地での迎撃は自殺行為だな。ここは頑強な砦の利を生かした『籠城』が定石か?」
元騎士団副団長であるトカツモが、戦術的な観点から冷静に割り込んできた。
「いや、籠城は外部からの応援が来ない限り、ただのジリ貧だ。包囲されて補給を絶たれれば終わりだぞ。ならば、敵の陣形が整う前に奇襲をかける『迎撃』しか選択肢はないだろう」
実戦経験の豊富な元騎士団長のサキヨマが、真逆の意見を述べる。
「ほら見ろ! サキヨマの言う通り、やっぱり迎撃しかねぇんだよ!」
自分を支持する意見が出たことで、ミナトは一気に自信を取り戻し、これみよがしに胸を張った。
「――いいえ、籠城よ。そして応援なら、ちゃんとあるわ。ふっふっふ」
トヨシモの妖艶で、確信に満ちた言葉が響いた。
その瞬間、会議室の全員が驚愕に目を見開き、一斉にトヨシモへと視線を集中させた。
「応援……!?」
「誰が来るって言うのよ!?」
「そんなアテがどこにあるんだ!?」
「いつ、どこから到着する予定だ?」
「何のために、俺たちのような盗賊を助ける?」
サキヨマ、アオイ、トカツモ、リマサノが、堰を切ったように次々とトヨシモへ疑問の銃弾をぶつける。
その中で唯一、ヒマリだけは何も言葉を発せず、ただ冷めた瞳でじっとトヨシモの挙動を観察していた。
「ヒ・ミ・ツ……♪」
トヨシモは人差し指を唇に当て、悪戯っぽくウィンクしてみせた。
その緊張感のない態度に、サキヨマは激しくゲンナリとして頭を抱える。
「おいおい、冗談じゃねぇぞ! それがハッキリしねぇと、命がかかってんだ、こっちは安心出来ねぇだろうが!」
ミナトが机を叩き、トヨシモに食って掛かった。
「あら? 乙女の秘密をそんなに無粋に追求しちゃ、ダ・メ・ヨ?」
「乙女の秘密って……お前なぁ……っ!」
「ガタガタうるさいわねぇ、お黙りなさい!!」
突然、トヨシモの口調から甘さが消え、鼓膜を震わせるほどの凄まじい剣幕で一喝した。その凍りつくような覇気に、ミナトの身体がビクリと硬直する。
「いい? 落ちぶれて行き場を失っていたあんたたちを拾って、この贅沢な暮らしを与えてやったのは誰かしら?……そう、私よぉ! その私が『応援が来る』と言っているの。来るったら来るのよ! 四の五の言わずに、あんたたちは大人しく私の指示に従っていればいいのよ!」
「は、はひぃーっ……!」
トヨシモの圧倒的な威圧感と、逃げ場のない正論。その迫力に完全に呑まれたミナトたちは、それ以上何も言い返すことができず、ただ小さく首を縦に振るしかなかった。
こうして、討伐軍を迎え撃つ『黒の群盗』の方針は、不気味な「籠城」へと決定したのだった。




