第88話 討伐の火蓋、あるいは仮面の欺瞞
重苦しい沈黙を破り、重厚な木製の扉が押し開かれた。
無惨な襲撃現場から都市へと帰還したAランク冒険者パーティー『豪勇の斧』の面々は、休息も挟まずにそのまま冒険者ギルドの最奥にある会議室へと直行した。
そこには、今回の深刻な盗賊被害に対処すべく、この都市の防衛と治安を担う主要な関係者たちがすでに勢揃いしていた。
上座に腰を下ろすのは、威厳に満ちた佇まいの騎士団長ベーマタと、鋭い眼光を光らせるギルド長のソウマ。
そして、都市が誇るもう一つの実力派パーティー『黒紅の無頼』のメンバーたち――リーダーのショウゴ、鋭い観察眼を持つ探索者のリュウセイ、魔力を湛えた魔法使いのココナ、不敵に剣を携えたシュンスケ、そして祈りを捧げる回復士のホノカの5人だ。
対する『豪勇の斧』側からは、大柄なリーダーのフドウを筆頭に、筋骨隆々としたドワーフのテツワン、並外れた怪力を誇るカイリキ、鉄壁の体躯を持つコンゴー、そして優れた嗅覚で追跡を成功させたウェアウルフのタンチの5人が席に着いた。
「――『黒の群盗』のアジトの場所が分かったぞ」
最後に会議室へ入り、席に着くと同時にフドウが口を開いた。その声には隠しきれない疲労と、どこか暗い怒りが混じっている。
「おお! それは良い知らせだ!」
ギルド長のソウマが、ようやく見えた解決の糸口に安堵の笑みを浮かべた。しかし、フドウの険しい表情を見てすぐに眉をひそめる。
「……だが、その割には随分と浮かない表情だな。どうした? ただ追跡で疲れているだけか?」
「あぁ、疲れてはいる。だが、それだけじゃない……。俺たちがアジトを突き止める直前、街道でエーダイ商会の馬車が奴らに襲われていたんだ。……俺たちが現場に駆け付けた時には既に全員が殺されており、商品も馬車ごと強奪された後だった」
フドウの重苦しい報告に、会議室の空気が一気に凍りつく。
「そうかぁ……あのエーダイ商会の馬車がやられたか」
ソウマは苦渋に満ちた表情で深く息を吐き出し、机を拳で叩いた。
「この調子で大手の商会が立て続けに襲われては、この都市の経済は衰退してしまう。これ以上の被害は出撃を急がねばならんな。……ベーマタさん、最速でいつ動ける?」
ギルド長に話を振られたベーマタ騎士団長は、組んでいた腕を解き、毅然とした態度で一同を見渡した。
「明日の朝一で出撃しよう。これ以上の猶予は与えん」
「分かった、異論はない」
「良いだろう。俺たちもいつでもいける」
ショウゴとフドウが力強く頷き、即座に了承の意を示した。
「よし、決まりだ。ギルドからも緊急の招集令を出す。Cランク以上の冒険者たちにも集合を掛けよう。……明朝、総力を挙げて『黒の群盗』を根こそぎ殲滅するのだ!」
◇◇
翌朝に破滅の足音が迫っていることなど露知らず、『黒の群盗』のアジトでは、略奪を終えた盗賊たちが酒杯を掲げて大騒ぎしていた。
その喧騒から少し離れた席で、魔法使いのアオイが呆れたような視線をミナトへと向ける。
「ねぇミナト、あなた今日も戦いの最中に顔バレしてたでしょう?」
「おう、有名人はツラいよぉ。俺の輝きは隠しきれないからな」
ミナトは悪びれる様子もなく、むしろ自慢げに鼻を鳴らして満更でもない顔を浮かべた。
「あのねぇ、感心してる場合じゃないわよ。かつて期待の星だった『焔の剣』が、今や悪名高い『黒の群盗』を率いているなんて世間にバレたら、色々と拙いんじゃないの? だからこそ、目撃者はいつも皆殺しにしてるんでしょうに」
「まあ、何がそこまで拙いのかは俺には良く分かってねぇが……確かに『盗賊』って言うのは、ちょっと外聞が悪いからな。世間の見る目が変わる」
「まあね。正直、あの頃に比べたら落ちぶれた感はあるよね」
アオイがため息混じりに同意すると、ミナトの顔が悔しげに歪んだ。
「そうよなぁ! 俺がSランク冒険者になった時は、村中ひっくり返るくらいの大騒ぎだったんだからな!……クソ、こうなったのも全部、あのユウマの所為だ。あいつさえいなければ、俺は今でも英雄として称賛されてたんだ!」
消えない逆恨みを吐き捨てるミナト。アオイはそんな彼の愚痴を軽く聞き流しながら、傍らに置いていた大きな袋に手を伸ばした。
「まあ、過去のことは置いておいて……これよ! これを見て! じゃじゃーん!」
「あ? 何だそりゃ」
「お面よ、お面。今日奪った商人の商品の中に、面白そうなものが紛れ込んでたの」
アオイがテーブルの上に広げたのは、木や漆で作られた様々な動物や怪異のお面だった。鬼、狐、猫、狼――どれも不気味で精巧な作りのものばかりだ。
「私はこれをつけるわ!」
アオイが楽しげに手に取ったのは、黒猫を模した、口から上が隠れるタイプのお面だった。
「ほら、『黒の群盗』って名乗っているくらいなんだから、やっぱり黒いお面じゃないとね」
アオイが顔に黒猫のお面を着けると、その妖艶で冷酷な雰囲気がいっそう際立った。
「ほう、良いかもな。格好いいじゃねえか。……じゃあ、俺はこれだな。おいヒマリ、お前はこれを着けろ!」
ミナトは自身の顔に禍々しい『黒鬼』のお面を着けると、テーブルの上から『黒狐』のお面を掴み、部屋の片隅で一人静かに黄昏れていたヒマリへと乱暴に放り投げた。
放たれた黒狐のお面を、ヒマリは無言で受け止める。
そして、手元にある漆黒の狐の顔を、冷めた瞳で繁々(しげしげ)と見つめた。
「はぁ……。そうね、もう顔を隠してないと、こんなことやってられないわね……」
ぽつりと呟いたヒマリの自嘲気味な声は、アジトを満たす下品な笑い声の中へと虚しく消えていった。




