第87話 墜ちた栄光、あるいは血塗られた街道
木々の葉を揺らす風の音に混じり、街道の先からパカパカと軽快な馬蹄の音が響いてくる。
それは一台の立派な馬車と、その周囲を固める数名の護衛冒険者たちだった。馬に乗った男たちは、剣の柄に手をかけながら油断なく周囲の森を警戒している。
だが、彼らは気づいていない。街道沿いに鬱蒼と広がる森の奥、張り詰めた殺気とともに入念に潜む影があることに。
「ミナト隊長、来ましたぜ。お目当ての獲物だ」
木の影から熱を帯びた声で囁いたのは、下卑た笑みを浮かべた盗賊の一人だった。
その言葉に、かつて英雄ともてはやされた男――ミナトは、ニヤリと傲慢な笑みを浮かべた。
「流石、トヨシモさんの情報は完璧だ。あの護衛の冒険者ども、見たところせいぜいCランク程度のはず。……ヒマリ、アオイ、派手にやってくれ!頼んだぞぉ!」
「任せてぇ!」
ミナトの威勢のいい掛け声に応え、アオイがすぐさま不敵な笑みを浮かべて魔力の詠唱を始める。その横で、ヒマリは何も言わず、冷徹な瞳で獲物を見据えながら弓を引き絞った。
何も知らない馬車は、確実にミナトたちの射程距離へと近付いてくる。
シュッ――!
小気味いい風切り音の直後、ストッという鈍い音が響いた。
先頭を走っていた護衛冒険者の額に、正確無比に放たれた矢が深く突き刺さる。男は声も上げられず、そのまま馬から転げ落ちた。
「なっ!?」
仲間が驚愕の声を上げる暇さえ与えず、アオイの詠唱が完了する。
ズダダダン! ズドーン!!
「ヒヒヒィーン!」
激しい爆鳴とともに、馬車を引いていた馬の胴体に巨大な炎の弾が直撃した。狂ったような悲鳴を上げて馬が倒れ込み、馬車が大きく傾く。
「うおっ!?」
「敵襲だぁ! 敵だぁーッ!」
突然の奇襲に、生き残った冒険者たちが一気に慌てふためいた。
◇◇
「ひーはー! いくぜお前らー!」
「おー!」
ミナトがギラリと光る剣を抜き放ち、馬の腹を蹴る。雄叫びを上げる盗賊たちが、前方から怒涛の勢いで馬車へと襲い掛かった。
「くっ、前から来やがった! 一人後方警戒で残れ、後は前に出て防衛線を張れ! 弓使いは迎撃――」
的確に指示を出そうとした冒険者のリーダーだったが、その言葉が最後まで紡がれることはなかった。
ヒュン! トスッ!
どこからともなく飛来したヒマリの第二射が、リーダーの胸元を深く貫いたからだ。どっと崩れ落ちるリーダー。
「前だけじゃないぞ! 後ろからも来やがった!」
悲鳴のような声が上がる。後方からは、サキヨマ率いる元騎士団のメンバーを中心とした実力派の盗賊たちが、完璧なタイミングで挟撃を仕掛けていた。
「後方からも敵襲です!」
「ちっ、完全に挟撃されたかぁ……!」
統率を失い、完全にパニックに陥る冒険者たち。
サキヨマは冷酷な笑みを浮かべながら馬を走らせ、鋭利な槍をがっしりと構えて突進した。
「うおおおおお!」
ドシュッ!
凄まじい風圧とともに、サキヨマの槍が冒険者の身体を容赦なく突き刺し、背後へと撥ね飛ばす。
「一人も逃すなぁー! 今日は大漁だぜぇー! ひゃっはー!」
前線では、ミナトの剣もまた狂ったように冒険者たちを切り裂いていた。かつての輝かしい剣技は、今やただの残虐な殺戮の道具へと成り下がっている。
その時、血飛沫の中で必死に剣を振るっていた冒険者の一人が、ミナトの顔を見て絶望に目を見開いた。
「あ、あんたは……!? 元ギルドの、ミナトさん……!?」
「そうだぜぃー! 俺こそが永遠のSランク、ミナト様よぉー! はっはっはー!」
誇らしげに胸を張るミナトの背後から、冷ややかな声が刺さる。
「『元』な」
サキヨマが吐き捨てると同時に、その槍がミナトに気を取られていた冒険者の背中を容赦なく貫いた。
「うるせー! 俺は今でも、これから先も永遠のSランクなんだよぉ! さぁ、皆殺しだぁ!」
プライドを刺激されたミナトは激昂し、さらに残虐に剣を振るう。
凄惨な乱戦の中、必死に抵抗する冒険者たちの手によって盗賊側にも数人の犠牲者が出た。しかし、圧倒的な戦力差と奇襲の優位は覆らない。ミナトたちは、護衛の冒険者だけでなく、馬車の中に隠れていた商人に至るまで、命乞いを聞き入れることなく皆殺しにした。
血の海と化した街道。盗賊たちは手際よく、部下が乗ってきた馬を奪った馬車へと繋ぎ変え、戦利品ごとすべてを強奪していく。
「おーほっほ! やっぱり盗賊は止められない、止まらないわねー!」
馬車の荷台をひっくり返し、中から出てきた色とりどりの美しい宝石類を両手に抱え、魔法使いのアオイが下品な高笑いを上げた。
「さあ、獲物はすべて奪った! アジトに戻るぜぇー!」
「おー!」
ミナトの傲慢な掛け声に、血に飢えた盗賊たちが地響きのような大声で応える。
盗賊の頭にスカウトされてからの生活に、ミナトはこれ以上ない絶頂を感じていた。面倒な計画はすべて軍師役のトヨシモが立ててくれる。さらに、数多くの部下たちが雑用や面倒なことをすべて片付けてくれるのだ。
自分はただ、襲撃の時に前線で暴れ、適当に威張っているだけでいい。チヤホヤされ、奪った金で贅沢ができるこの環境を、ミナトは心底気に入っていた。
◇◇
惨劇から数時間後。
静まり返った街道の襲撃現場に、一隊の冒険者たちが固い足取りで駆け付けていた。彼らの胸元に輝くのは、最高峰の実力を示すゴールドのプレート。彼らこそ、近隣にその名を轟かせるAランク冒険者パーティー『豪勇の斧』であった。
「――遅かったか……!」
リーダーを務める大柄な男、フドウは、引き裂かれた死体と血に染まった地面を見下ろし、悔しげに拳を強く握りしめた。無残に殺されたのは、自分たちの後輩にあたる若き冒険者たちだ。
「……リーダー、匂いは生々しく残ってるぜ。まだ遠くへは行ってねえ、足跡も追える」
パーティーの一員であるウェアウルフの男が、鼻をヒクヒクと動かしながら、森の奥へと続く獣道を鋭い眼差しで睨みつけた。
フドウの瞳に、激しい怒りの炎が宿る。背負った巨大な戦斧の柄をきつく握り直すと、彼は野太い声で仲間に命じた。
「良し、このまま奴らの後を追う。……アジトを見つけ出し、容赦なく一網打尽にしてやるぞ!」




