第82話 因縁の影、あるいは報復の連鎖
ところ変わって、騎士団やAランク冒険者たちが躍起になって行方を追っている『黒の群盗』の本拠地――そのアジトの一室では、およそ盗賊とは思えないほど優雅で、そして堕落した光景が広がっていた。
「いやぁ、本当に盗賊なんて3日やったら辞められないわね」
豪奢な総革張りのソファーに深く腰掛け、気怠げに足を組んでいるのは魔法使いのアオイだ。彼女はつい先日の略奪で手に入れたばかりの、まばゆい輝きを放つ財宝のアクセサリーを指先で弄びながら、うっとりとした表情を浮かべていた。
「全くだ! 汗水垂らして真面目に働くのが馬鹿馬鹿しくなるぜ。盗賊は気楽な稼業ときたもーんだ!」
そう言って高笑いするのは、剣士のミナトだ。彼は高価な酒瓶を片手に、怯える奴隷の女を左右に侍らせ、完全に王様気取りで酒を煽っている。
「はぁ……。あなたたち、本当にこれで良いの?」
そんな二人の様子を部屋の隅から見ていた弓使いのヒマリは、酷く疲れた表情で深く眉を顰め、小さくため息をついた。かつては真っ当な目的を持って戦っていたはずの仲間たちが、急速に悪の魅力に染まり、倫理観を失っていく姿に耐えられなかったのだ。
「大丈夫、大丈夫! 細かいことは気にするなって、ヒマリ! このままドンと行こうぜ、ドンとな! あっはっは!」
ミナトの思慮の浅い馬鹿笑いが響く。その声を聞けば聞くほど、ヒマリの胸中の不安はなお一層膨らんでいくばかりだった。
「はぁ……。いつからこんな風になっちゃったのかしら……」
「おいお前ら、次の標的が決まったぞぉ」
その時、重々しい足音と共に部屋の扉が勢いよく開いた。入ってきたのは、サキヨマ、トカツモ、リマサノの3人だ。彼らの纏う空気はミナトたちより一層邪悪で、狡猾な光がその目に宿っていた。
「おう! サキヨマのおっさんたちが仲間に加わってから、情報の精度が上がって益々稼ぎが楽になったぞ。で、次はどこの間抜けな商会を狙うんだ!」
ミナトは侍らせていた女を無造作に払い退け、爛々と目を輝かせながらサキヨマに顔を向けた。都市を揺るがす大きな嵐が近づいているとも知らず、彼らは次の獲物への牙を研ぎ始めていた。
◇◇
同じ頃、俺はブラックドッグのクロドの背に揺られ、ついに生まれ故郷の村へと戻って来ていた。
かつて、実の親の手によって奴隷商人に売られたという最悪の記憶がある場所だ。とは言え、売られるその瞬間までは、俺を育ててくれた父親が今もひっそりと暮らしているはずの故郷。
「クロド、ここで降りるよ。村の人たちを驚かせたくないからな」
村の入り口が見えてくる少し手前で、俺はクロドの背から飛び降り、歩いて村へと近付いた。
視界に映ったのは、貧弱な木の柵に囲われた、小さい頃から一歩も変わらぬ寂れた貧しい村の景色だった。空気すらも淀んでいるように感じられる。
木で作られた、見張りもいない無人の門扉をゆっくりと押し開けて村に入る。そのまま、俺の記憶にある懐かしの実家を目指して歩き進めた。
不思議なことに、歩いていても村の人達とは一人もすれ違わない。ただ、建物の隙間や窓の奥から、息を潜めて隠れる様にこちらを凝視している視線があるのには気づいていたが、鬱陶しいので無視することにした。
今回わざわざここへ立ち寄ったのは、単なる自己満足だ。今まで冒険者として稼ぎ出した莫大なお金の中から、せめてあの父親がこの先一生生活するのに困らないだけの金銭を頭の上に叩きつけて、そのままこの国を出るつもりだった。
自分を捨てたも同然の父親に対して、「どうだ! 俺はお前が見限ったスキルで、こんなに稼ぐ様になったぞ!」と、見せつけてやりたいだけの、歪んだ復讐心に似た感情なのかも知れない。
「……主様、立ち止まるワン。血の臭いがするワン」
実家の前に辿り着いた瞬間、クロドが低く唸るような声で呟いた。
「え……? 血の臭い?」
クロドの呟きに心臓がドクリと跳ね、嫌な違和感が胸を支配する。だが、俺はそれを振り払うように声を張り上げた。
「ただいまぁ!」
返事はない。不気味な静寂が返ってくるだけだ。玄関の引き戸をガラガラと開け、家の中に足を踏み入れる。
家の中にはやはり誰もいない。嫌な予感を抱えたまま、俺は父親がいつも煙管を吸いながら座っていた奥の部屋へと入った。
「――っ!?」
一瞬で頭に血が上る。部屋の床には、どす黒く固まった赤い血の跡が、激しく飛び散った状態で床板を汚していた。
鼻を突く鉄錆の臭い。乾ききっていない部分もあることから、それ程昔では無さそうな、比較的最近ついた血の跡だ。
「何があったんだ、一体……!」
俺は半ばパニックになりながら、家の中で何が起きたのか手掛かりを探し始めた。泥棒が入ったのか、それとも魔物の襲撃か。だが、部屋の荒らされ方は不自然だった。
「主様、中で探すのは後だワン。外から誰か大勢で近付いて来るワン」
クロドが俺の服の裾を引っ張りながら、鋭い視線を外へと向けた。
「……チッ、行ってみよう」
俺とクロドは踵を返し、不穏な空気が満ちる玄関へと戻った。
引き戸を開けて外へ出ると、驚いたことに、そこには武器や農具を手にした村人達が、総出で俺の家を取り囲むように待ち構えていた。まるでお尋ね者を捕らえるかのような、敵意に満ちた目だ。
そして、その包囲網の中央には、偉そうに胸を張る村長。その隣には、見紛うはずもない、以前俺が実質的に壊滅させた元Cランクパーティー『焔の剣』の回復士であり、村長の娘であるユイナが立っていた。
元々我儘だったが、さらに丸々と太って醜悪な笑みを浮かべ、憎悪に目を血走らせて俺を睨むユイナ。
「ユウマァあああああああああ! よくもまあ、のうのうとこの村に顔を出せたわねええええ!」
狂ったような絶叫が村に響き渡る。俺は冷ややかな目を彼女に向けた。
「はぁ? ユイナこそ、ギルドと騎士団から国外追放の処分を受けた身だろう。よくもまあ、のうのうとこんなところに隠れてるな。法律違反だって分かってるのか?」
「あ゛ぁ!? 誰の所為で、アタシがそんな国外追放の目に遭ったと思ってるのよぉおおおおお! 全部あんたのせいよ! あんたが余計なことをしたからよ!」
「自業自得だろ? 俺の肉を横領して暴利を貪り、挙句の果てにギルド長を暗殺しようとしたのはお前らだ」
「煩い煩い煩い! そんな言い訳は通用しないのよ! あんただけは絶対に許さないんだからあああ! ……あんたのクソオヤジと同じ様に、生きたままじわじわと切り刻んでやるわ!」
ユイナの口から出た言葉に、俺の思考が完全に停止した。
「……え? 今、なんて言った? 俺のオヤジを殺したのか? お前がやったのか?」
「おっほっほっほ! そうよ! 逃げ帰ってきた『焔の剣』の残りのメンバーと、村人総出であのジジイにたっぷりと言い渡された罰を与えてやったわ!」
ユイナは勝ち誇ったように、歪んだ笑い声をあげる。
「罰……? 何の罰だ! あの人がお前たちに何をした!」
俺の声に怒りの魔力が混ざり、周囲の空気がピキリと凍りつく。しかし、事の重大さを理解していないユイナの父親である村長が、一歩前に出て傲慢に叫んだ。
「ユウマ、お前はなぁ! この村の英雄である高貴な『焔の剣』に、無能のくせにポーターとして親切に雇って貰った身だろう! それなのに恩を仇で返し、焔の剣を裏切り、陥れて国外追放にまで追い込んだ! 村の利益を損なった大罪人だ! だから、お前の父親にお前に替わってその罪の罰を与えたのだ!」
「……父は関係ないだろう! 俺を売った人だぞ、俺の勝手な行動に、あの人は一言も関わっちゃいない!」
俺の激昂に対しても、村長は鼻で笑い、吐き捨てるように言い放った。
「知るか! どのみち、あんな税もまともに納められんクズは、さっさと死んだ方が村の為だったのだ。文句があるなら、全てを狂わせた己の無力を呪うんだな!」
村人たちもそれに同調し、卑しい笑みを浮かべながらジリジリと距離を詰めてくる。家の中の血溜まりが、あの父親の最期の姿を物語っていた。どれほどの苦痛の中で逝ったのか。
自分を捨てた親とはいえ、実の父親だ。それを、こんな理不尽な理由でなぶり殺しにされた。
「……そうか。お前ら全員、自分が何をしたのか、本当に分かってないんだな」
俺の瞳から、完全に感情の光が消え失せた。隣にいるクロドの身体から、主の怒りに呼応して禍々しい黒いオーラが立ち上り始める。因縁の村での、本当の復讐劇が幕を開けようとしていた。




